シネマに包まれて-映画祭報告

presented by 河北新報

(6)人間くさいコメディ『エリックを探して』

2009/05/23

 後半に入って、見応えのある作品が次々に登場してきました。今年のコンペ部門は、先にお伝えしたジェーン・カンピオン、ラース・フォン・トリアーを始め、クエンティン・タランティーノなどパルム・ドール受賞監督が多い年ですが、『麦の穂をゆらす風』で3年前にパルムを受賞したケン・ローチもその一人。『エリックを探して』は、アイルランド内戦の悲劇を描いた『麦の穂』とはがらりと趣向を変えた、一種のコメディでした。

 主人公はマンチェスターのサッカー狂の郵便配達エリック。妻に去られ、子供達にもバカにされ、仕事も休みがちなエリックを励まそうと、郵便配達仲間が"いついかなる時でも愛情が変わらない対象"を思い描くセラピーを施すと、エリックのアイドル、マンチェスター・ユナイテッドの伝説の名選手カントナが目の前に現れ、人生をやり直す手助けをしてくれるというものです。奇抜なアイデアで悪漢を退治するラストシーンでは、会場から大きな拍手が起こるほど。貧しいサポーターにはチケットが手に入らず、パブのテレビで観戦するしかないという今のサッカーの商業主義をチクリと批判するなど、ローチらしい、人間くさいコメディになっていました。

 マンUの"キング"と呼ばれたエリック・カントナは現役引退後、俳優に転身し、日本でもジャン・ベッケルの『クリクリのいた夏』、アラン・コルノーの『マルセイユの決着』などの出演作が公開されていますが、フランスでの出演作はすでに十数本にのぼり、もはや元サッカー選手ではなく、立派なプロの俳優というべき貫禄です。『エリックを探して』は、弟と映画会社を設立したカントナのプロデュース作品でもあります。

Cannes2009-Day6045.jpg 写真は、『エリックを探して』の記者会見の後、サイン攻めにあう"キング"。好きな映画監督を聞かれ、パゾリーニの名をあげるほどの映画通でした。

 イタリアの名匠マルコ・ベロッキオの『勝利』は、イタリアの独裁者ベニート・ムッソリーニの知られざる妻イダ・ダルセルと、彼女の息子ベニートを描いたもの。イダは1907年、まだ社会主義活動家だった頃のムッソリーニに出会い、私財を投げ打って彼にポポロ・ディイタリア(イタリアの民衆)紙を創刊させ、結婚して長男ベニート・アルビノ・ムッソリーニをもうけるのです。しかし、ムッソリーニにはすでに妻ラケーレ・グイディがいて、権力の階段をのぼりはじめた彼にとって、彼女と息子の存在は邪魔でしかなくなり、ついにイダは療養所に、ベニートは精神病院に送られ、2人ともそこで非業の死をとげるのです。

 ベロッキオは、独裁者の手で存在そのものが抹消されていく人間の悲劇を、実写とニュース映像と音楽を巧みにモンタージュすることによって、まるで"映像のオペラ"のように作り上げていました。

(齋藤敦子)