シネマに包まれて-映画祭報告

presented by 河北新報

(6)サプライズは蔡尚君監督の「人山人海」

2011/09/09

 『ヒミズ』の上映と同じ6日、コンペ部門の23本目となるサプライズ映画がベールを脱ぎました。それが中国の蔡尚君監督の『人山人海』です。レポート(1)で、今年は中国本土の作品がないという質問がディレクターの記者会見で出たことには触れましたが、そのときマルコ・ミュラーが奥歯に物の挟まったような答え方をしていたのには、こういう理由があったのだと、ようやく腑に落ちました。

 サプライズ映画でコンペというと、北野武監督の『TAKESHI'S』のように、映画祭開幕前にイタリアの新聞に書かれてしまったような"驚き"のない場合もありますが、今回の中国映画は検閲を受けずに製作された作品で、外国の映画祭で上映する許可も受けていないため、中国当局から横やりが入らないよう、上映日まで情報が固く守られていました。

 『人山人海』は、実際に起こった事件を基に作られたフィクションで、刑務所を出たばかりの男に弟を殺された兄が、犯人に復讐するために男を追って各地をさまよい、ついには非合法の炭鉱にたどりつくというストーリー。題名は黒山の人だかりという意味だそうです。

CIMG3057.JPG 劣悪な労働環境にある炭鉱を描いたのが、検閲に触れる恐れがあったのではないかと言われていますが、映画のテーマは復讐ではなく、復讐をきっかけに人生のノーマンズランドに迷い込んでいく男の彷徨を描いたもの。特に冒頭の白い岩の荒野で、弟が殺される場面の何気ない恐怖の描写に、監督の並々ならぬ映画センスを感じました。写真は夜のプレス上映のときの模様で、中央の恰幅のいい坊主頭の眼鏡の男性が蔡尚君監督です。

 去年の王兵監督の『溝』(日本公開題『無言歌』)もサプライズ映画でコンペでしたし、2006年にもジャ・ジャンクー監督の『長江哀歌』がそうでした。サプライズ映画は上映日まで映画の一切の情報が流せないために不利なように思われますが、『長江哀歌』の場合は見事に金獅子賞を受賞しています。さて、『人山人海』はどうでしょうか。

 これで中国映画は全部で4本がコンペにエントリーすることになりましたが、中でも香港のベテラン女性監督アン・ホイの『シンプル・ライフ(桃姐)』をとても面白く見ました。映画は、香港に住む映画のプロデューサーと、彼の家に60年4代に渡って仕えたメイドのタオチェ(桃姐)との交流を描いたもの。香港のアパートで独身生活を送るロジャー(アンディ・ラウ)を実の母以上の愛情で世話していたタオチェ(デニー・イップ)が、脳梗塞で倒れ、老人ホームに入って亡くなるまでを、さすがアン・ホイと思わせる緻密で丁寧な描写で、心に響く感動作に仕上げていました。映画プロデューサーの実話の映画化ということで、映画監督のツイ・ハーク、サモハン、アンソニー・ウォンら、多くの香港映画人が友情出演しているのも見所です。

 

(齋藤敦子)