シネマに包まれて-映画祭報告

presented by 河北新報

(2)大虐殺を加害者の視点で/「殺人という行為」

2013/10/15

yama13_02_01.jpg 10日夕方に開会式を迎え、11日から本格的に上映が始った映画祭ですが、今年の最大の話題作で問題作でもある映画が、12日の朝コンペティション部門で上映されました。それがロンドン在住のアメリカ人のジョシュア・オッペンハイマー監督が撮った『殺人という行為』です。朝10時からの上映にもかかわらず、メイン会場の山形市中央公民館が満員の観客で埋まりました。

 日本ではあまり知られていないのですが、1965年から66年にかけて、インドネシアで50万人とも100万人ともいわれる人々が虐殺される事件が起こりました。これは、当時スカルノ大統領が進めていた親共路線を阻止し、彼から実権を奪うために、スハルト陸軍大臣が大統領の支持母体であったインドネシア共産党の党員および共産党との関係を疑われた人々を殺したもので、20世紀最大の虐殺事件の1つと言われています。その後スハルトが大統領となり、虐殺を主導した側が今にいたるまで政権についているので、加害者(その多くは右翼の青年団やギャングたち)は罪を問われないばかりか、今でも英雄として扱われているのがこの事件の特異なところです。

 『殺人という行為』は、その大虐殺に関わった加害者に、彼らの行為を再現させるという恐るべきドキュメンタリー。中心になるのはアンワルという町の顔役のような人物で、実際に自分が殺戮を行ったビルの屋上に監督を案内し、どうやって効率よく人を殺したかを説明しながら加害者と被害者を交互に演じてみせる様は、見ていて胸が悪くなるほどでした。

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 監督の話によれば、人権団体の要請で大虐殺の被害者を取材していたところ、当局から被害者への接触が禁止されたために、対象を加害者側に変えて取材を続け、41人目にアンワルに出会い、彼の方からカメラの前で当時の状況を再現してみせると申し出たのだそうです。大勢の人々を無慈悲に殺したことを誇らしげに語り、殺人の正当性を堂々と主張するアンワルは、まるで人間の心を失った怪物のように見えます。そんな彼も、実は夜ごと悪夢にうなされ、罪悪感を持っているらしいことが分かってくると、虐殺事件を告発するという当初の監督の意図を超え、人間の倫理とは何かという根源的な問題まで浮かびあがってくるように思いました。

 『殺人という行為』はインドネシアを始め、世界各地で上映され、インドネシア国内では自由にダウンロードして見ることができるようになっているそうです。

 写真は『殺人という行為』のスチル写真と、上映前に挨拶するオッペンハイマー監督です。

(齋藤敦子)