シネマに包まれて-映画祭報告

presented by 河北新報

(4)アート系に逆風。日本の80年代に似ている中国/市山尚三プログラム・ディレクターに聞く

2013/11/30

2013filmex_p_04_01.jpg Q:市山さんには、今年のフィルメックスの内容と、去年から今年にかけてご覧になった各国の映画の状況についてうかがいたいと思っています。その最初は、今年のカンヌ映画祭で脚本賞を受賞し、今回のオープニング作品であるジャ・ジャンクー監督の『罪の手ざわり』ですが、カンヌ上映後の評判はいかがでしたか?

 市山:すごくいいです。アメリカではニューヨーク映画祭で上映し、その直後に劇場公開したんで、世界初の商業公開がニューヨークだったんですが、市内2館とはいえ、1館あたりの収入がその週のトップだったらしいです。

 Q:それはおめでとうございます。 

 市山:批評も各紙絶賛で、とにかく今までのジャ・ジャンクーの映画にはない好スタートでした。フランスでは12月10日からの公開で、海外受けはすごくいいんですが、中国に関してはまだ決まってないんです。初めは11月公開といってたのに、今は未定になっています。

 Q:それは扱っている事件などの内容的な問題で?

 市山:いや、事件自体は凄く有名なものです。ウェイボーという中国版ツイッターで話題になり、一般紙なども報道しているんで、中国人が見たら誰でも分かる有名な事件らしいです。どうせ皆が知っている話だからということで検閲を通ったんだと思いますが。

 Q:ジャ・ジャンクー作品としては珍しい、商業テイストというか、武侠映画のような面白い映画なんですが。日本公開は?

 市山:来春、渋谷のBunkamuraル・シネマです。

 Q:今年の中国映画の動向は?

 市山:去年は中国映画が3本入っていたんですが、今年はこれしかなかった、というのが『見知らぬあなた』です。これはベルリンで見て、かなり早い時期に内定を出していました。ジャ・ジャンクー・プロデュースの若手監督シリーズの1本で、新人の女性監督ですけど、役者もプロの俳優をちゃんと使っているので、普通にかっちり出来ている作品です。カメラもユー・リクウァイがやっていますが、撮り方もジャ・ジャンクー作品とは違っているので、普通の人たちが見てもわかりやすい映画です。中国は、この映画以外にもいろいろ見たんですが、今ひとつでした。去年に比べると中国映画の若手の作品に凄いと思うものがなかったですね。

 Q:それは波があって、今年はたまたまダメだったということ?

 市山:去年撮った人たちがまた2年後に撮って出てくるかもしれないですが、中国でも今、アート系の映画が厳しく、作りにくくなっているのは間違いないです。お金はあるので、商業映画はすごく沢山できるし、TIFFの<ワールド・フォーカス>でやったビッキー・チャオという女優のデビュー作の『So Young』というロマンチック・コメディなどは大ヒットして、そういうのを撮るのは簡単なんだけど、映画祭のコンペに出るようなアート系の映画は作っても上映するところがない。たとえば去年フィルメックスでやった『ティエダンのラブソング』など、公開はしているんですが、すごく限定された公開でした。しかも公開できればいい方で、年間800本くらい作られているうち300本くらいしか公開されていないという説もあるんです。

 Q:どうやって製作費を回収するんですか?

 市山:してないんです。80年代の日本と同じで、いろんな業界で儲けた人がたくさんいて、とりあえず投資して、ほったらかしになっているものが結構ある。

 Q:もったいないですね。

 市山:監督として撮った作品が公開されないというのは非常に辛い話ですよね。そういう状況が中国で結構起こっている。というのは映画館が総シネコン状態で、いわゆるアートシアターがほとんどない。ジャ・ジャンクーのプロデュース作品は何本かまとめて主要都市を回したり、そういうことを試みてはいるようです。今年、日本のシネマシンジケートのようなものを立ち上げた人たちが出てきて、お蔵入りになっているインディペンデント作品を何本かまとめて北京や上海などの主要都市に回して、というのがようやく始まったということです。今までそういうことをやる配給会社もいなかったような状況です。

 Q:以前、ジャ・ジャンクーの映画などはすぐ海賊版が出て、それを皆が見ているという話をうかがったことがありましたが、そういう状況は今も続いているわけですか?

 市山:海賊版という"版"ではなく、ネットでダウンロードして見られるようになっています。ただ、昔ほど海賊版で皆が見るというような感じではなくなっていますね。

 Q:ネット社会が進んできた感じがしますね。

 市山:もしかしたらアート系の作品は、今後は劇場でやらないでダウンロードして見るような形になるかもしれませんね。

 Q:でもダウンロードの会社に権利を売るといっても、そんなに高く売れないでしょう。製作費は回収できないですよね?

 市山:と思いますね。出資者に理解があって、映画祭に出れば満足です、みたいな人だったらいいんですが、投資で考えている人は、公開されないんなら無駄だから商業映画に出した方がマシということになって、どんどん商業映画はできるけど、アート系の映画はできなくなる。今なら、たとえば美術で儲けた人がアートをサポートするというような形でなんとか続いているらしいですけど、それが果たしていつまで続くか。今年は実際、国際映画祭を見ても中国映画は出てないんです、ジャ・ジャンクーの映画が一番回っているだけで。その一方で娯楽映画なんかはたくさんあるんです。インターネット作家が初めて監督した映画も上海映画祭で上映されて、僕は見なかったんだけど、場内は満杯で、その後公開して大ヒットしたそうです。

 Q:そういうのがトレンドなんですね。

 市山:映画界自体で考えると盛り上がっているかもしれないですけど、国際映画祭というフィールドから考えると中国映画は今年は厳しかったし、いわゆるアンダーグラウンドでも今年はそんなになかったです。逆にアンダーグラウンドの方は、ほとんどインスタレーションに近い、とんがった作品が極端に増えている感じがします。フィルメックスにアートと映画の中間みたいなサブセクションがあれば、そういうところでできるなと思うようなものは幾つかありましたが。

 Q:さすがに中国は多様ですね。でも、お話を聞くと、作品的な成熟が難しくなってきている気がするんですが。

 市山:これは世界的に言えることかもしれませんが、すごく格差社会というか、娯楽映画はどんどんお金をかけて作る一方で、インディペンデントは極端な方に走っていて、中間くらいで、普通のお客さんも楽しめてクオリティが保たれているというものが少なくなってきている感じはあります。

 Q:台湾からはチャン・ツォーチの『夏休みの宿題』がありますね。

 市山:これはチャン・ツォーチで初めてやくざが出て来ない映画です(笑)。侯孝賢の『冬冬の夏休み』みたいな話で、一応、師匠の世界を継承しているんですが、今の台湾映画のトレンドとは全然違う映画です。今の台湾はトレンディドラマが主流で、80年代と全然違うんですが、昔の伝統をかたくなにチャン・ツォーチが守っている感じがある。今の台湾映画界では浮いた存在だと思います。

 Q:台湾はトレンディドラマで成り立っているわけですか?

 市山:国産映画が凄いです。完全に外国映画と逆転している。特に『海角七号』という映画がヒットしたのがきっかけで、それまで台湾映画を見なかった若い人たちが完全に台湾映画に向いてきてて、外国映画より当たるんです。

 Q:日本と似てますね。

 市山:ただ、当たっているのはラブロマンスだったり、テレビの若手スターが出ている映画だったりします。TIFFでチェン・ユーシュンが復活してたというのは、たぶんそんな流れだと思います。チェン・ユーシュンは『熱帯魚』の監督ですが、『総舗師―メインシェフへの道』という新作が<ワールド・フォーカス>部門に出ていた。しばらく撮れなかった人たちが復活してきているという感じはありますね。

 Q:中国系はその辺にして。

 市山:今年はタイ、フィリピン、シンガポールと東南アジアがいっぱいあるんです。東南アジアはみんなレベルが高かったですね。うちでやらなかったのでも面白かった映画はいっぱいありました。TIFFの<ワールド・フォーカス>でやった『メアリー・イズ・ハッピー』というタイ映画はフィルメックスでやってもおかしくなかった。

 Q:今年はネクスト・マスターズ卒業生のアンソニー・チェンが大成功して、フィルメックス的にもとてもよかったですね。

 市山:2010年にネクスト・マスターズとして始めたタレント・キャンパスから、3年後にカンヌのカメラ・ドールが出るとは誰も想像していなかったです。カンヌの監督週間に選ばれたと喜んでいたら、カメラ・ドールまで獲って驚いたんです。タイの『カラオケ・ガール』もタレント・キャンパスのプロデューサーの新作、『トランジット』の監督も去年のタレント・キャンパスに参加してた人です。

 Q:日本映画が2本ありますね。日本の若手は作れている感じですか?

 市山:応募作品も極端なんです。一方で商業映画の小型みたいなものがあって、一方で本当に予算がないなかで作っていて、予算がないのはいいんだけど、じゃあ、対抗できるすごいものがあるかというと、なかなかない。日本映画の場合は新人というより、もうちょっと上の人じゃないと海外のラインナップに対抗できないなという感じはあります。

 Q:個々の作品は面白いし、自分をとりまく世界をうまく描いているとは思うけれど、海外の作品と比べるとチマチマしているというか。製作費が少なくてもいいし、チマチマしててもいいんだけど、もっと思想的に突き抜けてくれないと困る。それは世代的な問題なのか、何なのか。市山さんはプロデューサーもされていますが、どのように見ています?

 市山:1つは世代的な問題と、ある時期、日本映画で政治とか社会問題を語るのがカッコ悪いみたいな雰囲気があった。僕らもそうなんですが、なんとなくそういう雰囲気が80年代くらいからあって、政治的だからいい映画ができるというわけではないですが、政治意識というか歴史意識というか、そういうものが、他のアジアの国にくらべて圧倒的に不足している。そういう映画が、たとえば中国映画からポンと出てくると強烈だし、韓国はちょっと前まで戒厳令があったりして、ポン・ジュノなど僕らより若い世代の人でも歴史的な意識のある人が多いです。日本の場合はそこが欠落していて、それが今になって差が出ているんじゃないかなとは思いますね。なかで『サウダーヂ』みたいな映画があると、またちょっと新しい人たちがいるのかもしれないという気もします。社会問題というと変ですけど。

 Q:ある種の社会問題ですよね。

 市山:『サウダーヂ』は、ロカルノに選ばれてナントで賞を獲ったり、他のアジアの映画と対等に張り合っていますけど、ああいう映画が今までちょっとなかった。

 Q:今年の応募作品を俯瞰して、この国がよくなってきたと思えるところは?

 市山:1つの国というよりも、東南アジア全体で応募作が増えたような気がするし、結構面白いものがあったと思います。

 Q:なぜでしょう?
市山:1つはデジタルが出て来てから東南アジアが変わってきて、それまで映画を撮ってなかったマレーシアなどの国からどんどん出て来た。それが自信になってきてるんじゃないですか。自信というか、皆が撮る方向に向いてるというか。タイのアピチャッポン、フィリピンのメンドーサなんかがカンヌとかで大きな賞を獲って、すごく予算をかけたわけじゃない映画が賞を獲っているということが勇気づけているという感じはあると思います。撮ってもだめだろうと思っていたところが、そういう人たちの活躍に刺激を受けている。国がサポートしているとか、そういうのはあんまりないはずなんです。韓国みたいに国がサポートしてどんどん作らせているという話はあまり聞かない。もちろんシンガポールには助成金が多少ありますが、シンガポールだけが突出しているわけではないので。国のサポートというより、国際映画祭で活躍していることに刺激を受けて、どんどん若手が出て来ているような気がします。

 Q:タイやフィリピン、インドはもともと商業映画の歴史がありますが、ちょっと途絶えていた感じだった。でも商業的なところからではなく、アート系から出てきたのが面白いと思うんです。

 市山:フィリピンなんかは、『トランジット』が賞をとったシネマラヤ映画祭がサポートしたりしていると聞きました。政府というより民間の財団だと思うんですけど。

 Q:今年は石坂健治さんからインド映画のことをいろいろ聞いたんですが、フィルメックスはインド映画が1本もないですね。

 市山:インドはいろいろ見て議論にのぼったものはあったんですが、結局やりませんでした。何か1つ足りないですね。もともと土壌は整っているし、最近は経済発展してきているんで、今までなかったようなアート系のものが出て来たり、商業映画で成功した監督が若手に機会を与えるために新作をプロデュースしたりとか、いろんな意味で土壌は整っている。あとは凄い人がいるかどうかなんですけど、そこはまだ、という感じです。以前、シャー・ルク・カーンの映画をやったらお客さんが随分入ったんで、やれば入るとは分かっているんですけど。

 Q:特別招待作品にモフセン・マフマルバフとジャファール・パナヒが並ぶところがフィルメックスらしいですね。

 市山:マフマルバフはフィルメックスが始まってから何度も作品は上映しているんですが、本人が来るのは初めてで、今年の審査員長です。

 Q:この間、ある人から「なぜ今グレミヨンなんですか?」と聞かれて答えに窮したんですが。

 市山:2年くらい前に日仏(アンスティチュ・フランセ日本)の坂本安美さんから、ジャン・グレミヨン特集をいずれやりませんかという話があって、僕はグレミヨンがすごく好きなんですが、てんでんバラバラに見ていて、全体像というのを見る機会がなかったんで、良い機会だと思ったのが始まりです。

 Q:私がフランスにいた頃はシネマテークでよく上映されていました。

 市山:僕は蓮實重彦さんの本からです。蓮實さんが誉めているからいいというわけじゃなく、ちょうど10年くらい前にシネカノンが『この空は私のもの』と『白い足』の2本を配給したんです。"シネマオタンチック"というタイトルでグレミヨン、アンドレ・カイヤット、アンリ=ジョルジュ・クルーゾーとか、その辺のドイツ占領下の時代の作家たち、とは銘打ってないんだけど。そのときにグレミヨンを初めて見て、これは凄い、さすが蓮實さんだと思った(笑)。その後、朝日ホールの"フランス映画の秘宝"という特集で『曳き船』をやったり。僕は『愛慾』を日仏で見たんですが、特集としての形では全然やっていなかった。まったく何の周年でもないですが。グレミヨンは日本でDVDが全然出てないんです。『この空は私のもの』と『白い足』も昔VHSは出たんだけど当然廃盤になってて、見れない映画作家になっている。フランス映画の特集としてはメルヴィル以来で、あのあとメルヴィルのDVDが何本か出たりしたんで、こういう特集がきっかけになってどこかでDVD・BOXを出してくれればいいなと思っています。

 Q:この特集は日仏に続くんですね?

 市山:『曳き船』とか、フィルムセンターにプリントがある作品は日仏でやるんと思うんですが、フィルメックスではしばらく上映されてなかった3本をやる。ちょうど戦時中の作品ですね。フランス映画というと、おしゃれな感じという印象があるけど、グレミヨンを見ると結構とんでもないことがおきて、いったいこの映画はどこに向かうんだろうというようなスリルを味わうことが多い。なかなかあの時代の映画にはないと思いますね。マルセル・カルネとかジュリアン・デュヴィヴィエと同じ頃の作家ですが、彼らとは全然違うものを作っている。

 Q:カルネやデュヴィヴィエは映画が始まったときに着地点が見える感じがしますね。

 市山:グレミヨンは見えない。

 Q:見えないスリルを楽しむ?
 市山:そうです。
(11月12日、赤坂の東京フィルメックス事務局にて)

(齋藤敦子)