シネマに包まれて-映画祭報告

presented by 河北新報

(2)「プサン」をモデルにコンペ強化/石坂健治<アジアの未来>ディレクターに聞く

2013/10/24

tokyo13_p_02_01.jpgQ:今年は大きな変化がありました。一番大きかったのは<アジアの風>が衣替えして、新しいコンペティション部門である<アジアの未来>になったことです。変えるに当たってTIFFはどういうポリシーを選択したのか、その選択に矢田部さんや石坂さんの意向はどの程度反映されたんでしょうか。

石坂:今年の大幅なシフトチェンジには積極的な前向きの理由と消極的な理由があるのは確かです。予算が厳しいというのが消極的な理由です。予算がないならないで、できる範囲で前向きなことをやろうという話し合いが、かなり前からありました。積極的な理由はいくつかあって、1つは、1985年の1回目から97年まで<ヤングシネマ>というコンペ部門があったことで、新人のコンペという精神はどこかで復活させたいという思いは前からあった。ただ、<ヤングシネマ>は全世界が対象でしたが、最近の傾向として、毎年100本から200本単位で応募本数が増えているなかで、特にアジア、中東の映画が増えていて、しかも1本目とか2本目の監督が多い。そこだけ限定しても第2コンペ的なものができるんじゃないかという見通しは数年前からありました。

 加えて<アジアの風>という部門は非常にたくさんのメニューでやる非常に大きな部門で、最優秀アジア映画賞を出していたけど、賞の成り立ちからすると、部門の方が先にあって、賞を後で作ったんです。それでパノラマ的な、たくさんメニューがあります的な部分と、賞もあります的な部分の関係がよくわからないまま来ていた。賞の審査も、この作品とこの作品はよそでもやってるから外し、この辺はベテランの監督だから外し、この辺で賞を決めましょう、みたいなことに毎年なっていた。だったら新人のコンペと、コンペとは関係のない、パノラマ的なものとにはっきり分けようという考え方です。パノラマ的なところは、今年は<ワールド・フォーカス>という部門に入れたんですが。それから、もう1つは、コンペに日本映画も入れるということ。<アジアの風>はアジアといってるわりに日本は入ってなかった。日本は日本で、別の部門があったので。

Q:本数的にはぐっと減りましたね。<ワールド・フォーカス>にアジアが含まれるとしても、<アジアの風>の何分の1というか、ぐっとコンパクトになりました。今まで石坂さんがやろうとしていたことは、こういうやり方で達成できるんですか?

石坂:今年は我慢の時だと思っています。青写真としては、プサンみたいなモデルを考えていたんです。プサンには<ニュー・カランツ(新しい潮流)>というアジア映画のコンペがあって、ここで10本程度、そして<アジアの窓>というパノラマ的な部門で50何本か紹介する。で、10プラス50ですごい数になるわけです。私の考えたモデルはそれで、予算が減ったなかで、そこに向かうには、まずはコンペというシフトチェンジをきちっと作り、そのうえでパノラマを膨らましていく。これは本当に予算次第ですが。

Q:今後は<ワールド・フォーカス>でアジアを扱っていく。今回は台湾が特集になっていますが、そういう形で膨らませていくということ?

石坂:アジア映画というくくり方が希薄になるかもしれないし、それまでのアジア映画ファンが戸惑うかもしれないとは思っています。

Q:<アジアの風>についていたお客さんがすごくがっかりしている気はします。

石坂:映画祭の作り方が両極あるとすると、お客さんやファンに向けての顔と、世界の映画祭の中で、どういうステイタスでいるかということで、ファンをおいてきぼりにする気持ちは全然ないですが、今年はちょっとハードルを上げてみたんです。

Q:TIFFはこんなアジアの新人を発見した映画祭だというのを全面に出していこう、真にインターナショナルな映画祭になっていこうという意志の現れ?

石坂:私の担当する部門についてはそういう意識です。

Q:今年は新人の作品を沢山見たわけですが、何か傾向は?

石坂:日本では、新人というと低予算のインディーズという感覚があると思うんですが、全然そんなことはなくて、特に映画が盛んな国、具体的には韓国とかインドでは1本目でも大作を撮るといった人がかなりいますね。今年の8本でも、そういう傾向が見えてるという気がします。

Q:こうなるとフィルメックスとバッティングしませんか。その辺はどういう風に差別化を?

石坂:むしろプサンの<ニュー・カランツ>との棲み分けですね。あそこは10本ちょっとで、すべてワールドプレミアです。去年までの<アジアの風>はプレミアとは関係ないですから、ワールドプレミアの時点で出してくださいと交渉しても、プサンに持っていかれることがよくあったんです。<アジアの未来>はアジアンプレミア以上というハードルをつけた。そしたら、結果として8本中4本がワールドプレミアになりました。

Q:プサンが仮想敵なんですね。プサンとはバッティングしませんでしたか?

石坂:全然ダブってない。アジアンプレミア以上だからバッティングしないわけです。青山真治監督がプサンと<アジアの未来>の両方の審査員をやるのは1本もダブってないからです。

Q:作品はバッティングしなかったのに審査員はバッティング?

石坂:お互い全然知らなくて、蓋を開けてみてあれっと思った。プサンには『共喰い』が出るし、若い監督を青山さんに見て欲しい、新人たちも励みになるということで、たまたまそうなったんです。
 今後の課題は、パノラマ的なところをいかに膨らませるということです。予算がなくなっていくなかで、パノラマ的な部門がただ小さくなっていくという見せ方はダメですから。

Q:コンペにしましたと言えば、小さくなったものがそれほど小さく見えない?

石坂:結構、背水の陣ですよ。そもそも扱える本数が激減しているなかで、どうやるか。プログラム・ディレクターの役割がこれからもう少しスポンサー探しとか大使館回りとか、そういう部分が大きくなっていくんじゃないですかね。
 <アジアの未来>に関して言うと、応募する側の意識が変わってきた感じはあるんです。まだ1回目ですが、新人なのでよろしくというのが多くなっていて、これから東京に応募しようかプサンにしようかという悩み方になるといいなと。

Q:この映画はプサン向き、これは石坂さん向きとかの色が見えてくれば、応募する側も考えるんではないですか。選ぶに当たっての基準のようなものは?

石坂:今年のコンペの審査員長のチェン・カイコーさんがこの間の記者会見のときにビデオメッセージを流したなかで、すごくいいことを言っていました。彼は"作家の新鮮な世界観を見たい、それは不思議なことにキャリアの早い時期に現れているものだ"という言い方をしていて、的を射たというか、審査員としては完璧なコメント、臨み方ですよね。まさにそういう世界観を見たい。こんな世界の切り取り方があるのか、というものを見たいという思いで予備審査からずっとやってきています。

Q:今、アジアや中東の映画界はどんな状況ですか?

石坂:製作本数は増えています。中国がひとりで伸びてる感じもあるけど、台湾も元気になってきたし、トルコなんかはずっと好調だし、インドネシアも撮れています。
 インドは今年がインド映画生誕百周年なんですが、それとは関係なく、非常に新しい感覚の映画がどこに行っても出ていて、これはもう十分特集できるくらいの固まりにはなると思っています。ボリウッドは別として、アート系と言われる中で、非常に新しいものが出ている。カンヌで上映された『モンスーン・シューティング』、福岡でもやりましたが。
 あと、去年のインドネシア特集を現地でもやってくれということで3月にインドネシアに行って、いろんな監督やプロデューサーに会ったんですが、とにかく女性監督がたくさん出てきています。今年、モーリー・スルヤ監督の『愛を語るときに、語らないこと』を<ワールド・フォーカス>で紹介しますが、"インドネシア女子会"という特集が出来るんじゃないかというくらいです。

Q:女性の社会進出と重なっているんですか?

石坂:そういうこともあるでしょうが、背景にはベルリンとかフィルメックスのタレント・キャンパスに参加して、それからキャリアを積んでいくという人に何人か会いました。監督ばかりでなくプロデューサーもそうです。モーリーは3年前のフィルメックスでネクスト・マスターと呼んでいた頃に参加しています。ああいう映画人の育て方には私も大いに敬意を払いますね。

Q:今年はフィルメックスのタレント・キャンパスから出た新人がカンヌでカメラ・ドールを獲っていますが、TIFFはそういうことは考えてない?

石坂:今のところはないです。

Q:本当はファンドみたいなものが出来ればいいんだけど。

石坂:最近、アジアの若い人たちと話すときによく聞くのは、"アート系の映画を作る場合は韓国のファンドをもらって、日本で配給できるようにがんばる"みたいな言い方です。日本は一応ミニシアター系のサーキットが残っているけど、日本以外では彼らが作るような、ちっちゃな映画を公開するサーキットがまったくないんです。

Q:作って映画祭に出しても、問題はそこから先なわけですね。

石坂:インドネシアのエドウィンもそうだし、ガリン・ヌグロホもそう。ミニシアターが花開いたのはアジアでは日本だけですし、まだそこそこ頑張っているから、これは映画祭とは話がちょっと離れるけど、大事にしなくちゃいけないと思いますね。

Q:<アジアの未来>は賞金が出ますか?

石坂:1万ドルです。

Q:新人で1万ドルは大きいですね。でも、<ヤングシネマ>の苦い思い出として、最初はバブル期だったので大金の賞金だったけど、だんだん減っていったという。

石坂:これ以下になることはないと思いますよ、たぶん。<ヤングシネマ>は次回作にお金をつけるというやり方で、それがなかなかうまくいかなかったんで、途中から切り替えたんですね。でも、ガリン・ヌグロホは京都の大会(注:1994年の第7回)で賞金をもらったおかげで次回作以降の資金が全部回るようになったそうですから、やっぱり相当大きな力にはなる。

Q:賞をもらうタイミングもありますね。何をいまさらっていう監督もいるし、今この人に賞をあげたら、大きく成長するって時期があるわけですから。そういうきっかけを作るのには格好の部門?

石坂:そうなって欲しいですね。
(10月8日、東京・新川の映画祭事務局にて)

(齋藤敦子)