シネマに包まれて-映画祭報告

presented by 河北新報

(2)映画熱高まる中国、台湾・・・/アジアの風 石坂健治ディレクターに聞く

2011/10/25

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―石坂さんはディレクターになって5年目ですが、依然としてアジアは西寄りの傾向が続いているんでしょうか?
石坂:私としては、ぶれないで、ずっと同じことをやっている感じです。特集に関しては基本的に国と人と歴史(映画史)の3本柱で、今年はたまたまきれいに3つが揃いました。

―今年の傾向を一言で言うと?
石坂:国や地域として映画が上り坂になってきているところが目立ってきている。具体的にいうと、中国、台湾、トルコとか、その辺ですね。あと、『ノルウェイの森』の映画化以降、漫画を含めた日本文学をアジアの監督が映画化するというものが今年も幾つかありました。

●国の援助が手厚い中国
―中国、台湾は、以前からニューウェーブがありましたが、上り坂というのは新たな形で、それともそれに続く形で?
石坂:より一層という感じです。ただ台湾と中国は事情が違って、中国はどちらかというと国家的なソフトパワーのプロモーションというか、文化支援を国としてやりだしていて、国家の援助が、ものすごく手厚くなっています、それは本数に如実に表れていて、去年は製作本数が500本を越え、日本を抜いて、インド、アメリカに次ぐ世界3位の映画製作国になりました。量としての充実があって、大作から、アジアの風で上映されるような中規模なもの、アングラ、インディーズまで、それぞれ特徴が出て来ていますね。

台湾はまったく別で、若い人達が作っている娯楽映画が、観客の支持を得て大ヒットが相次ぎ、観客動員から見たルネッサンスのようになっています。2008年の『海角七号』が起爆剤でしたが、あれが花火に終わらずに、産業として盛り上がってきたんです。かつての台湾映画は作家性の強い監督がリードしていたものの、興行には結びつかず、暗黒時代と言われていたけれど、ここ3年くらい産業としても上向きになりました。今年で言えば、リエン・イーチーの『運命の死化粧師』は、『おくりびと』みたいに始まるけど、どんどんサスペンスになっていく。それから、ギデンズの『あの頃、君を追いかけた』は、これは青春ものの王道ですが、今、記録的な大ヒットをしています。『死化粧師』もそうで、この2本は現地で大ヒットしているのをそのまま持ってきた感じですね。

―ただ、中国でいうと、国家的支援を受けた映画は海外の映画祭ではなかなか認められない、質としてどうなのかという点。台湾についても、去年の台湾映画の特集で見た限りでは、私としては作品的には薄味になっているなと思ったんですけど。
石坂:中国はどこを切り取って見せるかという課題がこっち側にありますね。それこそ大作の歴史物なのか、アングラ、インディーズなのか。私の好みはその真ん中くらいなんです。例えば『ここ、よそ』は、王兵の『無言歌』の撮影監督だったルー・シェンの監督作で、彼はパリで勉強して、ジャ・ジャンクーのスタッフをやり、王兵の「無言歌」を撮った人ですし、『僕は11歳』の王小師は、『北京の自転車』や『重慶ブルース』を監督した人で、世代でいうとジャ・ジャンクーやロウ・イエと同じ第六世代ですが、私はあの世代の中では一番好きで、追っかけています。ジャ・ジャンクーが上海だとすると、この人は重慶で、内陸というか、より奥に入って、そこで変わりゆく中国をずっと見つめている。若い頃に結構上映禁止をくらったりはしたけど、彼もやっぱり真ん中を行っている人ですね。

●辰巳ヨシヒロ作品のアニメ化
―中道路線ですね。東南アジアは?
石坂:日本文学の映画化という意味でいうと、辰巳ヨシヒロの漫画をアニメ化した『TATSUMI』というのが1つ。監督のエリック・クーはTIFFの常連ですが、今やカンヌの常連でもあり、辰巳ヨシヒロは<ガロ>の漫画家だったんで、日本ではかなりマニアックな読者がついてる人だけれども、英語訳や仏語訳が出ていて、エリック・クーも英訳で読んで、辰巳さんにじきじきお願いに行ったらしいです。

―これは私もカンヌで見ました。インドネシアはどうでしょう?
石坂:台湾とちょっと似たところがあって、昔はガリン・ヌグロホなどの映画作家が、スハルト時代に反体制的メッセージを潜ませながら作った映画が海外の映画祭で賞を獲っていたという感じですが、ポスト・スハルトの時代になって十数年過ぎて、かなり規制がとれて、映画としては風通しがよくなって、若い人達が出て来ています。

―最近のヌグロホは?
石坂:ついに娘の時代になって、この『鏡は嘘をつかない』というのは娘の監督作なんです。テーマは父親と似ていて、きれいな珊瑚礁の南の島で生きる、父親を海で亡くした少女の成長物語なんですけど、父ヌグロホがプロデューサーに回ったことと、日本の3.11の映像が早くも使われているのが話題です。フィルメックスが上映するパナヒの『これは映画ではない』にも軟禁されている家のテレビに3.11が出て来ますが、これも皆でテレビを見ている中に出てきます。いろいろな災害が多いだけに、アジアの監督はリアクションが早いですね。

●大江文学の映画化「飼育」
日本文学の映画化ではもう1本、『飼育』が大江健三郎の映画化です。大江文学はいろんな国で翻訳されていますが、リッティ・パニュはフランスで読んだと思います。フランスのテレビ局で制作したものですね。原作は太平洋戦争中に米軍機が落ちて、黒人兵を飼育する話ですが、これは舞台をベトナム戦争の時代のカンボジアに変えています。原作小説では、黒人兵を"飼育"するのは皇国史観の少年だけど、映画ではポルポト派に洗脳されたクメール・ルージュの少年になっている。パニュには山形でグランプリを獲った、一連のポルポト派の傷跡をえぐるドキュメンタリーもありますし、これは注目の作品で、大島渚監督の『飼育』を一緒に比較上映します。

―大江文学の映画化があって、突然インドはボリウッドで、ラジニカーントというところが凄いですね。
石坂:私的にバランスを考えて(笑)。地域的なこともそうですが、ジャンルとか、規模とか、やたらにバランスを考える人間なんです。今年は映画史の特集でボリウッドをやりますが、これとラジニ様で、今年のインドはガンガンお祭りです。

―ディスカバー亜州映画で各国の映画史をやるということですが、それになぜかキム・ギヨンの『玄界灘は知っている』が入っていますね。
石坂:要望が多かったからです。『玄界灘』は2度目の上映ですが、キム・ギヨンは毎年やってますよ(笑)。『玄界灘』の上映後に、キム・ギヨン発掘最前線レポートのようなことをしゃべるんですが、今年の話題は、アメリカでデビュー作のフィルムが発見されたことです。朝鮮戦争が終わってすぐの1955年にデビューした『死の箱』という作品で、ソウルのフィルムセンターで見せてもらったんですが、映像は完璧なんですが、音声が欠落してて、これをやるかどうか随分悩んで、今年は諦めました。

―台本は?
石坂:何にも残ってない。資料も何もない。映像だけでは韓国でもディテールがわからないという。ただ面白いんです。『死の箱』というのは白木の骨箱のことで、朝鮮戦争が終わって、戦死した息子がいる農家に戦友という男が骨箱を持って帰ってくるんですが、最初の場面で農家の庭で鶏を絞めている。

―既にキム・ギヨンですね。
石坂:農家には可愛い妹がいて、男は"お兄さんとは戦友で、仲がよかった"とか言いながら居着いてしまう。どうも変だなと思っていると、男は実は北のスパイで、骨箱といっていた箱のなかには時限爆弾が入っていて、時がきたら町の中に持っていって爆破させ、北のゲリラが山から出てきて制圧するという作戦になっていた、さて、どうなるか、みたいな話です。

―当時の時代背景にギヨン・タッチが入っていて面白そうですね。例えば読唇術の出来る人に俳優の口の動きを読んでもらって字幕をつけたらどうでしょう?ひソウルのフィルムセンターの方にお願いしてみてください(笑)。
 ではイランですが、イランは国として、いろんな問題がありますけど。

●手話が活躍するロードムービー
石坂:イランはすごく応募作品も多くて、質も高くて、選ぶのに迷いました。モルテーザ・ファルシャバフの『嘆き』は、ついさっきプサンでグランプリを獲ったと聞き、俺の見た目は間違ってなかったと、ちょっと勇気を持ったんですが、聾唖の夫婦と少年が車で旅をするというロードムービーで、手話で物語が進んでいくという実験的な作品です。最初ちょっと途惑うけど、見ていると、はまっちゃうんですよ。
イラン同様、中東は好調です。トルコのセイフィ・テオマンは、『夏休みの宿題』という子供が主人公の映画を3年前にやったんですが、今度はダメ男二人と女子大生が同居してどうなるかという話で、どちらかというとヨーロッパ的な洗練された映画です。テオマンは、ポーランドのウッジ国立大に留学し、冷戦時代の東側の教育を受けているんだけど、影響を受けたのはエドワード・ヤンと侯孝賢だと言ってはばからない人で、前回来たときには、あの頃の台湾映画のような映画を撮りたいと言っていました。

―そういう映画になっているんですか?
石坂:全然。そのあたりが面白いなと思って。イスラエルの『孤独な惑星』はフェイク・ドキュメンタリーで、大戦中に狼に育てられた元野生の少年、今は野生の老人をイスラエルの撮影隊がシベリアに探しに行くという、これも凄く面白い映画です。

―では特集ですが、今年"フィリピン最前線"という特集を組むくらいフィリピン映画は面白いですか?

●これこそ祭り「シネマラヤ映画祭」
石坂:7月に開かれるシネマラヤ映画祭はフィリピンのサンダンス映画祭とも言われている私の大好きな映画祭で、毎年行ってるんですけど、盛り上がりが凄いんです。これこそお祭りだという感じで、作品も質が高いです。1つには、これはフィリピン型の援助の仕方なんだけど、国立のフィリピン文化センターが毎年10本企画を選んで製作費を出すんですね。全額ですが、わずかで300万くらい。デジタルなので、その位で撮れちゃうんです。そのお披露目が7月のシネマラヤ映画祭というわけです。

―商業映画界自体はまだ成り立ってはいるんですか?
石坂:成り立ってはいます。スターシステムもプロデューサーシステムもハリウッド型です。ただし、リノ・ブロカ級の海外でも有名な巨匠はもういない。それに、フィリピン映画界はフィルムの黄金時代があっただけに、いまだにフィルムにこだわっていて、うまくチェンジできてない。それで若い人達がデジタルで撮り始めたら、こっちの方が面白いということになって、大スターもこっちに移動してきてるという感じです。

―去年見たフィリピン映画も、規模が小さいわりに、主役はちゃんとしたスターが演じていました。
石坂:去年上映したシャロン・ダヨックの『海の道』は今年もやりますけど、大スターが出ていて、フィリピンのニューウェーブのきざしというか、台風の目になる予感がしています。

―ブリヤンテ・メンドーサが出て来て、その次の世代が育っているという感じですか?
石坂:みんなメンドーサに憧れを持っていますね。彼がデジタルで雑音まで全部入れてスラムを撮ったというのが1つの規範になっています。

●出会いの才能
―それと、杉野希妃さんの特集がありますね。
石坂:杉野さんの周りにマレーシアや韓国のインディーズが集まって来ている。出会うということも才能のうちとすると、彼女には出会い才能があって、出会いが出会いを呼んでいる。一番象徴的なのは、『タレンタイム』の後でヤスミン・アフマドと一緒に映画を撮るはずだったこと。ヤスミンが死んでしまって企画は頓挫しましたが、そこでもネットワークを作っています。

―杉野さんは女優でありながらプロデューサー感覚がある。
石坂:しかも日本にこだわってない。気が合ったらどこの国の監督とでも、みたいなところがあって、それが新しいタイプです。

―自分のやりたい映画のビジョンがはっきりしている人ですね。去年はトルコの監督の特集でしたが、彼女になって、ぐっと東京っぽくなりました。
石坂:海外メディアは杉野希妃をトップで報道したりしてるんですよ。こういう発信の仕方はじゃんじゃんやっていきたいんです。日本だってアジアですから。

●善し悪しあるノンリニア
―今年、何か新しいと思われることは何ですか?
石坂:フィルムの時代はどんどん終わりに近づいているということですね。近づく速度が予想していたより速い。それで輸送費が安くなって楽になったりのいい面と、作家達がなかなか作品を手放さないという困った面もある。フィルムというのは覚悟を決めて、エイヤっとやる世界ですから。

―フィルムは1回性のものですが、デジタルの世界は何回もできる。編集も1回だけじゃなくて、何回もやり直せる。
石坂:ノンリニアというんですか。これは善し悪しですね。

―実際的な面だけでなく、クリエイティブな面でも変わってくる?
石坂:もちろん伴ってきますね。ある1回性の下で切って繋ぐという思想はなくなり、それに変わる思想が出てくるんじゃないかな。

―フィルムとデジタルの割合は?
石坂:去年までデジタルはせいぜい5,6本だったんですが、今年は逆にフィルムが2、3本ですから、完全に逆転しました。

―今はワンセグだとかYouTube とか、何でも映像で見られてしまう。すると、今までフィルムで作っていた、きちっと切り取られた世界が崩れていく気がする。それが面白い方向に行くのか、つまらない方向に行くのかはまだ未知数ですね。
石坂:王兵に14時間とか、9時間とか長尺の作品があります。私は9時間の作品を見たけど、あれは見るという体験ではなく、一緒に生きるというか、一緒にその時間を過ごすという体験でした。王兵は思想的にかなり考えて、ああいう方法をとっているけど、多くは"とりあえずデジタル、低予算でいい"というあたりから始まっていて、方法的に成熟していくにはもう少し時間がかかりそうです。
―王兵くらい才能がある監督が撮ればいいけど、そうじゃない人がやったらとんでもないしょうしね。
(10月18日、渋谷・コミュニティーシネマセンターにて)

 

(齋藤敦子)