シネマに包まれて-映画祭報告

presented by 河北新報

(6)1960年。ボブ・ディラン直前/「インサイド・ルウェイン・デイヴィス」

2013/05/23

inside02.bmp 日曜夜のクロージングが近づき、映画祭も残すところあと4日。まだジェームズ・グレイやジム・ジャームッシュなど数本のコンペティション作品の上映がありますが、これまでのところ、ジャーナリストの間で評価が高いのは、まずコーエン兄弟の『インサイド・ルウェイン・デイヴィス』、続いて僅差でイランのアスガー・ファルハディの『過去』、フランソワ・オゾンの『ヤング&ビューティフル』、パオロ・ソレンティーノの『グレート・ビューティ』、是枝裕和の『そして父になる』などが並んでいます。

 『インサイド・ルウェイン・デイヴィス』は、1960年のニューヨークを舞台に、ライブ・ハウスで歌いながら細々と生活しているルウェイン・デイヴィスというフォーク歌手を主人公に、まだマスコミも未発達なら大きなレーベルもなかった頃のミュージック・シーンを描いたもの。60年とはっきり年が指定されているのは、その翌年にボブ・ディランがニューヨークに現れ、以後のミュージック・シーンが変わっていくからに他なりません。

 ルウェイン(Llewyn)という不思議な綴りの名前は、ディランと同じウェールズ名ですが(おそらくはディラン同様、芸名であることをほのめかしたもの)、コーエン兄弟がモデルにしたのはデイヴ・ヴァン・ロンクという実在のフォークシンガーだそうです。ヴァン・ロンクがそうであるように、ルウェインを始め、映画に登場するミュージシャンたちは、ディランの登場によって忘れられていく運命にあります。こういったハリウッド映画の題材になるようなヒーローではなく、勝ち組の輝きの陰にいる、奇妙な負け組の人々を独特のユーモアに包んで描くのがコーエン兄弟の特徴で、今回もアイゼンハワー政権下のアメリカの停滞感と暗さがスクリーンからじんわり滲み出してくるような、ブラックというよりは灰色のコメディになっていました。

 コーエン兄弟は1991年に『バートン・フィンク』でパルム・ドールを受賞していますが、その2年前に長編デビュー作の『セックスと嘘とビデオテープ』でパルムを受賞した、カンヌの申し子のような監督がスティーヴン・ソダーバーグです。私もよく覚えているのですが、89年はヴィム・ヴェンダースが審査員長で、大方の予想を裏切って、最も評判のよかったジュゼッペ・トルナトーレの『ニュー・シネマ・パラダイス』ではなく、ソダーバーグを選んだことには誰もがびっくり仰天しました。けれども、ソダーバーグのその後の活躍を見れば、ヴェンダースの判定の正しさがよく分かる気がします。

 とはいえ、アメリカでインディーズを貫くことは、ソダーバーグをもってしても難しいらしく、今回の『燭台の陰で』もHBOというテレビ局のテレビ映画として制作されました。

 『燭台の陰で』は、ラスベガスのショーで活躍し、87年にエイズで亡くなったピアニストでエンターテイナーのリベラーチェの晩年を、年下の恋人だったスコット・トーソンとの関係から描いたもの。題名は、リベラーチェのトレードマークだった、グランドピアノの上に置かれた燭台を指しています。

 この映画の大きな話題は、リベラーチェをマイケル・ダグラス、スコットをマット・デイモンが演じたこと。ガン闘病後、初の映画出演となったダグラスにとっても感慨が深かったようで、記者会見で闘病のことを率直に語るうちに声を詰まらせてしまう場面もあったそうです。キンキラ衣装に身を包んで舞台で宙乗りまで見せるダグラスの怪演に、ぜひ男優賞をと思ったのは私だけではないでしょう。

 写真は「インサイド・ルウェイン・デイヴィス」の1シーンです。

(齋藤敦子)