シネマに包まれて-映画祭報告

presented by 河北新報

(2)スペイン語圏に注目

2009/10/19

 海洋ドキュメンタリー『オーシャンズ』の上映から開幕した東京国際映画祭。華やかな開会式の模様は、テレビ各局がニュースでも取り上げていました。とはいえ、映画祭の本当の華は、やはりコンペティション。今年はまだ全作品を見たわけではないのですが、昨年よりは確実にレベルが上がっているように思われます。なかで、矢田部ディレクターがインタビューでもお薦めと語っていたスペイン語圏に面白い作品がありました。

TIFF2009_025.jpg 1本はボリビアのフアン・カルロス・ヴァルディヴィアの『ボリビア南方の地区にて』。ボリビアの首都ラパスの富裕層が住む南区の1軒の豪邸が舞台で、主人公は、この家に住む白人一家と先住民の住み込みの執事と通いのメイドの6人です。女主人が父親から相続した家は、贅沢な調度品で趣味よく飾られていて、料理から身支度まで、家事一切をとりしきる執事がいるおかげで家族は何一つ不自由のない生活を送っているのですが、実は女主人の事業がうまくいっておらず、執事の給料はおろか、生活費にも事欠いていることが次第にわかってきます。ある日、以前親交のあった先住民の女性が現れ、トランクに詰めた現金を見せて家を売るように迫るところで映画は終わります。

 原題は『南区』といい、監督のヴァルディヴィアによれば、南米では一般に都市の北が富裕層の住む地区、南が貧しい人の住む地区に分かれているのに、ラパスは逆に南が富裕な地区、北が貧しい地区になっているのが面白くてつけたのだそうです。1シーン1カットの見事なカメラワークで、最高級品で整えられた上流階級の生活を丁寧に描写しながら、それが、やがては滅んでいく階層の最後の輝きであることが画面から滲み出てくるところが映画の見所。女主人と執事との関係も、白人と先住民、主人と使用人、金持ちと貧乏人といった一面的な見方ではなく、階層と人種の差は歴然とありながら、そこに一種の愛情のようなものが存在することも描いています。禁を破って村に帰った執事を叱っている女主人が、帰省の理由が彼の息子が死んだためだったと分かった途端に、思わず執事を抱きしめる場面には、胸を突かれる思いがしました。

TIFF2009_029.jpg もう1本はエクアドル人のセバスチャン・コルデロがスペインで撮った『激情』。主人公はスペインの都市に出稼ぎに来たコロンビア人2人。建築現場で働いている男と、裕福な家のメイドとして働いている女が出会い、激しい恋に落ちるのですが、男の方は現場監督と諍いを起こして誤って彼を殺してしまいます。行き場を失った男は、女が住み込みで働く豪邸に忍び込み、空き部屋に住みついて影のように彼女を見守る、というストーリー。ちょっと江戸川乱歩の<屋根裏の散歩者>か、キム・ギドクの『うつせみ』を連想しました。私が驚いたのは、ネズミの駆除の煙を吸い込んで肺を病んだ男が次第に衰えていく描写。主演のグスタボ・サンチェス・パラが実際に体重を落として演じていました。記者会見で監督にうかがったところ、パラは撮影に入る前に減量し、睡眠時間を削って、孤独に生きる男の鬼気迫る役作りをしたのだそうで、撮影では痩せた場面から先に撮り、7週間の撮影期間で体重を増やしていったのだそうです。

 写真上は、映画祭期間中だけ六本木ヒルズの会場に設けられたムービーカフェで開かれた『ボリビア南方の地区にて』の記者会見の模様で、左から、まるで美術館のような室内をしつらえた美術のホアキン・サンチェス、監督のフアン・カルロス・ヴァルディヴィア、女主人を演じたニノン・デル・カスティーヨの各氏。監督によれば、娘と娘の恋人の大学助教授を演じた二人だけがプロの俳優で、残りの出演者はすべて素人だそうです。

 写真下は、『激情』の記者会見で、監督のセバスチャン・コルデロとプロデューサーのグアダルーペ・バラグアーさん。この映画は『パンズ・ラビリンス』の監督として日本でも有名なギジェルモ・デル・トロのプロデュース作品でもあります。

(齋藤敦子)