シネマに包まれて-映画祭報告

presented by 河北新報

(1)コンペ部門、特異な新人の作品も/矢田部吉彦プログラミング・ディレクターに聞く

2016/10/31

tokyocinema2016_p_01.jpg 第29回東京国際映画祭が今年も六本木のTOHOシネマズを中心に、10月25日から11月3日まで開催されます。一時はどうなることかと思った予算も少しずつ戻ってきて、今年は日本映画の特集が、従来の<日本映画スプラッシュ>の他に、<ジャパン・ナウ>、<日本映画クラシックス>と3つに増え、<ユース>という青少年向きの映画を集めたセクションができたり、六本木ヒルズアリーナでの屋外上映があったりと企画は増えているようです。とはいえ、映画祭の柱はコンペティション部門にあります。今年も東京国際映画祭の2つの柱、コンペティション部門とアジアの未来部門のプログラミング・ディレクターにお話を伺いました。

 -去年は『ニーゼ』が東京グランプリを獲って、配給も決まりましたが、 矢田部さんは受賞結果に満足ですか?
 矢田部:ほぼ思った通りではありました。ただ、『ニーゼ』がグランプリを撮るとは思わなかったですね。女優賞は十分ありえると思ったんですが。予想は外れましたが、納得の結果でした。

 -今年のコンペのラインアップは?
 矢田部:基本的に一昨年くらいから、やり方が固まってきていて、もちろんプレミア度を意識した秋の新作というところから、世界を極力網羅することと、監督の個性を重視するのはもちろんなんですが、若手から中堅、ベテランに行く前の中堅の監督を意識しているんですが、今年はそういった実力派の監督に加えて、ちょっと不思議な、特異なバックグッラウンドを持っている新人の監督作品というのが幾つか入って、バラエティに富んだラインアップができたんじゃないかなと思います。

 -本数は去年と同じですね。
 矢田部:去年から16本になりました。というのは去年から映画祭が1日増えたんで。やっぱり西欧、東欧、北欧、ちょっとユーラシアがあって、ロシア、北米、南米で、西アジア、東アジア、日本という地域ごとに選んでいくということを、特に去年くらいから意識して、その中でプレミア度の高いもの、監督の個性が目立っているもの、というような選び方になってきました。

 -そういう風に全世界を網羅しようとすると、地域によって作品の出来に差が出てきませんか?
 矢田部:今のところは出てきてないですが、今後、出てくる可能性はもちろんあります。ただ、網羅と言っても16作品しかないので、それぞれの地域で作られている作品の多さを考えると、そんなにレベルがバラついてくるということはないです。北欧といっても北欧から1本ですから。

●ワールドプレミア、寂しすぎても困る客席
 -東京映画祭は秋の終わりの方でハンデがある。それと、たぶん上の方からも一般受けのする粒度の大きなものをという期待もあるだろうし、映画ジャーナリズム的にはアーティスティックな面を考えなければいけない。難しい選択を迫られているな、というようなことを去年の受賞作品を見ながら考えていて、この辺が東京映画祭の落としどころかなと、納得と寂しさと両方感じたんですけれども。
 矢田部:おっしゃることはとてもよくわかります。納得の部分を信じて評価していくのが方向性かなというところが思うところではありますね。

 -観客が来る来ないで選び方に手ごころが加わることがあるんですか。上からの集客的なプレッシャーもあるでしょうし。
 矢田部:上の方からの興行的なプレッシャーは、びっくりするほどないです。ただ、今年は大きなEXシアターという会場を使うんですよ。800キャパくらいのところを。ゲストを連れていくので、ワールドプレミアの作品で客席が埋まってないことはとても恐ろしいことなので、ある程度、入る作品をやりたいなあと自分でも思ったりしますし、ある程度商業性といったら変ですが、見た目感のある作品も入っていた方がバランスがよくなるなと。これは本気で思うんですね。

 -映画祭だからスターを見たいと思う人が多いのは当たり前ですが、映画祭らしい華やかな面をコンペティションで出すとなると、どうしてもそういう風になる?
 矢田部:例えば、レハ・エルデムの『ビッグ・ビッグ・ワールド』なんて非常に美しいですけれども、まあ、チケットが数百枚も売れるかと言ったら、そういう作品ではないけれども、それは関係ない、というように選びますし、逆に香港の『シェッド・スキン・パパ』は香港コメディーだけど、ルイス・クーとフランスス・ンが出てて日本の佃典彦の戯曲が原作でワールドプレミアで、これはコンペいいじゃない、というような考え方のときも当然あります。

●充実の東アジア勢

―そういう面でもバランスがとれている?
 矢田部:バランスは見てますね。

―<アジアの未来>という部門があるので、アジア映画を選ぶのは大変かもしれませんが、アジア的にはどうでした?
 矢田部:かなり満足です。<アジアの未来>があっても、石坂さんとは常に連携して選んでいるので、そこのやりにくさはまったくないです。まずフィリピンのジュン・ロブレス・ラナの『ダイ・ビューティフル』は、数年前に『ある理髪店の物語』でユージン・ドミンゴさんが主演女優賞をとり、その前の『ブワカウ』という作品は当時の<アジアの風>に出てて、その年のアカデミー賞のフィリピン代表になった作品だったりとか、この監督自体が今フィリピンで最も期待される若手監督なので、2年くらい前から新作の話をしてたんです。「出来たら見せてね」と言ったら、彼の方から8月の終わりに「出来た!」と言って持ってきてくれて、ちょっとびっくりするくらい面白い作品だったんで、とても嬉しいなと。中国の『ミスター・ノー・プロブレム』はロウ・イエの脚本家で、『スプリング・フィーバー』で脚本賞をとってるメイ・フォンの初監督作品だというんで、これをよく東京のコンペに持ってきてくれたなと。新人作品なので、もちろん<アジアの未来>の資格もあるんですが、ロウ・イエと4本くらい一緒に撮っている人なんで、これはコンペでやりたいな、と。すごく風格のある作品です。中国のこういった良質のアート作品は本当に減ってきたので、数少ないアート作品を複数の映画祭で取り合うという状況がここ数年顕著になってきたんで、そのなかで、これがよく東京に来てくれたな、と、これは本音で思っています。香港の『シェッド・スキン・パパ』は、まったく違うタイプの商業映画なので、今年の東アジアのコンペの布陣は誇れると思います。

●映画祭前に公開決まる話題作
 -日本は2本ですが。
 矢田部:日本は毎年いろいろありまして、ここはとっても難しいですね。正直、今年の多くの話題作が映画祭前に公開が決まってしまって、これは企画が立ち上がった段階で、2年後の公開が秋だったら映画祭でやってねというような営業をかけていかないと。例えば西川美和の『永い言い訳』が10月上旬に公開とか、李相日の『怒り』が9月中旬に公開とか、やっぱりその辺は2、3年前から唾つけておかないとコンペにタイミング合わせて来てくれないですね。ただ結果的にですけれども、それぞれ次のステージに行こうとしている監督が男女でコンペに入ったので、これはこれで有意義なことだと思います。特に深田晃司監督がああいう形のステップで日本映画の部門に出て、コンペに出て、カンヌに行ったみたいな、パターンがあったので、松野大悟、杉野希妃の2監督にそのあとを追ってもらいたいです。

 -日本映画は2年くらい前から根回しが必要ということですが、可能でしょうか? 矢田部さんを含めてスタッフの契約が年単位で、映画祭が終わるとバラけるじゃないですか。2年後を見据えてお願いするときに、そこまで責任持てますか、みたいなことになりませんか?
 矢田部:それは本当にありますね。ただ、例えば東宝の作品で、製作委員会システムで、2年後の秋公開と最初から組まれていて、そこを見据えながらやっているわけですが、その2年前には映画祭の日程すら出ていないので、公開時期をTIFFに合わせてくださいというのは本当に不可能かもしれないんですけど、映画祭のコンペというのもあるよ、というのを念頭に置いてもらわないと。

 -例えば、椎名さん(ディレクター・ジェネラル)が動くということはできないんですか。そこまで責任をとるようなことはしにくい感じですか。
 矢田部:さすがに公開日をずらさせることはちょっと。

 -「考えてください」くらいは?
 矢田部:それは出来ますし、今でもお願いしてるんですが、スペシフィックに、この映画の公開は再来年ですよね、映画祭を念頭に置いといてください、みたいなところまではやってないです。それは、これからちょっとやっていこうかと思っています。

●移民・難民問題が反映
 -で、フランス映画ですが。
 矢田部:今年はフランス映画祭かというくらいワールド・フォーカスを含めてフランス映画がたくさんあるんですが、来日が多くて、この『パリ、ピガール広場』は監督が新人なんですが、黒人のラッパーなんです。大勢のラップ・グループの中の2人のラッパーが監督してるんですが、これも社会派で、アルジェリアの移民2世のピガール広場でのサバイバルというか、いかに生き延びるかをもがく社会派ドラマで、新人とは思えない演出力がびっくり、あっぱれという作品で、楽しみです。今年は嫌になるくらい移民、難民ものが多くて。

 -去年も多かったですよね。
 矢田部:去年も多かったですけど、今年さらに多くて、日本以外の外国は移民がいかに切迫した問題かという状況が映画に反映されていることがひしひしと伝わってくる予備選考期間でした。ほっとくと全部移民難民ものになっちゃうんで、あえて外したケースもありました。ブルガリアとギリシャに結構面白い難民ものがあったんですけど、それを入れていくと難民映画祭になっちゃうんで、

●お薦めはミケーレ・プラチド監督の「7分間」
 -他に 矢田部さんのお薦めは?
 矢田部:『7分間』というイタリア映画がいいですね。

 -監督はミケーレ・プラチドですね。
 矢田部:しかもマフィアものじゃない。とてもガチの社会派で、オッタヴィア・ピッコロさんがすばらしい演技を見せている、イタリア女性労働者版『十二人の怒れる男』みたいな話で、とても見事な90分のドラマですね。たくさんあるお薦めの1本がこれです。あと、ロシア映画の『天才バレエダンサーの皮肉な運命』というのが、ロシア映画のイメージが変わるんじゃないかというような、ロシアではおそらく商業公開される規模の作品だと思うんですけど、ひねくれたバレエダンサーの話なんですが、ゲルギエフが本人役で出てきたり、マリーンスキー劇場とかボリショイ劇場とかがとても壮観な形で出てくる。

 -日本映画スプラッシュは、どうですか?
 矢田部:今年はいい年でした。毎年出来不出来がありますけど、今年はいい年でした。結構絞るのに苦労しました。

 -海外のジャーナリストが見た反応は 矢田部さんのところに入ってくるんですか?
 矢田部:来たり来なかったりですね。海外広報の担当者が海外の記者が書いた記事を全部チェックしてて、それは全部もらいます。個人的な感想をパーティなどで聞いたりはします。

 -英語の字幕が付くわけですが、この後、外の映画祭に回ったりはするんですか?
 矢田部:まとまりとしては回らないですね。個別に、来日した海外のプログラマーたちがピックアップしていくという。

 -日本映画スプラッシュをそのままどこかの映画祭でやってくれるといいですね。
 矢田部:それはすごく考えていて、今、澤田マサさんと企んだりしているんです。まずはパリですよね、みたいな話を。

●今年のカンヌには不満
 -なるほど。あと、 矢田部さんが関わっているのはワールド・フォーカスの半分でしたね。
 矢田部:今年は面白いですよ。もうカンヌでご覧になっているかと思いますが、『アクエリアス』とか。これはソニア・ブラガに主演女優賞をとらせたかったです。

 -私もそう思います。今年のカンヌの審査員はちょっと意地悪でしたね。
 矢田部:今年のカンヌほど賞に納得いかなかった年はないですね。『トニ・エルドマン』の無冠というのが何なんだろう、という。幸い、配給がついているのでワールド・フォーカスからは漏れていますけど。『淵に立つ』と、ある視点賞を競った『オリ・マキの人生で最も幸せな日』とか、ヴェネチアの主演男優賞の『名誉市民』、ブノワ・ジャコの新作『ネヴァー・エヴァー』。ブノワ・ジャコは来るみたいなんです、主演女優を従えて。

 -去年と変わったところはありますか。アジアの方は交流基金からお金が入るようになって少し潤沢になった感じがしますが。
 矢田部:国の特集が安定してできているというのは嬉しいですね。僕が担当している部門はそれほどお金が増えたり減ったりしないので。

 -安定している?
 矢田部:低位安定ですけど(笑)、既存の部門にはお金の増減があんまりなくて、予算が増えても新しいところに使われるので、厳しいところは厳しいです。

 -経産省っぽいところを増やしたいみないな、そんな感じがするんですが。コンテンツ系というか。本当は映画祭の柱である2部門に予算をもっとつけてくれて、華やかさの演出みたいなところが出来るといいんですが。
 矢田部:それを僕にとっては天に唾吐く行為で、じゃあ、お前もっと自分でコンペを魅力的にしろよ、ということにも返ってくるんで。

●10年も続くとは・・。
 - 矢田部さんは今年で何年目ですか?
 矢田部:なんと、人に指摘されて自分でもアッと思ったんですが今年で10年目になりました。

 -おめでとうございます。
 矢田部:めでたいのかどうか、なんですよね。

 -思ったように出来てきました?
 矢田部:10年続くと思ってなかったんで、自分が一番びっくりしてるんですが、僕なりに少しずつよくなっている...、よくなっていると思いたいです。ただ、初期が悪かったとも思っていないんです。今までやってきたことが間違っているとは思っていないんですが、次のステージに行くためには、やっぱり誰もが知っている監督の新作のワールドプレミアを何本か入れていくということをしないと、というか、次のステージに上がろうとするんだったら、それをやるしかないんです。その努力をしていく、今までもしてるんですが、本格的にしなきゃいけない時期に来たのではないかなと。

 -契約が1年ごとだとと、あまり長期的なことができないですよね。たとえばヴェネチアは4年だから、1年目にこういう監督にあって、次の映画はぜひお願いしますみたいなフォローができる。1年ごとだとフォローアップができないのでは?
 矢田部:そうは言っても10年たてば知り合いの監督やプロデューサーが増えてきているので、常に新しい企画の話は聞いていますし、出来たら教えてね、とか、今年も何本も昔出してくれた監督の作品が応募されてきましたし、長期契約がないから出来ないということでも必ずしもないと思います。今年で契約が切れたら引き継げばいいだけの話だし。

●コンペ部門のブランド力
 -引き継げないですよ、これだけの経験は。口で言えることと違うから。東京の弱さはそこにあるかもしれないですね。映画祭もスタッフも次の展望がなかなかできにくいところが。ただ、矢田部さんがプログラミングを担当するようになってから安定していると思いますよ。
 矢田部:超有名監督でなければ情報量がとても少ないので、何見ていいかわからない、ということになると、1本1本はわからないけど、コンペ部門ならそこそこ面白いよ、というコンペ部門のブランド力を上げてくしかないな、という思いはあって、それはごく一部かもしれませんが、少しずつできてきていて、観客者数も10年前よりは飛躍的に増えていますし、コンペを楽しみにしているという人の数は確実に増えたという実感はありますが、それって、せいぜい1000人くらいの話かもしれなくて、それを1万人十万の人にワーっと思ってもらるものにするには、次のケン・ローチは、次のダルデンヌは東京ですよ、というようなところに行くべきだろうなと。

 -1000人いたら立派ですよ。1000人同じ映画を見にきてくれたら満杯で入れないじゃないですか。
 矢田部:今年、実はEXシアターが800人くらいで、第2上映が200人くらいで、合わせると1000人キャパくらいなんです。今もうすごくビビッてるんですね。TOHOシネマズ・スクリーン7だと定員500人くらいで、500人は埋まるようになってきたんです。でも800人となると。

 - 矢田部ブランド力が試されますね。
 矢田部:それはやっぱりきついと思いますよ。今年はちょっとあせってます。

 -レッドカーペットだの何だので盛り上げるのはいいんだけど、コンペティションの映画を見に行くところまで繋がらないと。でも1000人立派ですよ、ファーストラン2000人行かない映画だってたくさんあるんだから。

●映画祭は何のためにある?
 -じゃあ、『君の名は。』を見た人が何人東京国際映画祭を知ってるか、とか。知ったとして見にくるかな、とか。でも今、あれだけ映画館に行く人がいる、そのポテンシャル度が改めて見えたときに、何をするべきなんだろうかな、と。

 -『シン・ゴジラ』にワーっと行って、『君の名は。』にワーっと行って、でも他の映画はあんまり入ってない。ウェブ情報でみんなが行くという映画にみんなが行くという動き方になると、1本1本アート系の映画を選んで見に来てくださいというのは難しいかもしれないですね。
 矢田部:そうですね。『君の名は。』が売れれば売れるほど、『レッド・タートル』の存在感がどんどん薄れ、ましてや外国映画の実写とかは、はるかかなたに置かれてしまって。

 -『君の名は。』を見る人は、『君の名は。』も『レッド・タートル』も見る、という人じゃないんですよね。
 矢田部:僕は両方見る人を増やすために映画祭があると思うんですね。そこが繋げられてない。

 -それは難しいですよ。
 矢田部:難しいです。でもそこを目指さないと、本当にじり貧ですよね。

 -アート系の配給会社はどこでもそれをやろうとして、成功したりしなかったりしているわけで、映画祭はそれを束でやろうとしているわけだから、もっとハードルが高い。またも日本の映画状況に暗澹とした気持ちになったところで(笑)、終わりにしたいと思います。ありがとうございました。

 写真は矢田部吉彦プログラミング・ディレクター(10月13日、東銀座の東京映画祭事務局にて)

(齋藤敦子)