シネマに包まれて-映画祭報告

presented by 河北新報

(5・完)加瀬亮が主演/ホン・サンス監督の「自由が丘で」にグランプリ

2014/12/07

2014nantes_05p_dollares_de_arena.jpg 12月1日は、夜の閉会式前に、見残していたコンペ作、「DLARES DE ARENA(砂のドル)」と「AS YOU WERE(あるように)」の2本を見た。

 「DLARES DE ARENA」(2014年、アルゼンチン・メキシコ・ドミニカ合作)は、同年齢のメキシコのイスラエル・カルディナス監督とドミニカのローラ・アメリア=グズマン監督の共作だ。

 ドミニカのビーチ、島の若い女性ノエルは、相棒を兄と偽ってはリゾート客に近づき、売春などで金品を得ていた。彼女は島から出たいという夢を持っている。一方、パリから訪れて滞在するアンは、彼女の人生の終盤を太陽の下で過ごしたいと、移住を考えているのだが、まだ果たせずにいる。ノエルはアンの"遊び相手"となり、アンは彼女をパリに連れて行くと約束する。果たして2人の夢はかなうのか?

 人生の終盤を迎えた孤独な富裕層が、リゾート地を訪れるのはなぜだろう?
 
 これまでのしがらみとは関係なく、ドル(カネ)さえ払えば、心の空白を埋めてくれる存在を「手軽に」得られるからではないか。ノエルらは、そこにつけ込んでいる。アンは同姓のノエルに親密さを感じ、彼女のいない「時間」に喪失感を覚えるが、ノエルにとってみれば、島を出るために利用できる存在の1人でしかない。だが、ノエルは妊娠していることが分かり、相棒との仲も最悪になっていく...。

 監督はビーチの美しさ、アンとノエルが海で泳ぐ際の海中シーンなどと対比させることで、人間の心の在りよう、途上国の現実を浮かび上がらせたともいえる。互いに利用し合う関係でなくなったとき、初めて互いが相手を「ひと」と感じるようになる。ラストは、ノエルを失ったアンが、街をさまよいながら、自らを立ち直らせようとする姿だった。

 【写真】ノエル(左)とアンには、越えられない溝が...(「DLARES DE ARENA」より)

2014nantes_p05_as_you_were.jpg 「AS YOU WERE」(2014年)は、シンガポールのリャオ・ジェカイ監督の作品。幼なじみの男女が、離れ離れになりながら、静かに、しかし確実に再会への道を歩むさまを、3話形式で表現したもの。

 その3話は、年代順ではなく、前後に入り組み、バラバラにされる。しばしば、小さい頃の原風景(小さな島)から現代のシンガポールの高層ビルが照射される中で、2人の成長や2人の距離などが暗示される。最後は音楽が2人を結び付けるのだが、穏やかなナレーションとリズム感のある画面が、意欲的な3話構成に、しっかりと一体感を与えていた。

【写真】幼き日の思い出は、2人を結び付ける(「AS YOU WERE」より)

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 閉会式は午後7時半から、ロワール川の中州にある国際会議場「シティ・コングレ」で開かれ、 "香港のクロサワ"といわれたキン・フー監督の武侠劇「残酷ドラゴン・血闘!竜門の宿」(1967年)が上映された。この作品は中国が舞台だが、台湾で製作され、今回は台湾文化財団による修復(リマスター)版で上映された。

 キン・フー監督はワイヤー・ワークの発案者。代表作の「侠女」(1971年)ではトランポリンを使ったアクションが観客をびっくりさせた。「残酷ドラゴン-」は、明朝時代の政変を背景とした善悪対決を集団抗争劇で描いたもの。カンフーの達人たちのテンポの良い動きと相まって、これぞ娯楽映画!の醍醐味を味あわせてくれた。近年のCGと合体させたワイヤー・ワークの洗練度に比べると無骨な演出だが、逆に意表を突いたアクションに観客から「オーッ」と歓声が挙がり、上映後には盛大な拍手が起きた。

 さて、今年のコンペ部門だが、韓国の「自由が丘で」(ホン・サンス監督、2014年)が、ナント出身のジュール・ベルヌにちなんだ金の熱気球賞(グランプリ)を獲得した。主演は日本の加瀬亮で、コンペ部門にノミネートのなかった日本にとっては朗報だった。

2014nantes_05p_shugo.jpg 観客の反応が良く、僕も10作の中では一番かと思ったトルコの「私の母の歌」(エロル・ミンタス監督=トルコ・仏・独合作、2014年)が銀の熱気球賞(準グランプリ)と観賞後の観客投票で決定する観客賞をダブル受賞した。

 また、ベトナムの「人里離れた所ではばたく」(グエン=ホン・ディップ監督、ベトナム・独・仏・ノルウェー合作=2014年)が審査員特別賞、南アフリカの「あなたが愛したものが好き」(ジーナ=カト・バズ監督=2014年)が若い審査員賞を受賞した。

【写真】壇上にそろった受賞者、審査員ら関係者


 グランプリのホン・サンス監督、若い審査員賞のジーナ=カト・バズ監督は欠席したため、代理人が表彰を受けた。グランプリ受賞者が代理だったのは、僕の訪問時では初めて。そのせいか、最後の受賞者、審査員ら関係者全員が壇上に揃うシーンは、いつもの熱気がなく、あっさりと終わってしまった。

 地元紙ウエスト・フランスは「3大陸映画祭 金はホン・サンス(監督)」の見出しのもと、前文を「彼が予想された」と書き出し、閉会式の様子を報じた。

2014nantes_p05_sans.jpg 「自由が丘で」は、日本人モリ(加瀬亮)が、片思いの韓国人女性を追って、ソウルを訪れるが、行き違う。彼は、泊まったゲストハウスの周辺の迷路のような街を歩き回り、彼女に宛てて日記風の手紙を書く。その一方で、迷い犬を見つけたことが縁で、カフェ「自由が丘」の女主人(ムン・ソリ)と急接近、同じゲストハウスの米国帰りの韓国男性とも奇妙な付き合いが始まる。

 ここで飛び交うのは韓国語でない。女店主や米国帰りの男性、ゲストハウスの女性オーナー、ともに英語で会話が進み、微妙なズレはあるものの、そのまま「ソウルの日常」として展開していく。

 ホン・サンス監督は、欧米的エスプリがきいた恋愛模様を描き、米国のウディ・アレン(1935~)、フランスのエリック・ロメール(1920~2010)両監督に並ぶともいわれる。「アバンチュールはパリで」(2003年)や「3人のアンヌ」(12年)などの作品はヨーロッパでも大人気だ。昨年のコンペ部門でもヒロインに3人の男が振り回される「ソニはご機嫌ななめ」がノミネートされていた。
 
 国際都市ソウルゆえに成り立つ、韓国語ならぬ英語での会話に意表を突かれるが、大事件が起きるわけではなく、偶然と繰り返しの「日常」が展開する。日常の微妙なズレと相まって、あれあれという間に恋愛が進んでいたり、韓国語なら修羅場になる場面が、サラリと幕切れになったり。中心にいる加瀬の、何ともいえない自然体が、物語そのものの雰囲気と重なって絶妙だ。監督の起用が見事に当たったことになる。

【写真】グランプリ受賞のホン・サンス監督

 準グランプリの「私の母の歌」は、トルコ政府に抑圧されているクルド人が故郷と切り離されてどう生きるのかを、都会で暮らす息子と、同居することになった母親との関係を通して問い直した作品だ。
 
 イスタンブールで教師をするアリは、クルド人ゆえに警察の監視下に置かれているが、一番の懸念は、クルド人村を離れ、彼と同居し始めた母親のことだ。村の生活が忘れられず、夜中にカセットでクルドの歌を繰り返し聞くことでまぎらせる母親。アリは、母親の嘆きと、結婚相手との関係の板挟みになり、疲れ果てる。
 
 母親をバイクに乗せて村を訪ねたり、村の古老からクルドの歌を採録したりして、母親の気持ちをなだめようとするが、根本的な解決にはならず、母親は亡くなってしまう。
亡くなって初めて、母親の故郷への思いの深さと、クルド人本来の生活に思い至ったアリは、クルド人村の学校に赴任する。

2014nantes_p05_mintus.jpg ミンタス監督は、クルド人の置かれた立場を、カラスが孔雀になろうとする寓話(ぐうわ)になぞらえる。現状が厳しいからこそ、子どもたちには、孔雀に「なろう」という気持ちを失わないように、というメッセージを込める。冒頭(1992年)とラスト(2013年)、ともにアリは、教室で子どもたちに向かって寓話をジェスチャー付きで熱演している。アリの中に流れる母親への思い、それはクルド人としてどう生きるかの彼自身の思いとも重なって、強く重く迫ってくる。冒頭のアリの強制連行から、すぐ2013年の都会での生活に切り替わる、大胆な省略で全体を103分にまとめ上げた演出も出色だ。できれば、結婚相手との葛藤、彼女と母親との関わりについても掘り下げてほしかった。

【写真】準グランプリと観客賞をダブル受賞したエロル・ミンタス監督(中央)

 審査員特別賞の「人里離れた所ではばたく」は、ベトナムが抱える貧富の差の一面を、女子学生と家をシェアするニューハーフの売春婦らを通してあぶり出した作品。
 田舎から首都に出た女子学生は、比較的自由な生活を送ってきたが、妊娠してしまう。同郷の恋人は違法な賭け(闘鶏)にのめり込んでいてカネに縁はなく、中絶をしようにもできない。同居人に頼み、売春のまねごとをしようとするのだが...。恋人と共に田舎の廃墟に立ち、孤独を突き抜けた先の生きていく覚悟を感じる。グエン=ホン・ディップ監督は、恋人を高所作業員に設定、作業バスケットの上という特別な場所を用意することで、彼女の心の在りようを視覚化させ、繊細に描き出した。

2014nantes_p05_dip.jpg 貧富がもたらす教育格差、人格を否定する売春は、ここまであからさまではないが日本にも存在する。若い人間の声には出せない悲しみを、どこまで聞き取れるのかが問われている。受賞に監督は「私は言葉がありません。何の準備もしていなかった。私は歌って、ありがとうということができますか?」とスピーチ。会場の拍手に応えて、しみじみと1曲歌った。監督の素直な受賞の喜びが会場内に染みわたり、本当に素晴らしい時間だった。
 
 若い審査員賞の「あなたが愛したものが好き」は、生活費のためにテレフォン・セックスオペレーターをしている女性が、相談者に親身になることでカップルや周囲の人たちにさざ波を起こさせることを通して、愛するとは何か、を問うもの。テーマとジーナ=カト・バズ監督(28)の若さを反映したポップな画面や陽気な音楽も若者に評価されたようだ。
【写真】審査員特別賞に笑顔のグエン=ホン・ディップ監督


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2014nantes_05p_paper.jpg 今年も閉会式当日にコンペ作品の上映が行われ、上映2日目に訪れても、コンペ作品10本すべてを見ることができた。日本作品がノミネートされなかったことは残念だった。日本映画の製作本数は増えているが、コミック原作の恋愛ものが多いのが現状で、映画祭の選考の対象となるものがなかったのだろうか。今年の10本が、全て選りすぐりだったとは思わないが、それぞれのテーマに真剣に取り組んでいることが伝わってきた。韓国の「慶州(キョンジュ)」での日本の戦争責任、フィリピンの「正義」での日本への人身売買に関わる描写は、どこにいようと「日本」であることに向き合わなければならいことを、あらためて突きつけた。

 5つあった特集では、どれも上っ面をのぞくだけに終わった。コロンビア映画は、最初期のものしか見られなかったが、既に映画への思いが込められていた。セネガルのカファディ・シャラ監督は、今回初めて存在を知った。アフリカ女性を隷属から解放しようと、小説やドキュメンタリーで暗部に光を当ててきたが、思いの途中で亡くなっている。じっくりと見たかった。「メロドラマの輝き」は楽しませてもらった。日本からは溝口健二の「楊貴妃」、成瀬巳喜男の「浮雲」が選ばれていた。インドのグル・ダット監督の「渇き」は初めて見たが、歌うインド映画の魅力も生かしながら、芸術家の魂の内面に迫るもので、彼の他の作品も観たくなった。

 運営面で改善されたのは、英語字幕がプラスされたこと。これまでは、他の映画祭出品で最初から英語字幕が入っている以外は、フランス語字幕しかなかっただけに、歓迎だ。将来的には上映全作品に英語字幕を付けてほしいものだ。

【写真】映画祭の閉会式を伝える地元紙「ウエスト・フランス」。グランプリ受賞者が欠席のためか、例年より地味な扱い

(桂 直之)