シネマに包まれて-映画祭報告

presented by 河北新報

(4)サンパウロ映画祭代表 レオン・カーコフ氏に聞く

2008/11/30

04filmex_01.jpg 林加奈子ディレクターとのインタビューにも出てくるように、今年は日本人のブラジル移民百年の記念の年でもあり、フィルメックスでは、ウォルター・サレス&ダニエラ・トマス共同監督によるブラジル映画「リーニャ・ヂ・パッシ」がオープニングを飾り、シネマ・ノーヴォの知られざる監督ジョアキン・ペドロ・デ・アンドラーデの特集が組まれた他、サンパウロ映画祭が製作した17話のオムニバス短編集「ウェルカム・トゥ・サンパウロ」が特別招待作品として上映されている。

 今年はカンヌ映画祭でも「リーニャ・ヂ・パッシ」と並んで、ブラジル出身のフェルナンド・メイレレスの「ブラインドネス」がコンペに選ばれた他、アルゼンチンのパブロ・トラペロの「レオネラ」とルクレシア・マルテルの「顔のない女」がコンペに選ばれ、南米映画の活躍が目立った年だった。グラウベル・ローシャやネルソン・ペレイラ・ドス・サントスら、シネマ・ヌーヴォの作家の活躍は世界的に有名だが、その後、大きなブランクのあるブラジル映画の現状について、審査員として来日中のレオン・カーコフ氏にお話をうかがった。

-シネマ・ヌーヴォの後のブラジル映画について、私たちのところに何も伝わってこなくなってしまったのですが、最近の復活までの間に何があったんでしょうか。

 カーコフ「それは、様々な意味での繋がりが断ち切られてしまったからなんです。一つは1964年に始まる独裁政権の影響です。シネマ・ノーヴォの作品が公開されたり、海外に送られたりするのはよかったんですが、その後、検閲が次第に厳しくなっていき、映画の企画にまで検閲が加えられるようになりました。85年に独裁性が終わり、選挙で選ばれた大統領による民政に移行しましたが、オフィシャルな製作会社エンブラフィルメ(映画公社)を閉鎖してしまい、それまでブラジル映画が持っていた、海外の映画祭や映画人との関係をすべて失わせる結果になったんです。それが世界からブラジル映画が消えてしまった理由の1つです。その後、別の方法で援助を得る手立てが少しずつできてきて、ブラジル映画が再び見られるようになったというわけです」

-今年はブラジル映画だけでなく、アルゼンチン映画が2本、コンペに登場しましたが、最近、南米の映画がどんどん世界の映画祭に登場してきているので驚いているんです。

 カーコフ「パブロ・トラペロの作品はウォルター・サレスの会社との共同製作なんですよ」

-そう言えば、ブラジル・アルゼンチン両国で撮影されていましたね。というと、何か協力体制のようなものが出来ているということでしょうか。

 カーコフ「国のレベルではなく、人と人の関係です。ブラジルは国としては南米のどの国とも関係を持っていません。人と人との関係なんです。パブロ・トラペロとウォルター・サレスとの出会いがあり、彼らが友人になったので、サレスが「モーターサイクル・ダイアリーズ」をアルゼンチンで撮影する際にトラペロが協力し、今度はサレスが協力したというわけなんです」

-数年前にヴェネチア映画祭で見たトラペロの「ファミリア・ロダンテ」はすばらしい作品でした。南米では、例えばパラグアイの「ハンモック」やウルグアイの「ウィスキー」など、面白い映画が次々に出てきています。

 カーコフ「実は、ブラジルには国際協力について協定のようなものはあるんですが、まるで機能していません。それにブラジル人は南米映画に何の興味もないし、アルゼンチン人はブラジル映画など見ません。観客が興味を持つのはアメリカ映画であって、南米の映画ではないんです。まずアメリカ映画、次にヨーロッパ映画、少しアジア映画という具合です」

-カーコフさんが代表をなさっているサンパウロ映画祭は、どのような映画祭なんでしょうか。

 カーコフ「77年に私が創設したんですが、まだ独裁政権下で、映画を見たり、批評したりする自由を求めたプロテストの意味もありました。それで運営には非常に苦労しました。というのも、上映される映画を事前にすべて当局に見せねばならなかったからです」

-というと、作品によっては上映を拒否されたりしたんですか?

 カーコフ「検閲というよりは映画祭の運営を邪魔するのが目的でした。だから、当時、上映を拒否されたのはたった1本だけなんです。非常にキッチュな中国の短編映画で、洗脳がテーマで、幼稚園の園児が"社会主義のリンゴはより赤い"と歌を歌うんですが、それがプロパガンダだと言うんです(笑)。まったく馬鹿げていますよ。上映禁止はその1本だけでしたが、当局との折衝で、いつも非常に消耗させられました。

 私たちの映画祭は若い映画作家に上映の機会を与えるのが目的で、最も大きな賞は監督第1作か2作目までの若い監督が対象です。それに、観客に優先権を与えるというコンセプトは創設当初から今も変わっていません。サンパウロ映画祭ではまず観客が映画に投票し、その上位20本を審査員が審査するんです」

-それに「ウェルカム・トゥ・サンパウロ」のような大きな企画も実現なさってますね。

 カーコフ「規模は大きいですが、実は資金ゼロの企画なんです。これは今の映画製作に対するプロテストとして作ったものです。というのは、今、映画監督は資金でも設備でも非常に恵まれ、プロデューサーに守られていて、出来上がった映画に観客が集まるかどうかに注意を払わないようになっています。既に監督料を受け取っていますからね。それで、何の補助もなく、資金ゼロで映画を作ってみようと思ったんです。それで、企画に賛同してくれた海外の友人の監督たちに事前に何の説明もせず、ただサンパウロに来てもらい、ビデオカメラを渡して街を撮ってもらった、とういわけです」

-つまり、外国に配給するためではなく、自国の若い映画作家に、こういう方法があると教えるために作ったんですね。

 カーコフ「そうです。そして重要なのは外からの視線で撮ったということです。日本でも同じだと思いますが、毎日家を出て仕事に行きますよね。そういう日常を内からの視線でなく、外から見てみる。するとまったく別のものが見えてくるでしょう。その視線が大事なんです」

04filmex_02.jpg-では、あなたという外からの視線で、今の若い日本映画を見たご感想は?

 カーコフ「新鮮さと誠実さが特徴ではないでしょうか。普通の人々に向ける視線は他のどの国よりも誠実ではないかと思います。特撮なしで、普通の人々に密着し、彼らの日常を誠実に撮っている。そこがいいですね」

 (齋藤敦子)

写真(上)サンパウロ映画祭代表で審査員のレオン・カーコフ氏
写真(下)28日に丸の内カフェで開かれたシンポジウム「それぞれの映画、日本映画篇」の模様
右から俳優の西島秀俊氏、寺島進氏、ヴァラエティ・ジャパン編集長の関口裕子さん