シネマに包まれて-映画祭報告

presented by 河北新報

(5完)グランプリに「パーク・ビア」

2008/12/05

1205-02.jpg 早くも最終日になってしまった。
 今年のコンペだが、ジュール・ベルヌにちなんだ金の熱気球賞(グランプリ)は、メキシコの「パーク・ビア」(エンリケ・リベロ監督)が獲得、日本の「歩いても 歩いても」(是枝裕和監督)で存在感ある演技を見せた樹木希林が最優秀女優賞に輝いた。ノミネートされていた12本の地域別はアジア6本、中南米4本、アフリカ2本。フィクション、ドキュメンタリーの別ではフィクションが8本、ドキュメンタリー3本、両者の合体1本だった。グランプリの「パーク・ビア」はフィクションだが、登場人物のリアルな描写は限りなくドキュメンタリーに近く、ドキュメンタリー3作が全て受賞を果たすなど、フィクションとドキュメンタリーの境界消滅を強く感じさせた。

 閉会式は午後7時30分から、ロワール川の中州にある国際会議場、シティ・コングレで開かれ、フィリピン映画「スリングショット」(ブリヤンテ・メンドーサ監督)を上映後、受賞作が次々と発表された。
 グランプリの「パーク・ビア」は、メキシコシティーにある高級住宅を30年にわたって管理してきた初老の男ベト(ノルベルト・コリア)が、住宅が売りに出されたことで人生の分岐点に立った時の生きざまを描いたもの。
 エンリケ・リベロ監督は、彼が起き出して眠るまでを、それこそ執拗(しつよう)に描いて、今が"安住の地"であることを知らせる。そのことで、この家を出て生きるか、このまま残る方法がないかを探す彼のジレンマの深さが、じんわりと伝わって見る者の心に残る。屋敷を出る当日、彼が自分の中に隠していた本心を凶暴な形で出すシーンに、最初は衝撃を受けるが納得もさせる演出には脱帽だ。
 この作品の成功を支えたのがベト役のコリア。明るく若々しくもあったベトが、家が売りに出てから買い手が決まるまでの過程で老いていくさまは本当にリアルで圧倒された。最優秀男優賞は審査員がもろ手を挙げての決定だ。監督が当初からコリアの実生活をベースにしてベトの人物像を膨らませていった手法がまさに図に当たった格好だ。


1205-01.jpg 日本からの「歩いても 歩いても」は、日程の関係で残念ながら見ることができなかった。長男の命日に、老いた両親(原田芳雄、樹木希林)の元に顔をそろえた次男夫婦(阿部寛、夏川結衣)らの一日を淡々と描いた作品。家族ゆえに分かり合えるけれど、家族だからこそ傷付けてしまう、ほろ苦くも温かい家族がリアルに浮かび上がり、殊に樹木希林の存在感ある演技が印象的だったそうだ。是枝監督は母親の死をきっかけに両親の記憶を刻んでおこうと製作したという。
 その他の各賞は以下の通り。

      ◇準グランプリ 「稟愛(ビンアイ)」(フォン・イェン監督=中国、ドキュメンタリー)
      ◇審査員特別賞 「中国はいまだ遠い」(マルク・ベンスマール=アルジェリア、ドキュメンタリー)
      ◇最優秀男優賞 ノルベルト・コリア(「パーク・ビア」)
      ◇ナント市民賞 「南の海からの歌」(マラット・サリュリュ監督=キルギスタン)
      ◇若い観客賞 「ある中国の村の1年」(リー・ユファン監督=中国、ドキュメンタリー)

 準グランプリの「稟愛(ビンアイ)」は、昨年の山形国際ドキュメンタリー映画祭でアジアの若手作家の発掘、育成を目的とした「アジア千波万波」部門の最高賞・小川紳介賞を獲得した作品。今回は日程の関係で見られなかったが、山形映画祭で見たときに強く印象に残った作品。中国・三峡ダム建設による水没地区住民の強制移住に立ち向かう女性、稟愛を追っている。フォン・イェン監督は当初、移住をさせられる人たちの群像を描こうとしたが、撮影対象の一人だった稟愛の、土地とともに生きる姿勢に魅せられ、彼女に絞って7年にわたって撮り続けたそうだ。足の弱い夫と2人の子どもを守るために力強くもしなやかなに抵抗する彼女だが、結婚生活を語るときの少しはにかんだような笑顔が本当にまぶしかった。
 審査員特別賞の「中国はいまだ遠い」はフランスと縁が深いアルジェリアの現実を取り上げたドキュメンタリー。アルジェリアでは1954年、フランスからの独立を求めて7年戦争が始まる。62年に独立を果たすが、65年から89年まで軍の独裁政治が続く。その後、共和制をとりながらも92年、総選挙で誕生したイスラム原理主義政権が、軍のクーデターで無効となり、イスラム過激派のテロが続いている。マルク・ベンスマール監督は、独立戦争時に最初の民間犠牲者を出した村を訪れ、当時を知る住民、犠牲者となったフランス人教師のいた学校と児童たちらを通して、過去を照射する。多くの犠牲者を出して勝ち取った独立は本物なのか、深い思い入れと否定の複雑な絡み合いの中で描き出している。「問題解決の道が遠い」ことを意味するタイトル「中国はいまだ遠い」は、フランス人の観客にも大いなる問いを投げ掛けたのだろう。

 ナント市民賞の「南の海からの歌」は、中央高原が持っている特殊さを題材にしながら、血筋の違う夫婦に、互いに反対の髪を持つ子供が誕生するというコミカルな設定で、その実、重い人種問題をもテーマにしている。マラット・サリュリュ監督は中央高原を舞台にしながら、その実、ロシアだカザフだから、大きな視点でヨーロッパだアジアだ、ということすら無意味ではないかとも訴えている。だが、中央高原の景色で目を楽しませ、影絵劇を進行役に使うなど、エンターテイメントな作品に仕上げている点が評価された。
 若い観客賞はドキュメンタリーの「ある中国の村の1年」。重慶近くの中国の典型的な貧しい農村の1年間をリー・ユファン監督が透徹した観察眼で切り取った。村は豊かではないが、人々は明るい。精いっぱいやって、主張すべきところは主張する。準グランプリの「稟愛(ビンアイ)」でも力強くもしなやかな生き方がとらえられていたが、ここでは、その上で人間は一人では生きられないことを、89分の中に凝縮して教えてくれた。観客も終わると同時に大きな拍手で応えていた。

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 今年の閉会式も質素だった。赤字が85,000ユーロ(約1,020万円)に上り、後援するナント市から3年間での立て直しを求められているという。閉会式ではこれまで主役だった、映画祭の創設、運営を一手に担ってきたフィリップ・アランのジャラドー兄弟は、片隅に追いやられた格好だった。兄のフィリップは「われわれは新しい仲間を加えただけ」とあいさつしたが、この映画祭と長く付き合ってきた者としては何とも寂しい思いにさせられた。受賞者や審査員らとの記念写真では、彼らの功労を知る者が2人を壇上に呼び上げたのが救いだった。翌朝の地元紙「ウエスト・フランス」は運営立て直しの必要性を説きながら、「誰が先頭に立つのか、ジャラドー兄弟?」と、その難しさを記していた。

写説上:受賞者、審査委員らが集合。グランプリと最優秀男優賞の2つのトロフィーを手にしているのがエンリケ・リベロ監督=シティ・コングレ
写説下:最優秀女優賞を獲得した樹木希林。「歩いても 歩いても」の一場面((c)2008歩いても 歩いても制作委員会)

(桂 直之)