シネマに包まれて-映画祭報告

presented by 河北新報

(7)固定カメラでドキュメンタリー/ウクライナの政治追う「マイダン」

2014/05/24

cannes_2014_p07_01.jpg 3年前にこの欄でも書きましたが、2011年5月、まさに映画祭開催中にIMF(国際通貨基金)の専務理事で次期大統領とも言われたドミニク・ストロス=カーン(略称DSK)がニューヨークでレイプ事件を起こして逮捕され、フランス中がひっくり返るような大騒ぎになりました。あの年はすぐ続いてラース・フォン・トリアーのペルソナ・ノングラータ事件も起き、3月の大震災とは比べものにならないものの、カンヌも揺れた年でした。

 3年後、そのDSKがカンヌに帰ってきた、といっても本人ではなく、映画として。それが、スキャンダルが大好きなアベル・フェラーラ監督の『ウェルカム・トゥ・ニューヨーク』で、18日にワールドプレミア上映されました。DSKを思わせる人物を演じたのはジェラール・ドパルデュー、その妻にジャクリーン・ビセット。インスパイアされたと断ってはいるものの、内容はまさにあのレイプ事件そのもので、DSKの弁護士が名誉毀損で訴えると息巻いているとか。実際の事件は、被害者の証言があいまいとの理由で検察側が告訴を断念、うやむやのまま終わりましたが、翌年、今度はDSKが売春斡旋容疑で逮捕されるに及んで、それまで私財をなげうって夫を支えてきたジャーナリストのアンヌ・サンクレール夫人も、さすがに愛想がつきて離婚。事件後、社会党はDSKに替わってフランソワ・オランドを立てて大統領選挙に勝利したものの、現在は支持率が低迷し、今回のヨーロッパ議会選挙では極右の国民戦線に大きく水をあけられている、という状況。3年の歳月は短いようで意外に長いものです。

 映画祭の初めに見た『銀色の水』というドキュメンタリーのことを紹介しましたが、他にも、ボスニア戦争をテーマにジャン=リュック・ゴダール、マルク・レチャ、カメン・カレフといった13人のヨーロッパ人監督が撮った『サラエボの橋』というオムニバス映画を見ました。たしかに今年は"闘い"をテーマにした作品が多いように思います。

 なかでも、ウクライナ人のセルゲイ・ロズニツァ監督が撮った『マイダン』というドキュメンタリーに深く感動しました。マイダンとは広場という意味で、昨年11月、欧州連合協定の調印を見送ったヤヌコヴィッチ大統領のロシア寄りの路線に反対する市民が抗議活動を行ったキエフの中心地にある広場のこと。ロズニツァ監督はドイツに住むウクライナ人で、2012年にコンペに出品した『霧の中』という作品で国際映画批評家連盟賞を受賞しています。

 『マイダン』は広場に集まった人々がウクライナ国家を歌う場面から始まります。初めは抗議行動に集まってくる市民や、彼らを支える組織の本部や救護所、炊き出しの模様、広場で著名な人々が抗議声明や詩を読み上げたり、ヤヌコヴィッチ大統領を揶揄する替え歌が歌われたりする場面が次々に登場します。が、政府が法律を改悪し、言論の自由を奪って集会を禁じ、機動隊を導入すると、一転、広場は100人以上の死者と100人以上の行方不明者を出す惨劇の場に変わってしまうのです。

 この映画が凄いのは、タイトルで経過を説明するだけで、ナレーションもインタビューも一切使わず、刻々と変化する広場の模様をすべて固定カメラで撮っていること(機動隊がプレスにめがけて催涙弾を打ち込み始めたときに一瞬カメラが動くだけ)。よくあるニュース映像のように、手持ちカメラのブレる映像が生々しく現場を映し出す、というのではなく、一定の位置に固定されたカメラが、フィクションでいう1シーン1カットで、経過を静かにドキュメントする。その独特の距離感と空気感が、私たちに考える時間を与えてくれるのです。

 今年は1日早い23日金曜日の夜、ある視点部門の授賞式が行われました。見応えがあった去年に比べ、今年は小粒な作品が多かったように思います。ある視点賞を受賞したのはハンガリーのコルネル・ムンドルーチョ監督の『白い神』で、母親が留守の間、別れた父親の家に預けられることになった少女の愛犬が、犬を飼えない規則のあるアパートから追い出され、様々な辛酸をなめて、ついに人間に復讐するという一種の動物ホラー映画です。動物愛護の国ではとても撮影できないだろうショッキングな場面もありますが、よく訓練された犬たちの"演技"がすばらしく、主人公のハーゲンという犬を演じた双子のラブラドール犬、ルークとバディに文句なく今年のパルム・ドッグ・アワードが授与されました。

 写真は授賞式で感謝の言葉を述べるムンドルーチョ監督(右端)と、ある視点の審査員たちです。

(齋藤敦子)