シネマに包まれて-映画祭報告

presented by 河北新報

(2)作家の指向性とらえる機会を/林加奈子ディレクターに聞く

2012/11/25

1012tflm_p02_01.jpg
-今年は特に映画祭とはどんな発展をしていくべきなのか、フィルメックスはどういう方向を目指していくのかを伺いたいと思います。林さんは、ベルリン、カンヌ、そして今回はサンパウロ映画祭にも行かれたそうですが。

 ベルリンとカンヌは必ず毎年行きます。今年は8月末にサハリン映画祭に審査員として行きました。サハリンは去年が第1回で、2回目の今年からインターナショナルのコンペティション部門が出来るというので。あとは、私がコリアン・シネマ・アワードという賞を頂戴することになり、その授賞式で10月にプサン映画祭に行きました。それに先日のサンパウロ。今年はそういう感じです。

-それぞれの国の事情もあって、映画祭には様々な特徴があるわけですが、これからの映画祭はどういう方向へ行くんでしょう?

 ここ10年、15年でいろんなことが激変しています。まずデジタル化の問題。今まではカンヌのマーケットでビデオカセットを集めて、20本も30本も持って帰るのは大変だったけど、今はDVDだから何十枚も持って帰れるし、パスワードをもらってネット配信で見られるし、見ることだけなら簡単に、映画祭に行かなくてもできるようになってきました。では、映画祭の醍醐味とはどこにあるのか、何を捻出できるのか、それがより意味のある課題になってきています。
 ほんの5年前には、カンヌのコンペ作品でもほとんど配給が決まらない、というような状態でしたが、ここ2、3年はがんがん買い付けられています。そんなときに、映画祭は公開が決まった作品のジャパンプレミアのお披露目の場として機能すればいいのか。いや、それ以上のことを映画祭は求められるのではないか。もちろん配給が決まった映画はやらないというスタンスではなく、タイミングがあえば、監督の生の声をお客様に伝えるチャンスになるので、やりたいのだけれど、もしも配給されるのがわかっているんだったら、私達はその先を追い求めていくべきではないのか。数年前までは、"この映画が日本で配給されないのは犯罪だ"みたいな気持ちで、公開が決まってない作品を一生懸命紹介してきたんですが、今はむしろ次のこと。無名の人の1作目でも見ておいて欲しいもの、あと5年、10年たったときに、その人がどういう形で新たな挑戦を始めるか。映画作家の指向が動くラインをお客さんが見続けてもらえるチャンスを作りたい。それを映画祭が繋いでいくことができるんだったらやっていきたというのが1つあります。

-観客の側は? フィルメックスの観客は固定化しているように見えますが、ここから若い世代に観客を広げていくには、どういう働きかけをすればいいんでしょうか。今年は木下恵介の特集がありますが、若い人は日本映画のクラシックを意外に見ていないし、見せようとしても見てくれなかったりしますよね。

 本当にどうしたものかと思います。若い人は、監督やりたい人というと手をあげるけど、その人がどんなにびっくりするような新しいものを作ろうと思っても、古いものを知らないと何が新しいかわからないはずなのに、見てないし、見ない。今はテレビでもBSもあればCSもあるし、DVDでも何でも昔の映画が見られる状況にあるが、いつでも見られると思って見てない若い人があまりにも多い。小津安二郎でさえ知らないんです。その反面、去年、私が多摩美にレクチャーに行ったら、それをきっかけに、ハンガリー映画もタル・ベーラも知らない若い学生が「ニーチェの馬」を見に来てくれ、"何だかわからないけど凄い、びっくりした。また来ます"、みたいな人がいたり。私達の世代はミニシアター全盛で、ラッキーだったけど、今はどれをいつ見たらいいのか。いつでも見られるというのはいつでも見ないということなんですよね。

-率先してフィルムセンターに行って昔の映画を見てくれればいいけど、そこまで能動的な若い人はあまりいないような気がします。

 うるさいと思われてもいいから、若い人達に"これは面白い"と伝えたい。上から"難しい映画を見ろ"と言うんじゃなく、"一緒に見ようよ"というような働きかけをしなくては。そういう意味で、去年から学生審査員というのを始めました。"あの人が審査員をやってるなら、一緒に見てみよう"と思ってもらえればと。それに今年からHPで<ワタシの推しメン>という欄を始め、ツイッターよりは長めの映画の感想文のようなものを書いて投稿してもらって、いいものには記念品を差し上げましょう、みたいな。そういうムーブメントを出してみようと。

-日本映画に対する若い人の反応はすごくいいと思います。ただ、東京映画祭の前にユニジャパンの西村事務局長にインタビューしたとき、全世界的に内向きになっているというお話を聞きましたし、もう少し外側に興味を持ってもらわないと日本映画もつまらなくなると思うんです。

 内向きというのは昔からで、私が川喜多映画財団に入った80年代半ば頃でも、"この作品はすばらしいから海外の映画祭にどうですか"というと、"いや、国内でペイしているから"とメジャーの国際部が断ってくる。ガラパゴス現象というのは日本映画に元々あると思います。ヴィム・ヴェンダースの「ベルリン天使の詩」なんかは、おしゃれ感覚でうまくプロモーションできて、ムーブメントになりましたが。

-今はあのときほど外に向かってない気がします。

 外国に駐在するのも"行きたくない"、"面倒臭い"というらしいですね。

-映画館に行く人口が減っているというのは"映画館に行くのが面倒臭い"、映画祭も"行けば楽しいだろうけど行くのが面倒臭い"、みたいなことかもしれませんね。そのきっかけをどうやって作るかにご苦労があると思うんですが。

 その通りです。ボランティア・スタッフは若い人が中心ですが、何年も継続的に助けてくれる人がいたり、就職して仕事をしているけど、土日祭日だけ来てくださる方がいたり、ボランティアでは手伝えないけど観客として見に来てくれる人が毎年いて、それがバカにならない人数なんです。ボランティアは一番多い年で百人越えていたこともあり、今は絞って7、80人くらい。審査員のケアから空港の送迎、ゲストのアテンドやチケットの取り扱いが仕事ですが、スタッフにはボランティア・レクチャーというのを必ずやっています。映画祭の仕組みがどうなっているかを知ってもらう。少人数で映写室見学もする。映画祭が終わったら、ボランティアは映画祭のプロになっている、ということを組織化して作っていくんです。それを1回体感してくれると、必ず気にして見に来てくれたり、差し入れを持ってきてくれたりする。映画祭を通して人と繋がっていくことを面白いと思ってくれる。それに若い人達は優秀です。その後、配給会社の宣伝部にスカウトされて入ったりする人もいるし、新聞社に入って活躍している人もいるし、いろんな人がいて、若い人達は全然ダメじゃないんです。
 今はシニア層が映画を見てくれているから、平日昼間も劇場に人が入っているけど、20年後、30年後を考えたとき、新しい観客がいないと映画館はとてもきつくなってくる。今のようにシニアの観客でよしとしている現状だと次がないですよね。観客がいなくなると映画製作自体も深い作品を作っていけなくなります。

-せっかく映画祭が観客の掘り起こしをがんばっても、大手の映画会社が何も考えずにただ当たる映画を作っている現状がある。このままでは映画はなくなるかもしれないという危機感が私にはあるんです。西村さんとのインタビューでも、"私達が死んだ後に映画がなくなるかと思っていたら、案外生きているうちになくなるかもしれない"というのが結論だったんですよ。

 デジタル化の問題は大きいですね。私はフィルムの信奉者ではないですが、フィルムの場合は100年保ってることは間違いない。でもデジタルは、今使っているハードとソフトが合わなくなったら、あるいは富士山が大噴火して微粒子が入りこんでフリーズしたら、ここ10年間の作品が一切存在しなくなるかもしれない。家庭用視聴でもDVD、ブルーレイといろいろあるし、昔のレーザーディスクじゃないけど、新しいものがどんどん出来てきたら、延々と追いかけて、いたちごっこになる。

-変換するシステムが出来たとしても、その間に作られた膨大な作品を1本1本どうやって変換していくのかの問題が出て来る。カラーフィルムの褪色問題が起きたときと同じ問題が、デジタル技術の進歩によってまた起こるかもしれないですね。
 一方で、芸術の形態としての映画が痩せていって、"映画がなくなる"危機もあると思う。若い人の作品を見たり、タレントキャンパスで若い人の企画を見たりして、どういう感じを受けますか。

 "誰かみたいなやつ"はいつでもありますね。"あなたは新しいと思っているかもしれないけど、私はとっくに見ています"、みたいなものはある。かと思えば、思いもよらない凄い才能に出会うこともあります。いつの時代も才能のある人はいるんだけど、その才能がどう出てきたらいいのか、どうしたらうまく進んでいくのか。

-作品を選択した後、観客とどう繋ぐかという問題もある。林さんはいつも壇上から配給会社の人に呼びかけていますが、反応は?

 動く場合もあります。「ふゆの獣」は、映画祭の後で配給の人達を呼んで試写もやりました。監督の内田さんは"ご縁があれば"とか言っているんで、"ご縁は作らないと"と(笑)。それでテアトルが手を挙げてくれて公開が決まったんです。全部が全部うまくいくわけではないですが、うるさいと思われても、やっていかないと。ありがたいことに、配給会社の若い人達がたまたま見に来ていて、カンヌで上司がスルーだった映画を考え直してくれたりしたことも何本かはあるんです。諦めたら終わりです。

-そういうことがあると励みになりますね。

 去年は私達が上映したことで配給につながった作品が多い年でした。今年はどういう風になっていくか。

-"90年代のミニシアターブームよ、もう1度"と思っても、今はミニシアター自体がない。フィルメックスの観客はコアな映画ファンだと思うので、そこからもう一回り大きな観客層を動かさないと日本の映画環境はじり貧だなと思っているんですが。

 アート系の映画を見る人口がどれだけいるのか。1万人か、5千人か、いやもっと少ないかもと、いくつかの試算があるみたいです。今は一口にアートといってもいろんなジャンルがあります。昔のぴあは、映画の情報でほぼいっぱいで、あとは演劇とかアートがちょっとずつ何ページだったけど、今は新聞の紙面でも美術展とかギャラリーとかの紹介の方が多いくらいですから。

-フェルメール展とか、すごい数の人が見に行きますよね。

 テレビでもすぐ特番が組まれたり。だからこそ、アートでもオペラでも演劇でも、いいものをやっていたら見に行きたいと思っている人達に、"フィルメックスにこの映画を見に来てください"という思いを届けなきゃいけないという意識は常にあるんです。何年か前から、チラシを美術館やイベント案内に起きやすい形状にしたし、木場の現代美術館にも相互交換という形でチケットを置いてもらえるようにしました。

-効果は?

 アピチャッポン・ウィーラセタクンの映画上映後のQ&Aのときにインスタレーションを見たという質問があったので、重なったんだなと。

-アピチャッポンは現代美術家でもありますからね。そんなアピチャッポンのファンが、他の映画を見てくれるといいんですが。

 私の希望は、「ニーチェの馬」を見にきて、"何だかわからないけど、凄かった"と言ったあの学生が、今年また「サイの季節」を見に来て、"なんじゃこりゃ"と思ってくれたら、ということです。

-「ニーチェの馬」を見た人は現代美術を見に行く気はするけど、その逆は少ないような気がする。その辺が課題ですね。

(11月12日、赤坂の東京フィルメックス事務局にて)

(齋藤敦子)