シネマに包まれて-映画祭報告

presented by 河北新報

(4)面白かった2女性監督の作品

2010/09/09

 今年のコンペ作品は24本。去年が25本だったので1本少なくなっていますが、カンヌ映画祭が19本だったことを考えると、ぐっと多いですし、オリゾンティ部門の長編28本、短編36本の他に、イタリアの新人を発掘するコントロカンポ・イタリアーノ部門、作家の日々部門、批評家週間部門があり、この他に特別招待作品とイタリアのコメディ映画特集が加わるので、会期はカンヌより1日少ないながら、かなり見応えのある映画祭になっています。これで2年後に新宮殿が完成すれば、リド島という地の利のなさと狭さという欠点を乗り越え、ヴェネチアの念願だったマーケットを拡充し、業者を呼び込むことも可能になってくるかもしれません。

 さて、去年は8本と例外的に多かったコンペ部門のアメリカ映画ですが、今年も、オープニングのダレン・アロノフスキー『ブラック・スワン』、ソフィア・コッポラの『サムウェア』、ヴィンセント・ガロの『水に書かれた約束』、モンテ・ヘルマンの『ロード・トゥ・ノーウェア』、ケリー・ライカートの『ミークズ・カットオフ』の5本で最多、ニューヨーク生まれのジュリアン・シュナーベルがフランス・インド・イスラエル・イタリア合作で撮った『ミラル』を加えると6本になります。

 中でも面白かったのは、ソフィア・コッポラとケリー・ライカートという2人の女性監督の作品です。

 『サムウェア』の主人公はハリウッド・スターのジョニー・マルコ(スティーヴン・ドーフ)。今、仕事のない彼は、黒いフェラーリを乗り回したり、住みかとしているホテルの部屋に女性を呼んでショーをさせたり、毎日をぼんやり過ごしている。そこに、別れた妻から11歳の娘クレオ(エル・ファニング)を預かることになり、無意味な人生の無意味さに直面させられる、というもの。『ニューヨーク・ストーリー』の中のフランシス・フォード・コッポラが監督した『ゾーエのいない人生』という1編に、ニューヨークでホテル暮らしをするショービズ業界で生きる両親を持った娘を描いたものがありましたが、あの娘を父親に置き換えた版といったらいいでしょうか。映画一家に生まれ、ショービズ業界のまっただ中で育ったソフィアの個人的な体験が見え隠れするような作品でした。

 一方の『ミークズ・カットオフ(ミークの近道)』の舞台は1845年のオレゴン。開拓者による入植が始まった頃、ソロモン・テスロー(ウィル・パットン)、エミリー・テスロー(ミッシェル・ウィリアムズ)ら3家族の幌馬車隊を率いて、山男のスティーヴン・ミーク(ブルース・グリーンウッド)がカスケード山脈を越えようとするが、ミークが案内した近道をとったおかげで、荒涼とした原野に迷い込んでしまう、というもの。

 実際にあった出来事を克明に映画化した、一見ニューエイジ風西部劇ですが、脚本のジョン・レイモンドによれば、映画のヒントを得たのは数年前にオレゴンで起きた住宅バブルだったそうで、道を知らない案内人に未来を託した3家族とは、ブッシュ政権(あるいはオバマ政権)下のアメリカの暗喩なのでした。映画の途中で、ミークがインディアンを捕まえてきて、彼に道案内させることになるのですが、言葉も文化も違う異分子の登場で一行の中に緊張感が生まれるところなどは、9.11以降のアメリカ社会でのアラブ人への対応を思わせました。

 実は映画を見た後、偶然レストランでミークを演じたブルース・グリーンウッドさんと隣の席になったので、3家族が水を求めて荒野をさ迷い続ける映画のエンディングのことを聞いてみました。「あの後、彼らに待っているのは死なのか、救いなのか、それは誰にもわからないんですよ」とのこと。確かに、道を知っていると信じた案内人に未来を託したアメリカ(あるいは日本)の行く手に何が待っているのか、それは今の私達の誰にもわからないのです。



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220909_04_02.jpg写真上は、新宮殿建築のために掘り返されたカジノの前の広場。
写真下は、カジノの横に設けられた今年の入口とムービー・ヴィレッジのチケット売り場です。

(齋藤敦子)