シネマに包まれて-映画祭報告

presented by 河北新報

(2)ディレクター 林加奈子氏に聞く

2008/11/23

  FilmEx2008 003.jpg-今年9回目を迎えたフィルメックスですが、この9年でどういう風に変わってきたでしょうか。

 林「難しい質問ですね。フィルメックスは年を経るごとに少しずつ規模を拡大して何百本も上映するというような映画祭ではないんです。規模としてはニューヨーク映画祭と同じくらいでしょうか。あそこも厳選した20数本しか上映していませんよね。フィルメックスも同じで、コンペティション10本でアジアの若手の新しい才能を日本の観客に紹介し、世界にアピールしていく。それに、特別招待作品の10本程度で新しい流れを提案する。これは映画祭全体を通してのコンセプトでもあります。というのは、東京にいても、今の世界の最先端がどうなっているのかがわかりにくいという状況があると思います。これは配給システムの問題でもあるんですが、公開に時間がかかったり、タイミングがずれたりする。それで、フィルメックスは2008年に世界で起こっている、最も新しい流れを日本の観客にきちっとお届けしたい。それをアジアに限らず特別招待作品の枠で紹介する。実は、これまでの特別招待作品はアジア映画が多かったんです。それは予算の制約もあったんですが、実際にアジアの映画が世界を引っ張っているという状況もありました。でも、今年はマケドニアやドイツ、フランスもあるし、特にブラジルは、クラシックでアンドラーデの特集、オープニング作品のウォルター・サレス&ダニエラ・トマスの「リーニャ・ヂ・パッシ」、それに短編集の「ウェルカム・トゥ・サンパウロ」もあるという、例年より多彩なプログラムになっています。映画を作る人達は1本1本の作品で主張するわけですが、映画祭は、映画祭全体で新しい流れを観客に届けるのが役割だと思っています」

-今はアート系の映画配給が難しい時代だとヴェネチア映画祭のマルコ・ミュラーも語っていました。

 林「80年代、90年代、東京でミニシアターが隆盛を誇っていた時期がありましたよね。ブルータス座まで含めて、多様な映画を見ることができました。あの頃はカンヌでも配給業者が血眼になっていい映画を探していたし、私達も映画を見るためなら、かなり遠くの映画館まで足を運んでいた。ところが、レンタルビデオが普及し、DVDでも映画が見られるようになり、何でも見られるようになると、逆に何にも見られないようになってきたと思うんです。ミニシアターの頃の、"ここで見ないと、もう見られない"という切実感は本当に大事だったと思います。そして21世紀に入り、本当にいい作品を上映しても観客が入らないようになってきた。こうなると、配給する方も二の足を踏まざるを得なくなる。観客が来てくれることがわかれば映画は配給されるわけなので、これは業者の問題というより、観客の問題であると思います。

Film'Ex2008 021.jpg 例えば、今、映画監督を志している人達でさえ、"侯孝賢て誰?"というような現実がある。フィルメックスは映画を教えている教授達を通じて大学にチラシを置いてもらったりしているんですが、チラシを見て教授達は興奮してくれるのに、学生達はどれを見たらいいのかわからない。「これを見なさい」と言わないと見るべき映画がわからなかったりするんです。侯孝賢の映画を1本見て、その凄さがわかり、過去の作品を見たくなれば、手近なところにDVDがあるのに、そこまでの行動がなかなか起きない。映画に対する能動的な動きが出ない状況にあるような気がします。

 毎年、フィルメックスには、映画を見続けている、コアで深い映画ファンが来てくれているという手応えは感じます。ただ、熱狂的な映画ファンとは別に、いい映画があれば見たい人、世界の新しい動きを知りたいと思っている人がいるはずです。フィルメックスは、そういう人達、映画を美術や演劇などと同じ文化として、広く文化全般に興味のある人に届けたいと思うんです。去年からチラシも、美術館などに置いてもらえるような形状に変えました。宣伝費をかけ、タレントにフィルメックスの名前を連呼してもらって名前だけを浸透させるより、いい映画を見たいと思っている人達に、ちゃんと情報が届くようにしたいと思っているんです」

 -今は世界のすべてがデジタル化し、観客を取り巻く状況も変わってきたと思います。ネットや携帯で情報も簡単に得られるし、何でもランキングで表され、ランキングに入らないものは無視されてしまう。そこに批評が何の力も及ぼしていない状況に批評家としての反省もあるんですが。

 林「自分自身の評価は大事ですよね。私はこの映画をこう受けとめたという思いが大事だと思う。視聴率や観客の動員数ではなく、大切なのは深さなんです。けれど、深さというのは数字では測れない。2年前にパラグアイ映画の「ハンモック」を上映したときに、2回の上映の2回とも見に来てくださった人がいましたが、あの映画がどのくらい凄いのかというのは、深く突き刺さった人にしかわからないと思うんです。配給や興行の人達は数字で生きていかなければならないけれど、映画は深さで語られねばならない。その信念を貫くのが映画祭だと思うんです」

  Film'Ex2008 054.jpg-では、今年の内容を具体的にうかがいたいと思います。まず、特集上映にブラジルのジョアキン・ペドロ・デ・アンドラーデと蔵原惟繕の2監督を選ばれた理由は?

 林「蔵原監督については、今まで、清水宏、内田吐夢、中川信夫、岡本喜八、山本薩夫、松竹、東映、新東宝、東宝と、いろんなトライアルをしてきて、日活というのはやったことがなかった。日活にはもちろん川島雄三など凄い監督が沢山いらっしゃいますが、この企画はフィルムセンターとの共催なので、センターでも特集しておらず、新しい発見がある監督をということで蔵原さんになりました。実は、蔵原惟繕特集は、日本でも世界でも一度もやられたことがないだろうと思っていたんですが、野上照代さんに、故川喜多和子さんが「憎いあンちくしょう」が大好きで、清順共闘以前のシネクラブ時代に蔵原特集をやっていたということを教えていただいて驚いたんですよ」

-蔵原監督といえば、晩年、商業映画で大ヒットを飛ばしていたので、わざわざ特集をとは誰も思わなかった人ですよね。

 林「たしかに「キタキツネ物語」や「南極物語」の大ヒットで、そこで満腹になってしまうきらいがありますが、「第三の死角」や「ある脅迫」など、当時スターを起用していない作品は、ほんの数日で公開が終わったりして、一部の人達だけが凄いと言っているだけで、その後上映される機会がなかったりするんです。今回、日活の協力で全作品を見ながら12本に絞り込んでいったんですが、50年代、60年代には、裕次郎の映画の合間に新しいことにチャレンジした実験的な作品を撮ったりしていて、改めて見ると非常に多様性のある監督であることがわかりました。それで、これはぜひ海外に向けて発信せねばと思ったし、フィルムセンターも了承、日活も協力するということで、実現となりました。昨年、日活アクション映画がアメリカで特集が組まれたり、ウディネ映画祭で蔵原特集が組まれたりしていて、ある意味で、とてもタイムリーな企画なんです。

 アンドラーデは、4年前のカンヌで「2046」のプリントの到着が遅れ、上映スケジュールが大混乱になったときに、「2046」を諦め、カンヌ・クラシックで「マクナイーマ」を見たんです。観客が全然いない中で見たんですが、本当にぶったまげて、これは誰だ?と思ったのがきっかけです。そこからリサーチを始めたら、娘さんの存在がわかり、修復版が作られるともわかり、今年は日本人のブラジル移民百年記念の年でもあるので、ブラジル大使館も協力体制に入ってくださり、4年をかけ、満を持して実現の運びになりました」

-今年のコンペの傾向はどうでしょう?

 林「実は、私も市山も、国のバランスなど一切考えず、いいものの順に決めていくので、傾向はラインナップが決まってから探っていくしかないんです。それで、今年は中国が3本、イスラエル&レバノンが2本、日本が2本、カザフスタンが2本、韓国が1本となり、イランが1本もないんです。イラン映画はかなり見たんですが。大統領が替わったという政治状況もあるでしょうが、映画祭受けを狙っているようなところが見えてしまう映画が出てきたりしていて、結局1本も選びませんでした。ラインナップが出来上がってから見えてきたのは、劇映画とドキュメンタリーの境界線を考えさせられる、あるいは考えなくてもいいということを突きつける映画が多かったということです。「バシールとワルツを」のドキュメンタリーをアニメでやるチャレンジ精神、「私は見たい」のカトリーヌ・ドヌーヴがカトリーヌ・ドヌーヴを演じる凄さ。今やドキュメンタリーやフィクションの線引きをしなくてもいい時期にきているのではないか。そんな世界の動きを体験してもらえるラインナップではないかと思います」

(11月5日、赤坂、フィルメックス事務局にて  齋藤敦子)

写真(上)ディレクターの林加奈子さん。フィルメックス事務局にて
写真(中)開会式にて開会宣言をする林加奈子ディレクター
写真(下)今年の審査員勢ぞろい。左から韓国のソン・イルゴン監督、サンパウロ映画祭代表レオン・カーコフ氏、審査委員長の野上照代さん、香港の俳優レオン・カーファイ氏、フランスの映画評論家イザベル・レニエさん