シネマに包まれて-映画祭報告

presented by 河北新報

(4)名優トランティニャン復活/ハネケ監督の「愛」

2012/05/23

love02.jpg 18日金曜日から天気が崩れ始め、映画祭が盛り上がる週末も雨になりました。こんなに雨が降ったカンヌは、私の記憶では20年ほど前にあったきり。気温も上がらず、上着を買いに走った人もいるようですが、笑い事ではなく、地方によっては記録的な大雨で洪水の被害が出ています。

 さて、そんな雨の日曜日に、今年のカンヌ最大の注目作の1本、ミヒャエル・ハネケ監督の『愛』が上映されました。

 『愛』は老いて半身不随になった妻と介護する夫との究極の夫婦愛を描いたもので、妻を『二十四時間の情事』で岡田英次と共演したエマニュエル・リヴァ、夫をクロード・ルルーシュ監督のカンヌ映画祭パルム・ドール受賞作『男と女』で主演したジャン=ルイ・トランティニャン、夫婦の娘をネケ監督の『ピアニスト』でカンヌ映画祭主演女優賞を受賞したイザベル・ユペールが演じています。特に近年、舞台出演に絞って映画から遠ざかっていたジャン=ルイ・トランティニャンが久々に銀幕に復活したのが大きな話題になっています。

 オーストリア人のミヒャエル・ハネケは舞台の演出家から映画に進出し、若者のグループが何の理由もなく見知らぬ家族を惨殺するという『ファニーゲーム』で世間をアッと言わせた人。2009年にパルム・ドールを受賞した『白いリボン』でも、第一次大戦直前のドイツの田舎を蝕んでいく、目に見えない暴力をテーマにしていました。それが今回は暴力とは真逆の"愛"をテーマにしたということで、いったいどんな作品に仕上がっているのか興味津々だったのですが、老いと死を正面から見つめた、静謐で感動的な作品でした。

 主人公はパリに住む元音楽教師の老夫婦。昔の教え子のコンサートに行った翌朝、妻が一瞬記憶を失うという異変を起こします。続いて脳梗塞を起こして右半身が不随になり、自立した生活が困難になるのですが、二度と病院に行きたくないという妻の希望を受け入れ、夫は家で妻を介護し、最期まで看取る決意をする、というストーリーです。

 記者会見でのエマニュエル・リヴァの話によると、撮影はパリ郊外の撮影所にアパートのセットを組み、2ヶ月かけて行ったそうで、撮影期間中は撮影所から出ず、楽屋で寝泊まりしたとのことです。その話の通り、映画は最初のコンサートの場面以外はすべて老夫婦のアパートで進行し、次第に二人だけの濃密な愛の空間が出来上がっていきます。時折訪れる昔の教え子、様子を見に来る娘といった外界からのちん入者は、親密な世界を壊す存在でしかない、という捉え方は、『ファニーゲーム』から変わらぬハネケ的視点と言えるかもしれません。

 写真は記者会見の模様で、左からエマニュエル・リヴァ、ミヒャエル・ハネケ、ジャン=ルイ・トランティニャンです。その夜のテレビでは、トランティニャンの半生を追ったドキュメンタリーも放送され、名優の復活をフランス中で祝っているような気がしました。

(齋藤敦子)