シネマに包まれて-映画祭報告

presented by 河北新報

(2)アジアの風部門・石坂健治ディレクターに聞く

2010/10/26

221026.jpg―石坂さんはアジアの風部門のディレクターになって4年目ですが、この4年を振り返ると?

 石坂「日本では香港なら香港、韓国なら韓国という感じに細かい映画ファンが割拠しています。それはそれでいいんですが、もう少し大きなパースペクティブで、各地域の状況みたいなものを部門全体で出せればと思ってやってきていまして、それはだいぶ浸透してきた気はしています。」

―お客さんがついてきている手応えですね。石坂さんのディレクションは4年で変わりましたか?

 石坂「アジア映画という概念を広げるというか、もう少し広い範囲をカバーしてほしいという意味でここに呼ばれたと考えているので、それは去年までかなりやってきました。それこそ去年はエジプトまで取り上げ、一回りした感じで、今年は、半ば計画的、半ば偶然に、東アジアにもう一度回帰するという形になりました。3年を1つの周期とすると、2周り目に入って、今年はかなり東アジアに戻ったわけです。」

―今年はヴェネチア映画祭に台湾映画がなくて寂しいと思っていたら、アジアの風で台湾特集がありますね。

 石坂「台湾は80年代のニューウェーブ以降、侯孝賢、エドワード・ヤン、蔡明亮ら、非常に個性の強い作家たちが映画界をリードしてきた一方で、そういう人たちが重石になって、後の世代どうやってそれを乗り越えて行くかというような状況があり、マーケット的にもが苦戦を強いられてきました。
 ところが2008年が大きな転機になりました。まず、『海角七号 君想う、国境の南』がメガヒットになり、『九月に降る風』がヒットになり、『ORZボーイズ』という若い世代の、しかもお客も入れる映画が出てきて、一気に状況が上向きになったんです。それに韓国の影響で台北フィルムコミッションが出来て、官の側からも体制が出来、官民あげて映画を支援する体制が整った。それが2008年です。それで、『海角七号』の成功で上向きになったここ数年の台湾映画がどういうことになっているか見てみたいと思ったんです。」

―台湾以外の中国映画は?

 石坂「香港は、今や大陸のマーケット抜きにはやっていけなくなっていて、大陸で上映できるよう、検閲を含めてきちんとしなければならないので、荒唐無稽さがどんどん減って、優等生的なものが増えているような気がします。なので、あえて破天荒なパワーのあるもの、香港映画の原型をとどめているようなものを無意識に選んでいますね。」

―ヴェネチア映画祭で見たドニー・イェンの『精武風雲』は、そこまでやらなくともと想うくらい反日色が強くなっていました。資本プラス思想の縛りが入ってきて、香港が大陸に取り込まれている感じがして、悲しかったです。

 石坂「王兵の『溝』はサプライズ映画だったんですか?」

―サプライズです。ジャ・ジャンクーの『長江哀歌』もサプライズで金獅子賞だったので、ディレクターのマルコ・ミュラーはたぶんその線を狙ったんでしょうが。

 石坂「ああいう風にサプライズで現れるか、ロウ・イエのように平気で撮って、記者会見で訴えるみたいな、そういう映画がヨーロッパの映画祭では目につきますよね。政府の肝いりでものすごい資本を投下して行う映画というのは、『ボディーガード&アサシンズ』のように、提携企画の中国映画週間などで紹介されるのではないでしょうか。」

―尖閣諸島の問題が起こって波をかぶったというようなことはないですか?台湾は尖閣諸島問題とは直接関係ないでしょうが。

 石坂「あの問題が起きたときにはすべて選定が終わっていました。それに、こういうときほど、きちっとやるべきだと思っているので、今のところ特に何も問題はありません。」

―問題が起きそうな中国映画を選んでないというような感じがしないではないですが。

 石坂「中国映画は山形でやるようなインディーズ系にも目配せはしているんですが、傑作揃いかというとそうでもなかったりするので。TIFFより他にふさわしい映画祭があるんじゃないかというようなことも結局考えてしまうんです。」

―今年の見どころは?

 石坂「近年、大きさという意味で、フィルムを使ってかなりな予算を投下して作る作品と、デジタルを使った個人映画に近い小さな作品に映画が二分割しています。これはたまたまなんですが、東南アジアはデジタルのアート系の映画が並びました。見かけは地味ですが、ディレクターとしては映画の未来を占う上でその辺の方が重要じゃないかと思っています。チケットは東アジアの方がかなり売れていますが、穴場は東南アジアですね。タイの場合は、アピチャッポンがポンと出てしまいましたが、『ハイソ』のアーティット・アッサラットという監督もアメリカで勉強して帰ってきた人で、雰囲気としてはタイのアントニオーニだと思っています。」

―大きく出ましたね。

 石坂「今年はそういう人がいっぱいいるんですよ。『燃え上がる木の記憶』は監督のシャーマン・オンは現代美術家なのでマレーシアのペドロ・コスタ、『追伸』のヤルキン・トゥイチエフはウズベキスタンのタルコフスキー...。」

―インドのマニ・ラトナムは、今年のヴェネチアで監督ばんざい賞を受賞しましたね。

 石坂「彼の『ラーヴァン』は本当に面白いです。ゲリラに誘拐された奥さんが犯人と恋心が芽生えてしまうという話なんですが、ヒンディー語版とタミール語版を同時に撮影しています。普通どちらかで撮って、後で吹き替えるんですが、マニ・ラトナムならではで、女優は両方しゃべれるので同じですが、後の配役は全部別。2組キャストがいて、同じシーンを2回ずつ撮っていったんです。」

―『三文オペラ』に配役の違うドイツ語版とフランス語版があるように、トーキー映画の初期によくそういう撮り方をしていましたね。

 石坂「ある意味、映画の原初的パワーがあるんです。しかも追いつ追われつあり、ドンパチあり、崖から転げ落ちたり、海の中に飛び込んだり。それを女優さんが2回ずつやったんだと思いながら見ていると笑えるんですが。」

―今年はイスラエル映画が入っていますが、アジアが広くなりすぎていませんか?

 石坂「去年はエジプトまでやっていますし、今年は実は西の方はかなり少ないんですよ。確かに地域のことはありますが、移民社会ということを考えると、問題意識としてはつながってくると思います。」

―事業仕分けで予算が減らされた件は、矢田部さんによれば、いろんなところのバランスで何とかなったということでしたが。

 石坂「もちろんプログラミングでは、やろうと思ったら先に配給がついてしまったとか、そういうレベルの困難さは毎年あるんです。特に今年はすごく節約モードだったので、台湾の特集については最初から台湾の援助を取り付ける形で行いました。そういう形で様々なところから助けてもらったというようなことがあって、結果的にパノラマと4つの特集は去年並なので、節約したわりにはスケールとしては落ちてないと思います。」

―トルコのレハ・エルデム特集について。

 石坂「トルコも映画産業は上向きなんです。03年に18本だったのが09年に69本になり、国産映画のシェアが5割を超え、国内での映画産業の好調が、海外の映画祭での受賞につながるという健全な形で動いている。作家の映画と娯楽映画と両方面白い。エルデムはキャリアは長いんです。80年代に1本撮ったあとの沈黙が長く、活発に活動しているのはここ10年で、ドタバタ喜劇のようなものを撮っていた人が最新作の『コスモス』ではかなりスケールアップしてきています。私のイメージだと、最初歌謡曲映画を撮っていた侯孝賢が10年で『非情城市』まで行ったというのと同じ位のスケールアップを感じて、この人を全部やってみたいと思いました。」

―今年はブルース・リーの特集がありますが、いまなぜブルース・リーなんでしょうか?

 石坂「今年はブルース・リーの生誕70年なので。追悼や生誕年はメジャーな映画祭を標榜するには王道としてとりあげるべきだという思いに最近なってきまして、たまたま今年はブルース・リーと黒澤明だったので、そのままやるのは芸がないので、ちょっとひねりを入れて、という感覚で、新しい観客を、特に若い人を獲得したいという思いです。」

―香港映画にマーシャル・アーツを持ち込んだのはブルース・リーで、彼以後、それまで京劇の出身者が振り付けでアクションを行っていたカンフー映画が、アスリートが俳優としてアクションを行っていくようになったという感じがします。関係図を作ったら結構ブルース・リーから発しているものが多いことにも気づき、その意味でもいい企画だと思ったんですが、前々から暖めていたんですか?

 石坂「一つは香港映画祭で生誕70年の企画をやっていたということ。それから『イップ・マン』がシリーズ化されて、今年の興行で1位だったり、ブルース・リーの伝記映画が新たに企画されていたり、生誕70年から始まる動きがあるんです。ウォン・カーウァイも『イップ・マン』も撮ると言ってるし、『イップ・マン』1と2の次に0というのも出来て、これは全然関係ない人が便乗して撮っている映画ですが、サモ・ハン・キンポーはそっちにも出てたりとか、すごく香港映画的なのりで。今度はブルース・リーの弟の回想録を元にしたブルース・リーの伝記映画3部作とか、すごい動きがあるので、そこにつなげたいという思いです。」

―少しワイヤーアクションのようなところに行き過ぎていたのを、肉体へ復権させるという意味あいで、そういう動きが出てきたんでしょうか。

 石坂「おっしゃる通りです。今回の『ギャランツ』は、もうお爺さんになっている昔の俳優たちが、ノースタントでアクションをやるというカンフー映画です。作りとしては『怒りの鉄拳』のパロディで、映画は肉体だというのを改めて認識するみたいな映画で、出てる人は古いけど、動きとしては新しいし、『イップ・マン』から始まっている、アクション映画をもう1回読み直す、みたいな流れとも連動するんです。」

―ジャッキー・チェンやジェット・リーが動けなくなってきているから、新しい動けるアクションスターを香港映画は出さなきゃいけないというのもありますね。とはいえ、『ギャランツ』も、もうチケットは買えないのでは?

 石坂「瞬殺で売れてしまいました。」

―石坂さんから見た韓国映画の近況は?

 石坂「韓国は国が後ろ盾になって映画産業をもり立てていく先駆けです。金大中時代から数えて12年目で、釜山映画祭の成功を含めて、非常にすごいわけですけど、映画って面白いのは、あれだけ力を入れてやっていて、何本もカンヌのコンペに入っていても、最高賞をとるのは、国の援助の何にもないアピチャッポンだったりするわけです。国家がいくら支援しても、韓国は三大映画祭最高賞まだゼロでしょう。そこが悔しくてしょうがないらしいです。でもオリンピックじゃないんだから、といつも言うんですが。」

―でも、日本映画は黄金時代に欧米に紹介されていましたが、韓国は朝鮮戦争後のごたごたがありました。国際的に発信するという意味で、日本に一日の長があったというそれだけだと思います。

 石坂「今年の韓国映画3本はバラエティに富んでいます。『黒く濁る村』は『シルミド』の監督の大作系で、『八つ墓村』かな。楽しめる映画です。『妖術』は中規模で、韓国版『花より男子』の主演女優の監督第一作で音大が舞台『のだめカンタービレ』よりもう少しシリアスで、チェロの青年2人とピアノの女の子のラブストーリーです。」

―『妖術』といってもオカルトじゃないんですね。

 石坂「昔、『猟奇的な彼女』という映画がありましたが、猟奇といっても、変わった女の子という意味だったように、マジックというほどの意味なんです。それから、思いっきり小規模のインディーズに面白いものがあって、『虹』は、なら映画祭で上映された映画ですが、どうやってインディーズ映画でやっていくかという悶々とした日常をウダウダと描いた脱力系の映画です。」

―ヴェネチアに出ていたホン・サンスの新作がちょっとそんな感じの映画でした。

 石坂「ホン・サンスは精神としてはインディーズですよね。それから釜山映画祭が作ったオムニバスがあります。去年は全州映画祭、今年は釜山映画祭で、映画祭が映画作りまでやるというのも韓国の1つの特徴です。」

―今はそこまでやらないと映画祭にいい作品が来ないということもありますね。TIFFもいずれはとは思ってるんですが。韓国のオムニバスは1編30分くらいですが、10分くらいの短編でもいいし、そういう企画もありなんじゃないですか?」

 石坂「それ、グッドアイデアですね。

―ナントでは若いプロデューサーの養成講座を開いていますし、ロッテルダムのヒューバート・バルス・ファンドもありますし。

 石坂「実はシャーマン・オンの『燃え上がる木の記憶』はロッテルダムのアフリカ・プロジェクトという枠で製作した作品で、タンザニアで撮っていてアジアの景色は何も出てこないんです。」

―TIFFはアフリカをどうするつもりなんだろうと思っていたら、去年エジプトまで行き、今年はタンザニアですからね。アジアの風、がんばって、どんどん西に吹いて行ってください。


(10月19日、築地の東京映画祭事務局にて)
 

(齋藤敦子)