シネマに包まれて-映画祭報告

presented by 河北新報

(5)恐怖と嫌悪感漂う問題2作品

2009/05/21

 物議をかもす映画を2本見ました。

CALY6J6A.jpg1本はフィリピンのブリヤンテ・メンドーサ監督の『キナタイ』。警察官になる目的で犯罪学を学んでいる21歳の青年が主人公。彼にはすでに生まれたばかりの子供がいて、朝、子連れで結婚式を挙げてから、生活費を稼ぐために友人に頼まれた仕事を引き受けて、とんでもない事態に追い込まれてしまうまでの24時間を描いています。

 実は、青年が巻き込まれた"仕事"というのが、シンジケートに麻薬で莫大な借金を作ってしまった売春婦を車に乗せて、マニラ郊外の一軒家に連れていき、"始末"することでした。しかも、始末のやり方というのが、レイプした後でいきなり刺し殺し、体を鉈でバラバラにし、ポリ袋に入れてゴミ捨て場に捨てるというもの。そのリアルで残酷な描写が評価を分けたところです。

 "キナタイ"というのは現地の言葉で"殺戮"という意味だそうですが、メンドーサが描こうとしたのはもちろんスプラッター映画ではなく、正義を守る側にいる青年が反対側に足を踏み外してしまう瞬間でした。一味の車が郊外に向かう間、青年には何度も引き返すきっかけが訪れるのですが、そのたびに子供のミルク代のため、あるいは恐怖のために車に戻ってしまいます。その暗く恐ろしい道中を撮った長い長い場面は、一度見たら忘れられませんし、一味の正体がわかったとき、その恐怖は倍増するのです。

 もう1本は、良識ある一般人の神経を逆なでする天才、ラース・フォン・トリアーの『反キリスト』で、タイトルからすでに物議をかもしています。

CA6A1ZPZ.jpg 物語は、セックスにふけっている間に、幼い息子を亡くし、深い悲しみから神経を病んだ妻(シャーロット・ゲンズブール)を、精神科医の夫(ウィレム・デフォー)が、あえて彼女が最も恐怖を感じるという森の中に連れていき、癒そうとするのですが、悪魔にとりつかれた妻によって、手ひどい仕打ちを受けるというもの。

 "傷ついたカップルが自己犠牲的な愛によって癒しを求め、神の祝福を得る"というプロットは『奇跡の海』と同じですが、『奇跡の海』を陽とすれば、『反キリスト』はその題名通りの陰。癒しを求めに行ったはずの森が、まがまがしい悪霊の巣窟で、自己犠牲、愛情、祝福という『奇跡の海』のキーワードがすべて逆の意味で使われていました。

 この罰あたりな内容に上映終了後にブーイングが出たのも当然ですが、記者会見も、最初の質問から「あなたは、何のためにこんな映画を作ったのか?」と荒れ気味に始まりました。ここ数年、深い鬱状態が続いていたトリアーは、この映画をセラピーとして撮ったのだそうで、「どこがセラピーになったのか?」という質問には、「毎日撮影に行くこと」と素直に答えていました。この作品はトリアーの敬愛するアンドレイ・タルコフスキーに捧げられていて、そのことも記者から突っこまれていました。マスコミの非難に慣れているトリアーも、「タルコフスキーよりダリオ・アルジェントだ」という一人の記者の言葉に一番ショックを感じたようでした。

 ハードなセックス・シーンや、妻が自分の性器をハサミで切り取るところなどのショッキングなシーンが、なおさら観客の嫌悪感をあおるようですが、私は映像の天才トリアーらしい、皮肉な"反・奇跡の海"になっていると思い、とても楽しめました。

 写真上は『キナタイ』の記者会見の模様で、ブリヤンテ・メンドーサ監督(中央)と主演のココ・マルティン(左)。写真下は『反キリスト』の記者会見で、左からシャーロット・ゲンズブール、ラース・フォン・トリアー監督、ウィレム・デフォーです。

(齋藤敦子)