シネマに包まれて-映画祭報告

presented by 河北新報

(2)日常と暴力性の共存

2013/05/18

cannes_p13_0201.jpg  紙吹雪や花火や風船が3Dでスクリーンを舞い踊った幻惑的な『華麗なるギャツビー』の後、コンペ部門のトップバッターとして登場した、メキシコのアマット・エスカランテ監督の『エリ』で、いきなり世界の厳しい現実に引き戻されてしまいました。

 主人公はメキシコの片田舎に住んでいる青年エリ。自動車の組み立て工場で働きながら、老いた父親と妻と幼い息子、14歳の妹と平和に暮らしていた彼が、警官見習いの妹のボーイフレンドが、警察が押収したコカインを盗んで自宅に隠したことで、とんでもない事態に巻き込まれてしまう、というもの。

 エスカランテは、昨年『闇の後の光』で監督賞を受賞したカルロス・レイガダスの友人で、メキシコのニューウェーブを代表する映画作家の一人。長編デビュー作の『サングレ』は05年のある視点部門で上映され、FIPRESCI賞受賞、東京国際映画祭のコンペ部門でも上映されています。『エリ』は2010年のサンダンス映画祭でNHK国際映像作家賞を受賞した企画の映画化で、冒頭のマフィアに誘拐された男が歩道橋から吊るされるというショッキングな場面で度肝を抜かれ、マフィアと腐敗した警察が分かちがたく混在し、日常と暴力性が共存する地方都市の緊張感と閉塞感が茫漠とした荒野にみなぎっている、ちょっと怖ろしい作品でした。

 日常と暴力性の共存といえば、コンペ部門の唯一の中国映画、ジャ・ジャンクー監督の『天注定(原題)』も、まさにそんな作品でした。映画は、山西省、重慶、湖北省、広東省という4つの地方都市で実際に起きた3件の殺人と1件の自殺を元に、急激な経済成長の裏で起きている社会のひずみを描いたもの。4つの事件のそれぞれの登場人物を通じて今の中国社会を旅する、ある意味でロードムービーのような作品になっていました。

 監督によれば、今は微博(ウェイポー)という中国のツイッターにこういった暴力事件が瞬時に話題に取り上げられているのだそうで、その中から4件を選び、実際に現地に行って関係者に取材し、フィクションとして脚本を書き、京劇や武侠映画(いわゆるカンフー映画)といった古典的な手法を取り入れ、過去から現代に通じる普遍的な映画にしたのだそうです。ちなみに、この作品の英語題『A touch of sin』は、キン・フー監督の傑作『侠女』(英語題はA touch of zen)にオマージュを捧げたものです。

 ジャ・ジャンクーはデビュー作から一貫して庶民の側に立って社会を見つめてきた監督で、彼のフィルモグラフィーを追っていくと中国社会の進化と変化を俯瞰できるのですが、この作品で描かれている、売春を迫る男性客に札束で顔を何度も殴られるサウナの受付係とか、高級売春宿で紅衛兵の制服を着て行進する少女たちを物色する客の男たちを見ていると、初期の『プラットホーム』や『青の稲妻』の時代から、中国は何と遠くまで来てしまったことかと、ある種の感慨を覚えました。

 写真は『天注定』の記者会見の模様で、記者の質問に答えるジャ・ジャンクー監督と主演のチャオ・タオさんです。

(齋藤敦子)