シネマに包まれて-映画祭報告

presented by 河北新報

(3)石坂健治ディレクターに聞く 「目立ったボーダレス化」

2009/10/21

091021syasin.jpeg.jpg 今年もアジアの風部門のディレクター石坂健治氏に、セレクションについてお話をうかがいました。

―まずは今年のアジアの風について。

石坂「今年、ディレクターとなって3年目になりますが、やっていることは同じです。広い地域の旬の収穫を定点観測的に集めること。そして特集で特色を出すという二段構えの基本は今年も揺るがず、です」

―去年はキム・ギヨンの特集が大評判になりましたが、そういった知られざる作家の発掘という面では?

石坂「知られざるというわけではありませんが、すでに名前が知られている監督の知られざる面を発掘する。たとえば今年はアン・ホイのテレビ時代の作品の特集ですが、そういう形になっています。知られざるという意味では同じで、特に80年代にアジアでニューウェーヴが始まったんですが、台湾・中国・韓国は、始まりまで映像で確認できるんです。侯孝賢やエドワード・ヤンは日本でも初期から見ることができましたし、中国の第五世代も、韓国のイ・チャンホ、ペ・チャンホもそうです。唯一、香港だけ、起源は70年代後半のテレビ番組にあると言われていたのに、全然見ることができなかった。今回はアン・ホイのテレビ作品に特化していますが、これはまだ始まりで、今、第一線で活躍している人達、たとえばツイ・ハーク、パトリック・タム、イム・ホーとか、みんな初めはテレビ作品を撮っているんです。それで、今回の反響を見て、香港ニューウェーヴの源流みたいなことでシリーズ化できればと思っています」

―今年はユセフ・シャヒーンのアレキサンドリア4部作の一挙上映や、残念ながら亡くなったヤスミン・アハマドさんの追悼がありますね。

石坂「シャヒーンは非常に多作な監督で、日本でもポツポツと紹介されてはいたんですが、系統立ってというところまではいっていないので、まずとっかかりとして自伝的な4部作から。これも1本目は86年に矢野和之さんのところで公開しているんですが、その後の3作は全然フォローされていません。シャヒーンはライフワーク的に自分の人生と社会情勢を常に映画の中に入れて撮っていた人ですし、今年はタイミングよくエジプト大使館のサポートが受けられたこともあり、では4本まとめて紹介しようということになりました。ヤスミン・アハマドの死は本当に残念で、私もまだショックです。エドワード・ヤンを2年前に追悼したときは、しばらく近況を聞かないと思っていたら、遠くアメリカから訃報が届いた、という形でしたが、ヤスミンの場合は1年1作のペースで撮っていて、なおかつ自分のお祖母さんのルーツを探る『忘れな草』という作品の日本ロケに入る直前に亡くなったという身近さがあるので、ショックは大きいです。春に香港で会って、今年TIFFで、という話をした矢先のことでしたし。彼女の死はアジア映画にとって大きな損失です。彼女は異文化の交流をテーマにずっと映画を撮ってきた人で、それはマレーシアの社会を反映してのことなのですが、同時に今の世界に必要な視点でもあり、彼女の映画はまさに道しるべの役割を果たしていたからです」

―ヤスミンはシンガポール、マレーシアの若い映画人をつなぐ役割を果たしていたようなところもありますね。彼女を継ぐような人はいるんでしょうか?

石坂「私が交流基金にいたときに、06年にTIFFで、暉峻創三氏と一緒に<マレーシア新潮>という特集をやったんですが、そのときに上映した様々な作品の中からヤスミンが人気になっていったわけです。内容が深く、なおかつ大衆性も持っている、誰が見てもわかる、という映画を撮るのはヤスミンがピカいちで、そこまで行ってる人はなかなかいません。ホー・ユーハンでも誰でも、個性的な作家ではあるけれど、メジャーな存在という言葉は適切ではないかもしれませんが、どこまで飛躍するか、というところです」

―私は、ホー・ユーハンは大きく育ってくれるんじゃないかと期待しているんですが。

石坂「フランスのヌーヴェルヴァーグがそうだったように、お互いのスタッフを交換しあったりする交流からニューウェーヴは生まれてくるんですが、今のマレーシアはそういう状態にはなっています。ヤスミンが欠けたのは大きいですが、うねりのようなものは続くのではないかと期待しています。ちなみに、マレーシアでTIFFの直前にヤスミン追悼の全作上映会をやっているんです。ホー・ユーハンなど皆そっちに参加してからTIFFにやってくることになっています」

―今年の収穫は?

石坂「中華圏の中をボーダレスと言うには語弊がありますが、結果として中国映画であっても香港が絡んでいたり、香港映画のスタイルだと思ったらプロダクションが北京だったり、という具合に、ボーダーがなくなってきています。具体的に言うと、『カンフー・サイボーグ』という作品は香港の監督で完全に香港映画のスタイルで撮られていますが、主演はフー・ジュンという大陸の俳優ですし、『愛してる成都』という四川大地震を題材にした作品は、フルーツ・チャンが香港から呼ばれて四川省で撮っているんです。フルーツ・チャンは一番象徴的な存在で、今年3本の中国映画に関わっています。1本は中田秀夫の『女優霊』のリメイクで、これはハリウッドで撮っている。もう1本がアジアの風の『愛してる成都』で、大陸で撮っている。もう1本がヴェネチアに出ていた台湾映画の『涙王子』のプロデュースです。彼は香港の枠を超えて活躍している。そういうボーダレス化が目立ちました」

―今年はカンヌもヴェネチアも、中国・韓国に代わってフィリピンが頑張った感がありますが。

石坂「7月にシネマラヤというデジタル映画祭に行ったんですが、フィリピンでは若手がデジタルで映画を競いあって撮っていて、裾野が非常に広くなっていました。今回、レイモンド・レッドの作品がコンペに出ていますが、アジアの風の『白タク』もシネマラヤで審査員賞を獲った作品です。今、フィリピンはデジタルで一番映画を撮っている国ではないでしょうか。ただ、ブリヤンテ・メンドーサが成功した影響なのか、似た映画も出てきていますが」

―ああいう撮り方だと、必然的に似てきてしまいますね。
石坂「そうなんです。少し前に、みんな北野武っぽくなったり、ジャ・ジャンクーぼくなったりしたように」

―イラン映画がみんなキアロスタミっぽくなったように。
石坂「でも、みながメンドーサっぽくなっているということは、フィリピンには勢いがあるという意味なんですよ」

(10月16日、築地の映画祭事務局にて)

 

 

 

(齋藤敦子)