シネマに包まれて-映画祭報告

presented by 河北新報

(4)グランプリに韓国の「バンドゥービ」

2009/12/02

 30日は韓国のコンペ作品と日本のアニメ作品を見た。会期は明日12月1日までなのだが、新体制の今年は閉会式が1日繰り上がって、この日の開催。これだと最終日は特集の一部を上映するぐらいで寂しいと思っていたら、グランプリ作品を午後から計4回上映して、内容を知ってもらうのだという。

 韓国のコンペ作品「木のない山」は、母親と離れて暮らさざるをえなくなった幼い姉妹が、母恋しさだけに明け暮れず、自らの力で生きていこうとするきっかけをつかむまでを描いたもの。

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幼い姉妹の自立への道を描く韓国の「木のない森」

 6歳のジンと妹のビンは母親と一緒にソウルの狭苦しいアパートに暮らしていた。母親が、家を出て行った父親を探し出そうと決心したことで、夏の間、小さな町のおばに預けられることになる。姉妹は母親恋しと、毎日のようにバス停に出かけるが、母親は帰ってこない。おばは余り姉妹のことを構わず、2人は食べ物にも事欠く有様。バッタを集めて焼いたものを売り出して小銭を手に入れ、自分たちで食べていく。

 そうしているうちにおばが家を失ったため、2人は田舎の祖父母宅へ連れ行かれる。周りには同世代の子どもが誰もいない。姉妹2人だけで寄り添うしかないのかと不安がっていると、祖母は黙って2人に仕事を手伝わせ、自然の恵みを教えるのだった。

 キム・ソヨン監督は、ことさら姉妹に擦り寄ったりせずにジンやビンの表情をとらえる。近所の家が自分たちに優しいと分かると、純粋に遊びに行きたいだけのビンに釣られるようにしながらジンは、実はお菓子目当ての自分に恥じ入ったりする。そんな表情もしっかりと描かれる。

 ソウル、近郊の町、田舎、それぞれで挟み込こまれる空のシーンが印象的だ。都会では根無し草的な生活を映すかのようによそよそしい、働けばちゃんと食べていける田舎では空も姉妹を包み込んでくれるかのようだ。タイトルは、バス停を見下ろすことができる木1本生えていない丘を指す。2人は枯れ木をそこに立てたが、それは葉を出すことはないだろう。でも、田舎の2人には豊かな緑がそよいでいる。

 今敏(こん・さとし)監督(46)のアニメ「パプリカ」は、若者向けにスリラー、ロードムービー、アニメ、ストップモーションなどをそろえた特集で紹介された。2006年の作品で、公開当時話題になったので何度か見たが、あらためて見てみた。

 
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夢と現実が一緒になる? 奔放な色彩に圧倒される「パプリカ」

 近未来、個人の夢に侵入できる最新のサイコセラピー機器DCミニが開発され、優秀なセラピスト敦子は、他人の夢に少女の人格を持った"分身"パプリカとして現れ、治療を行っていた。ところがDCミニが何者かに盗み出され、それによって精神を破壊された人々が続出して、夢と現実の境目が破られようとする。敦子は、そしてパプリカは防ぐことができるのだろうか。

 筒井康隆原作のSFサイコサスペンスの狂気を、あふれんばかりの極彩色イメージで描いていて、飲みこまれそうになる。ただ、自らが原作・脚本も手掛けた、3人のホームレスが捨て子の親探しに奔走するアニメ「東京ゴッドファーザーズ」(03年)のアットホームで地に着いた味わいはなく、原作に縛られながらイメージを膨らませようとした無理をどこかに感じた。
 日本のアニメでは合田経郎(ごうだ・つねお)監督のコマ撮りアニメ「こまねこ」(06年)が、中州にあるアミューズメント「レ・マシーン・デ・イル」で、子供たちを相手に上映された。寝転がってもOKという自由なスペースで低年齢の子供たちを対象にした試みは初めてだという。

 今年のコンペだが、ジュール・ベルヌにちなんだ金の熱気球賞(グランプリ)は、韓国の「バンドゥービ(Ban-doo-bee)」(シン・ドグイル監督)が獲得した。ノミネートされていた12本の地域別はアジア10本、中南米、アフリカ各1本と、圧倒的にアジアに偏っていた。フィクション、ドキュメンタリーの別では
フィクションが10本、ドキュメンタリーと両者の融合が各1本だった。フィクションが圧倒的に多くなったのは、演出的にドキュメンタリー手法を取り入れることが"常識"になったということだろう。

  3-09.jpg グランプリ受賞の感想を話す韓国のシン・ドグイル監督(右)

 閉会式は午後7時30分から、パリ・オペラ座を模したという1788年完成の歴史有るグラスリン劇場で開かれた。これまでの中州の国際会議場シティ・コングレに比べると手狭だが、市内中心部という地の利がある。ウズベキスタンの民俗音楽が演奏された後、受賞作が発表された。

4-09.jpg 閉会式の会場となったパリ・オペラ座を模したグラスリン劇場

 グランプリの「バンドゥービ」は、孤独な女子高校生とバングラデシュからの季節労働者の偶然の出会いを通して、韓国が抱える都会の孤独から人種、格差問題までをあぶり出した作品。今回の訪問で最初に見た作品で、「出だしからいい作品に出合った」と感じていただけに、受賞は正直うれしい。

 経済発展が必然的にもたらす都会の孤独や格差問題は、韓国でもいくつかの作品に登場しているが、異国からの出稼ぎ者問題には初めて出会った。それだけ顕在化しているということなのか。

 シン・ドグイル監督(41)は、2人の交流を、ピュアなミンスーと愚直なカリムとの組み合わせにすることで、自然とコミカルな場面を生み出し、これらの問題を深刻ぶっただけの扱いにはしていない。さらには「食」を軸とすることで、2人の出会いに文化的な深みも与えていた。学校をやめて自活を始めたミンスーが、昼食時のバングラデシュ料理店でカリムを思い出し、手で直接料理を食べるラストが印象的だ。それでも最後はフォークで味わう彼女は、今の韓国そのものを映しているともいえる。監督の演出、主演2人の演技の良さがあいまって、文句ない受賞だった。

 受賞を「ミラクル」と言いながらも、閉会式の参加者を何度も笑わせながら、いつまで続くのかと思わせるほどスピーチした監督は、最初から自信があった風にも見えた。

 その他の各賞は以下の通り。男優・女優賞や審査員特別賞は該当作品がなく、やや寂しい内容だった。

◇準グランプリ 「飛ぶことを夢見る盲目のブタ」
         (エドウィン監督=インドネシア)
◇ナント市賞 「シェーラザード - 私に物語を聞かせて」
         (ヨスリー・マサラフ監督=エジプト)
◇若い観客賞 「飛ぶことを夢見る盲目のブタ」

 準グランプリの「飛ぶことを夢見る盲目のブタ」は、何と言っても作中で何度となく歌われるスティービー・ワンダーの名曲「心の愛(Called to say I love you)」が賞を引き寄せたといってもいいだろう。

 こちらも人種問題という微妙なテーマ。インドネシア国内で否定される少数派、中国系の人々の生きざまを、リンダという若い女性を中心に、過去と現在を行き来しながら個人的ともいえるエピソードをつなげていく形で描き出した。

 だが、深刻でいながらお茶目な展開を支えたのが、この曲。リンダや父親らによって生の声で、しかも上手にではなく、「3つの単語があればいい、それは I love You 」と何度も歌われる。中国系の人々にとって現状が厳しいからこそ、この曲に思いを託すのだ。ひもでつながれたブタでも、気持ちだけは無限大にできるはずだ。エドウィン監督(31)の演出に拍手だ。見終えた後に若い観客たち
が「I Just called to say I love you」と口ずさむ姿を見かけた。観客の投票で決まる若い観客賞も合わせて受賞したのは当然と言えようか。
 
 ナント市賞の「シェーラザード - 私に物語を聞かせて」は、首都カイロのテレビ業界を舞台に人間のエゴが招く悲劇を取り上げる。
 自分の出世を妨げかねないと、妻が担当するコーナーを政治的なものから個人的なものへと変えさせた夫。だが、彼女はゲストの1人から夫が支持する政治家のスキャンダルを引き出してしまう。夫に暴力を振るわれた彼女は、はれた顔をさらしながら「今日のゲストは私自身です」と語り始める...。

 ヨスリー・マサラフ監督(57)は昨年、カイロで生きる人たちの孤独と思わぬつながりを「水族館」という作品で描いて印象的だった。今回は、他人事の世界だとしてすませられるはずのテレビが、思わぬつながりから悲劇的な結果を招くという秀逸な設定が評価されたのだろう。女性キャスター役モナ・ザッキーの演技も光っていた。

 井口奈己監督の「人のセックスを笑うな」は惜しくも選に漏れた。地方の美術学校に通う19歳の男子生徒(松山ケンイチ)が、20歳年上で人妻の非常勤講師(永作博美)に恋して、振り回されながらのめり込んでいくさまと、周囲でかかわる人たちを描く。

 井口監督は、永作、松山の即興性も生かした演技とさりげない日常シーンの積み重ねの中で、どちらかというと女性視線で描いていく。日本で見たときは男たちの軟弱さ(今風に言えば草食系?)に小さな憤りを覚えたのだが、日本を離れたことで、より突き放して見ていると、男たちは放っておいて女性たちを応援したくなった。彼、彼女らがどうなるかは気懸かりだが、今を生きないことには結果はない-のだ。

(桂 直之)