シネマに包まれて-映画祭報告

presented by 河北新報

(1) 根底にベトナムの貧富の差/「人里離れたところで羽ばたく」

2014/11/29

nantes2014_map.jpg 11月の第3火曜日開催と決まっているが、今年は暦の関係で例年より遅く11月27日朝、西フランスの古都ナントにやってきた。3大陸映画祭(11月25-12月2日)は第36回を数え、当方は20度目の訪問となる。

  映画祭はアジア、アフリカ、中南米の3大陸に絞った作品だけを提供し続けるユニークなもの。コンペティション部門10作品(フィクション9作品、ドキュメンタリー1作品)、招待作7作品のほか、「コロンビア映画の位置づけ」33作品、「香港の監督・撮影監督ユー・リクウァイのモダンな世界とデジタルリアリティ」11作品、「セネガルの映像制作者・小説家カファディ・シャラ」8作品、「春の行進~アラブ世界の思考」12作品、「メロドラマの輝き」11本の特集が組まれ、今年も盛りだくさんだ。ただ今年のコンペ部門には残念ながら日本作品はない。会期中、中心街の3つの映画館(6スクリーン)と郊外の2会場で計92本が延べ196回上映される。 

 今年は羽田経由で少し楽をした。27日早朝のパリは激しい濃霧で自動操縦での着陸となったものの、気温は6度と思った以上に暖かだった。新幹線(TGV)を使ってのナント着が午前10時前。10時半から映画を見始めた。初日はコンペ部門3作品と、招待作と特集の各1本を見た。 

nantes2014_p01_anata.jpg 南アフリカのジーナ=カトー・バス監督(28)の「あなたが愛したものが好き」(2014年)は、監督の若さを反映して、タイトルからポップな画面で、陽気な音楽が流れ続ける。ただ、内容はそう簡単ではない。テリーとサンディルは仲間たちに愛されるカップルだが、サンディルがテレフォン・セックスオペレーターをやっていて、彼女へのコールは、2人の間にさざ波を起こした。彼女はどんな場面でも電話に出て、時には相手に親身になってしまうのだ。2人の間だけでなく、テリーの顧客の1人は親身なサンディルにのめり込むのだが...。

 2人の親密な空間に割り込む電話、対応後の気まずさ、関係修復の繰り返しに、取り巻く友達や家族、社会までもが関わってくる。関係のミスマッチが生む滑稽さ、時には辛辣さを、監督は第1作ながら、優れた俳優たちを使って最小限の構成で生み出している。

【写真】テリーとサンディルの間はどうなるのか(「あなたが愛したものが好き」より)

nantes2014_p01_hitozato.jpg  ベトナムのグエン=ホン・ディップ監督の「人里離れたところで羽ばたく(FLAPING IN THE MIDDLE OF NOWHERE)」(2014年、ベトナム・独・仏・ノルウェー合作)は、ベトナムが抱える貧富の差が生み出す一面を、女子学生と家をシェアしているニューハーフの売春婦を通してあぶり出している。

 ヒェンエンは田舎から首都に出て学校に通っているが、実態は「無一文の労働者」ながら、同居人のたくましさにも助けられ、比較的自由な生活をやってきた。ところが妊娠していることが分かった。相手は同郷の高所作業員だが、違法な賭け(闘鶏)にのめり込み、カネには縁がない。中絶をしようにも先立つものがなく、同居人に頼み、売春のまねごとをしようとする。そんな時、若い医師を紹介され、彼と中絶の契約を結ぶのだが、実は彼は若い女性を実験台に、中絶前後の体や性的な変化を調べて論文に仕上げようとしていたのだ。ヒェンエンはそうとも知らずにホッとするのだが、ひどいつわりに見舞われ、相手にも知られてしまう。田舎がホッとするのだが、このままでは帰れない。良く通っていた田舎の廃墟へ、相手と一緒に高所作業車で行き、作業バスケットの中から、都会では感じたことのない空気と開放感を味わう。孤独を突き抜けて、自分で立っていく覚悟が生まれたのでは...。医師との契約は、同居人が体を張って阻止してくれた。

 ここに描かれる、貧富がもたらす教育格差、人格を否定する売春は一端でしかない。ここまであからさまではない日本にも存在する。若い人間の声には出せない悲しみを、どこまで聞き取り、何か行動を起こせるのかを問われている。

【写真】作業車の男の誕生日に、謎の女がバスケットに載った2人(「人里離れたところで羽ばたく」より)

nantes2014_p01_keishu.jpg 韓国のチャン・ルー監督の「慶州(キョンジュ)」は、韓国の微妙な位置関係によるアイデンティティと合わせて、予期せぬ所で日本の戦争犯罪での謝罪問題にも触れていて、不意打ちをくらった。

 北京から韓国南西部の歴史都市、慶州に7年振りに戻ったヘヨンは、同僚の葬儀の後、この街での生活を思い出し、街を巡ってみることにした。学生時代のかつての恋人を呼び出して復縁を図ろうとするが果たせず、かつて壁に絵を描いた場所を訪れると喫茶店になっていた。不思議な雰囲気の女店主と親しくなり、その日にもう一度訪れる。日本人の中年婦人2人が先客でいて、彼を俳優と思い込み、一緒の写真撮影を頼まれる。その後、いったん帰った客の1人が、わざわざ戻ってきて「戦争中の犯罪には深く反省しています」と謝罪をする。彼は戸惑い、あいまいな返事を返すだけです。

 その後、女主人の縁で地元の大学教員、店主の恋人らと一緒に飲むことになった。ヘヨンが韓国出身なのに北京で大学教員をしていることを知った地元教員は、中国との関係とヘヨンの立ち位置、南北統一問題について、しつこく論戦を仕掛ける。何とか論戦の輪を逃れたものの、女店主とその恋人との微妙な関係から、3人とも帰れず、世界遺産になっている古墳公園を歩き続けることに...。

 慶州は3つの世界遺産がある観光地で、韓国の歴史のランドマークになっているところ。新しい出会いに「ときめく」ものの、あらためて自己直視すれば夢でしかない。古墳公園で微妙な位置関係で歩く3人は、現実の個人の関係だけでなく、韓国と中国、北朝鮮の関係ともいえなくはない。ただ、この部分の描写はいいのだが、3人の関係をやや引きずりすぎて、折角の緊張感が薄れたように感じたのは残念だった。

【写真】喫茶店主を自転車に乗せるヘヨン(「慶州より)

 韓国の立ち位置、中国、北朝鮮との関係、国内の居酒屋でも、この中で描かれたような論戦が交わされているのだろう。それを取り込み、「とき」の流れの中の人間関係に置き換えて、より監督自身が言いたいことを描き切ったことに拍手を送りたい。戦争犯罪の件は、決して終わったことではないこともあらためて教えられた。

  「アラブ世界の思考」特集で見たのは、レバノンのカリム・B・ハロン監督による、直訳すれば「神秘の塊」(レバノン・カナダ合作)というドキュメンタリーだ。

 7世紀に殉死したイマーム・フセインの死を記念、再生させる「アシュラーナ」の全容をえがいたもの。レバノン南部の都市ナバティーユで10日間にわたって開かれるのだが、裸の体に鉄鎖を打ち付け、頭を刀で割り、血を流しながら行進する凄まじい行事。 

 人間が1つの集団として整然と行うものとしては世界一の規模とも言われる。宗教への帰依の純粋さ、行為に同化することでの達成感が背景にあるのだろうが、想像を超えている。モスク会場が血の海となり、終了後に、女性と子どもたちが消防ホースも使って洗い流すさまも宗教に裏打ちされた団体行動だ。ラストに1人の女の子が外れた行動取るところが救いともいえるのだが、彼女が成長したとき、この場面を見たら、どう思うのだろうか。

 最後に見たのは招待作の「探索」。メキシコのラス・ブスキェダ監督がモノクロで切り取った画面のこだわりに圧倒された。導入部となる男の自殺では、いっさい余分な言葉も音楽もない。彼が淡々と自殺に向けて行動するさまが、残されたメモの表現1つでも背筋を寒くさせる。後半、財布をすられた男が、犯人を追い詰めていくまでが描かれるが、その緊張感が最後まで続く。77分は短くはなく十分の長さだった。終わった瞬間から拍手が沸き上がった。 

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nates2014_p01_01_postar.jpg.jpg 今年のポスターはコロンビア特集にあやかって、「EL RIO DE LAS TUMBAS(川が墓場)」(1964年、ジュリオ・ルザード監督)のワンシーンが使われている。モノクロ画面に金色を配した、簡潔だが、かつての映画の勢いを前面に押し出した魅力ある構図になっている。

 上映開始時の映像は、ここ3年と全く同じもので、これまでの受賞作のうち、ツァイ・ミンリャン、サタジット・レイ、ウォン・カーウィらの代表作の場面をつないだもので、最後に砂が洗われて字が浮かび、受賞者一覧に変わるという趣向。これはこれで良しとして眺めた。見始めたのは平日の木曜日だったが、夕方まではコンペ作品会場は満員。相変わらnantes2014_p01_yoru.jpgず運営はひどく、長い列を作って待たされるのだが、映画談義をしながら余裕で待っている。このあたりは映画祭が根付いている証拠なのだろう。

 【写真】夜になっても長い行列(KATORZA前で)

 

(桂 直之)