シネマに包まれて-映画祭報告

presented by 河北新報

(3)今を生きる「人のセックスを笑うな」

2009/12/01

 29日はコンペ部門で日本、香港の2作品を見て、「黒沢清監督との対話」をのぞき、彼の制作の原点、姿勢などについて興味深い話を聞いた。

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 日本から選ばれたのは井口奈己監督(42)の「人のセックスを笑うな」。
 地方の美術学校に通う19歳の男子生徒みるめ(松山ケンイチ)は、ふとしたことで出会った非常勤講師ユリ(永作博美)に恋をしてしまう。ユリは20歳年上で人妻だった。彼女に振り回されながらものめり込むみるめ。彼に思いを寄せるながらも、応援しようとする同級生えんちゃん(蒼井優)の気持ちが切ない。

091201-01.jpgみるめ(松山ケンイチ)はユリ(永作博美)に一目ぼれ-「人のセックスを笑うな」

 原作は山崎オナコーラの同名小説。寒い部屋で一緒に寝る2人。「寒いね」「うん、寒いね」「寒いよね」「それってストーブをつけさせようってこと?」。言外に見せる甘え。井口監督は、永作、松山を即興性も生かした演技の中で、男性より女性優位の視線で描いていく。こんなシーンもある。「好きな人には触れてみたいでしょう。触れてみたらいいのに」。ユリが、えんちゃんに無造作を装って投げ掛ける言葉。この言葉に押されて、ユリに会えない空白から酔いつぶれたみるめにキスしようとしたえんちゃんだったが、彼がもらした「ユリ」のひと言でとどまってしまう。

 みるめ・ユリ+えんちゃん+えんちゃんを思う同級生、彼らの微妙な関係が、さりげない日常シーンの積み重ねの中で描かれる。そこには「そんな関係続くはずないよ」「気持ちなんて変わるんだから」とは言わせない"今を生きる"時間の流れを感じさせる。

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 香港の「意外(Accident)」は、綿密に事故を仕組んで殺人を請け負う男女4人組のリーダーが、仲間をアクシデントで失ってから疑心暗鬼にかられて自壊していく心理サスペンスだ。今年のベネチア国際映画祭と先日終わった第10回東京フィルメックスで、ともにコンペ作品に選ばれている。

091201-02.jpgクールな視点で貫かれた韓国の「意外」

 高級車を自ら運転する男性、パンクしたベンツに道をふさがれる。何とか脇をすり抜けたものの、また荷物車に邪魔される。そこを回避してホッとする暇もなく交差点で、ビルの垂れ幕広告が外れて車を直撃。フロントグラスは割れなかったものの、怒って垂れ幕を引っぱった途端、ビルのガラスが割れ、彼の頭上に降ってきた。あ~あ、何と運の悪いこと、と思っていると、なにやら周辺に不審な人物。これらはすべて仕組まれた殺人だったのだ。

 冒頭のこの5分でソイ・チェン監督(37)の術中にはまってしまう。テンポのいい展開で殺人チームの手際の良さ、特にリーダー(ルイス・クーがクールに好演)の冷静で緻密なことを刷り込まされてしまう。次の依頼殺人を成功させた直後に思わぬ事故が起き、仲間の1人亡くなる。「仲間は誰かに殺されてのではないか」と、これまでと同じ緻密さで調査を開始するリーダーに、観客も肩入れして、同じ袋小路へと導かれてしまうのだ。

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黒沢清監督との対話(左からジャン・フィリップ・テシエ、3人目が黒沢監督、シネマトグラフ)
 「黒沢清監督との対話」は市内中心部から少し離れていて、ブルターニュ大公城に近い、古い教会を改装した映画館「シネマトグラフ」で約2時間にわたって行われた。

 映画祭コンペ部門の選考委員ジャン・フィリップ・テシエ氏ら2人の質問に黒沢監督が答える形で進められ、最後に観客からの質問も受け付けた。「ゴッドファーザー・オブ・ジャパニーズホラー」として海外でも支持を集める黒沢監督だけに160人のファンが詰め掛け、立ち見も出た。監督の制作過程を追いながら、どう制作姿勢が変わってきたかを中心に概要を伝える。

【映画制作の出発点は?】
 ―商業映画として制作した第1作「神田川淫乱戦争」(1983年)と第2作「ドレミファ娘の血が騒ぐ」(85年)はピンク映画(ソフトポルノ)です。制作会社が今はないため著作権の問題もあって、この2本の上映はお断りしました。まだ大学サークルの8㍉撮影の延長線気分で、関心のあった映画ジャンルや好きな監督の手法を1本の中にモザイクように詰め込んだものでした。ジャン・ジャック・ゴダールに似ているとの指摘がありましたが、当時も今も彼の熱烈なファンです。ピンク映画の世界は、自分の好きなものを実験的につくることができた"自由な場"でした。

【監督の作品はどのジャンル?】
 ―日本ではジャンルは明確ではなく、色々なものを撮るのが実情です。1980年代以降、撮影所システムが崩れてきたことで、主な日本映画は①小説やコミックを原作とする②テレビなどで既にポピュラー-なものになり、オリジナリティーを無くしました。僕はオリジナリティーにこだわってきました。今日上映したホラーの「回路」(2000年)と無気力に生きる青年の小さな変化を扱った作家性のある「アカルイミライ」(02年)はジャンルは違うが、一から僕が考えたところが共通しています。

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「黒沢監督との対話」を伝える地元紙「ウエスト・フランス」
【「回路」はどこから?】
 ―2000年を迎える前に、アメリカ映画みたいに思い通りの映画をつくってみたいと考えていましたが、技術、予算、文化的にも無理。撮影と音楽を実験的に突き詰めたら怖いものになりました。幽霊って見えない存在ですが、カメラで撮れば現実になるのです。カメラとは存在しているものを撮るものです。その「原理」を突き進めれば、写っていることは"本当に起こったことなんだ"と観客に伝わるのです。

【制作の姿勢に変化は?】
 ―最初から変わっていませんが、今は柔軟になってきました。アウトローものを徹底的につくっていったら、ハミ出し者の主人公は「法」や「国」、さらには「世界」と対立するこになります。現実なら主人公が負けるのですが、それは嫌。世界の側を滅ぼそうとしたのが「カリスマ」(1999年)や「回路」(2000年)です。ただ2000年までは「世界は一つ」の想定でしたが、01年以降は「世界はたくさんのものが複雑に絡み合い、変化し続けている」という考えになりました。今後もつくりながら考えていきます。

【今後の制作予定は?】
 ―「トウキョウソナタ」(昨年のカンヌ映画祭「ある視点」部門で審査員賞)は海外では好評なのですが、なぜか国内ではそれほどでもありません。昨年末の世界同時株安以降、国内での映画制作の環境は悪くなっています。企画はあって準備を進めているので、海外との提携も積極的に探っていきます。

 <黒沢清> 1955年、神戸市生まれ。75年立教大に入学、映画制作サークルに入部。81年に「しがらみ学園」でPFF入賞。卒業後、長谷川和彦、相米慎二に師事。92年、「カリスマ」のオリジナル脚本でサンダス・インスティテュート・スカラシップを得て渡米。97年「CURE」が認められて以降、ベルリン、カンヌ、ベネチアなどの国際映画祭に招かれる。三大陸映画祭は初めて。

(桂 直之)