シネマに包まれて-映画祭報告

presented by 河北新報

(5)国内タブー破る中国映画「溝」

2010/09/09

 映画祭の中日にあたる5日の夜、コンペ部門の中国映画、ツイ・ハークの『通天帝国』の上映が行われました。通天とは、唐を倒して自分の王朝を立てた、日本では則天武后の名で知られる武則天のこと。武則天(カリーナ・ラウ)の戴冠記念に創られた巨大な菩薩像の建設中に起こった謎の殺人事件を、前帝の時代に諫言して牢に入れられていた狄仁傑(アンティ・ラウ)が解決するという時代アクション映画です。ちなみに狄仁傑とは、皇帝にも恐れず諫言する剛胆な性格を武則天に気に入られ、低い身分から宰相にまで出世したという実在の人物です。

 今年、名誉金獅子賞を受賞するのが香港映画の雄ジョン・ウーということで、彼の新作『剣雨』の記念上映がありました。『剣雨』は、不思議な力を持つという高僧のミイラを手に入れようとする謎の暗殺集団の女剣士の物語で、ミッシェル・ヨーと韓国のチョン・ウソンの共演が話題です。中国映画は他にアンドリュー・ラウが日本占領時代の上海を舞台に、日本の帝国主義支配に抵抗するカンフーの達人(ドニー・イェン)の活躍を描いた『精武風雲』がコンペ外特別招待作品として上映されました。

 いつもコンペに複数の映画がエントリーしてくる中国としては寂しい年かと思っていたら、6日にサプライズ作品として上映された映画が、コンペの2本目の中国映画で、まさに驚きの作品でした。

 それは、『鉄西区』などで知られるドキュメンタリー作家王兵の『溝』。王兵監督初めてのフィクション映画ということも驚きですが、その内容がさらに驚きなのです。というのも、今も中国でタブー視されている問題を扱っているからです。

 毛沢東時代の中国で、1956年の百花斉放百家争鳴運動を批判した知識人を弾圧するため、1957年から1961年にかけて、単に教師や医者だというだけで全国で40万人以上の"インテリ"が逮捕された、いわゆる反右派闘争が起きました。『溝』が描いているのは、中でも最も過酷な、モンゴルとの国境に近い砂漠の収容所に入れられた人々の運命です。この収容所では40人ほどの定員の施設に3000人が詰め込まれたため、入りきれない人々は砂漠を掘った、収容所とは名ばかりの"溝"に入れられました。おりしも当時の中国は、毛沢東の指導による大躍進政策が失敗し、全国で2千万人とも3千万人ともいわれる餓死者を出した飢饉のまっただ中。辺境の収容所に回される配給もなく、ネズミから雑草、果ては他人の吐いた吐瀉物まで、食べられるものは何でも食べ、ついには死んだ仲間の遺体から服を剥いで食べ物と交換したり、死体を切り取って食べたりという地獄のような状態になっていきます。

 未だにタブーとされている内容だけに、中国からの資本は一切入らず、フランス・ベルギー合作で製作され、撮影自体もゴビ砂漠で秘密裏に行われたそうです。王兵監督は、中国でこの映画が見られる日は、あと30年は来ないだろうと語っていました。

 
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 写真は王兵監督の記者会見の模様で、真ん中が監督、左右が出演者で、二人とも演劇学校を出たばかりの新人だそうです。

(齋藤敦子)