シネマに包まれて-映画祭報告

presented by 河北新報

(5)8ミリ作品を次世代へ/デジタル技術生かし、保存活動

2016/02/23

2016berlin_p_05_00.jpg フォーラム部門の特集<8ミリ・マッドネス>はアーセナル、デルフィ、キュービックスという3会場で上映が行われました。私は主会場に近い、フィルムハウス(映画博物館と上映館を兼ねた、日本のフィルムセンターに相当する施設)の地下にあるアーセナルで、山本政志『聖テロリズム』、園子温『男の花道』、諏訪敦彦『はなされるGANG』の3作品を見ました。上映開始が22時30分と遅いのと日本からのゲストがいないのとで観客は弱冠少なめでしたが、それでも顔見知りのドイツ人評論家が連日姿を見せるなど、熱心な映画ファンが集まっていました。

 この企画は、フォーラム部門のディレクター、クリストフ・ヘルテヒト氏と、香港国際映画祭のキュレーター、ジェイコブ・ウォン氏、それにPFF(ぴあフィルムフェスティバル)のディレクター荒木啓子さんとの繋がりから実現したもの。82016berlin_p_05_01.jpgミリの自主映画、特に長編映画は70年代から90年代初めにかけて日本で独自に発展した文化ですが、8ミリフィルムの消滅と共に半ば忘れられた存在になっていました。ネガが存在せず、完成されたフィルムが1本しかないという8ミリは、汚れや傷、紛失などによって作品そのものがたやすくなくなってしまう危険があります。今回のPUNKというテーマで9監督11作品を選び、2Kでデジタルリマスターし、英語字幕をつけてヨーロッパとアジアの2つの映画祭で上映するという企画は、8ミリを次世代に残すために試行錯誤を続けてきたPFFの活動のひとつの成果でもあります。

 17日夕、同じアーセナルでフォーラム・エクスパンデッド部門の森下明彦監督『XENOGENESE』と、フォーラム部門の杉本大地監督の『あるみち』が上映されました。

 『XENOGENESE』は1981年に製作され、84年にフォーラムのニューシネマ部門で上映された16ミリの短編で、今2016berlin_p_05_02.jpg回の上映のためにニュープリントが作られたそうです。内容は、監督自身が歩いている映像に3本の縦線が入り、線の前を歩いたり、後ろを歩いたりするという実験映画。縦線は監督自身が1コマ1コマ、フィルムの表面をひっかいて入れたもので、上映時間は7分ですが、気の遠くなるような作業が必要。同じように直接フィルムをひっかいてアニメ作品を作ったカナダのノーマン・マクラレンに似たような作品があったように思います。

 『あるみち』は東京造形大学映画専攻の学生である杉本監督の初監督作品で、昨年のPFFグランプリ受賞作。授業で初めて脚本を書くことになった杉本監督が、子供の頃の自分が情熱を持っていたトカゲの採集のことを思い出し、その情熱が今の映画への興味に続いていることを見つめなおしていくという内容で、監督を始め、家族や友人もすべて本人の出演という、一種のホームムービーでもありました。

 フォーラム部門最年少という弱冠22歳の杉本監督のみずみずしい作品を見て、30年前の8ミリ映画との違いを痛感しました。8ミリという素材に出会い、自分なりの作品を作ろうと意気込んだ自主映画の監督たちの創作意欲と、セルフィー時代の監督の映像への取り組み方とはまったく異なっているように思われます。『あるみち』の軽さと自由さには、若さだけではない、不可逆的な時代の変化が現れているように感じました。

 写真(上)は「〈8ミリ・マッドネス〉の上映会場アーセナルの入口で開場を待つ人々。
 写真(中)は、「上映前に挨拶する森下明彦監督」
 写真(下)は「『あるみち』上映後の質疑応答の模様。中央が杉本大地監督」

(齋藤敦子)