シネマに包まれて-映画祭報告

presented by 河北新報

(3)世界的な映画危機のなかで

2010/10/27

221027_01.jpg 開催3日目の25日に六本木ヒルズのムービーカフェで審査員記者会見が行われました。今年の審査員長は、1985年の第1回東京国際映画祭に『狼の血族』をエントリーしたアイルランドのニール・ジョーダン監督。TIFFは自分にとっても思い出深い映画祭ということで、審査員長のオファーを受けたときは「喜んで」と即答したのだそうです。

 当時はバブルが弾ける前で予算もたっぷりあり、2千席以上もある主会場のオーチャードホールで、ゆったり映画を鑑賞したものでした。第1回の審査員長はベルナルド・ベルトルッチ、グランプリは相米慎二の『台風クラブ』でした。
 では、当時の方がよかったかといえば、それはまた別の問題があります。あれから25年、六本木に移った今の映画祭の印象をジョーダン監督に質問してみると、「当時は観客と一緒に映画を見たが、今は審査員だけで見るのが大きな差」とのことでした。

 昨年のイニャリトゥ監督同様、会見でジョーダン監督が強調していたのは世界的な映画危機のこと。幸い、ジョーダン監督自身は映画用に書いたシナリオがアメリカのケーブルテレビで20時間のシリーズ化されることになって仕事があるが、知り合いの監督たちのほとんどが失業中であるそうで、インターネットがすべてを変え、映画館に行く人が減っている今の流動的な状況が落ち着いて、また映画に人が戻ってくることを願っていると語っていました。


 221027_02.jpg 写真は記者会見の後で行われたフォトセッションの模様で、左から根岸吉太郎監督、プロデューサーのドメニコ・ブロカッチさん、ニール・ジョーダン監督、ジュディ・オングさん、ホ・ジノ監督です。

 今年のTIFFは開幕前から様々な問題が持ち上がっていました。まず、事業仕分けで映画祭の予算が3割カットされたことです。インタビューではプログラミング・ディレクターのお二人は、うまく回避できたと語っておられましたが、字幕を担当した私の周辺では、かなり大きな影響が感じられました。事業仕分けの理念には賛同するのですが、いざ予算を削るとなると常に上からではなく下からになるのはなぜか。アジア型官僚政治の弊害なのか。これは映画祭だけの問題ではないような気がします。

 そして大きかったのは、9月7日に起こった中国の漁船衝突事件を発端とする日中の緊張の高まりでした。中国から日本に向けた輸送が滞った結果、いつもぎりぎりで行われる字幕作業がさらにぎりぎりになったり、中国映画1本が映画祭に間に合うかどうかわからなくなって、上映スケジュールを載せたチラシから外されたり、ついには北京の空港までプリントを取りに行くというような事態も。

 さらに23日、いよいよグリーンカーペットを歩いて開会式の会場へという段になって、中国から台湾の呼称にクレームがつき、映画祭側が折衝を行ったものの、最終的には中国・台湾双方のゲストが登場しないという寂しい開幕になりました。TIFFでは、ずっと台湾という呼称を使っており、これまで一度もクレームがなかったとのことですので、昨今の中国の強硬な外交姿勢には首をかしげざるをえないのですが、私は、この事件が25日の夜になるまでどこにも報道されなかったことで、日本のマスコミの姿勢にも疑問を感じてしまいました。

 「ホスピタリティの心が、いつもより試される」、「こういうときこそ、きちっとやるべき」という二人のディレクターの言葉を、プレスの側も真摯に受け止めるべきだと私は思います。

(齋藤敦子)