シネマに包まれて-映画祭報告

presented by 河北新報

(3)コンペ作品を見てほしい/林加奈子ディレクターに聞く

2014/11/27

tokyo_fil_p_2014_0301.jpg-今年のカンヌで特に感じたんですけど、今のカンヌは巨匠が何個パルムドールを取るかみたいなところに来ていて、いきなりコンペでパルムを取るような新人は出てきにくくなっている。新人発掘の機能はフィルメックスのような、あまり大きくない映画祭に託されているような気がするんですが。

林:カンヌは既にパルムをとってしまった監督たち用にもう1つセクションを作らないと、同じ人達の同窓会の繰り返しになってしまうと思いますね。ただ、あれだけ大きいカンヌだけど、プサンやベルリンに比べたら、かなりコンパクトである努力はしていると思う。それは悩ましいとは思うし、誰に言われるよりもカンヌが一番よくわかっていると思うんだけど、映画祭の宿命として、映画祭は大きくなっちゃうんです。フィルメックスの場合は逆に広げないように、大きくしないようにしています。これで何億円かポンともらったらわからないけど(笑)。ニューヨーク映画祭なども厳選して30本くらいしかやらない。フィルメックスは今年25本ですが、全部の映画を見ることができる。1日3本とか4本で、同じ映画について話せる映画祭にしたいんです。ベルリンに行くと"私はパノラマのこれを見た、よかった"と言っても、"私はフォーラムでこっちを見ていた"となって話として成り立たない。カンヌはあれだけ大きいけれど、オフィシャルの数が限られているから、会って同じ話ができる珍しい映画祭です。

-カンヌの場合はコンペがすべての中心で、レッドカーペットにしても何にしてもすべてコンペが基本になっていて、そこを外していない。だけど、ベルリンの場合はコンペが弱いから、パノラマを見たり、フォーラムを見たりしないとベルリンに行った甲斐がないということになる。

林:映画祭の醍醐味を味わえない。

-フィルメックスもコンペが柱ですね。

林:コンペが核だと言い続けているんですが、コンペというのははっきり言って、お客様が一番入らないセクションなんです。それはカンヌとの大きな違いで、なぜなら今年9本コンペティションでやりますが、そのうち5本がデビュー作なんです。だから監督といっても知る人がいない。あとはフィルメックスを信じて見てもらうしか方法がないんだけれども、11月3日からチケット発売をしていますが、売り切れになっているのは特別招待のキム・ギドクであったり、クローネンバーグであったりで。でも考えてみるまでもなく、ギドクさんは第2回のコンペティションで上映した作家だし、アピチャッポン・ウィーラセタクンも第1回のコンペティションで上映しているんです。特別招待作品はお祭り的な賑やかなものを必要としているけれども、フィルメックスの核はコンペティションで、コンペティションを見てもらいたいと思う。みんな自分が審査員になったつもりで見てみてください。これが今、世界で最も新しい映画だし、10年15年たったときに、ギドクさんのように、即日完売のような形で新作を待っている監督になってくれる可能性はありえると思うから。

-映画祭は満席にならないと苦しいものですか?

林:満席になってもだめです。チケットの売り上げだけでは1席1万円くらいにしないと。1万円で売ってもぎりぎりかな。以前、"3分の1は州や国などの行政でカバー、3分の1はスポンサー、3分の1は入場料収入だと、なんとかバランスがとれる"と、セルジュ・ロジック(モントリオール世界映画祭ディレクター)に言われたことがあって、なるほどと思ったけれども、会場費などを全部計上していくと映画祭によっては凄いでしょうね。カンヌなんかは自前の会場がありますが。

●映画祭ならではの自己矛盾
-そうすると、チケットを売っても売らなくても赤字で、寄付なり助成金なりで補填して運営していくわけで、純粋にお客に来て欲しいというのは、この映画監督を見て欲しい、作品を見て欲しいという気持ちですよね、儲かりたいという気持ちじゃなくて(笑)。

林:というか、お客様が入ることは結果的には望まなきゃいけないことだけど、入ることを1番の目的としていたら、もっとお客様が入る映画ってある。たとえばエンターテインメント。香港映画とか、スターが出ているとか。入ることを目的とするんであれば、全然違うセレクションになるわけです。

-以前、市山さんが"インド映画をやれば入ることはわかってるんですけどね"と言ってました。

林:うちのアンケートでも、サプライズ映画はインド映画や香港映画がいい、誰々の新作だったらいいというはある。でも、お客様はもちろん大事だけど、お客様が見たいものを見せるだけだったら映画祭じゃないと思う。ただ、やる限りはお客様に入っていただかないといけなくて、"こんな凄い映画をやってるけど誰も見てくれなくていい"というのとは違う。見てもらいたいんです。そこの自己矛盾は凄いです。逆に、映画祭のビジョンとは何かを考えていたときに、逆説的に考えたらフィルメックスがなくてもいいことだと思ったんですね、世の中的に。東京フィルメックスがなくても、こういう映画が普通に公開されて、普通にお客様が見に来てくれて、配給会社でも何でも全然なりたっていて、フィルメックスがなくても機能しているんだったら、本当はそれが一番理想なんじゃないかなと思った。

-そうはいかない、"もっと他にいい映画がありますよ"って絶対に言い出すよ(笑)、今年のコンペ9本以外にも紹介したい映画があるはずだから。

林:元を返すと、フィルメックスがなかったら日本で上映されなかった作品がこれだけあるってことですね。私がどうしてもやらなきゃと思う映画が日本でどんどん公開されて、いくらでも見るチャンスがあれば、普通にお金を払って映画を見た方が、精神的には幸せじゃない?って思う。天の邪鬼な言い方じゃなくて、本当の幸せはどこにあるんだろう?と思います(笑)

-15年やってきて、フィルメックスでやらないとどこもやらないような映画が増えていると思いますか?

林:数としてどうなっているかわからないけど、相変わらずありますね。

-この15年、リーマン・ショックの前後でいろいろ変わったし、映画がフィルムじゃなくなったり、日本映画も沢山作られているけど上映されない映画も沢山あって。

林:80年代90年代ミニシアターまで含めると波が幾つもになりますが、ここ15年に絞ってもフィルメックスで上映される映画が1本も配給が決まっていなかったときと、ちょっと決まっていたときがあって、また最近厳しくなっていて、より一層やらなきゃいけない映画がある。それは悲しい、残念なことだと思う。

●才能を見つけたい

-今は配給する側の話でしたが、作る方は?

林:数は増えているんじゃないでしょうか。海外からフィルメックスの名前をあげて上映して欲しいと言ってくる作品が増えているからかもしれないけれど。日本映画は前からですが、海外でも、たとえばトルコは今まで1作品もやれていませんが、毎年20~30本以上見続けていて数はすごいです。アフガニスタンとか、今まで知らなかったところからビデオで撮った作品が出て来たりしている。ただ、私達は技術はつたなくても、アイデアというか、なんとかしなきゃというユニークネスがどこかにあるものを取ろうとしているんです。

-撮れる状況があれば才能が増え、なければ減るというわけではなく、どんな状況でも才能はいる?

林:それを何とか見つけようとしている毎日なんです。

-今年は見つかりましたか?

林:今年の9本はいいと思いますよ、毎年同じことを言ってますけど(笑)

-フィルメックスはなるべく新人を捜そうとしているわけですよね?

林:1作目だけじゃなく、その人の次を見たいと思う作品を選んでいるつもりです。だから、その作品の完成度はそんなにびっくりするようなものでなくても、この人が次を作れるために、たとえば映画祭で選んで上映することで応援の気持ちを伝えられるんだったら、コンペでやるしかないという気持ちかな。監督に来てもらって、私がこんなにあなたの映画を好きだったんですよ、こんなにあなたの映画のことを受け止めていますということを伝えたいと思う人を選んでいるんです。

●賞が増える。映画祭の宿命
-今年はジャ・ジャンクーが審査員長で、中国映画が1本ですね。

林:ヨルダン映画が初めて入りました。イランはドキュメンタリーと劇映画が1本ずつ入っています。コンペティションというのは基本的に必要悪だと思っているんです。映画を比べるとは何事ぞと。それはわかっているけど、でもやっぱりコンペティションにすることでアテンションを高めたり、もし賞に結びついたら、その人が次に作れるためになる。フィルメックスでお客様が応援してくれたことが弱くても太鼓判になるんだったら意味があることじゃないかと。ベルリンのフォーラムも元々はコンペティションじゃなかったのに、コンペ部門よりも凄い映画をやってたから、いろんなスポンサーがついた。それでフォーラムの中の何かに賞をあげましょうとカリガリ賞とか、ウォルフガング・シュタウテ賞ができた。

-カンヌのある視点も、最初は賞の名前もなく、『そして人生はつづく』のときはグラス・ジェルヴェ賞といってアイスクリームの会社が出したんです。そのときはその1つだけだったのに、その後どんどん増えて、今は5つくらい出る。結局、賞って増えていく。

林:パルム・ドッグも含め(笑)。それは冗談ですが、批評家週間も監督週間も含めて、だんだん賞ができてくる。それは作った人への敬意、アプローズ、すばらしかったです、本当にあなたの映画を応援しているんです、ちゃんと受けとめたんですよと伝えるためのものだから、映画祭ができることとしては悪じゃないと思ってやるしかない。それは映画祭の宿命みたいなところです。

-今年のクローネンバーグ特集はどこから?

林:今年が日本とカナダの友好85周年というのを去年から聞いていて、フィルメックスが15年だから合わせて100年じゃないですかみたいな話から。

-足せるものですか?(笑)

林:これまでもフランス、フィンランド、ハンガリーなど、アジアにこだわらずに国をとりあげてきています。大使館にも周年だと予算があるので、カナダは前にガイ・マディンを特集したことがあって、他にやりたい監督を何人も考えて、最近の若い人のクラシックを見なさ加減を考えて、『ザ・フライ』より後の作品はDVDで見られるチャンスはあるけれども、本当の初期の頃のクローネンバーグって、今の若い人たちや作り手にとっては本当に全く初めましてなんだな、と思ったんです。今年、私達がクローネンバーグをやることで、『ザ・フライ』とか『ザ・ブルード』とか、見ようと思えばDVDで見られるものはキャッチアップしてもらえる。やる気のある人達は調べようがある。今年、初期の2本と『マップ・トゥ・ザ・スターズ』と両方上映できるのは、ある意味奇跡なんです。

-変わってないということがわかる。

林:この人って最初から巨匠だったんだと。

-いや、最初から変だったと(笑)

林:最初からずっと、ということは本当に凄いことです。クローネンバーグが初期のお金がない中で、学校の校内を使って撮って、空間が独特な雰囲気を持っている。クローネンバーグが工夫していることを今、篠崎誠さんが『SHARING』でやっている。それはすごくつながったなと思ったし、キム・ギドクさんの『ONE ON ONE』や塚本晋也さんの『野火』のバイオレントへの考え方も、巨匠と見比べると見えてくるものがあるはずだなと思った。映画祭にできることって、そういう一緒に見ることでつながっているのを見せることだと思う。例えばサプライズ映画の『ジャ・ジャンクー フェンヤンの子』も、ウォルター・サレスがなぜジャ・ジャンクーに密着してドキュメンタリーを撮ったか、なぜこんなにジャ・ジャンクーのことを愛しているのかということがわかるドキュメンタリーですが、ジャ・ジャンクーが審査員にならなかったら、これをやってもサプライズの意味があんまりなかった。結果的にうまく収まって本当によかったです。ジャ・ジャンクーがいるときに、この映画を見て、"ジャ・ジャンクーは、もう世界の作家なんだ"ということがわかってもらえる。本当に、まとまるまでは本当に苦しい日々だったんです。『マップ・トゥ・ザ・スターズ』もカンヌ直後に配給が決まらなかったりで、よくフィルメックスでやらせてもらえたなと思うし、映画祭はいろんなミラクルの積み重ねなんです。

-特別招待作品にはバイオレントという切り口もあるように思え、そうすると<1960 破壊と創造のとき>の特集にもつながりますね。

林:1960年て、塚本さんとギドクさんが生まれた年でもあるんです。だから何って言われたら何でもないけど。

-85と15を足したら100みたいに(笑)。

林:本当に結果的なものなんだけど、楽しんでもらいたいなと思います。

(11月10日、赤坂の東京フィルメックス事務局にて)

(齋藤敦子)