シネマに包まれて-映画祭報告

presented by 河北新報

(8完)パルム・ドールに『白いリボン』

2009/05/25

 24日夜、審査員長イザベル・ユペールからなる9人の審査員は、オーストリアのミヒャエル・ハネケの『白いリボン』に最高賞パルム・ドールを授与し、12日間の会期が無事終了しました。

 『白いリボン』は、小学校の教師の視点を通して、やがてファシズムを生み出していくことになる封建制末期のドイツを分析したもの。"白いリボン"とは、牧師が自分の子供を罰する際に腕に巻かせる、"正しいこと"を思い出すためのリボンのこと。男爵の領地の小さな村で、何者かが張ったワイアーで医者が落馬した日から、男爵の子供が行方不明になったり、助産婦のダウン症の息子が乱暴されたり、小作人の家が火事になったりといった奇怪な事件が次々に起こる様子を、何の説明も加えず、ただ淡々と事象だけを細密に描いていた作品です。いったい誰が犯人なのか、村で何が起こっているのかを、村の外から来た教師だけが気づいてしまうという、ちょっとゾッとする映画でした。

 グランプリの『預言者』はフランス人ジャーナリストが最も高く支持した作品で、パルムでなかったことにフランス人は大きな失望を感じたようです。受賞後の記者会見で「パルムでなくて残念じゃありませんか」という記者の質問に、受賞を素直に喜んでいたオーディアールは「この会見場に来るまで40回も同じ質問をされたけど、グランプリって、そんなにダメな賞なの?」と切り返していました。

 アラン・レネの『雑草』は、財布を盗まれた女(サビーヌ・アゼマ)と財布を拾って届けようとする男(アンドレ・デュソリエ)、二人の周辺にいる人々が、財布をめぐって奇妙に絡み合っていくという、レネらしいエスプリが遺憾なく発揮された作品。今年87歳になるレネは、肉体こそ衰えていましたが、想像力の若々しさは誰にも負けないほど。別格であるレネには何か特別な賞を与えるのではないかと思っていたのですが、予想通りの結果になりました。授賞式の壇上に立ったレネは、「映画は一人では作れない、多くの友人の力のおかげ」と、会場に姿を見せていたアゼマ、デュソリエからスタッフまで、一人一人の名をあげて感謝していました。

 と、ここまでは順当でしたが、以下の賞の配分に審査員たちの個人的な好みがより色濃く表れているように思います。聞くところでは審査はかなり荒れたようですが、そのことを記者に問われたアーシア・アルジェントは、「もう終わったこと。ドアの中の話は外に出さない方がいいわ」といって話を打ち切ってしまいました。

 プレスから不満のブーイングが最も多かったのは監督賞のブリヤンテ・メンドーサと女優賞のシャルロット・ゲンズブール、審査員賞のパク・チャヌクでした。メンドーサの『キナタイ』とゲンズブールが主演した『反キリスト』のことは前のレポートに書きましたが、私はとても好きでしたし、メンドーサの才能を評価してくれた審査員(どうやらヌリ・ビルゲ・ジェイランだったようです)に感謝したいくらいです。パク・チャヌクとロウ・イエの受賞は、審査員の顔ぶれからして、誰が支持した結果なのかは明らかでしょう。

 男優賞のクリストフ・ヴォルツは、冗長で期待外れだったタランティーノの『イングローリアス・バスターズ』で、英独仏伊語を流暢に操りながら、ナチの親衛隊大佐を憎々しげに演じ、ブラピより誰より光っていた人でした。30年間プロの俳優を続け、行き詰まりを感じていたというヴォルフにとってもターニングポイントとなる役だったようで、俳優を続けていく使命を新たに感じさせてくれたことを、タランティーノに感謝していました。

 私が今年のカンヌで最も好きだった2本、マルコ・ベロッキオの『勝利』とエリア・スレイマンの『名残りの時間』が賞から洩れてしまったのはとても残念でした。
 『名残りの時間』は、スレイマンが自分の両親の人生をイスラエルに占領されたパレスチナの歴史に重ねて描いたもの。昨年母親を亡くしたスレイマンの哀悼の想いがこもり、前作『D.I.』のようなコメディタッチというよりは、初期の『消滅のクロニクル』に近い、しみじみとした可笑しさのある作品で、病院のベッドで自ら酸素吸入のチューブを引き抜いて死んだ母親が、最後まで肌身離さず持っていた紙が父親を映した写真だったことがわかるところなど、胸にぐっとくるシーンが幾つもありました。

 『夜よ、こんにちは』という傑作でヴェネチア金獅子賞を逃し、今度もまた『勝利』という傑作でパルムを逃したベロッキオですが、87歳のレネに比べれば一回り以上も若いのですから、まだまだ傑作を撮り続けて、自分の作品の主演女優が審査員長になった今年のハネケのようなチャンスを、いつかものにしてもらいたいと思います。

コンペティション部門
パルム・ドール 『白いリボン』監督ミヒャエル・ハネケ
グランプリ 『預言者』監督ジャック・オーディアール
特別賞
(映画史への類希な貢献とこれまでの功績に対して)
アラン・レネ
監督賞 ブリヤンテ・メンドーサ監督『キナタイ』
審査員賞 『フィッシュタンク』監督アンドレア・アーノルド
『蝙蝠』監督パク・チャヌク
男優賞 クリストフ・ヴォルツ『イングローリアス・バスターズ』監督クエンティン・タランティーノ
女優賞 シャーロット・ゲンズブール『反キリスト』監督ラース・フォン・トリアー
脚本賞 メイ・フェン『スプリング・フィーバー(春風沈酔的晩上)』監督ロウ・イエ
短編部門
パルム・ドール 『アリーナ』ジョアオ・サラビザ
ある視点部門
ある視点賞 『犬歯』ヨルゴス・ランティモス(ギリシャ)
審査員賞 『警察、形容詞の』コルネリウ・プルンボイウ
特別賞 『誰もペルシャ猫のことを知らない』バフマン・ゴバディ
『私の子供達の父』ミア・ハンセン=ローヴェ
カメラ・ドール 『サムソンとデリラ』監督ワーウィック・ソーントン
VULCAIN賞
(高等技術院が贈る技術賞)
アイトール・ベレンゲルイサベル・コイシェ監督『東京の音の地図』の音響に対して
国際映画批評家賞(FIPRESCI)
コンペ部門 『白いリボン』監督ミヒャエル・ハネケ
ある視点部門 『警察、形容詞の』監督コルネリウ・ポルンボイウ
監督週間&批評家週間 『アメリーカ』監督シェリエン・ダビス
監督週間部門
SACD賞、若い観客賞、アートシネマ賞 『僕は僕の母を殺した』監督グザヴィエ・ドラン
批評家週間部門
グランプリ 『さよなら、ガリー』監督ナッシム・アマウシュ(フランス)

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パルム・ドールのミヒャエル・ハネケ監督

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グランプリのジャック・オーディアール監督

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女優賞のシャルロット・ゲンズブール

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男優賞のクリストフ・ヴォルツ

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審査員賞のアンドレア・アーノルド

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カメラ・ドールのワーウィック・ソーントン監督

(齋藤敦子)