シネマに包まれて-映画祭報告

presented by 河北新報

(2)市山ディレクターに聞く『10年変わらぬ基本的方向性』

2010/11/22

221122.jpg フィルメックスは去年10周年を迎え、映画祭的には一区切り。新たな10年が始まる今年、市山尚三ディレクターに、フィルメックスと映画をめぐる10年間の環境の変化について、うかがいました。

―フィルメックスは今年11年目ですが、10年経って方向性が変わってきたところはありますか?

 市山「特集上映などがいくつか増えて、細かい部分で変わったところはありますが、原則的にコンペで10本、特集で10本という基本の線は変わっていませんし、作品の方向性や監督のテイストなども変わっていないと思います。特に変えなくてもいいというところもありますが、ただアジア以外の無名の監督の作品で、たまたま見て面白かったりしたときに、コンペではできないし、特別招待枠では、著名監督の作品を並べていくと、若手の作品は落ちてしまうことになり、それを逃しているなと思う部分もあるんです。」

―ジャコ・ヴァン・ドルマルの『ミスター・ノーバディ』や、監督はキアロスタミだけどイタリアで撮った『贋作』が並ぶと、フィルメックスはヨーロッパに向いていく気があるのかなという感じを受けましたが。

 市山「意識したことじゃありません。アモス・ギタイの『幻の薔薇』もイスラエルの資本も入ってないし、内容的にもユダヤ人の話でも何でもない、純粋なフランス映画なので、そういう意味では監督の国籍は別として、特別招待作品に完全なヨーロッパ映画が3本もあるというのは、少しヨーロッパに向いているといえないこともないとは思いますね。見た人達の反応も含めて、来年どうするかも考えなきゃいけないんだけど、なるべくやっていった方がいいなとは思います。」

―去年グランプリだったヤン・イクチュンの『息もできない』が大ヒットしたり、『マクナイーマ』が公開されることになったりして、フィルメックス的に配給への道がついてきた感がありますが、10年前と今とで変わったなと思うところは?

 市山「3年前くらいに、日本映画は別として、外国映画全作品に配給会社が決まってない年があって、その辺がたぶん底の状態だったと思うんですね。これは相当厳しいなと思っていたら、去年くらいからちょっと復活し始め、今年はカンヌで配給が決まっていなかったアピチャッポン・ウィーラセタクンの『ブンミおじさんの森』にしても、イ・チャンドンの『詩』にしても、後から配給が決まっていった。チャン・チョルスの『ビーデビルド』もそうです。それは、たとえばシネマライズが買ったり、シグロが買ったり、今までの既存の配給会社ではないところが買っているということがあるかもしれないですけど、ひと頃のアート作品には誰も手を出さないという状態は脱出しつつあると思うんです。数年前はますます大変なことになってきたと思っていたところが、ちょっと上向いてきている気はします。」

―市山さんはジャ・ジャンクーのプロデューサーでもありますが、彼を含めて中国映画のこの10年をどう見ていますか?

 市山「中国はものすごく大きな変化がありましたね。それも両極で変化してきているんです。まずマクロな方で言うと、2000年の半ばくらいから景気がバブルの状態になって、シネコンがどんどん出来て、毎年映画の興行記録の塗り替えがあったり、大きな変化があるんです。10年前と今とでは北京に行くと映画事情とかも全然違うんですよ。1階建ての映画館はほとんどなくなり、全部シネコンになっています。話を聞くと1日1スクリーンの割合で増えているというんです。これは明らかにバブルなんで、どこかで弾けるだろうと中国の人は怖れていますが。不思議なことに料金も安くないんです。入場料が90元くらいで1300円くらいするので、一般庶民にしたら随分高いんです。少し待てばDVDが20元、つまりは300円くらいで出るわけですから。しかも、シネコンの中で現在上映中の映画がDVDで売られていたりする。それも海賊版じゃない、正規版を。要するに海賊版が出てしまうので、公開と同時に正規版を出してしまうんです。お金のことだけなら、その正規版を買って見ればいいのに、それでも映画館に行くとちゃんとお客が入っている。
 他方で、ミクロというか、製作の方では、デジタルビデオが相当変えてるんです。日本は昔から8ミリ映画の伝統があったので、デジタルは手段が変わっただけだけど、中国の場合は自主映画の伝統というのがほとんどなかった。ジャ・ジャンクーの第六世代が16ミリで撮った、いわゆるアンダーグラウンド映画が自主映画の始まりなんですが、それが90年代からようやく始まった。それがデジタルビデオになって一気に爆発したというか。いくら16ミリでもフィルムで撮るとなると、普通の人にはなかなか考えられない状況だったのが、今はもうデジタルですぐに撮れるという風になってきて、映画とは関係ない、美術家や写真家などで映画に若干興味があるという人が突然撮った映画が面白かったりするんです。
 今回コンペで上映される『トーマス、マオ』のチュウ・ウェンは、元は作家で、脚本を書いたのがきっかけで映画界に入り、自分でデジタルで撮った作品で監督デビューしたという人です。そういう風に気軽にいろんな人達が撮れるようになってきました。今まで北京電影学院を出て、撮影所に配属されて、オフィシャルにデビューというのが映画監督になる普通のコースだったのに、北京電影学院のステータスというと変ですが、あそこへ行かなくてもいい、という感じになっている。私立の映画学校もどんどん出来ているし、北京電影学院だけでなく、重慶の大学に映画を教える科があったり、地方に映画学校が出来たり、学校に行かずに撮り始める人もいる。」

―中国は底辺が広いですから、広まれば早いでしょうね。映画祭とか、そういう作品をまとめて見られるチャンスはあるんですか?

 市山「中国にはもちろん上海映画祭というオフィシャルな映画祭はありますが、当然アンダーグラウンドのドキュメンタリーとかは出来ないんです。それで北京に映画祭が出来たんですね。宋荘という、中心部から車で1時間くらいの北京市のはずれに、土地が安いというので数年前からアーティスト村が出来ているんですが、そこにインディペンデントの映画人が何人か住み着いて、小さい映画館を作って映画祭を始めているんです。年に2回、5月にドキュメンタリー、10月にドキュメンタリーと劇映画を含めた北京インディペンデント映画祭というのをやっていて、ハオ・ジェの『独身男』は10月の映画祭でやっていた作品です。そこに住んでいるアーティストの人達の寄付金で運営されているような映画祭なんで、地下映画でも何でもOKだし、当局からも別に取り締まりもないようです。」

―検閲は有名無実になっているんですか?

 市山「検閲は劇場公開の映画に対する検閲になるんです。ジャ・ジャンクーの『プラットホーム』などはホール上映で公開しています。昔はホール上映だと、警察が来て電源を切られたり、いろいろ妨害を受けたことがあったようですが、最近は国の恥をさらすだけと思ったのか、そういう意地悪なやり方はやめたみたいですね。映画局の管理しているのはあくまでも一般興行の映画館なんで、興行外でやる分には目をつぶっていると。」

―ロウ・イエなどは、5年間の活動禁止になりましたね。

 市山「彼は活動禁止中に『スプリング・フィーバー』を撮っていますよ。あの活動禁止というのは公式の場に出入りしてはいけないということで、たとえば北京撮影所などでは撮影が出来ないだけで、勝手に町中で撮影する分にはおとがめなし。妨害されたという話は今まで聞いたことがないんですよ。」

―直接反発されるよりは目をつぶっていた方がいいということなんですね。
それではもう一方の中国ということで、まず香港ですけど、近年香港は大陸に吸収されてきて、香港映画っぽくなくなっているという感じがするんですが。

 市山「今回の『密告者』はまさに昔ながらの香港映画なんですよ。香港で全部撮っているし、香港の街を使ったアクションという香港ニューウェーブの頃からの伝統にのっとった作品です。ダンテ・ラムというのは面白い監督で、ここ3、4本くらいは在りし日の香港映画という感じのものをずっと撮ってて、これも資本を見ると中国資本が入っているんです。お金の面では香港映画は完全に救われましたね。返還の前にはジョン・ウー始め、いろんな人々がハリウッドに行ってしまい、残ったのはフルーツ・チャンとか、そういうインディペンデントの人達で、商売としては大きくならなくて、低予算で撮るしかなくなるみたいな、小さくなった感じがあったんです。もちろん中国で公開しようと思ったら検閲がかかるんだけど、香港だけで公開して中国の公開を考えなければ検閲がかからないし。」

―続いて台湾ですけど、『海角7号』の大ヒットをきっかけによくなってきたそうで、TIFFのアジアの風でも台湾特集をやりましたけど、市山さん的にはどんな感じですか?

 市山「確かに大復興で、僕はそれに水を差すつもりは全然ないんですけど、ヒットしてる映画というのはつまらないんですよ。フィルメックスにも台湾の若手監督が応募してきてて、悪くはないけど、日本のテレビドラマのよく出来たやつみたいな感じのものがすごく多いんです。産業としては復活していて、それはいいことなんですけど、結局チャン・ツォーチみたいに、流れから乗り遅れている人の映画をやってしまう。今は、土着的なセンスのものより、テレビドラマ的に洗練されたものの方が当たるという流れがあり、確かに産業的な要請は圧倒的にそっちの方があると思うけど、映画祭の映画として見た場合に面白くないとは正直思いますね。」

―台湾は韓国を見習って、コミッションを作って映画産業にてこ入れしていこうということですが、本家の韓国はどうでしょう?

 市山「韓国は基本的には状態がよくないです。最大の理由は日本バブルが終わったことです。今まで国内でそれほど成績があがらなくても、日本の会社が億単位で金を出してくれて回収できたというのがある。逆にそれが弊害になってきてて、それによって役者やスタッフのギャラがすごく上がったんです。今、日本からのお金が一気になくなったにもかかわらず、ギャラがなかなか下がってこないんで、各プロデューサーが苦慮しているという状況が続いていて、今年は『アジョシ』というウォン・ビン主演のアクション映画が大ヒットしたり、何本かヒット作は出ているんだけど、ひと頃の勢いはなくなっています。」

―アート系の新人はコンスタントに出ているんですか?

 市山「結構いますよ。今年の韓国映画界は決して悪くないんです。カンヌのコンペに『下女』と『詩』の2本を入れてきているし、ホン・サンスなんかは、ものすごい低予算にすることで作り続けていますね。1500万くらいで作っているという話です。全体的には不調といいながら、個別に見ると、今回の『ビーデビルド』なんか、キム・ギドクの助監督のデビュー作なんですが、むちゃくちゃ上手いです。」

―では最後に日本ですけど、この10年で日本のインディーズ系の若手監督の地平が変わってきた感じはします?

 市山「日本映画全体で見ると、非常に大きな飛躍があったとは思うんです。興行成績という点では、洋画と比べて50%以上を維持したりとか、なかなかありえない状況になってきていて、ただそれを支えているのがアニメーションとテレビ局主導の『海猿』みたいな感じの映画で、若い観客が映画に戻ってきたのは90年代との大きな違いだとは思うんだけど、そういう人達が新人監督の映画まで見ているかというと、たぶん見ていないと思うんです。映画祭のコンペに出るのがいいとは限らないけど、目安として考えたときに、カンヌ、ヴェネチア、ベルリンの3大映画祭のコンペに出た日本映画では、河瀬直美がたぶん最年少だと思うんです。河瀬直美の上は誰かというと青山真治くらい、それ以下の人がいないんです。他の国だと30代の監督が出たりしているけど。」

―園子温さんは?

 市山「園さんは、まださすがにコンペまで行ってないですし、実は園さんは僕より年が上ですから。ブレイクしたのが遅かったんですね。実験映画とVシネが一緒になったような『自殺サークル』を撮って、それがレイトショーでロングランしたところからですから。本当はもっと園さんのようなことをやる若手がもう少し出てこないときついかなと思いますね。若手は、どちらかというとおとなしい感じがするんです。悪い意味ではないですけど。熊切和嘉とか山下敦弘とか潜在的な人はいるんだけど、本当はあの世代の人間がそろそろ檜舞台に出てこなきゃおかしいんです。」

―今年の2本のコンペ作品は?

 市山「想田和宏はもう実績があるというか、今まで2本作って、ドキュメンタリー界ではかなりの地位を築きつつあるというか、順調に来ている人で、新しいというより、出てきた人をやるという感じ。内田伸輝は、可能性を非常に持っている人で、『かざあな』という作品をバンクーバーで見たんですが、どろどろした4、5人の男女の関係を、カサベテス・スタイルというか、ああいう感じの役者をどんどん追い込んでいくスタイルで撮っている。今回もそのスタイルで、男女のどろどろの関係を撮っているんですが、力はすごくあるし、話自体は小さいけれども大きな感じがするんです。台湾映画のように小さくまとまる気配がないんで、いつか化けそうな気がする。」

―自分の国の映画だと誰の何を押すかというのは難しい問題ではありますね。

 市山「今年の新しい展開として<ネクスト・マスターズ>というのをやります。これは東京都の人材育成プロジェクトの一環で、都では今までアートの人材育成はやっているんですが、映画はやっていなくて、去年の年末に申し出を受けて、では今年やりましょうということになったんです。一般のお客さんは参加できないんですが、侯孝賢の講演とかもあります。事前に作品を応募してもらってアジアの若手監督を20人選びました。日本人も入ってて、日本、韓国、中国、香港、台湾、フィリピン、タイ、マレーシア、シンガポール、インドネシアかな。今年はインドから西はなく、東アジアだけですが、20人は全員招待で、フィルメックスの期間中いてもらって、最後の4日間に20人を対象とした講義と企画の発表会をやります。講師は侯孝賢、元ロッテルダムのディレクターで、アピチャッポンのプロデューサーのサイモン・フィールド、メメント・フィルムズのエミリー・ジョルジュ、メメントは『長江哀歌』の海外セールスなどをやっていた会社で、彼女には海外セールスの状況とかを話してもらうつもりです。あと、ベルリンのタレント・キャンパスのマティス・クノールで、その4人がメイン講師、あとはキアロスタミやギタイなど、映画祭に来てる人達に講義をしてもらう。そして何人かにプレゼンしてもらい、講師陣が審査して、優秀なものには若干の賞金を出して、企画のデベロップに使ってもらう、というようなことです。」

―来年以降も続く企画なんでしょうか?

 市山「来年都知事選があるので、新知事がやめたと言ったらどうなる、という不安はあるんですが、現場の人達は5年間くらいのスパンでやらなきゃ意味がないと言ってくれています。」

―今年は監督でも、来年はぜひプロデューサーでやって欲しいですね。というのは、日本に今一番足りないのはプロデューサーの育成だと思うし、<ネクスト・マスターズ>というのはどっちに転んでもいい名前なので。

 市山「監督だけでなく各職種やろうかという話もあったんですが、さすがに初年度からそこまで手を広げられないので、監督に絞るということになったんですけど。」

―今はプロデューサーを兼ねている監督も多いですし。

 市山「今回は企画の応募だったので、ある程度そういう動きをしてきている人達なんです。僕は監督だけ、あなたはお金集め、ということだと、アジアの監督はなかなか成り立たないですね。今回の参加者は英語のしゃべれる人というのが必須条件なので、たぶんお金集めも自分でやってるんじゃないでしょうか。」

―TIFFがグランプリをとった映画の配給を援助するということですし、それに続くいいニュースで、日本映画界の将来に希望を持ちたい気持ちになりました。

(11月10日、赤坂のフィルメックス事務局にて)

(齋藤敦子)