シネマに包まれて-映画祭報告

presented by 河北新報

(1)コンペティション部門・矢田部吉彦ディレクターに聞く

2010/10/22

221022_01.jpg 10月23日から始まる第23回東京国際映画祭。コンペティション部門を担当されたプログラミング・ディレクターの矢田部吉彦さんに、今年の見どころや映画界の状況について、お話をうかがいました。

―去年の東京国際映画祭(TIFF)は、審査員長のアレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥが「イースタン・プレイ」をグランプリに選び、こういう難しい映画の配給を映画祭が支えなければいけないと発言して終わりましたが、矢田部さんとしてのリアクションは?

 矢田部「まさに我が意を得たり、というのが正直な気持ちでした。私もまったくそういう思いで映画祭に参加しているので、よくぞ言ってくださった、と。」

 ―受賞映画を配給する側にも賞を出すという映画祭もありますね。

 矢田部「実はそういう思いはずっとありました。具体的になってきたのは去年からで、まだ表だった形にはなっていませんが、グランプリ作品を配給する会社には経費の一部を映画祭が補償するというようなことをやろうと、実はちょっと予算もとっています。まだ公にしていないんですが、「ソフィアの夜明け」(「イースタン・プレイ」の日本題名)の配給会社には、映画祭としても何らかの形でお手伝いするということで進めていて、こういう形を定着させたいと思っています。」

―いい話が聞けて嬉しいです。そういった形で映画祭から街の映画館への道が開けると、映画祭の意義がよく見えてきますよね。逆に、去年から今年にかけて、民主党政権の事業仕分けで映画祭の予算が削られるというようなことがありました。予算の削減でプログラミングに影響が出たというようなことは?

 矢田部「なくはないです。ただ、洋画の配給が底を打ったという実感はあって、心ある配給会社の人が頑張っているという構図ではありますが、それでも、もしかしたら一番厳しい時期は脱したのかなと思っています。今年の「シルビアのいる街で」の成功は本当に嬉しく、あれを一昨年ワールド・シネマに入れるときには、ある意味ハードコアなアート系映画なので、これを入れたら自分の趣味に走りすぎてるんじゃないかと非常に悩みましたが、その後、配給がつき、しかもスマッシュヒットということで、この流れは大事にしたいなと思っています。
 コンペティションの作品選定ですが、ここ数年コンペの評判を聞くと、"粒ぞろいでいいが、ちょっと小粒だ"という風なことを言われ、小粒で何が悪いとも思いますが、もう少し大粒感を出してもいいかなと。コンペはリピーターのお客様も多いですし、喜んでいただけていますが、クオリティを落とさない範囲で、もう少し間口を広げて映画ファンをより多く引き入れたいというような欲を抱いて、やってみました。その結果が「サラの鍵」や、「私を離さないで」や、「ブライトン・ロック」など、少し大粒感のある作品です。それでも、「一粒の麦」、「フラミンゴNo.13」や「ゼフィール」など、はっきり言って小粒だけど、ビジュアルがすばらしく、視点の持って行き方が独特な若手監督の作品もワールドプレミアで入れて行くということも重視しています。コンペの15本が全部「サラの鍵」のような作品になってしまうのは個人的にはいいことではないと思っていますので。それと、新藤兼人監督の「一枚のハガキ」を招き入れることが出来たのは、ちょっと事件になるんじゃないかと。」

―もう1本の日本映画が熊切和嘉監督の「海炭市叙景」なので、非常にコントラストのついた選択ですね。

 矢田部「熊切さんについては、ついに実力派監督として一皮むけて、堂々たる作品を仕上げたということで、中堅のエースと98歳の超ベテランの作品をお迎えできて、いい日本映画の選定になったなと、素直に喜んでおります。」

―中国映画に関しては、尖閣列島問題の波を被ったというような噂を小耳に挟んだんですが。

 矢田部「その影響は感じないですね。ゲストの数もすごく多く、沢山中国の方がいらしてくださるみたいですし。逆に僕らが頑張らないといけないのは、このような政治状況の中で、映画でつながって、来日してくれる中国のゲストの人達に、いかに来てよかったと思ってもらえるか。こちらのホスピタリティの心が、もしかしたらいつもよりは試されるのではないかと思います。」

―続いてコンペ以外の部門について。びっくりしたのは、クロード・シャブロル監督の「刑事ベラミー」が入っていたことなんですが、これはシャブロル監督が亡くなる前に決まっていたんですか?

 矢田部「違います。全作品の選定が終わってチラシ入稿というときに、9月12日でしたか、日曜日に作業していたら、パリの知人からメールが来て、シャブロルが死んだよと言われたんです。僕は90年代以降のシャブロル作品が大好きなのに、日本で紹介される作品が本当に少なく、特集をやりたいとずっと思っていたんです。"今年も出来なかったな"と思っていたら訃報が届いてしまって、生きているうちにやらなきゃダメなのにと、本当に落ち込みました。今から特集を組むのは無理なので、追悼をやらしてくださいと各方面に頭を下げて、これを1本割り込ませていただいたんです。」

―今年のナチュラルTIFF部門は?

 矢田部「ナチュラルTIFFはエコロジー部門と言ってしまうと、見たいというプライオリティが低くなってしまう人が多いと思うんですが、実は結構掘り出し物が多いんです。選ぶときに相当遊んでいますし。」

―お薦めは?

 矢田部「「このカエル、最凶につき」は、びっくりしますよ。オーストラリアで害虫駆除のためにアメリカからカエルを輸入して畑に放つんですが、害虫を食べずにカエルが異常に繁殖して、しかも生命力が強くて、オーストラリア全土に広がりつつあるという状況を長年追ったドキュメンタリーです。このカエルの凶悪さたるや、犬が噛むと皮膚に毒があって犬が死んじゃうという、カエル嫌いの人は絶対に見てはいけないという作品です。それから、「四つのいのち」(原題は「4度」)はカンヌの監督週間で上映されましたが、これは映画の神様が宿っている作品だなと。」

―私もカンヌで見ましたが、あの1シーン1カットは凄いですね。よく撮ったというか。

 矢田部「久しぶりに見ていて、わーっと声が出ました。それから「闇の光の門」もカンヌの監督週間の作品で、アメリカ映画で、お母さんの遺体を埋めるべく、2人の兄弟がえんえんと棺をかついで旅をするというそれだけの話なんですが、これもお母さんを自然に帰す話なのだから、ナチュラルTIFFだということで。」

―コンペより、私は、むしろここに矢田部色を感じますね。

 矢田部:「(笑)日本映画ある視点部門については、去年かなりインディペンデント応援モードに切り替えた結果、特別招待作品枠の日本映画と差別化が出来てよかったんじゃないという反応をいただいて、手応えがあったので、今年もちょっとその路線を行きつつ、東さんをオープニングにお迎えし、「FIT」の廣末哲万監督とか「歓待」の深田晃司監督とか、面白い才能の人も集まってきてくれました。」

―最近は特にデジタル化などで世界的に映画界がバタバタしている感じがしますが。

 矢田部「びっくりしたのは、今まで選定のために送られてくる応募作品はVHSや最近はDVDだったのが、ついに今年、何月何日の何時から何時までの間、パスワードを渡すからこのサイトにアクセスしてくれというネット上での鑑賞になって、ああ、ついにこういうことになってきたかと思いました。輸送代がかからないので、コスト的にはいいのかもしれないが、面倒といえば面倒な面もありますし。TIFFは、まだまだ35ミリでの上映が多いですが、それもいよいよあと2、3年かなという感じで、ほぼすべてデジタルになる時期は思っていたよりも早い気がしています。」

―若い監督の作品は、どうしても製作費を切り詰めなければならないですからね。ただカンヌでもデジタル上映にどんどん変わっていくかと思ったら、そうはなっていないので、ある程度のところまで行ったら下げ止まって、35ミリが残ってくれるのではないかと期待しているんですが。

 矢田部「今は35で撮っている作品が少なく、ほとんどデジタルになっていますから。でも、結局、撮る素材は変わっても、我々が、良い悪いを感じることができる映画の作り方は変わらないのではないかとは思います。
 今年の夏に河瀬直美監督の「玄牝」を見て、ひさびさに感動したんです。撮れるもの撮れないものをわかってカメラを回している、ドキュメンタリーの手法としては16とデジタルは決定的に違ってくるなと、すごく考えさせられました。ぜひコンペに欲しいと思ったんですが、もうサンセバスチャン映画祭に出品が決まっていたので。」

―カンヌはドキュメンタリーとフィクションの壁が薄くなってきていますが、TIFFは?

 矢田部「はっきり言って壁はなくしたいです。ですが、なくすと言った瞬間に、何倍もの作品を検討しなくてはいけなくなり、こちらの運営体制から考えなくてはいけないということもありまして。くだらない理由で恥ずかしいんですが。もともと僕も佐藤真さんとドキュメンタリーに関わってきましたから、ドキュメンタリーとフィクションを隔てる必要は全然ないと思っています。一方で、山形ドキュメンタリー映画祭がない年、あるいは山形が取り上げないようなタイプのドキュメンタリーを特集する部門があったらいいなと去年くらいからずっと思っています。将来の夢ですね。」

―ナチュラルTIFFに、そんな匂いがちょっとしますね。

 矢田部「まさにそうなんです。」

(10月14日、築地の東京国際映画祭事務局にて)

(齋藤敦子)