シネマに包まれて-映画祭報告

presented by 河北新報

(2)本当の自分はどこに?/不思議なファンタジー「私は彼ではない」

2013/11/25

2013nantes_p_02_01.jpg 22日はトルコ、ペルー、タイのコンペ作品とインド特集の1本見た。

 トルコの「私は彼ではない」(2013年)は、不思議な感覚にさせられる作品だ。中年のコック助手ニハトは、独身で毎日決まり切った生活を送っているのだが、同じ職場の若い女性から思わせぶりな視線を送られる。彼女の夫は収監中で、彼は気にしながら避けていたのだが、彼女から直接誘われ、自宅を訪問することに。

 なぜか彼に優しい彼女。彼女の自宅に飾ってあった写真は、何と彼そっくりの男性とのツーショ ットだった。はっきりした理由が分からないまま彼女を受け入れ、一緒に暮らし始める。幸せは長 くは続かない。湖でボートに乗った2人だが、彼が寝込んでいるうちに、彼女は姿を消し、死体となって岸に打ち上げられていた。

 喪失感から職場を変えた彼だが、彼女とそっくりな女性を発見してしまう。不思議なことに、こ の女性とも親密になれ、以前と似たような生活が戻ってくる。でも、なぜか落ち着かない。自分が 自分でないような...。自分は誰か別人と思われているのかもしれない。そんな中、自分とそっくり な男性と出会い、その男の本性を見極めようとするのだが...。

2013nantes_p_02_02.jpg あらすじを書き連ねても、この作品の魅力は伝えられないだろう。冒頭のニハトが起き出し、鏡 をのぞいた後に台所へ行った後も、鏡には彼の顔が張り付いたままになっていた。ここが、この" ファンタジー"の入り口だ。

 ニハトの生活が変化する契機は、トラブルから警察の留置場に入れられたことだった。そこには 若い先客がいて、男は革靴で鉄格子をたたき続け、看守にボコボコにされる。自分そっくりな男を 確かめようとして、再び留置場に入れられて彼は、そこでも革靴の若い先客に出会う。そして、響く鉄格子をたたく音...。

 世の中には自分のそっくりさんが3人はいる、という話を聞く。誰もが、自分じゃない自分を夢 想すること、その裏返しとして存在する話なのだろう。でも、それが現実だとしたら、ちょっとしたスリラーだ。タフン・ピリスリモグ監督は、人間の密かな欲望を、ファンタジーとして描き出し た。彼と彼女の、つつましいが、どこか本当でない暮らしぶりの描き方が出色だ。幸せだが、本当かな、と疑っても、せわしい現代では、突き詰めて考えることもないだろう。忘れ去っている、人間本来の夢想を思い出させ、清涼感が味わえた作品だった。

 ペルーのダニエル(37)、ディエゴ(36)のベガ兄弟による「EL MUDO」(2013年、ペルー、仏、メキシコ合作)は、一発の銃弾で声帯を失った裁判官が、自らを陰謀の犠牲者と信じ込み、突き進むさまを描いたもの。

 ベガ兄弟は2010年、強欲な貸金業者の男が、赤ん坊を家の前に置かれたことから変わっていく、コミカルな「10月の奇跡」でカンヌ映画祭「ある視点」部門の審査員賞を得て、この年のナントでも 招待作に選出されている。

 今回は、法を曲げてでも真相に迫ろうとする主人公ゼガラの猛進ぶりが圧巻で、ブッラクユーモアといっていいかもしれない。話せないことの苦痛を押し込め、信じたことから目をそらさないゼ ガラを、やや狂信的な面を漂わせながらフェルナンド・バシリオが好演している。彼は今年のロカ ルノ映画祭で男優賞を受賞している。映像的にも、交差点で銃弾が窓ガラスを突き破って命中する シーンでの自在なカメラワーク、音楽とシンクロしたスローモーションなど、見どころ満載だ。

 タイの「36」(2012年)は、デジタルのデータが持つ危うさをテーマにした実験的な作品。若い女性Saiは、フィルム撮影の場所を探す一方で、サイト上のアートディレクターOomと連絡 を取り合う。数年後、彼女はハードディスク上で、彼らの出会いの唯一の証拠である写真(廃ビル から始まった、いっぱいの思い出)を検索するのだが...。フレームの端に文字を残して撮影した36枚(フィルム式カメラの36枚撮りに合わせた?)が映し出す小さな物語は、2人の結び付きをうかがわせはしても、多くの情感までは伝えず、空虚さが漂う。

 
 Nawapol Thamrongrattanarit監督は、画像を機械的に保存することが習慣になっているデジタル時代だからこそ、イメージでわれわれの感情や記憶を代替えすることの危うさを問い直している。 ただ、彼女が撮り続けた写真が映し出されたのは数枚だけで、撮影シーンの連続、36回暗転して タイトルという構成では、監督の目指した意図を伝えきれたか疑問に思った。

 インド映画100周年特集の「BHUMIKA」(1977年)は、インド映画の魅力(歌と踊り)と撮影現場の雰囲気が味わえて大いに楽しかった。 


 父親を亡くしたウーシャは、母親が知る映画監督のつてでボンベイに行き、撮影スタジオでの歌手になる。祖母仕込みの歌ですぐ認められると、女優の道も開けてくる。彼女は、無節操に利用し続ける監督を信頼し続けるが、撮影現場と悲惨な恋愛の双方で、女優生命も危うくなり、1人で打開しようと決める...。
 
 1940年代の有名な女優ハンサー・ワルカー(1924-1971)をモデルにした作品。スミター・パティルがきらびやかに歌って踊って、ボリウッド女優のアイデンティティを貫こうとするさまを熱演していて、最初の国家賞を受賞している。スタジオ風景が多くはめ込まれ、当時の撮影現場でカメラワークや演出、小道具などがどうだったのか、興味深く見ることができた。シリアスな面も備えながら、歌って踊る、インド映画本来の楽しみも十分に盛り込んだ傑作の一つだ。

 写真(上) ニハトには同じ顔の他人がいるのだろうか?(「私は彼ではない」より)

 写真(下) 「私は彼ではない」上映前にあいさつするピリスリモグ監督(中央)

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 ナントが歴史的な建物を長期的に修復していることは、これまでも報告してきた。今回は、映画祭の主会場カトロザ近く、グラスリン劇場前のロータリーが、すっかり模様替えされて驚いた。100以上続くビストロ「スィガル」の前には噴水ができ、街灯も一新された。まだ、花壇の整備が全てそろってはいないのだが、全体に広々とした感じになった。週末からXmas商戦が始まることもあって、何とか間に合わせたようだ。ガラス天井の3階建てアーケード、パサージュ・ポメリもお化粧直しの真っ最中だった。少し汚れていた彫像たちも塗り直しされるようだ。こちらも楽しみだ。

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           噴水が登場して一新したパレス・グラスリン

2013nantes_p_02_03.jpg             彫像もお色直し(パサージュ・ポメリ)

(桂 直之)