シネマに包まれて-映画祭報告

presented by 河北新報

(2)上映活動への締め付け厳しく・中国/市山尚三プログラムディレクターに聞く

2014/11/25

tokyo_fil_p_2014_0201.jpg-まずうかがいたいのは、今年インディペンデント映画祭(北京独立電影展)が中止になり、香港でも学生デモがあって、外から見ると揺れている中国のことですが。

市山:検閲に関しては特に変わってないです。コンペ作品の『シャドウデイズ』は、内容が一人っ子政策の批判なので、許可がとれないのをわかりきって作っていて、ベルリン映画祭を始め、いろんな映画祭に出ていますが、特に監督に何か害が及んだという話は聞いていない。ジャ・ジャンクーやロウ・イエがアンダーグラウンドで撮っても妨害がなかったのと同じで、アンダーグラウンド映画を作ることに特に締め付けがきつくなったということは聞かない。締め付けが厳しくなったのは映画祭なんです。インディペンデント映画祭に対して締め付けが厳しくなった。それは3年前に、誰も知らないと思いますけど、北京映画祭(北京国際電影祭 BJIFF、今年4月に第4回を開催)というのが始まって、その頃から始まっているんです。

-上海映画祭は有名ですが。

市山:上海は歴史があるし、国際映画製作者連盟にも加盟しているんですが、突然北京映画祭というのが始まって、それはもう完全に国家イベントなんです。上海映画祭は、上海撮影所を母体としている上海電影集団という製作配給会社があって、そこが運営しているんで、ある意味民間なんです。民間といいながら、中に国家官僚出身の人達がいるんだけど、厳密に言うと国家イベントではない。

-私は国家がやっていると思っていました。

市山:許可をとった映画しかやっていませんけど、もともと国営の撮影所だった上海撮影所を民営化して、製作出資をやったり、配給をやったり、ジャ・ジャンクーにいつも投資している上海電影集団というのになって、そこのトップの人がプレジデントの映画祭なので、実は国家イベントとは言えないんです。これに対して北京映画祭は完全に国家イベントで、1年目には結構日本映画もやって、日本の映画関係者もたくさん行って混乱ぶりを目の当たりにして(笑)、いろんな話を聞いたんですが、2年目から日本映画をやらなくなって、第2回、第3回は日本映画一切上映なし。それに対して上海映画祭は日本映画をがんがん上映している。

-そう聞くと、確かに国家イベントですね(笑)。

市山:インディペンデント映画祭は、北京映画祭が始まった年から突然締め付けが厳しくなった。今までリ・シェンティン(栗憲庭)というアーティストが募金で作った基金(栗憲庭電影基金)があって、そこがソンチュアン(宋荘)という北京の郊外にあるアーティスト村で映画の上映会をやったり、ドキュメンタリー映画の助成をやったりしてきた。それが、今年ついに中止に追い込まれた。一説には、どうせインディペンデント映画祭なんて見に行く人もいないだろうと思っていたら、意外に海外で評判になって外国の映画祭のディレクターが見に行ってる、あるいは北京市内の映画ファンが行ってるということで、今まで無視していいと思っていたものが、何となく盛り上がっていることに気がついた。今までも、オープニングの招待者の名簿を出せとか、そういう干渉はあったんですが、今年はついにアートディレクターのワン・ホーウェイと、もう一人が呼ばれて、宣誓書みたいなのを書かされて中止になったということです。これは僕の予想ですけど、たぶん北京映画祭をネットで検索していたら、知らない間にこっちが出て来て(笑)、それで気がついたんじゃないかと。

●映画祭の影響力
-今年は香港で大規模なデモもあったんで、いろんなところに締め付けが来ているのかと思いました。

市山:それとはあまり関係ないです。3年前からじわじわと。オープニングのパーティをやってると警察がやってきて、皆を見張っている中で飯を食っているという、そういうのが2年くらい続いてた。

-なるほど(笑)

市山:笑い事じゃないですよ。でも、去年までは結構笑い事で終わってたんですが、今年ついに中止に。

-私もネットのニュースで知りました。
市山:中止だけだったらいいんですが、映画基金に置いてあった、いろんなドキュメンタリーのフッテージが接収されたらしい。そっちの方がもしかしたら重大かもしれません。そこで中国のドキュメンタリーを閲覧できた。見たいというと見せてくれたんです。製作に関しては相変わらずで、許可をとらずに勝手に撮って、それが妨害されたという話は聞かないけど、上映活動に関して、いろいろなクレームが来ている。それは北京だけじゃなく、地方の主要都市でもインディペンデント映画祭をちょくちょくやってるんですが、場所によってはホールを貸してくれないとか、そういった締め付けが来ている。もしかしたら、北京が中止に追い込まれたんで、地方のホールがビビってるだけかもしれないけど、今年になってから上映活動に関する締め付けが厳しくなったのは間違いない。以前は映画祭なんて関係ないと思ってたのに、意外に影響力を持ち始めていることに気がついたのかもしれないですね。

-『シャドウデイズ』は無事に外へ出られたわけですか?

市山:ベルリンで上映してますし、監督本人もいろんな映画祭に参加しています。

-中国国内での上映は?

市山:できないですね。前はできたんです。インディペンデント映画祭では王兵の『無言歌』を上映してQ&Aをやっているんで。今回は何を上映するのか事前にリストを出せというところからじわじわ始まって、最終的には、何が理由かということは言わないんです。この映画をやったらダメとかは絶対に言わない。とにかく中止にしないと、お前達はここから帰さないみたいなことを言われて結局中止という。

-作れていることは作れているが、上映はできなくなっている?

市山:ただ、いずれにしても収入にはならないんです。こういう作家は海外に出資相手の人達がいるし、細々と上映料を徴収したりしながら何とかやっているけど、中国国内では見返りを期待していない。公開はできないわけだし、インディペンデント映画祭から上映料をとるわけにもいかないだろうから。でも、今までは少ないながらも見せる機会があったのに、それが今、失われつつある。中国のインディペンデントの作家達が今大変だと思うのは、彼らが普通の映画を撮ろうと思ったとしても、今度は商業的な検閲があって公開されないとか、その前に出資者がつかないとか、アートシアターというものが全然ないんで、結局、作ったのはいいけど世に出ない映画がたくさんある。

-作っても上映できなければ出資者がいなくなるでしょうね。それで自己検閲したりする。

市山:作家性なんか関係なくなって、スターを使って娯楽映画を作らないと道がない。だから、政府の検閲にプラスして、そういう商業的な一種の検閲があって、そういう点では厳しい状況ではありますね。

-最近、中国映画が大きな映画祭のコンペになかなか出てこなくなりました。

市山:娯楽映画的なものは海外の映画祭はやらないんで。今年でいうと、カンヌはコンペがなく、ヴェネチアでワン・シャオシュアイがかろうじてコンペに入っただけ。文革の傷跡みたいなものを扱っていて、ちょっと社会性もあり、検閲的にはすれすれのクレームのつかないところで撮っているというタイプで、いい映画だとは思いましたが、じゃあ、国内で公開して当たるかというと、おそらく当たらない。中国には、他で儲けているから映画が儲からなくてもいい、映画祭に出してみたいというスポンサーがたまにいたりして、そういう人達をなんとか見つけてきて撮ってるみたいなところはありますね。

 前にフィルメックスでやった『オールド・ドッグ』のペマ・ツェテン監督の新作が今年の上海映画祭に出ていましたが、ちゃんと許可を取って撮ってて、政治的なテーマは一切なし、チベットを舞台に弓矢を射る若者達の話で、ちょっとエキゾチックだけど、別に有名な役者が出てるわけでもないし、公開はされるだろうけど、ではそれが当たるかというと難しい。インディペンデントの人達が生き残るのは、自主ばっかりやっていると疲弊するだけだし、かといって商業的なものを作っていると国際映画祭からは遠ざかっていくという、そういうジレンマというものは皆あるかもしれないですね。

●韓国映画にも同様の問題
-今年は韓国映画が2本ありますが。

市山:去年は韓国映画が1本もなかったですけど、今年は結構面白い映画がありました。ただ、韓国映画も同じような問題があって、『扉の少女』の方は一応ペ・ドゥナというスターが出ていて、大当たりするような映画ではないけど、公開はできる。『生きる』の方は、実はチョンジュ・デジタル・プロジェクトの一環なんです。今までは短編3本だったのが、それがなぜか長編3本になって、1本が『生きる』で、もう1本がパールフィ・ジョルジの『フリー・フォール』、それにもう1本が韓国映画。

-『フリー・フォール』は東京映画祭で見ました。クレジットにチョンジュの名前が出てきたんで驚いたんです。

市山:今年からアジアとか関係なく3本長編を作るというふうに変えたんです。どの程度製作費が出たのかわかりませんが。『生きる』も、お金がない中で作っていると思うんですけど、そういう意味では極まってて、すごい映画なんです。チョンジュ映画祭のおかげで出来た映画とも言える。実際に韓国映画界でこういうものを作っていくのが大変なのは間違いない。やっぱり商業映画が強いですし、基本的には商業映画にしか興味のない出資者というか、そういう人達しかいない。

-韓国映画は行き詰まっている感じがしますね。キム・ギドクさんのところはギドクさんというパーソナリティがあるので別格でしょうけど。

市山:日本だと、例えばビデオ会社とかが何回か投資して、いつか儲かったらいいみたいな感じがあるじゃないですか。でも韓国だと、出資者が投資会社みたいなところなんで、長期的にやってどこかで儲ければというより、その場で儲からないともう次は出さない。

-シビアなんですね。

市山:長い目で見て、この人にぜひ投資をというような言い分がほとんど通用しない。キム・ギドクとかホン・サンスは海外セールスで回収できるくらいの低予算で作って、韓国で当たらなくても最悪なんとかなるというやり方だから、なんとかなってる。

-チョンジュも変なことをやりますね。

市山:不思議ですね。ディレクターとかが一層されて新体制になったら突然。1つわかるのは、短編オムニバスにすると3本全部がいいということはほとんどない。フィルメックスにも応募が来るけど、1本は駄目なものがある。で、これやるのは厳しいよねということになって、結局やらなくなることが多い。長編だとバラ売りしてどんどん出て行く。少なくとも『フリー・フォール』と『生きる』の2本が展開していければ、映画祭のプロモーションとしてはすごくよかったということになる。最近は政府のサポートが厳しくなり、昔ほど助成金が多額に出るという状況じゃないんで、それがたぶん韓国映画が映画祭的に厳しくなってる1つの理由ではありますね。前は新人だと助成金が結構出るというんで、思い切ったものが出来ていたのが、今は新人でも商業的なことを考えなきゃいけなくて、そこで日和ってしまっているということはあるかもしれない。

-中国と韓国はインディーズの作家に別の意味で問題があるような感じしますね。中国は政治的な、韓国は経済的な。
市山:経済的なというところでは中国も同じかもしれない。自主で作る以外には、もう商業映画と折り合いをつけなければやっていけないという状況になってますから。

-フィリピンから『クロコダイル』という作品が入ってますね。

市山:フィリピンは今年も面白い映画が何本かありました。フィリピンはとにかく低予算で作るんです。確かにお金があまりかかってないように見えるけど、その代わりに国際映画祭に対して強いのと、いろんな助成金がある。1つはシネマラヤ映画祭が企画に助成金を出してて、そんなに大きなお金じゃないけど、人によってはその助成金だけで映画を作ってしまうし、多少実績のある人はヨーロッパから助成金を貰えたりするんで、そういったお金だけで作ってしまう。そうすると日本で商業公開するのはなかなか難しいようなものしか出来てこないんだけど、とりあえず作り続けることはできる。
 最近大きく変わってきたのは、この『ディーブ』がそうなんですが、アラブなんです。アラブ圏にはドバイとアブダビとカタールという3つの映画祭があって、それが競って助成金を出している。

-オイルマネーで。

市山:ドバイは資金難で今年コンペがなくなったと聞いたんで、これがいつまで続くかわかりませんけど、その3つの映画祭がアラブ・プレミアを条件に助成金を出しているんで、どれかの助成金が出たアラブ系の映画が結構多いです。

●1960年という切り口
-特集上映<1960―破壊と創造のとき>について。

市山:今年、松竹が大島渚監督の『青春残酷物語』のデジタル・リマスター版を作ったところから始まったんですが、大島さんの特集は、すでにいろんなところでやっているんで、時代を切ってみた方が面白いのではないかと。特に1960年というのはいろんな人達が続々デビューしてるんです。厳密に言うと、大島さんはその前の59年のデビューで、60年は吉田喜重さんや篠田正浩さんなんかがデビューしている。ただし、吉田さんや篠田さんの作品は海外に出ているので、今回は高橋治さんの『彼女だけが知っている』と森川英太郎さんの『武士道無残』の2本で、英語字幕を作ったのは初めてなんで、海外では誰も知る人がいないと思います。

-これはデジタル上映ですか?

市山:そうです。なぜかというと、去年ベルリン映画祭で中村登監督の特集をやったときに35ミリで上映できる会場が2か所しかなかったんです。1か所はデルフィという昔ながらの会場で、西ベルリン側なのでプレスの人もなかなか行かない。もう1か所はアルセナールというキャパの小さいところで、すぐ人がいっぱいになってしまう。でも、ベルリンだから35ミリで上映できたんで、他の映画祭はデジタルでなければ上映できないところに来ていると思い、だったらDCPを作ってしまおうということで、DCP英語字幕付きになりました。作ったはいいけど上映できなければ話にならないんで。

-デジタルで英語字幕が付くのはこの3本?

市山:『青春残酷物語』は松竹がJ-LOP(ジャパン・コンテンツ ローカライズ&プロモーション支援助成金)で作ったんですが、『彼女だけが知っている』と『武士道無残』はフィルメックスの経費で作りました。本当はあと何本かやるべきとは思ったんですが、この本数が限界なんです。

-1960年という切り口が面白いですね。

市山:大島渚さんが61年に松竹を辞めてるんで。もちろんその後、吉田喜重さんとか篠田さんがいろんな作品を作ってますけど、松竹全体で盛り上がったのは、本当にこの1年限りなんです。
 この『武士道無残』は見てますか? 監督の森川英太朗という人は1作しか撮ってないんです。松竹とごたごたして、おそらくそれが嫌で辞めてしまって、しばらく創造社にいて、大島渚さんの助監督をしたり、日活の映画の脚本を書いたりしていた方ですが、結局、監督作品はこれ1本で終わってしまった。『武士道無残』はすごく硬派な作品で、演出力もあるし、もったいない人材という感じがします。

-1960年と言えば日米安保の年でしたし、若い映画ファンに1960年を再発見してもらいたいですね。

(11月10日、赤坂・東京フィルメックス事務局にて)

(齋藤敦子)