シネマに包まれて-映画祭報告

presented by 河北新報

8完.「トウキョウソナタ」に審査員賞

2008/05/26

 授賞式を翌日に控えた24日、ある視点部門の授賞式が行われ、黒沢清監督の「トウキョウソナタ」が見事に審査員賞を受賞しました。今年はコンペ部門に日本映画がない寂しい年でしたが、この作品と「TOKYO!」の2本に出演し、2度の舞台挨拶でカンヌの観客を魅了した香川照之さんの人気と、この受賞は私たち日本人プレスにとって大きな喜びでした。これがきっかけで、批評家の間に留まっていた黒沢清の名が、もっと広い観客層にアピールできたらと思います。

 さて、コンペティション部門ではフランスが21年ぶりにパルム・ドールに輝き、これには地元フランスの記者たちも驚いた様子でした。それがパリ20区にある中学校を舞台にしたローラン・カンテ監督の「クラス」です。21年前の受賞作、モーリス・ピアラの「悪魔の陽の下に」のときは会場からブーイングが起こって、ちょっとした騒ぎになりましたが、本物の中学校の本物の中学生を使って教師や生徒たちが抱える問題をあぶりだしたこの作品には温かな拍手が贈られました。

 審査員長ショーン・ペンによると、この作品のパルムとベニシオ・デル・トロの男優賞の2賞だけが審査員の全員一致で決まったのだそうで、「パフォーマンスも脚本もすべてが魔法のようにすばらしい」と絶賛していました。

 その他の受賞作は、カモラという名で呼ばれるイタリア・マフィアが社会の奥底に根を下ろした様子をドキュメンタリータッチで描いた「ゴモラ」、マフィアとの繋がりや殺人の共謀で何度も裁判にかけられそうになりながらその都度難をのがれ、戦後のイタリア政財界を裏で牛耳ってきたと言われる大物政治家ジュリオ・アンドレオッティを戯画化した「神」、偽装結婚で国籍を取得する闇の商売の道具に使われるアルバニア人の娘を描いた「ロルナの沈黙」など、主として社会問題を扱った映画が賞に選ばれたように思います。フランスの批評家から高く評価されたフィリップ・ガレルの「夜と朝の境界」、強烈な印象を残した「ワルツ・ウィズ・バシール」、賈樟柯の「21シティ」など、映画的な完成度の高い作品が賞から漏れてしまったのは個人的にとても残念でした。

(齋藤敦子)

【受賞結果】
◆コンペティション部門
・パルム・ドール
 「クラス」監督ローラン・カンテ
・グランプリ
 「ゴモラ」監督マテオ・ガローネ
・第61回特別賞
 カトリーヌ・ドヌーヴ「あるクリスマスの話」監督アルノー・デプレシャン
 クリント・イーストウッド監督「ザ・エクスチェンジ」
・監督賞
 ヌリ・ビルゲ・ジェイラン監督「3匹の猿」
・審査員賞
 「神」監督パオロ・ソレンティーノ
・男優賞
 ベニシオ・デル・トロ「チェ」監督スティーヴン・ソダーバーグ
・女優賞
 サンドラ・コルヴェローニ「境界線」監督ウォルター・サレス、ダニエラ・トーマス
・脚本賞
 ジャン=ピエール&リュック・ダルデンヌ「ロルナの沈黙」
◆短編部門
・パルム・ドール
 「メガトロン」監督マリアン・クリサン
・審査員賞
  「ジェリーカン」監督ジュリウス・エイヴリー
・カメラ・ドール
 「ハンガー」監督スティーヴ・マックィーン
・芸術貢献賞
 ルカ・ビガッツィ、アンジェロ・ラグセロ
 パオロ・ソレンティーノ監督「神」の映像と音の調和に対して
◆ある視点部門
・ある視点賞
 「トゥルパン」監督セルゲイ・ドヴォルツェヴォイ
・審査員賞
 「トウキョウソナタ」監督 黒沢清
・審査員のハート賞
 「クラウド9」監督アンドレアス・ドレーセン
・ノックアウト賞
 「タイソン」監督ジェームズ・トバック
・希望賞
 「ジョニー・マッドドッグ」監督ジャン=ステファン・ソヴェール

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 写真は上から、出演した中学生に囲まれてトロフィーを持つローラン・カンテ監督、男優賞のベニシオ・デル・トロ、グランプリのマテオ・ガローネ監督、北アイルランドの刑務所で実際にあった政治犯のハンガーストライキを描いた「ハンガー」でカメラ・ドールを受賞したスティーヴ・マックイーン監督です。

7.滅びへの疾走 「チェ」

2008/05/25

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 映画祭も残すところあと2日。気の早いヨーロッパのジャーナリスト達は、週末を家で過ごすために帰り支度を始めました。今年は作品的には小粒なうえに、去年のムンジウの「4ヶ月、3週と2日」のような、誰もが一致して評価する作品がなく、フランスの批評家はアルノー・デプレシャンの「あるクリスマスの話」を、英米の批評家はヌリ・ビルゲ・ジェイランの「3匹の猿」を一番押してはいるものの、それでも抜きん出ていいというわけではなく、誰に聞いても今年のパルムがいったいどこへ転がっていくのか、まったくわからない状況です。

 そんな終わりに近づいたカンヌで、私が今年最も期待していた作品2本、スティーヴン・ソダーバーグ監督の「チェ」とチャーリー・カウフマンの「シネクドキ、ニューヨーク」がコンペ部門で相次いで上映されました。 「チェ」はソダーバーグが7年の歳月をかけて完成させた4時間半の大作。あまりにも有名な革命家エルネスト"チェ"ゲバラの活動と死を二部構成で、といっても、まったく違う2本の作品で描いたものです。第一部はカストロと共にキューバに上陸してから革命を成功させる直前までに、1964年のニューヨーク訪問を重ねて、彼の思想を中心に描いたもの。第二部はボリビアでの1年足らずの戦いを、時間を追ってドキュメントしていくもの。作風もスクリーンサイズも違いますが、見終わると2本が互いを補完しあっていることに気づくのです。

 私は特に滅びに向かって疾走していくゲバラを2時間に渡って追い続ける第二部が好きでした。南米出身の知人に言わせると、ベニシオ・デル・トロのプエルトリコ訛のスペイン語は、ゲバラを崇拝する南米人にとってはとても許せない欠陥(ゲバラはアルゼンチン人)だそうですが、プロデューサーも兼ねて、この作品に賭けたデル・トロの入魂の演技は、外見は特に似ているとも思えなかったのに、ときどきハッとするほど真に迫って感じられました。

 チャーリー・カウフマンは「マルコビッチの穴」や「エターナル・サンシャイン」といった独特の世界を生み出すので知られる脚本家で、「シネクドキ、ニューヨーク」は彼の監督デビュー作です。シネクドキというのは、一部で全体を、全体を一部で現す提喩法という表現法のこと。妻(キャサリン・キーナー)と娘に去られ、謎の神経病に罹った演出家ケイデン(フィリップ・シーモア・ホフマン)が自分の人生を芝居で再現しようとするうちに、虚実の境があいまいになっていき、やがて倉庫の中に彼の人生を再現した巨大な"書き割り"が出来上がるという不思議な映画でした。

 アイデンティティの問題はカウフマンが一貫して描いてきたテーマ。スパイク・ジョーンズが監督した「アダプテーション」には自分の分身を2人登場させ、脚本家が原作を映画にアダプテーションする難しさと人生をアダプテーションする難しさを描いていましたが、今回もまた彼自身を思わせる演出家を狂言回しに使って、病気、老い、孤独、死への不安を描いていました。ケイデンが何十年もかけて再現したニューヨークの中のニューヨークの中のニューヨーク...が全貌を現すラストシーンには思わず息をのみました。

(齋藤敦子)

写真は「シネクドキ、ニューヨーク」の記者会見の模様で、左からミシェル・ウイリアムズ、チャーリー・カウフマン、キャサリン・キーナー、フィリップ・シーモア・ホフマンです。

6.百歳のオリヴェイラ監督に賛辞

2008/05/21

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 19日の午後、ポルトガルの巨匠マノエル・デ・オリヴェイラ監督へのパルム・ドール名誉賞授与式が主会場リュミエール・ホールで行われました。今も活発に創作活動を行っているオリヴェイラ監督は、今年12月で百歳の誕生日を迎えます。会場には翌日コンペでの上映を控えたクリント・イーストウッドや審査員長ショーン・ペンも姿を見せ、参加者全員がスタンディングで世界最高齢の現役映画監督を讃えました。

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 写真はそのときのものです。写真(上)は左からティエリー・フレモー、オリヴェイラ監督、映画祭プレジデントのジル・ジャコブ、「家路」や「夜顔」で主演したフランスの名優ミッシェル・ピコリ。写真(下)は左がクリント・イーストウッドです。

 ジル・ジャコブからの祝辞を受けて、オリヴェイラ監督は、「一番若いとは言わないが、私はまだまだ若い監督の一人です。100年の人生のうちの78年で映画を作ってきましたが、ある意味で映画が私を成長させてくれたのです」と挨拶しました。

 一度見たら忘れられない、強烈なインパクトを持った映画を見ました。コンペで上映されたブリヤンテ・メンドーサ監督の「サービス」です。舞台はフィリピンの地方都市にある家族経営の古びた映画館"ファミリー"。ポルノ映画が上映されている映画館には毎日ゲイや怪しげな人物たちがたむろし、場内の暗がりやトイレである種の"サービス"が提供されている、というもの。ストーリーらしいストーリーのないこの映画の並外れているところは音の使い方。建物の外のノイズが登場人物の会話を覆い隠すほどの大音量で絶え間なく響いているのです。猥雑な人間たちの生態に不快感を感じる前に、騒音に精神をかき乱されてしまいます。

 普通の映画では、撮影時にマイクがノイズを拾ってしまわないよう極力注意を払うものですし、編集の際には必要な音がきちんと聞こえ、いらない音が入らないようミキシングの作業をします。この映画はまったく逆で、ノイズの音量をわざと高めているように思えるほど。ノイズと共生している人間たちの姿こそ、メンドーサ監督が描き出そうとしたフィリピンの現実なのかもしれません。

(齋藤敦子) 

5.地震被災者に黙祷

2008/05/20

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 映画祭が折り返しを迎えた18日の夜、今年最大のイベント、スピルバーグ監督の「インディ・ジョーンズ クリスタル・スカルの王国」のプレミア上映が華やかに行われました。

 今回の舞台は東西の冷戦まっただなかの1957年。インディ(ハリソン・フォード)は、助けを求めにきた青年マット(シーア・ラブーフ)を連れ、宇宙を支配する力を秘めたクリスタルの髑髏(スカル)をめぐって、ソ連の科学者イリーナ・スパルコ(ケイト・ブランシェット)の野望を打ち砕くために、5000年前に南米で栄えたアカトール王国の謎を解き明かす、というストーリーです。私達プレスは一足早く午後の上映で見たのですが、場内が暗くなるや待ちきれない客席から拍手が起こったり、ジョン・ウィリアムズ作曲のテーマ曲を歌ったり。普段は辛辣な批評家たちも、19年ぶりに復活した4作目の"インディ"の長い長いジェットコースターのような大活躍を手ばなしで楽しみました。

 その前日、コンペティション部門の中国映画、ジャ・ジャンクー監督の「24シティ(二十四城市記)」の上映と記者会見がありました。「24シティ」とは、四川省成都にある巨大な工場を壊して作られる高級マンションを含む複合施設のこと。10年近く前から、現代の中国を代表するような場所を探していた監督が、成都にある、元は軍用機の工場として発足した50年の歴史を持つ"420工場"が壊されるのを知り、そこで働いてきた100人以上の人々にインタビューしてつくりあげた、庶民の目から見たひとつの現代中国史です。

 成都のある四川省は先の地震で大きな被害を受けたところでもあり、1年3カ月に及ぶ撮影期間を成都で過ごしたジャ監督は、「とても他人事と思えず、私にとっても大きな悲しみである」といい、記者会見場の出席者に呼びかけて、地震の被害者のために、皆で1分間の黙祷を捧げました。

(齋藤敦子) 

4.監督週間40周年

2008/05/19

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 18日(日)の午後、監督週間の誕生40年を祝う催しがクロワゼット・シアターで行われました。ちなみに、クロワゼット・シアターとは旧ノガ・ヒルトンのことで、ホテルが売り払われた結果、名称が変わりました。

 実は監督週間の誕生は68年の映画祭中止事件と大きなかかわりを持っています。68年の映画祭直前、パリのシネマテーク館長アンリ・ラングロワが解任されそうになり、トリュフォー、ゴダール、シャブロルら大勢の映画人が反対運動を起こしたことが映画祭の中止へとつながっていきます。そして、映画産業に対する無力感を感じたロベール・ブレッソン、ジャック・リヴェットら映画作家たちが、68年6月にSRF(映画監督協会)を結成、カンヌでの監督週間誕生となるわけです。この記念の年を祝うため、監督週間は元ディレクターで映画監督でもあるオリヴィエ・ジャアンにドキュメンタリーの製作を依頼。完成された「40×15」がこの日上映されたわけですが、上映前に、設立から今までの歴代のディレクターたちや、監督週間で作品が紹介された錚錚たる監督たちが舞台に並び、40回目の誕生日を祝いました。写真は右から、誕生から30周年までディレクターを務め、監督週間を今ある形にした功労者のピエール=アンリ・ドロー、一人おいて、現ディレクターのオリヴィエ・ペール、元ディレクターで「40×15」を監督したオリヴィエ・ジャアンです。ちなみに、40は40周年ですが、15は2週間のことで、フランス語を直訳すれば監督週間は"監督たちの2週間"という意味です。

(齋藤敦子) 

3.テーマは「家族」

2008/05/19

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 最初の週末を迎えたところで、今年のコンペティション部門のテーマが見えてきました。それは家族。トルコのヌリ・ビルゲ・ジェイランの「3匹の猿」は、轢き逃げ事故を起こした政治家の身代わりになって、1年間刑務所に入ることを承諾した父親、彼が出所するときにもらえるはずの金を前借しに行って、政治家と関係してしまう母親、大学受験に失敗し、やる気のない反抗的な息子の3人がお互いに嘘をつきあって生活している、崩壊した家族を描いています。

 アルゼンチンのパブロ・トラペロの「レオネラ」は殺人事件の犯人として逮捕された孤独な女子大生が、妊娠がわかって、妊娠中や乳幼児を抱えた女性受刑者を収容する施設に収監され、その中で子供を育てるうちに、母子という最小限の家族を再生させていく物語。フランスのアルノー・デプレシャンの「あるクリスマスの話」は、長男の死が遠因となってわだかまりを抱いて生きてきた姉弟たちが、母親(カトリーヌ・ドヌーヴ)の病気がきっかけとなって、あるクリスマスに再会する物語です。

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 さらにはブラジルのウォルター・サレス&ダニエラ・トーマスの「境界線」は、サンパウロの貧しい地区に住む父親の違う4人兄弟が、ある者はサッカーで、ある者は信仰によって、なんとかして今の境遇から抜け出そうともがく姿を描いた作品でした。

 土曜日の夜に、ある視点で上映された黒沢清監督の「トウキョウソナタ」も奇しくもテーマは家族でした。突然会社からリストラされたことを家族に告げられない父親(香川照之)、夫の異変に薄々気づきながら、何もできない母親(小泉今日子)、大学をドロップアウトして米軍に志願する長男、学校で教師と折り合いが悪く、ピアノのレッスンに通い始める次男。小さな嘘から家族の亀裂が深まっていく様を独特の視点から切り取っていく黒沢演出に、場内の観客も敏感に反応。必死なあまり、どことなく滑稽な父親を演じた香川照之の絶妙な演技にあちこちで笑いが起こって、上映終了後は大きな拍手に包まれました。

(齋藤敦子) 

 写真上は、「あるクリスマスの話」の記者会見でのカトリーヌ・ドヌーヴと監督のアルノー・デプレシャン、写真下は、「トウキョウソナタ」の正式上映後、観客から大きな拍手を贈られて抱き合って喜ぶ香川照之さん、小泉今日子さん(背中、グレーのドレス)と息子役の二人です。

2.三者三様の東京

2008/05/17

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 開幕から2日目の15日夜、日本映画ではないものの、日本をテーマにした映画がある視点部門で上映されました。ミッシェル・ゴンドリー、レオス・カラックス、ポン・ジュノ監督のオムニバス「TOKYO!」です。

 田舎から東京に出てきて、同級生の狭い部屋に居候しながら、仕事と下宿を探すうち、ボーイフレンド(加瀬亮)との間がぎくしゃくし始めて、ついには椅子に変身してしまう、内気な娘(藤谷文子)を描いた幻想的なミッシェル・ゴンドリー監督の「インテリア・デザイン」、いつからか東京の下水に住みついた異形の怪人"ムッシュ・メルド(糞)"(ドゥニ・ラヴァン)の顛末を描いたレオス・カラックスの「メルド」、引きこもりの男(香川照之)が、可愛いピザのデリバリー係(蒼井優)のおかげで、社会との新たな接触の意欲を持つようになるボン・ジュノの「シェイキング・トーキョー」の3本で、3人3様の違った角度から東京という町をとらえていました。

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 写真上は上映前の挨拶で、左からレオス・カラックス、ミッシェル・ゴンドリー、一人おいて藤谷文子、ドゥニ・ラヴァン、ポン・ジュノ、香川照之の皆さんです。香川さんは暁星仕込みの見事なフランス語を披露し、会場から大喝采を浴びていました。

 今年は残念ながらコンペに日本映画が1本もなく、かろうじてある視点部門に黒沢清監督の「トウキョウソナタ」があるのみという寂しさですが、オープニングのフェルナンド・メイレレスの「ブライドネス」に伊勢谷友介、木村佳乃という2人の日本人俳優が出演していて、記者会見でも通訳を介さずに、流暢な英語を披露していて、日本映画界が本格的な国際化の時代を迎えたことを強く印象づけました。写真下は初日の会見終了後の模様で、左からガエル・ガルシア・ベルナル、木村佳乃、伊勢谷友介の皆さん。

(齋藤敦子) 

1.5月革命から40年 カンヌ映画祭開幕

2008/05/15

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 第61回カンヌ映画祭が5月14日に開幕しました。今年は、パリで学生たちが中心となって起こした5月革命の余波でカンヌ映画祭が中止になった1968年から数えて40周年。その記念として、カルロス・サウラの「ペパーミント・フラッペ」や、グルノーブル冬季オリンピックを記録したクロード・ルルーシュの「白い恋人たち」など、68年に上映されるはずだった"幻のパルム・ドール候補作"の復活上映が組まれています。40年前、スクリーンの前に陣取って、映画祭の中止を叫んだ中心人物の一人、フランソワ・トリュフォーは既に鬼籍に入り、私が初めてカンヌに来たときは監督週間の上映に使われていた優雅な主会場も、今では取り壊されてノガ・ヒルトン・ホテルになりました。この40年で外見的には著しい変化のあったカンヌですが、肝心の中身の方、映画の心は、変わらず熱く、真摯であって欲しいと願っています。

 さて、オープニングを夜に控えた14日の午後、審査員の記者会見が行われました。今年の審査委員長はショーン・ペン。写真はそのときのもので、ドイツの女優アレクサンドラ・マリア・ララ(左)とフランスの女優ジャンヌ・バリバールに挟まれたショーン・ペン審査委員長です。彼らの背後に見える、目隠しをした女性の写真はデヴィッド・リンチの手になる今年のポスター。審査員は他にナタリー・ポートマン、「ペルセポリス」のマルジャン・サトラピ、アルフォンス・キュアロンら。アジアからタイのアピチャッポン・ウィーラセタクン監督が加わっています。

 今年のコンペティション作品の特徴は、まずアジア映画が、中国・韓国・日本というおなじみのトライアングルが崩れて、中国・フィリピン・シンガポールという変わったラインナップになったことと、パブロ・トラペロ、ルクレシア・マルテル(共にアルゼンチン)、フェルナンド・メイレレス、ウォルター・サレス&ダニエラ・トーマス(共にブラジル)と南米が4本をコンペに入れてきたこと。彼ら新興勢力に対抗するのはクリント・イーストウッド、ダルデンヌ兄弟、ヴィム・ヴェンダースらのベテラン勢。さて、ショーン・ペンはどちらに軍配をあげるでしょうか。

(齋藤敦子)  

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