シネマに包まれて-映画祭報告

presented by 河北新報

(1)都会の孤独が染み出す「水族館」

2008/11/30

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 11月27日深夜、成田を発って、今年も西フランスの古都ナントで開かれている3大陸映画祭(11月25-12月2日)にやってきた。14度目の訪問だ。

 「映画後進地(今やそんなことはないが)」のアジア、アフリカ、中南米にまで映画の地平線を広げようと、3大陸に絞った作品だけを提供し続けるユニークな映画祭も、今年で30回となる。今年はコンペティション部門(12作品、昨年からフィクションとドキュメンタリーを統合)、30周年記念として過去のグランプリ(金の熱気球賞)獲得作品と、2度グランプリを受賞した4監督(台湾のホウ・シャオシェン、イランのアミール・ナデリとアボルファズル・ジャリリ、中国のジャ・ジャンクー)や昨年亡くなった中国のエドワード・ヤン監督の業績などの特集が組まれ、盛りだくさんの内容だ。会期中、3つの映画館の6スクリーンを中心に106本が上映される。

01nantes_03.jpg 成田から約19時間の旅。時差がマイナス8時間のためパリ着は22日早朝4時過ぎ。6時半発のナント行き新幹線(TGV)で28日午前9時前に到着。28日朝から映画を見始めた。初日はトルコ、エジプト、中国、チリと、お国柄の違うコンペ作品4本を見た。


 トルコの「ミルク」は、地方の鉱山村で牧場を営む2人暮らしの母子の物語。息子のヨスフは高校を卒業、大学を目指すが、詩作に時間を割いて不合格となる。父親の死後、牧場を手伝って母親を支えてきた彼だったが、受験失敗などの後、母親に変化が起きる。鏡に向かって化粧をしてうっとりしたり、彼のミルク配達中に度々出掛けたりするようになる。母子2人が、互いだけ見て支え合う"幸せな時間"は過ぎ去ったのだ。彼は炭鉱労働者として独り立ちする道を選ぶ。
 この作品は昨年の映画祭閉会式で上映された「エッグ」に次ぐ、ヨスフ3部作の第2作だという。小さな村に通じる1つの鉄道が外から新しい規範を持ち込む中で、ヨスフは自分の存在を問い続け、母親は因習からの脱皮を目指す。1963年生まれのセミ・カプラノグ監督は、出演者の演技を最小限にして、特に目の表情を印象的に使っていた。第3作が待ち遠しい。


 エジプトのヨスリー・マサラフ監督(56)の「水族館」は、冬の首都カイロで生きる人たちの孤独と思わぬつながりを描いて印象的だ。
 医者ヨセフは自分の病院とは別にスラム街の中絶医院も手伝い、ほとんどの夜を車の中で寝る超多忙な生活を送っている。そして自分の患者が妄想から話す内容を興味深く聞く一方で、ラジオで人気の対話コーナー「ナイト・シークレッツ」を担当するライラの声に耳を傾ける。ライラはコーナーに電話してきたヨセフと、彼女の友人の治療ですれ違う。声を聞いて驚くライラ...。
 大都市の華やかさとは別に、人々は生きる。ヨセフはがんの父親を熱心に治療するが、父親はそれに満足せず、ヨセフは毎日追われるだけの生活。一方のライラは母親を抱えて恋すらままならない。彼らは水族館の水槽に入れられた魚と同じでしかない。一方でバー「水族館」では、"囚われの身"であることから本能的に逃れようとする人々が群れ集うのだ。ヨセフ、ライラの人物造形のほか、2人に絡むヨセフの父親やライラの友人らも丁寧に描かれていて、じわりと染みだしてくる現代の人間の孤独に、こちらも感染してしまう。


 3本目の「ある中国の村の1年」はドキュメンタリー。重慶近くの中国の典型的な貧しい農村の1年間(2005年冬~06年12月)を、リー・ユファン監督が透徹した観察眼で切り取っている。
 村は人口が減っていき、決して豊かではないのだが、住む人々は暗くない。農機具はなく、それぞれが手作業でやれることだけを精いっぱいやって、主張すべきところは主張する。といいながら、村の総代表選挙は、"お祭り気分"的ないい加減さでやり過ごす。田園風景の緑が何ともまぶしい。
 人間は1人では生きられないことを、この作品は89分間に凝縮して、静かに教えてくれる。ラストで村人が、家族単位のスナップで紹介されるのもいい。そこからは、それぞれの人柄が素直に伝わってくる。


 最後に見たのはチリのジョゼ・ルイス・トレス・レイヴァ監督(33)の「空、地上、そして雨」。チリ南部の湖近くに住む孤独な男女4人。寡黙に決まり切った日常を送っていたが、互いの接点から、暗黙のうちに極端な方法で自分たちを救おうとする。互いが孤独を感じない距離感を保ちつつ"疑似家族"をつくることだった。だが、その試みはそう簡単ではない。空に向かって枝を広げる巨大な木々、フェリーが航行する湖面のさざなみ、その向こう岸ではけたたましく行き交う車の騒音が、4人の気持ちを代弁する役を任されているのだが、監督の意図ほど明確には伝わってこないのが歯がゆい。というか、もっとストレートな表現を交えた方が、全体に締まった構成になったと思われる。


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01nantes_02.jpg 30周年なのだから、街中がもっとお祭り気分かと思ったら、意外に静かなのには驚いた。大型ポスターの掲示はなく、赤いフラッグだけがメインストリートになびいていた。

 混雑緩和のために導入されていた、コンピューターによる事前発券は、何が理由か取り止めになり、以前の順番待ちに戻っていた(一説には経費節減の結果だという)。以前と違うのは、ジャーナリストや映画関係者らのゲストと通し券所有者を開始5分前まで優先、その後に一般客を入れる点。このため、カトロザの前には2列の長い列ができた。

 入り口で観客数をカウントしているが、席数の少ないスクリーンに客が殺到すると立ち見が出ることになる。この日のエジプト作品「水族館」では、立ち見どころか、ゲストのマサラフ監督の席すらない状態だった。監督の席は何とかなったが、10人近くが立ち見となり、ギリギリに滑り込んだ僕も、もちろん立ち見だった。

(桂 直之)

写真(上)ナントの地図
写真(中)第30回のポスター
写真(下)映画祭の赤いフラッグがなびく商店街