シネマに包まれて-映画祭報告

presented by 河北新報

(3)日本の縮図を描出「サウダーヂ」

2011/11/29

 26日はコンペ作品の日本「サウダーヂ」、タイ「p-047」、中国「人山人海」の3本と日活100周年特集の2本を見た。

スコップをふるい続けるだけでは何も変わらない(「サウダーヂ」

 富田克也監督(39)の「サウダーヂ」(2011年)は、「国道20号線」で郊外都市に暮らす若者たちの閉塞感を描いて評価された新鋭が、生まれ故郷、甲府市を舞台に外国人の移民や出稼ぎ者たちのコミュニティーとのかかわりの中から、日本が抱える、先行き定かでない問題点が洗いざらい持ち出される。

 土方(建設労働者)のベテラン精司は、派遣でやってきたヒップホップのリーダーたちと、今日も現場で汗を流すが、経済状況を反映して現場はどんどん減っていく。コスメシャンの妻は、現状からのレベルアップを求めて怪しげな商法に巻き込まれていく。一方の精司はパブのタイ人ホステス、ミャオの素朴さにひかれ、のめり込んでいく。
 まだ見ぬタイに「懐かしさを感じる」という精司は、「一緒にタイへ行こう」と言うが、ミャオは、「タイに戻ったって暮らしていけない。日本国を選んで日本で稼ぐ」と拒む。

 ヒップホップのリーダーは、かつての恋人の上昇志向に巻き込まれ、日系ブラジル人たちのグループに対抗意識を燃やし、とうとう殺人にまで至る。現実を直視することから逃げようとようとする男に比べ、女はすこぶる現実的だ。
 タイトルの「サウダーヂ」はポルトガル語。愛情を持つ人物や事象が壊れたり、失われたりした時に、その人物や事象を思い浮かべたときに感じる、優しさや切なさなどを含む心の動きを指す。甲府に住む人たちにとって、立場や国柄、それぞれの「思い」があるはずなのだが、それは同一のものではない。むしろ違っているのだろうが、現実にはそこのコミュニケーションは存在しない。


上映前にあいさつする富田克也監督(右から2人目)=カトロザ2

 上映前に富田監督は「経済大国から没落した日本の現実を見てほしい」とあいさつした。甲府に生きている普通の人(素人)を登場させ、数々のエピソードを積み重ねることで、甲府の現状、いや、日本の縮図としての甲府を描き出そうとした。監督自身も製作費工面などを続けながらの週末だけの撮影で、完成まで1年半かかったという。その結果、3時間近い長尺になった。どこかを省略して描き切れるものは何一つなく、そこで何かを感じるか感じないか、日本人として、そこに付き合わなければならない。

 「p-047」は、他人の家に侵入して、痕跡を残さないまま、ひととき別の世界を夢想する錠前屋リーと作家コングたちの、現実と夢想との行き来を描く。2人は侵入先で他人をかたってネット交信した結果、住人が戻ってきて、付き合わなくてもいい現実とぶつかってしまう。別の都会"喪失者"の若者2人は、森の中で豪雨に遭い、相手を思いやる中で所有と喪失の双方を同時に味わう。リーはタイへの旅立ちに夢の実現をかけるのだが...。コグディ・ヤツランラスメ監督は、現実に根付かぬ若者たちの浮遊感を鮮やかに切り取っている。

 

「人山人海」の蔡尚君監督
 今年のベネチア映画祭コンペ部門でサプライズ上映されたのが、蔡尚君監督の「人山人海」(2011年)。実際に起こった事件を基に、人間は憎い相手を許せるのか、を問う骨太の作品。出所したばかりの男に弟を殺された兄は、復讐するための男を追ってさまよい、ついに非合法の炭鉱にたどりつく。劣悪な環境の中、体を動かして、終われば眠るだけ。復讐の気持ちだけで"見捨てられて土地"にさまよい込んだ兄は、復讐を果たすのか...。
 冒頭の会話もないまま男がナイフをふるい、再度戻ってきてナイフ刺すシーンは、白い岩の荒野ともダブって、背筋を寒くさせた。観客の大半が犯人への憎しみを募らせ、兄の復讐に"荷担"しようという思いに駆られたはずだ。だが、兄は驚くべき選択をする。人間が極限の中で生きているとき、他人の恩讐を超える意識が生まれてくることもある、ということなのだろうか。すぐ、どちらとも言えない。ずしりと重しを預けられた格好だ。題名の「人山人海」は黒山の人だかりの意味。

 日活100周年特集は、サイレントの「長恨」(1926年、伊藤大輔監督)と今回のポスターにもなった和製オペレッタ「鴛鴦(おしどり)歌合戦」(1939年、マキノ正博監督)を見た。

  「長恨」は全9部作だが、フィルムが失われ、残っているのは第9部の15分だけ。勤王志士の壱岐一馬(大河内伝次郎)は、愛する女性を恋敵の弟と一緒に逃がしてやり、新撰組ら追っ手を引き受けての大立ち回り。サイレントだけに大河内の立ち回りは静かな舞いとも見え、地元の観客には今ひとつピンとこないようだった。澤登さんの活弁つきなら、おおいに盛り上がっただろうにと、残念に思った。

 一方の「鴛鴦歌合戦」はというと、映画館全体がコミカルで明るい内容に触れて、ハミングも飛び出すほどの一体感に包まれた。
 出だしから愉快だ。商家の娘、おとみ(服部富子)に若旦那たちが「おとみさ~ん、おとみちゃん、恋文の返事は いつくれる?」と合唱でくどくのに対し、商売に合わせて言い返し、「まっぴらよ」と駆け出す。片岡千恵蔵演じる浪人浅井に娘3人がさや当て、骨董好きの若殿(ディック・ミネ)と隣の浪人志村(志村喬)も絡まって、楽しい歌のオンパレード。最後は金より恋で、大団円。
 マキノ監督は260本を超す作品を「早い、安い、ヒットする」の3拍子でつくったアイデア抜群の監督。この作品も、片岡が病気で入院したため、1日だけそれも2時間しか撮影できなかったが、フル出演したように見事に仕上げている。
 片岡の歌声は吹き替えだが、服部は宝塚出身、ミネも歌手で見事な歌声を披露している。びっくりしたのが志村の美声、この映画の後、歌手デビューの話も出たという。明朗、快活な歌で見る者も幸せにする、それが和製オペレッタの真骨頂といったところか。

 週末になって劇場には観客が集まり、長い列ができるようになった。
 街はクリスマス商戦の装いも整い、プレゼント下見の人たちで終日ごった返した。この時期特有の"マルシェ(出店)"も登場。1~3坪程度の三角屋根の木造小屋で、クリスマス用品の小物から装身具、チョコやワインとさまざまなものが並ぶ。ナントの中心ロータリー、パレ・ロワイヤルには60近くが店開き、例年通り大型メリーゴーランドも登場し、大人も子どもの時間を忘れて楽しんでいた。カップルにはカフェが憩いの場、遅くまで込み合っていた。

クリスマス商戦で賑わう中央商店(奥にマルシェが見える)

 

(桂 直之)