シネマに包まれて-映画祭報告

presented by 河北新報

(4)怖いまでのリアルさ 「パーク・ビア」

2008/12/03

1203-01.jpg 12月入りした。ようやく晴れ間がのぞく。1日(月)はアルゼンチン、メキシコのコンペ部門2作品とエドワード・ヤン特集で彼の処女作といっていい「光陰的故事」と彼を追悼したドキュメンタリー「さようならエドワード・ヤン」を見た。

 アルゼンチンの「1週間だけ」は、"隔離"された子どもたちを描いた作品。隔離されたといっても、広大な敷地から逃げ出さなければ、何でも食べ放題、学校にも通え、プールでも遊べるのだ。この施設は、親に見捨てられた子どもたちを集め、富豪たちの注文に応じて「1週間だけ」子どもを"貸し出し"ているのだった。
 5歳から20歳前後までの男女が、7、8人ごとに一軒家で集団生活している。最初は母親恋しの気持ちから、携帯電話を気にするが、それも次第になくなり、グループの中で自分がどんな立場に立つか(男女の間では誰と恋愛するか)が関心事になってくる。そんな中、新たに男の子が加わったことでバランスが崩れ始める。
 この施設はユートピアなのだろうか。世界には親に見捨てられて生きていけない子どもたちが大勢いる。収容された子どもたちは幸せだ、とも言えなくはない。子どもたちはパーティーを機に、悪ガキに変じて部屋に落書きをして暴れる。それは施設にとっては「予定された」範囲内(見えない抑圧に対する調整弁)でしかなかった。
 作品は、一暴れの後、子どもたちが一応の"和解"に至ったことを描いて終わる。逃げ出せ、施設を壊すんだ、と言うことは簡単だが、今の世界は、見ようによっては、この施設と同じではないだろうか。セリナ・ムルガ監督(35)は、目の前のことに精いっぱいで自分のことしか考えない大人たちに実は責任がある、と突きつけているのだ。監督は上演前のあいさつで、米国のマーティン・スコセッシ監督の製作であることを誇らしげに紹介していた。

 メキシコの「パーク・ビア」は、メキシコシティーにある高級住宅を長年管理してきた初老の男ベトが、新たに人生の分岐点にぶつかった時の生きざまを描く。
 冒頭、雨の降り出したことを知ったベトが、何度も階段と部屋を通って物干し場までたどり着く姿を延々追い続ける。家の大きさとベト自身の体力を一度に分からせる何ともうまい演出だ。エンリケ・リベロ監督は、これ以外でも彼が起き出して眠るまでを、それこそ執拗に描く。現在が、外界と縁を切った彼にとって、いかに"安住の地"かを知らせた上で、この家が売りに出され、買い手が付いたことを描く。
 ベトは、この家を出て生きるか、このまま残る方法がないかを探すジレンマに陥る。彼は大恩があり尊敬もしているオーナーの夫人に遠慮して、出る決心を口にするのだが、当日になって自分の中に隠れていた本心を凶暴な形で出してしまうのだ。
 明るく若々しくもあったベトが、家が売りに出てから買い手が決まるまでの過程で、どんどんと老いていくさまがリアルだ。ベトを演じたのはノルベルト・コリア。監督は当初からコリアの実生活をベースにしてベトの人物像を膨らませていったそうだが、それにしても彼の演技の見事さに圧倒された。

 1980年代台湾ニューウエーブの旗手、エドワード・ヤンが亡くなったのは昨年の6月。がんで体調を崩し、最近は作品をつくっていなかったとはいえ、59歳での死亡は惜しい。30周年記念の特集の1つで、彼の全作品と彼を追悼するドキュメンタリー「さようならエドワード・ヤン」が上映された。
 82年につくられた「光陰的故事」は、実は新人若手監督4人による4話オムニバスの作品。60~80年代の台北を舞台に、小学校から成長して結婚までを描いている。ヤンが担当したのは2話「指望」(30分)。女子中学生の性的な目覚めを何ともみずみずしく描いていることか。この作品は、85年の「タイペイ・ストーリー」(何とホウ・シャオシェンが主演)とともに日本では劇場未公開。
 冒頭、うつむいた少女(シルヴィア・チャン)が顔を上げて、こちらをじっと見詰める。この澄み切った、何でも見通しそうなまなざしに出会った者は、もうこの作品の虜になってしまう。人間の素直な感性の素晴らしさに、あらためて涙腺が刺激された。
 「さよならエドワード・ヤン」は、シャオ・チェーチェン監督が、ヤン監督の作品で関係のあったプロジューサーや俳優、脚本家らにインタビューする一方で、手塚治虫ファンだった彼が映画化したいと考えていた漫画なども紹介している。彼の才能を惜しむインタビューが主体で、作品そのものの分析はなく、彼の考えが出ている漢詩を単なる紹介だけに終わっているのは、追悼の会に間に合わせようとしたとしても残念だ。

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  1203-02.jpg 4日目にしてやっと青空がのぞいたので、上映が途絶える昼間に散策をした。15世紀ゴシック建設のサン・ピエール大聖堂(高さ約63m)は、日の光に白亜の偉容を輝かせていた。ミサの時間に訪れると、オルガンの伴奏で歌われる聖歌が、それこそ高い天井から舞い降りてくる。想像しながらゆっくりと堂内を巡ってきた。
 近くには15世紀に造られた最古の木造建築物が残る。3階建てでややかしいではいるが、現在もカフェとして現役。隣の建物も18世紀半ばのもので人が住んでいる。地震がないからとはいえ、古いものでも使えるものは直して使おうという意識には頭が下がる。 こちらの街歩きの楽しみにはウインドショッピングもある。日本のディスプレイも目を引くものが多くなったが、こちらは"先輩"。力を抜いたものにもハッとさせられるものがあって、次はどうかな、と自然に先に先にと歩いてしまっている。

1203-03.jpg(桂直之)

写説上:上演の前にあいさつするメキシコのエンリケ・リベロ監督(中央)=カトロザ2
写説中:550年以上が経つ最古の木造建築(左)。かしいではいても修復して立派に現役
写説下:クリスマスに合わせた子供服店のウインドー。上品なかわいらしさを演出