シネマに包まれて-映画祭報告

presented by 河北新報

(3)巨匠を新発見!注目してほしい中村登特集/林加奈子ディレクターに聞く

2013/11/27

2013filmex_p_03_01.jpg Q:フィルメックスは今年で14回目を迎えます。今年はTIFFに大変革があり、映画祭を続けることについて考えさせられました。そこで今回は特に、映画祭を続けていく意義や情熱といった根本的なものをうかがいたいんですが。

 林加奈子:フィルメックスの一番いいところは、ここにいる岡崎匡さんなど、スタッフを含めて同じ人がやっているところです。なので、映画祭のヴィジョンが動いてない。私たちは一番最初に"新しい流れを提案します"というモットーを掲げました。この一言に、いろんなことが集約されています。映画祭というのが何のためにあるのか、何を目指しているのかということです。ここ数年は、それに"映画の未来へ"というのをプラスアルファとして打ち出しています。"映画の未来へ"というのは文字通り、若手のコンペティションを映画祭の核にして、本当に有名でなくても、これからの映画を切り開いていく人たち、まだ誰にも支援されていない人たちを私たちがサポートしていく、いきたいということです。もう少し発展的に言えば、タレント・キャンパス・トーキョーで、これからの若手の人たちに、少し上のお兄さんお姉さん世代がやっていることを見てもらう。なので、マスター・クラスは巨匠たちにレクチャーしてもらうんですが、逆にタレント・キャンパスはコンペティションに出ている監督にレクチャーしてもらうという企画もあるんです。

 Q:"新しい流れ"といっても14年前と今とでは変わってきていると思いますが、映画祭のあり方が変わってきていると思いますか?

 林:変わっていることと変わっていないことと、おそらく両方あると思うんです。まず、観客を含めて映画界全体が変わってきている。たとえば80年代だったら、これは去年も話したことですが、ミニシアターで映画を見ることがおしゃれだったり、『去年マリエンバートで』など難解な映画でも、何だかわからないけど面白いという風潮があった。

 Q:フィルメックスが出来た2000年は、映画業界的にはどんな年でした?

 岡崎匡:アジア映画は盛り上がっていたけど、韓流が始まる前ですね。ヨン様、冬ソナは2001、2年くらいです。

 林:テレビ局が映画に進出し、物量作戦で映画を公開していた頃です。私が川喜多映画財団にいた90年代の終わりは是枝和裕さんや『おかえり』の篠崎誠さんが出て来た頃で、配給会社の国際部が動かなくなっていて、柳町光男監督や大島渚監督の作品は川喜多和子さん(フランス映画社副社長、川喜多映画財団代表、故人)が外国配給をやってくださっていたけど、もっと若手の人たちが"劇場公開には結びつかないかもしれないが、とりあえず長編1本を"というとき、まず海外の国際映画祭で認めてもらおうという、インディペンデントが動き始めたときでした。黒沢清さんが『地獄の警備員』を作っている頃で、伊丹十三さんがご健在の頃です。

 Q:隔世の感ですね。では14年後の今という時代を俯瞰すると? フィルメックスが紹介したアピチャッポン・ウィーラセタクンもキム・ギドクも巨匠になりましたが。

 林:日本も国際映画祭的には是枝裕和さん、黒沢清さん、青山真二さん、三池崇史さん。もちろん北野さんは別格ですが。

 Q:その下がまだ出て来てない?

 林:もっと若い人たちが映画を作って出ていかなきゃいけないところですが、テレビ局製作・東宝配給の映画を中村義洋さんのような監督が注文を受けて作るようになっている。それはそれでいいことだとは思うんですが、実はあんまり出てきていない。そこはすごく忸怩たる思いがあります。私は大森立嗣さんの『さよなら渓谷』はとてもよかったと思います。うちでは『ぼっちゃん』を上映させてもらっていますが、大森さんも自分で作りたいものを作れるようになってきている。ただ一番の問題は、吉田喜重さんや大島渚さんみたいな、若い人のアンチで置きたい人が今いない。相米慎二さんや森田芳光さんは亡くなってしまったし、王道のようなものがなくなっている。若い人というのは"そうじゃないだろう"と、自分たちで王道を叩き壊して出てくるものだから、ある位置ががっちりしていてくれないと困る。

 Q:今年は中村登特集がありますし、フィルメックスはクラシックな映画も紹介していますね。ただ、アンチになるのは直接上の世代で、中村登はそのまた上の世代ですが。

 林:去年は木下惠介の特集をやりましたが、あれも私たちにとっては新しい流れを提案することの1つなんです。木下惠介といえば、それまではロカルノでもどこでも、『喜びも悲しみも幾年月』や『二十四の瞳』など、涙のたっぷり流れる、エモーショナルな、家族の愛を描いた大巨匠みたいな切り口でやっていて、『お嬢さん乾杯』などは外国では誰も見てなかった。でも『お嬢さん乾杯』や『死闘の伝説』を知らざるして木下惠介を語って欲しくない、というのがある。今回の中村登も同じで、王道からしたら、『紀ノ川』であり『古都』であり、それはそれでいいんですが、私たちが選ぶとしたら海外の人に新たに発見してもらえる、驚くような作品を選びたい。今年は時代順にいえば、『我が家は楽し』『土砂降り』『夜の片鱗』の3本に英語字幕を付けました。予算的には木下と変わってないんですけど、素材の問題があって1本作るのにすごくお金がかかっているんです。なので今回は3本ですが、これは一昨日ベルリン映画祭で上映することが決まりました。中村登特集としては世界初です。

 Q:木下の次の大発見シリーズですね。3本とはいえ、十分びっくりすると思いますよ。

 林:フィルメックスでも十分驚いてもらえると思っています。そういう意味で、巨匠のクラシックというのも私たちにとっては新しい流れで、提案だし、ぜひ見ていただきたいです。

 新しい流れといえば、配給でもヴィジョンがある方たちは作家を育てる意識があり、同じ作家の作品をコンスタントに配給し続けたりするけれど、メジャーで作ったり、インディペンデントで作ったりする人は、配給会社も毎回必ず同じとは限らないし、宣伝の仕方によっては、本当はこういう映画なんだけれども、こういう風に宣伝しますとか、ビジネスのためにすごく工夫をされる。公開するタイミングも、すぐ公開するものもあれば再来年になってしまうものもある。カンヌの映画だと、だいたい翌年公開になるものが多い。でも、映画祭は、新しい旬の映画をその年に、色眼鏡というか、お金をかけた宣伝プロモーションがない形で見てもらえるチャンスなんです。

 Q:配給側に何か変化はありますか?フィルメックスで映画を見て決めるという例もありますよね?

 林:カンヌやベルリンは、部長、社長クラスが現地に行ってなかったりすると、スルーになってしまうものもあるようです。うちは業界の若い人でパスを出してなくても切符を買って見に来てくれる人がいたりするんで、そういう若い配給会社の人がフィルメックスで観客の熱い反応を見て、これ絶対にやるべきだと社長を説得してくれて配給に結びついた、というものもあります。

 Q:大きな映画祭で配給が付かなかったものでフィルメックスが選ぶと、いい映画の確率が高い?

 林:大きな映画祭に出てればいい映画かというと、ピンと来ないものもあるし、出てなくてもすごいなと思うものはありますよ。映画祭の意義という意味では、カンヌやベルリンでやったからいいというのではなく、私たちが東京の視点で、日本人として、"この映画が今の映画の未来に向かっている映画です"、"これこそ新しい映画です"と思うものを選んでいるんです。

 Q:セレクターの問題もありますね。"なぜ、こんな映画を選んだんだろう"と思うときもあるし、"断れなかったんだな"と思うときもある。

 林:私たちは数をやってもしょうがないと思っているんで、厳選して限られた映画しかやらないんです。その代わり"お客さんは裏切りませんよ"と。カンヌとベルリンの一番の違いは、カンヌはマーケットを別としてオフィシャルな作品が限られているから、同じ1本の映画の話ができる。マーケットで見たとしても、あれはいい、これはダメだという話ができますが、ベルリンだと400本もやっているので映画の話ができない。プサン映画祭も300本ですから、"今年プサンはどう?"とか、"今年はすごい"、"あんまりよくない"と言っても印象でしかなく、何をもって良い悪いと言っているのか噛み合わなくなっちゃっている。それに、規模を大きくすると"これはどうかな?"と思うものも、やらざるをえなくなるし、どうしても妥協が入ってくると思う。でも、フィルメックスは、この国に流れがありそうだといっても、見に行ってダメだとしたらやらない。期待して見に行って、ダメだったらやらないという選択肢は勇気がいるけど、それは大事なことだと思います。本当にどうしようと悩むことって、いっぱいある。尋常じゃないプレッシャーです。作る人たちも大変だと思うけど選ぶ方も大変で、これで決めちゃえば楽になると思う瞬間がある、魔が差しそうなときが。そこで正気を保つというのは私にとっては毎年すごく大事なことで、それは特に日本映画の場合ですが、早く決めないとどこかにとられちゃうとか、本当に苦しい時期があるんです。だいたい8月終わりから9月の初め頃ですが、この映画をお客さまに届ける必要があるのか、私たちがずっと応援しつづける意味があるのか、本当に新しい流れの映画なのか、それを常に考えないといけない。ちょっと話が脱線しますが、グレゴールさん(ウルリッヒ・グレゴール氏、ベルリン映画祭フォーラム部門の前ディレクターで現アドバイザー)は自宅のキッチンにフォーラムのその年のセレクションを次の年まで1年間貼り続けているんです。次の年の初日まで。選んだ映画に対しての責任と、これを選んだために選べなかった映画の責任を考えながら、ずっと1年間過ごす。

 Q:まさに忍ですね。私にはとても無理(笑)。

 林:私たちは見ているだけだから、それが作った人に対しての、選んだことの自負もあるけど責任なんだろうなと。

 Q:その忍の一字で毎年セレクションしてきて、林さんご自身は変わってないと思いますが、映画祭の側から見て、応募してくる側、作られる映画が変わったなという印象はありますか?

 林:私はフィルメックスの前に川喜多映画財団で映画祭のディレクターをサポートする立場にいたので、フィルメックスの14年だけの問題じゃないと思うんですが、映画祭に選ばれやすいというか、選ばれそうなタイプの映画を狙って作ってる人たちが絶対にいるんです。こういう映画を作ると映画祭の人が喜んで選ぶだろう、これが好かれそうな感じだよね、みたいな。技術的にもそうだし、スタイルもそうだし、そういう映画が結構あって、そこに絶対に引っかかってなるものかという意識は逆にあります。真似ることは悪いことじゃないんです。他の人のいい部分を取り込むことは悪いことじゃないけど、それに加えてプラスアルファがないと。すごく臭わせるというか、雰囲気がいい感じで、"俺ってうまいでしょ"みたいな映画はすごくある。それは新人の監督のみならず、2本目3本目でも、はまっている人たちというのは結構いる。私は作家主義というより作品主義というのを貫きたいと思っています。逆に言うと、映画祭がサポートすべきなのはそういう映画じゃない。私たちはもっと原石が欲しいんです。上手くなくていいから、ごつごつしているものが。もちろんエンターテインメントで全然問題ないんですが、媚びているような感じのものは他のところでどうぞ、ということです。

 Q:フィルメックスのセレクションに関しては全面的に信頼しているし、ぶれてないということにも確信があるんですが、今年TIFFが<アジアの未来>という似た部門を作りましたよね。

 林:でも、今年はまったくコンフリクトがなかった。もっと危機感というか、エクサイティングなことがあるのかなと思ったら、なかったですね。

 Q:プサンの<アジアの窓>とTIFFの<アジアの未来>とフィルメックスという、同じようなアジア映画のコンペティションが10月上旬から11月にかけて連なるわけですから、外から見ていると同じようなものが並ぶなという感じがするし、応募する側も考えるのではないでしょうか。
 
 林:それぐらいアジア映画に活気があって、いっぱいいい映画があれば問題ないんですけど。ただ、うちはプサンとは、ものすごく密に連絡はとっているんです。実は2回目のときに審査員長の侯孝賢がかぶったんで、それで懲りて、すごく密に連絡をとっている。プサンからは日本人の審査員の相談を受けるし、私たちも韓国の人に審査員をお願いするときは相談しています。今年、TIFFのコンペで審査員をやったクリスチャン・ジュンヌやムン・ソリ、<アジアの未来>のジェイコブ・ウォンも、みんなフィルメックスで審査員をした人たちばかりでした。だから、私たちが新しい流れを提案しますといってやってきたことが、ちゃんと他の映画祭も認めて、彼らに審査員を依頼していることってすごく嬉しいというか、新しい流れが定着して、当たり前の流れになってきているんだな、と思いましたね。

 Q:だから、フィルメックスはその先を行かなきゃいけない?

 林:その通りです。川喜多和子さんと話したことですが、最初はユニジャパンもフィルムセンターもなかった。だから、川喜多財団では組織ができないことをやってきた。フィルムセンターができ、ユニジャパンができたら、今度は彼らがまだできないことをやる。さらに新しいことをやらなきゃいけない。新しい流れって常にそういうことだと思うんです。プサン映画祭でも、最初の頃はまだ日本映画は解禁されていなかったから、各社に話に行っても"公開できないんだから映画祭に出してもしょうがない"みたいな、そこからのスタートでした。『ゆきゆきて、神軍』などは財団で海外の映画祭に出品するサポートをしたんです。新しいこととは、そういうことじゃないでしょうか。海外からのアテンションもそうだし、日本のお客様もそうだし、外から必要とされること。加えて、これがこれからのヴィジョンであり、新しい映画であり、これが驚きだっていうプログラムをちゃんと見せていくこと。それが映画祭の一番の使命じゃないでしょうか。
(11月11日、赤坂のフィルメックス事務局にて)

(齋藤敦子)