シネマに包まれて-映画祭報告

presented by 河北新報

(6完)グランプリに『僕の心の奥の文法』

2010/11/01

221101_01.jpg 最終日の31日午後、授賞式が行われ、イスラエルのニル・ベルグマン監督『僕の心の奥の文法』に最高賞の東京サクラ・グランプリを、新藤兼人監督の『一枚のハガキ』に審査員特別賞を授与し、閉幕しました。

 『僕の心の奥の文法』は、デヴィッド・グロスマンの同名小説の映画化。第三次中東戦争直前、エアポケットのように平和だった1963年のイスラエルで、ホロコーストの生き残りである父親と強圧的な母親、好戦的な周囲の中で孤立し、成長を止めることで抵抗する少年の姿を描いたもの。猥雑な大人の世界と、繊細で純粋な子供の世界の対比や、成長を止めるといったファンタジックな設定が、審査員長であるジョーダン監督の『ブッチャー・ボーイ』とも通じるものがあると私は思ったのですが、選考理由については最後に述べるような事件があって、直接うかがうことは出来ませんでした。ニル・ベルグマン監督は2002年に長編デビュー作『ブロークン・ウィング』でTIFFのグランプリを受賞し、8年後の第二作でTIFF初の二度目のグランプリという強運の持ち主です。

 2席の審査員特別賞は、日本映画界最長老、98歳の新藤兼人監督が"最後の作品"という『1枚のハガキ』に。戦友が妻から貰ったハガキを生き残った男が届けに行く姿を通して戦争の傷跡を描いた作品で、くじ引きで戦地に贈られた中年兵100名のうち、生き残った6名の1人だったという新藤監督自身の体験を映画化したものです。1949年に近代映画協会を設立して以来、大手の映画会社に対抗して映画作家の立場を貫いてきた日本インディーズ映画監督の祖である新藤監督のキャリアに対しては何らかの賞が与えられるはずと思っていたので、納得の受賞でした。

 『サラの鍵』の受賞、特に観客賞は予想の内でしたが、意外だったのは2本の中国映画の評価です。

 『ブッダ・マウンテン』は親に反抗して家を出た3人の若者が、引退した有名な京劇の歌手の家に下宿することになり、初めは軋轢を生むものの、女性歌手を見舞った悲劇が明らかになるにつれ、互いに理解しあうようになるというストーリーで、ブッダ・マウンテンとは四川省にある観音山のことです。チェン・ボーリンとファン・ビンビンという2人のアイドルスターを主役にした青春映画で、彼らが『エデンの東』のジェームズ・ディーンのように列車の屋根に乗って観音山に行く場面など、イメージ先行気味なところも気になりましたし、心に傷を負った京劇歌手という難しい役柄を演じたシルヴィア・チャンの方がファン・ビンビンよりもずっとよかったので、受賞は驚きでした。

 審査員の一人であるドメニコ・プロカッチ氏によれば、『僕の心の奥の文法』で母親を演じたオルリ・ジルベルシャッツや『サラの鍵』のクリスティン・スコット=トーマス、『ビューティフル・ボーイ』のマリア・ベロなど候補者が多く、女優賞の選考は最も難航したが、ファン・ビンビンの新鮮な魅力をとったとのことでした。

 『鋼のピアノ』は、別れた妻に娘をとられまいとして、娘のために鉄工場の仲間と鋼でピアノを作ろうとする父親の涙ぐましい奮闘を描いたもの。ピアノは中国人にとって豊かな西洋文化の象徴なのでしょう。設計図さえあれば素人でもピアノが作れてしまったり、長渕剛の<乾杯>が歌われても著作権のクレジットがまったくなかったり、今の中国をよく反映した映画ではありました。

 授賞式のあと、六本木ヒルズの49階に場所を移して受賞者の記者会見が行われたのですが、そのときにちょっとした事件がありました。会見の最後に審査員長のニール・ジョーダンが登壇し、審査のやり方を説明したところで、進行係がジョーダン監督を帰してしまったのです。審査員長の総評を聞くために集まっていたプレスは唖然。せめてグランプリ作品の選考理由を聞かなければ記事にならないと事務局に抗議し、ようやく連絡がとれたときには、体調を崩していたジョーダン監督はホテルの部屋で休まれた後。急遽ドメニコ・プロカッチ氏と根岸吉太郎監督に来てもらって、臨時に会見を開いたというわけです。

 臨時に会見が開かれるのを待つ間、ある新聞記者から思いがけない話を聞きました。このレポート(3)でも触れましたが、初日に台湾の呼称をめぐって中国・台湾の両方のゲストが授賞式に出席しなかった事件について取材で問い合わせたところ、映画祭事務局が"事件はなかった"と答えたのだそうです。外交的に緊張が高まっている難しい時期であることはわかるのですが、起こったことを起こらなかったというのは明らかに嘘であり、事務局への信頼を裏切る行為だと思います。

 何事も滞りなく進めることも大事ですが、映画祭は何のためにあるのか、記者会見は何のために開かれるのかを事務局はもう一度よく考えて欲しい。TIFFの映画に対する意識の低さをあらわにした事件だったと思います。

 上の写真は、グランプリのトロフィーを持つニル・ベルグマン監督


◇受賞結果
コンペティション部門
 東京サクラ・グランプリ:『僕の心の奥の文法』監督ニル・ベルグマン(イスラエル)
 審査員特別賞:『一枚のハガキ』監督新藤兼人(日本)
 最優秀監督賞:ジル・パケ=ブレネール監督『サラの鍵』(フランス)
 最優秀女優賞:ファン・ビンビン『ブッダ・マウンテン』監督リー・ユー(中国)
 最優秀男優賞:ワン・チエンユエン『鋼のピアノ』監督チャン・メン(中国)
 最優秀芸術貢献賞:『ブッダ・マウンテン』
 観客賞:『サラの鍵』


ナチュラルTIFF部門
 TOYOTAアース・グランプリ:『水の惑星 ウォーターライフ』監督ケヴィン・マクマホン(カナダ)
 審査員特別賞:『断崖のふたり』監督ヨゼフ・フィルスマイアー(ドイツ)

アジアの風部門
 最優秀アジア映画賞:『虹』監督シン・スウォン(韓国)
 スペシャル・メンション:『タイガー・ファクトリー』監督ウー・ミンジン(マレーシア=日本)

日本映画ある視点部門
 作品賞:『歓待』監督深田晃司


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審査員特別賞の新藤兼人監督、右は孫の新藤風さん


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監督賞と観客賞のジル・パケ=ブレネール監督


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男優賞のワン・チエンユエンさん


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女優賞と芸術貢献賞を受賞した『ブッダ・マウンテン』のリー・ユー監督


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審査の手順について説明するニール・ジョーダン監督。この後、帰ってしまった


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急遽開かれたプロカッチ氏と根岸監督による会見


(齋藤敦子)