シネマに包まれて-映画祭報告

presented by 河北新報

(6)家族通してパレスチナ問題に迫る/グランプリにレヴィ監督の『もうひとりの息子』

2012/11/04

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 10月28日の午後、授賞式が行われ、ロレーヌ・レヴィ監督の『もうひとりの息子』に東京サクラ・グランプリが授与され、第25回東京国際映画祭が終了しました。ちなみに女性監督のグランプリ受賞は初めてです。

 『もうひとりの息子』は、イスラエルに住むフランス系ユダヤ人の女医が、自分の息子が出生時にパレスチナ人の赤ん坊と取り違えられていたと知り、本当の我が子に会いに、壁で厳重に囲まれたヨルダン川西岸のパレスチナ自治区に出かけて行くが...、というストーリー。解決の見えないパレスチナ問題を、家族という社会を構成する最小単位を使って身近な問題としてとらえた、頭のよい映画でした。ロレーヌ・レヴィはユダヤ系フランス人で、パリで舞台演出家として活躍、2004年に監督デビューし、本作が4本目の監督作。グランプリと同時に監督賞も受賞されました。
 写真は東京サクラ・グランプリと監督賞をW受賞したロレーヌ・レヴィ監督(右)と主演のジュール・シトリュクさん。

 審査員特別賞と男優賞を受賞したのは韓国のカン・イグァン監督の『未熟な犯罪者』。主人公は、親に捨てられ、病気の祖父の看病をしながら育った16才の少年(ソ・ヨンジュ)。保護観察中に不良仲間と窃盗事件を起こして少年院送りになり、祖父が病死してしまうが、教官が行方不明だった母親を捜し出してきて、長い間離ればなれだった母子が同居を始め...、というストーリー。幼い頃から大人にならざるを得なかった少年と、何をやってもうまく行かない、子供っぽい母親の危うい親子関係を、センチメンタルに流されずに、真摯に見つめた作品でした。

 芸術貢献賞はインドの『テセウスの船』の撮影監督パンカジ・クマールに。『テセウスの船』とはギリシャ神話に登場するパラドックスで、ある物体が徐々に別のものと入れ替えられていったら、できあがった物体は最初の物体と同じと言えるか、というもの。映画は3つのエピソードから成り、角膜移植を受ける視覚障害を持つ女性写真家、肝臓移植を受ける宗教団体の指導者、腎臓移植を受ける投資家の青年のそれぞれが、移植によって長い間信じてきた自分の信条やアイデンティティとの対決を迫られるという、とても面白い作品でした。

 今年の映画祭最大の意欲作で、私が最も好きだった松江哲明監督の『フラッシュバックメモリーズ3D』は残念ながら本賞は逸したものの、観客賞を受賞しました。映画は、追突事故によって脳に損傷を受け、記憶を失ったディジュリドゥ奏者のGOMA(ディジュリドゥとはオーストラリアの先住民アボリジニに伝わる管楽器)が、リハビリによって徐々に記憶を取り戻していく過程を、3Dで撮影したスタジオライブの背後に、過去の記憶を"フラッシュバック"(脳内に関連のない記憶が突然蘇る症状)として重ねて描くことで表現したもの。ジェームズ・キャメロンの『アバター』が大ヒットして以来、3Dがスペクタクル映画を中心に大流行しています。松江監督の『フラッシュバックメモリーズ3D』は、そんな流行とは一線を画し、3D撮影によって得られる映像の深度を時間軸として捉えたところがまったく新しく、3D(立体)に時間の
Dimentionを加えた4D映画といってもいい、不思議な映像体験をさせてくれる作品でした。

 審査員長のロジャー・コーマンには、京都大会でガリン・ヌグロホを発見したような、斬新な審査を期待していたのですが、結果を見ると、誰からも文句のつけようのない作品が順当に選ばれたように感じました。ちなみに、滝田洋二郎監督によれば、中国映画『風水』も最終審査には残っていたとのことですが、受賞には至りませんでした。これもまた、外交問題の軋轢を避けるためにも、順当な判断だったと思います。



【受賞結果】

●コンペティション部門

東京サクラ・グランプリ:『もうひとりの息子』監督ロレーヌ・レヴィ(フランス)

最優秀監督賞:ロレーヌ・レヴィ

審査員特別賞:『未熟な犯罪者』監督カン・イグァン(韓国)

最優秀男優賞:ソ・ヨンジュ『未熟な犯罪者』

最優秀女優賞:ネスリハン・アタギュル『天と地の間のどこか』(トルコ)

最優秀芸術貢献賞:パンカジ・クマール(撮影監督)『テセウスの船』(インド)

観客賞:『フラッシュバックメモリーズ3D』監督松江哲明(日本)


●アジアの風部門

最優秀アジア映画賞:『沈黙の夜』監督レイス・チェリッキ(トルコ)

●日本映画ある視点部門

作品賞:『タリウム少女の毒殺日記』監督土屋豊

●Natural TIFF部門

TOYOTA Earth Grand Prix:『聖者からの食事』監督ヴァレリー・ベルトー、フィリップ・ウィチュス(ベルギー)

審査員特別賞:『ゴミ地球の代償』監督キャンディダ・ブラディ(イギリス)
【写真】
TOYOTA Earth Granx Prix聖者からの食事』のフィリップ・ウィチェス監督(左)と、『ゴミ地球の代償』のアソシエイト・プロデューサー、タビサ・トラウトンさん。
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日本映画ある視点作品賞の土屋豊監督。上映会場で観客に挙手をしてもらい、作品名を『タリウム少女の毒殺日記』に変更したという経過を語る。
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アジアの風部門、最優秀アジア映画賞のレイス・チェリッキ監督
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観客賞の松江哲明監督
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審査員特別賞のカン・イグァン監督
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パンカジ・クマール撮影監督の代理で芸術貢献賞を受けた女優アイーダ・エル・カーシフさん。
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男優賞のソ・ヨンジュさんと女優賞のネスリハン・アタギュルさん。
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(齋藤敦子)