被災地からの発信(1)~続「余震の中で新聞を作る」

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  2011年3月11日の東日本大震災の4日目から昨年8月末まで書いてきた取材記録ブログ「余震の中で新聞を作る」(158回)の続編を、きょうから、「被災地からの発信」のでして始めます。大震災と東京電力福島第1原発事故から丸6年が過ぎましたが、被災地の時間は長引くだけで何も解決せず、新たな問題を山積させています。進んだのは風化と「記念日化」。7年目の3月11日の政府追悼式で安倍晋三首相は「原発事故」の言葉すら避け、「復興は着実に進展している」「福島においても順次避難指示の解除が行われるなど、復興は新たな段階に入りつつある」と震災、原発事故の幕引き姿勢を露わにしました。

 置き去りにされる現実の被災地に広がるのは、いまだ土色の「もう一つの日本」のような風景。古里に戻りたくとも再生を待てず、あるいは諦める人の離散は止まらず、帰還する人は開拓者のような自立の覚悟を迫られます。このブログでは、7年目の被災地で何が起きているのか、人々はどう生き直すのか―を、厳しい運命に向き合う人々の声、希望への懸命な模索とともに伝えていこうと思います。被災地外で暮らす人にも現地を追体験してもらい、震災とは何か、何が起きるのか、どんな問題や苦難と向き合うのか、何を迫られるのか、どう乗り越えたらいいのか―を共に考えてもらえますよう。                          (随時掲載/文・写真 河北新報社編集委員 寺島英弥)

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待ちわびた春 試験操業の光と影/相馬

コウナゴに7年ぶりの競り入札

 東日本大震災から丸6年を過ぎて間もない2017年3月13日の午前10時すぎ。相馬市の松川浦漁港にある荷さばき場(市場)には、記事にあるように久々のにぎわいが戻りました。この日が漁期の幕開けであるコウネゴ(イカナゴ)は、地元の「春告げ魚」。津波に襲われた11年3月11日はコウナゴ漁の開始直前で、破壊された漁港のまわりに「特選 小女子」と刷られた出荷用の箱がおびただしく散乱していたのを思い出します。津波で被災した荷さばき場(4800平方メートル)は、仮施設を経て隣接する相馬双葉漁協事務所とともには昨年9月に再建され、半ドーム型の屋根の下には明るい外光が注いでいました。

 午前9時半前後、小型漁船が数キロ沖の漁場から次々と帰り、漁船員たちが岸壁に水色のかごを10箱、20箱と揚げていきます。中にはきらきらと透明に輝く体長4、5センチのコウナゴが20キロほど入り、そのまま荷さばき場に並べられました。漁協職員、アルバイト作業に来た浜の女性たちもそれまでの水揚げと様子が違い、そわそわと待っています。大震災と東京電力福島第1原発事故の後、7年ぶりの競り入札が行われるのでした。

 『相馬市の松川浦漁港で13日、東京電力福島第1原発事故の影響で休止していた競り入札が6年ぶりに再開した。落札価格や業者名を読み上げる競り人の威勢のいい掛け声が響き、場内は活気づいた。
 福島県沖で漁が始まったコウナゴ7トンを競りにかけた。仲買業者3社が入札に参加し、1キロ当たり920~300円で落札した。西日本での漁獲不振の影響もあり、前年の相対取引よりも高値で取引された。
 水揚げした相馬双葉漁協コウナゴ操業委員長の立谷義則さん(52)は「漁師たちの活力が湧くような値段が今後もついてほしい」と話した。
 福島沖で漁獲された魚介類は原発事故後、風評による値崩れを防ぐため、漁協が加工組合や仲買組織と相対で販売していた
。』(3月14日の河北新報より)

苦境を共にした仲買業者

 この記事にあるように、仲買業者たちが欲しい産物に値を付け、競り落とすのは、市場の当たり前の慣行です。ところが、福島第1原発事故が起こって翌11年4月4日、東電が原発構内にたまった汚染水11500トンを、当事者である福島県漁連に事前説明もなくファクス1枚の通知で放出し、同漁連傘下の漁業活動は操業自粛に追い込まれました。

 海の生業復活を目指す人々の苦闘はそこから始まり、相馬双葉漁協の若い組合員たちと同県水産試験場による根気強いモニタリング調査(放射性物質検査の検体漁獲)を経て13年6月、監督機関となる同県地域漁業復興協議会の指導下で試験操業にこぎつけました。政府の支援がない当事者の自助努力で、船主たちは東電の補償から経費を出し合いました。最初はミズダコ、ヤナギダコ、シライトマキバイ(ツブ貝)の3種、計600キロという細々とした水揚げで、厳しい検査体制で安全を確かめながらの試験販売も始まりました。

 試験操業は週2回程度。1年後に漁獲できる魚種が16種に、水揚げ量は約300トンに増えましたが、原発事故前の10年度(1万8900トン)の2%に満たず、市場が成り立たちませんでした。仲買をしていた水産加工業者、小売業者らは共同で「買い付け人組合」をつくって、出荷先を失った漁協との相対価格(直接の取引で値を決める方法)で相馬の魚介類を買い支え、地元の魚店、スーパーに卸し、か細い流通を守ってきました。ある仲買の業者は原発事故前の年商を40分の1に落とし、浜の雇用も失われました。

 試験操業を引っ張ってきた原釜小型船主会会(45人)の会長、今野智光さん(58)はこの朝5時に松川浦漁港を出て4~5キロ沖でコウナゴを漁獲し、計250キロを水揚げしました。「天気予報を見て出漁を決めているが、(3月)13日は初日としては、これまでで一番早かった。量はいまひとつ。船1そうで500キロは取りたかった。だが、去年の初日に1キロ700円だったのが、きょうは910~1370円の値がついた」

 西日本では、産地の伊勢湾(三重、愛知)が2年続けて禁漁になるなど不漁が長期化しています。今野さんは「全国で一番まとまった量が水揚げされるのは、相馬沖から仙台湾しかない。原発事故以来悩まされてきた風評も、いまのところは心配ない。コウナゴが大きくなっていく4月末までの漁期の間に、漁獲も増えていくだろう」と、ひとまず安堵の表情を浮かべました(今野さんの水揚げは翌14日、計400キロに増えたそうです)。

浪江町請戸でも希望の漁

 14日の河北新報朝刊には、同県浪江町の請戸漁港での水揚げ復活の記事も載りました。

 『東京電力福島第1原発の20キロ海域での試験操業が13日、解禁された。同海域は原発事故を受けて全面自粛が続いていたが、安全性が確認できたことからコウナゴ漁が可能になった。福島県浪江町の請戸漁港からは9隻が出漁し、故郷の海で魚影を追った。
 この日は請戸周辺で魚群が見つからず、相馬沖での操業が中心となった。それでも、請戸漁港には約900キロのコウナゴが6年ぶりに水揚げされ、浜が活気づいた。
 地元漁協は対象魚種を拡大していく方針。ただ、原発10キロ圏内は操業自粛が続く。南相馬市の漁師今井亨夫さん(56)は「20キロ圏海域の解禁は大きな一歩。これからも漁の正常化を進めたい」と力を込めた。』

 請戸漁港は、無人の野になったままの津波被災地を後背地に、いまのところ岸壁だけが復旧され、水揚げが可能になりました。地元の浪江町が福島第1原発から20キロ圏にあって、全住民対象の避難指示区域となり、古い漁師町の請戸も6年前の津波で壊滅し、さらに20キロ圏は全面禁漁という三重の苦難が、漁業者たちにのしかかっていました。

 請戸沖での試験操業解禁(原発から10~20キロ圏内)は、海中に残されていた津波のがれき撤去完了が第1の理由でした。「福島の漁業復興を一歩進めたい」と同県漁連が担い、昨年9月から相馬双葉漁協の小型漁船が中心となって海底のがれきを回収し、いわき市内や請戸に陸揚げの後、検査を経て専門業者が処分しました。そして、母港を失い、避難先で6年を過ごした請戸の漁業者の「帰還」の悲願がありました。浪江町は飯舘村などと同じく3月末の避難指示解除(帰還困難区域を除く)が予定されています。相馬双葉漁協請戸支所や荷さばき場も再建されておらず、地元に住まいはなく、コウナゴの取引は相馬の市場を頼るほかありませんが、漁業者たちにあるのは古里の海と港に戻れた喜びです。

 コウナゴ漁初日、松川浦漁港の荷さばき場には、競り入札の再開を待ちわびた佐藤弘行組合長(61)がいました。「競り入札は、漁業正常化への歩みの証しだ。試験操業で漁獲できる対象の魚介は、今年1月までに97種に増えた。大震災と原発事故の前には200種以上が捕れた相馬の豊かな海と漁業が、ようやくここまで復活してきた。漁業者も活気づくだろう。『非常時』を終わらせる大きな節目と考えている」
 過去、その最大の障壁となってきたのが、福島第1原発の汚染水問題、そこからたびたび生まれた風評でした。コウナゴに続いて4月からは、試験操業で水揚げされる全対象種について競り入札が行われますが、参加を申請した仲買業者はわずか3社。コウナゴの乾燥施設を備えた水産加工業者です。外気にさらされる天日干しが風評の元になりかねないと、まだ出荷の許可要件となっていないからです。春の日差しでコウナゴが干される漁村の風物詩復活はまだ先です。

新たな懸念も動き出す

 この日を前にした3月8日、同漁協で取材させてもらった佐藤組合長は、久々の明るいニュースの陰で今年直面するかも知れない一つの懸念を語りました。「これまで重ねた漁業者の努力を無にしかねない問題だと、県漁連が一貫して『容認できない』と国、東電に訴えている『トリチウム』のことだ。いつ、国と東電が言い出してくるのか分からないが」

 トリチウム(三重水素)とは放射性物質の1種で、水素と性質が似て、溶け込んだ水から分離できず、福島第1原発の汚染水処理で東電が稼働させている多核種除去設備(ALPS・62種の放射性物質を除去)でも唯一除去できない。汚染水処理を東電は当初「浄化」としていたが、実際には半減期12年のトリチウムを含んだ廃水が、保管タンクに約80万トンもある。汚染水は、溶けた核燃料が残る原子炉建屋に地下水が流入して毎日発生。それを減らそうと東電が建屋の周囲に開設した「凍土壁」などの対策を試みています。

 漁業者が懸念する海洋放出は13年9月、日本原子力学会の福島第1原発事故調査委員会が最終報告案で「自然の濃度まで薄めて放出」と提案。原子力規制委員会、経済産業省の幹部が「放出やむなし」の見解を語りました。さらに政府の汚染水処理対策委員会が、①深い地層に注入 ②基準以下に希釈しての海洋放出  ③蒸発  ④水素に還元して大気放出  ⑤固化またはゲル化し地下に埋設―を検討し、「海洋放出が最も低コストで処分できる」と試算しました(注・試算値は、①約12カ月、約3884億円 ②約88カ月、34億円 ③約115カ月、約349億円 ④約101カ月、約1000億円 ⑤約98カ月、約2431億円)。これらの処分方法をめぐって議論する小委員会も発足しましたが、昨年11月11日の初会合では慎重論が相次いだ、と報じられました。

  『関谷直也東大大学院特任准教授(災害情報学)は、地元の漁業者らが反発している海洋放出を念頭に「福島の漁業はまだ試験操業の段階で(海産物が)通常の物流ルートにのっていない。東北の漁業が特殊な状態にあることを認識すべきだ」と強い懸念を示した。
 小山良太福島大教授(農業経済学)も「全部(の処分方法が)風評になると思う。放射性物質をどうコントロールするのか、説明が重要になる」と強調した。
 東北放射線科学センター(仙台市)の高倉吉久理事は「外国で東北の海産物の輸入規制が続いている。風評の影響を考えると、委員会として結論を出すのは非常に難しい」と述べた
。』(同12日の河北新報より)

 福島の漁業者たちを巻き込む論議は既に、当事者の知らない場所で動き出しています。

3月13日朝、新しい魚市場の荷さばき場に今年初めて水揚げされたコウナゴ=相馬市松川浦漁港

体長4センチほどのコウナゴ

水揚げを終えた漁船員たち

コウナゴの大漁祈願の縁起物を掲げた漁船

カモメに追われながら、落札したコウナゴを加工場へ運ぶ仲買業者

 

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