シネマに包まれて-映画祭報告

presented by 河北新報

(8完)パルム・ドールに『白いリボン』

2009/05/25

 24日夜、審査員長イザベル・ユペールからなる9人の審査員は、オーストリアのミヒャエル・ハネケの『白いリボン』に最高賞パルム・ドールを授与し、12日間の会期が無事終了しました。

 『白いリボン』は、小学校の教師の視点を通して、やがてファシズムを生み出していくことになる封建制末期のドイツを分析したもの。"白いリボン"とは、牧師が自分の子供を罰する際に腕に巻かせる、"正しいこと"を思い出すためのリボンのこと。男爵の領地の小さな村で、何者かが張ったワイアーで医者が落馬した日から、男爵の子供が行方不明になったり、助産婦のダウン症の息子が乱暴されたり、小作人の家が火事になったりといった奇怪な事件が次々に起こる様子を、何の説明も加えず、ただ淡々と事象だけを細密に描いていた作品です。いったい誰が犯人なのか、村で何が起こっているのかを、村の外から来た教師だけが気づいてしまうという、ちょっとゾッとする映画でした。

 グランプリの『預言者』はフランス人ジャーナリストが最も高く支持した作品で、パルムでなかったことにフランス人は大きな失望を感じたようです。受賞後の記者会見で「パルムでなくて残念じゃありませんか」という記者の質問に、受賞を素直に喜んでいたオーディアールは「この会見場に来るまで40回も同じ質問をされたけど、グランプリって、そんなにダメな賞なの?」と切り返していました。

 アラン・レネの『雑草』は、財布を盗まれた女(サビーヌ・アゼマ)と財布を拾って届けようとする男(アンドレ・デュソリエ)、二人の周辺にいる人々が、財布をめぐって奇妙に絡み合っていくという、レネらしいエスプリが遺憾なく発揮された作品。今年87歳になるレネは、肉体こそ衰えていましたが、想像力の若々しさは誰にも負けないほど。別格であるレネには何か特別な賞を与えるのではないかと思っていたのですが、予想通りの結果になりました。授賞式の壇上に立ったレネは、「映画は一人では作れない、多くの友人の力のおかげ」と、会場に姿を見せていたアゼマ、デュソリエからスタッフまで、一人一人の名をあげて感謝していました。

 と、ここまでは順当でしたが、以下の賞の配分に審査員たちの個人的な好みがより色濃く表れているように思います。聞くところでは審査はかなり荒れたようですが、そのことを記者に問われたアーシア・アルジェントは、「もう終わったこと。ドアの中の話は外に出さない方がいいわ」といって話を打ち切ってしまいました。

 プレスから不満のブーイングが最も多かったのは監督賞のブリヤンテ・メンドーサと女優賞のシャルロット・ゲンズブール、審査員賞のパク・チャヌクでした。メンドーサの『キナタイ』とゲンズブールが主演した『反キリスト』のことは前のレポートに書きましたが、私はとても好きでしたし、メンドーサの才能を評価してくれた審査員(どうやらヌリ・ビルゲ・ジェイランだったようです)に感謝したいくらいです。パク・チャヌクとロウ・イエの受賞は、審査員の顔ぶれからして、誰が支持した結果なのかは明らかでしょう。

 男優賞のクリストフ・ヴォルツは、冗長で期待外れだったタランティーノの『イングローリアス・バスターズ』で、英独仏伊語を流暢に操りながら、ナチの親衛隊大佐を憎々しげに演じ、ブラピより誰より光っていた人でした。30年間プロの俳優を続け、行き詰まりを感じていたというヴォルフにとってもターニングポイントとなる役だったようで、俳優を続けていく使命を新たに感じさせてくれたことを、タランティーノに感謝していました。

 私が今年のカンヌで最も好きだった2本、マルコ・ベロッキオの『勝利』とエリア・スレイマンの『名残りの時間』が賞から洩れてしまったのはとても残念でした。
 『名残りの時間』は、スレイマンが自分の両親の人生をイスラエルに占領されたパレスチナの歴史に重ねて描いたもの。昨年母親を亡くしたスレイマンの哀悼の想いがこもり、前作『D.I.』のようなコメディタッチというよりは、初期の『消滅のクロニクル』に近い、しみじみとした可笑しさのある作品で、病院のベッドで自ら酸素吸入のチューブを引き抜いて死んだ母親が、最後まで肌身離さず持っていた紙が父親を映した写真だったことがわかるところなど、胸にぐっとくるシーンが幾つもありました。

 『夜よ、こんにちは』という傑作でヴェネチア金獅子賞を逃し、今度もまた『勝利』という傑作でパルムを逃したベロッキオですが、87歳のレネに比べれば一回り以上も若いのですから、まだまだ傑作を撮り続けて、自分の作品の主演女優が審査員長になった今年のハネケのようなチャンスを、いつかものにしてもらいたいと思います。

コンペティション部門
パルム・ドール 『白いリボン』監督ミヒャエル・ハネケ
グランプリ 『預言者』監督ジャック・オーディアール
特別賞
(映画史への類希な貢献とこれまでの功績に対して)
アラン・レネ
監督賞 ブリヤンテ・メンドーサ監督『キナタイ』
審査員賞 『フィッシュタンク』監督アンドレア・アーノルド
『蝙蝠』監督パク・チャヌク
男優賞 クリストフ・ヴォルツ『イングローリアス・バスターズ』監督クエンティン・タランティーノ
女優賞 シャーロット・ゲンズブール『反キリスト』監督ラース・フォン・トリアー
脚本賞 メイ・フェン『スプリング・フィーバー(春風沈酔的晩上)』監督ロウ・イエ
短編部門
パルム・ドール 『アリーナ』ジョアオ・サラビザ
ある視点部門
ある視点賞 『犬歯』ヨルゴス・ランティモス(ギリシャ)
審査員賞 『警察、形容詞の』コルネリウ・プルンボイウ
特別賞 『誰もペルシャ猫のことを知らない』バフマン・ゴバディ
『私の子供達の父』ミア・ハンセン=ローヴェ
カメラ・ドール 『サムソンとデリラ』監督ワーウィック・ソーントン
VULCAIN賞
(高等技術院が贈る技術賞)
アイトール・ベレンゲルイサベル・コイシェ監督『東京の音の地図』の音響に対して
国際映画批評家賞(FIPRESCI)
コンペ部門 『白いリボン』監督ミヒャエル・ハネケ
ある視点部門 『警察、形容詞の』監督コルネリウ・ポルンボイウ
監督週間&批評家週間 『アメリーカ』監督シェリエン・ダビス
監督週間部門
SACD賞、若い観客賞、アートシネマ賞 『僕は僕の母を殺した』監督グザヴィエ・ドラン
批評家週間部門
グランプリ 『さよなら、ガリー』監督ナッシム・アマウシュ(フランス)

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パルム・ドールのミヒャエル・ハネケ監督

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グランプリのジャック・オーディアール監督

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女優賞のシャルロット・ゲンズブール

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男優賞のクリストフ・ヴォルツ

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審査員賞のアンドレア・アーノルド

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カメラ・ドールのワーウィック・ソーントン監督

(齋藤敦子)

(7)東京舞台に 浮遊する魂の視点 不思議な感覚

2009/05/24

 受賞式を目前に控え、東京を舞台にした2本の作品があいついで上映されました。フランスのガスパール・ノエ監督の『エンター・ザ・ヴォイド』とスペインのイサベル・コイシェ監督の『東京の音の地図』です。
Cannes2009-Day11-120.jpg 『カルネ』や『アレックス』などの問題作で知られるノエの『エンター・ザ・ヴォイド(虚空に入る)』は、東京で一緒に暮らし始めた兄と妹が主人公。街の生活に慣れ、麻薬を都合し合う悪い友達もできたところで、警察の手入れに遭い、兄は撃たれて死んでしまうのですが、幼いときに交通事故で両親を失い、離れ離れに育った兄妹は二度と離れないと誓いを交わしていて、兄の魂は空中を浮遊しながら妹を見守り続け、やがて復活のときを迎える、というもの。独特の映像表現で知られるノエですが、今回も最初から最後まで兄の一人称で撮影していて、浮遊する魂の視点で"下界"を眺めていると不思議なトリップ感覚に陥ってしまいました。
 『東京の音の地図』は、録音技師の男(田中泯)を狂言回しに、朝は魚河岸で働き、昼はプロの殺し屋という二重生活をおくる女(菊地凛子)が、殺すはずの標的であるワイン商のスペイン人(セルジ・ロペス)を愛してしまうという物語。出口のない、男と女の刹那的な恋愛を、築地、ウォーターフロント、寿司屋、ラーメン屋、浅草の花やしき、下北沢、ラブホテルといった"東京名所"を背景にして描いた、無国籍でキッチュな作品でした。

 写真は、記者会見のときのセルジ・ロペス、イサベル・コイシェ監督、菊地凛子の各氏。菊地さんは3年前の『バベル』に続いて、2度目のカンヌ登場です。
(齋藤敦子)

(6)人間くさいコメディ『エリックを探して』

2009/05/23

 後半に入って、見応えのある作品が次々に登場してきました。今年のコンペ部門は、先にお伝えしたジェーン・カンピオン、ラース・フォン・トリアーを始め、クエンティン・タランティーノなどパルム・ドール受賞監督が多い年ですが、『麦の穂をゆらす風』で3年前にパルムを受賞したケン・ローチもその一人。『エリックを探して』は、アイルランド内戦の悲劇を描いた『麦の穂』とはがらりと趣向を変えた、一種のコメディでした。

 主人公はマンチェスターのサッカー狂の郵便配達エリック。妻に去られ、子供達にもバカにされ、仕事も休みがちなエリックを励まそうと、郵便配達仲間が"いついかなる時でも愛情が変わらない対象"を思い描くセラピーを施すと、エリックのアイドル、マンチェスター・ユナイテッドの伝説の名選手カントナが目の前に現れ、人生をやり直す手助けをしてくれるというものです。奇抜なアイデアで悪漢を退治するラストシーンでは、会場から大きな拍手が起こるほど。貧しいサポーターにはチケットが手に入らず、パブのテレビで観戦するしかないという今のサッカーの商業主義をチクリと批判するなど、ローチらしい、人間くさいコメディになっていました。

 マンUの"キング"と呼ばれたエリック・カントナは現役引退後、俳優に転身し、日本でもジャン・ベッケルの『クリクリのいた夏』、アラン・コルノーの『マルセイユの決着』などの出演作が公開されていますが、フランスでの出演作はすでに十数本にのぼり、もはや元サッカー選手ではなく、立派なプロの俳優というべき貫禄です。『エリックを探して』は、弟と映画会社を設立したカントナのプロデュース作品でもあります。

Cannes2009-Day6045.jpg 写真は、『エリックを探して』の記者会見の後、サイン攻めにあう"キング"。好きな映画監督を聞かれ、パゾリーニの名をあげるほどの映画通でした。

 イタリアの名匠マルコ・ベロッキオの『勝利』は、イタリアの独裁者ベニート・ムッソリーニの知られざる妻イダ・ダルセルと、彼女の息子ベニートを描いたもの。イダは1907年、まだ社会主義活動家だった頃のムッソリーニに出会い、私財を投げ打って彼にポポロ・ディイタリア(イタリアの民衆)紙を創刊させ、結婚して長男ベニート・アルビノ・ムッソリーニをもうけるのです。しかし、ムッソリーニにはすでに妻ラケーレ・グイディがいて、権力の階段をのぼりはじめた彼にとって、彼女と息子の存在は邪魔でしかなくなり、ついにイダは療養所に、ベニートは精神病院に送られ、2人ともそこで非業の死をとげるのです。

 ベロッキオは、独裁者の手で存在そのものが抹消されていく人間の悲劇を、実写とニュース映像と音楽を巧みにモンタージュすることによって、まるで"映像のオペラ"のように作り上げていました。

(齋藤敦子)

(5)恐怖と嫌悪感漂う問題2作品

2009/05/21

 物議をかもす映画を2本見ました。

CALY6J6A.jpg1本はフィリピンのブリヤンテ・メンドーサ監督の『キナタイ』。警察官になる目的で犯罪学を学んでいる21歳の青年が主人公。彼にはすでに生まれたばかりの子供がいて、朝、子連れで結婚式を挙げてから、生活費を稼ぐために友人に頼まれた仕事を引き受けて、とんでもない事態に追い込まれてしまうまでの24時間を描いています。

 実は、青年が巻き込まれた"仕事"というのが、シンジケートに麻薬で莫大な借金を作ってしまった売春婦を車に乗せて、マニラ郊外の一軒家に連れていき、"始末"することでした。しかも、始末のやり方というのが、レイプした後でいきなり刺し殺し、体を鉈でバラバラにし、ポリ袋に入れてゴミ捨て場に捨てるというもの。そのリアルで残酷な描写が評価を分けたところです。

 "キナタイ"というのは現地の言葉で"殺戮"という意味だそうですが、メンドーサが描こうとしたのはもちろんスプラッター映画ではなく、正義を守る側にいる青年が反対側に足を踏み外してしまう瞬間でした。一味の車が郊外に向かう間、青年には何度も引き返すきっかけが訪れるのですが、そのたびに子供のミルク代のため、あるいは恐怖のために車に戻ってしまいます。その暗く恐ろしい道中を撮った長い長い場面は、一度見たら忘れられませんし、一味の正体がわかったとき、その恐怖は倍増するのです。

 もう1本は、良識ある一般人の神経を逆なでする天才、ラース・フォン・トリアーの『反キリスト』で、タイトルからすでに物議をかもしています。

CA6A1ZPZ.jpg 物語は、セックスにふけっている間に、幼い息子を亡くし、深い悲しみから神経を病んだ妻(シャーロット・ゲンズブール)を、精神科医の夫(ウィレム・デフォー)が、あえて彼女が最も恐怖を感じるという森の中に連れていき、癒そうとするのですが、悪魔にとりつかれた妻によって、手ひどい仕打ちを受けるというもの。

 "傷ついたカップルが自己犠牲的な愛によって癒しを求め、神の祝福を得る"というプロットは『奇跡の海』と同じですが、『奇跡の海』を陽とすれば、『反キリスト』はその題名通りの陰。癒しを求めに行ったはずの森が、まがまがしい悪霊の巣窟で、自己犠牲、愛情、祝福という『奇跡の海』のキーワードがすべて逆の意味で使われていました。

 この罰あたりな内容に上映終了後にブーイングが出たのも当然ですが、記者会見も、最初の質問から「あなたは、何のためにこんな映画を作ったのか?」と荒れ気味に始まりました。ここ数年、深い鬱状態が続いていたトリアーは、この映画をセラピーとして撮ったのだそうで、「どこがセラピーになったのか?」という質問には、「毎日撮影に行くこと」と素直に答えていました。この作品はトリアーの敬愛するアンドレイ・タルコフスキーに捧げられていて、そのことも記者から突っこまれていました。マスコミの非難に慣れているトリアーも、「タルコフスキーよりダリオ・アルジェントだ」という一人の記者の言葉に一番ショックを感じたようでした。

 ハードなセックス・シーンや、妻が自分の性器をハサミで切り取るところなどのショッキングなシーンが、なおさら観客の嫌悪感をあおるようですが、私は映像の天才トリアーらしい、皮肉な"反・奇跡の海"になっていると思い、とても楽しめました。

 写真上は『キナタイ』の記者会見の模様で、ブリヤンテ・メンドーサ監督(中央)と主演のココ・マルティン(左)。写真下は『反キリスト』の記者会見で、左からシャーロット・ゲンズブール、ラース・フォン・トリアー監督、ウィレム・デフォーです。

(齋藤敦子)

(4)『ブライト・スター』『預言者』が高評価

2009/05/19

 雨の金曜日の後で快晴の週末を迎え、映画祭の前半が終了しました。ここまでで高い評価を受けているコンペ作品は、ジェーン・カンピオンの『ブライト・スター』、ジャック・オーディアールの『預言者』の2本です。

 『ブライト・スター』は、1821年に25歳の若さで亡くなった英国の詩人ジョン・キーツと、隣家の娘ファニー・ブローンとの恋愛を描いたもの。前作『イン・ザ・カット』以来6年ぶりの新作で、カンヌでは93年に『ピアノ・レッスン』でパルム・ドールを受賞して以来、16年ぶりのコンペ再登場です。

 カンピオンの映画はいつもそうですが、ファニーというファッションが大好きで好奇心いっぱいの生き生きとした女性の視点から、夭折した詩人の最後の日々を丁寧に描いていて、キーツへの深い尊敬と愛情が感じられる繊細な作品になっていました。

 一方、日本でも『真夜中のピアニスト』などが公開されているジャック・オーディアールの『預言者』は、がらりと変わって現代の刑務所が舞台。6年の刑で入牢してきた19歳のアラブ人青年が、刑務所内を牛耳っているコルシカ・マフィアの親分に奴隷のように使われながら、次第に読み書きや"ビジネス"のやり方を身につけ、出所するときには自分のファミリーを作り上げているというもの。

 コルシカ・マフィアの親分を演じたニル・アレストリュプ以外は、ほとんど無名の俳優を使い、本物そっくりの刑務所のセットを作って撮影されていて臨場感いっぱい。脚本家出身のオーディアールの話のうまさは定評のあるところですが、撮影テクニックもすばらしく、最後に主人公が単身コルシカ・マフィアの車を襲撃するところなどは鳥肌が立つほど。いつもは自国の映画に辛口なフランスのプレスにも高評価で、ルモンド紙など"今ここで映画祭が終わったら、オーディアールのパルムは間違いない"とまで書いていました。
  20090519.jpg さて、写真はカンヌの街角で見つけた『おくりびと』のフランス版ポスターです。1カ所、間違っているところがあるのですが、どこかわかりますか?

(齋藤敦子)

(3)話題のアジア作品続々

2009/05/18

090518.jpg 今年のカンヌは前半にアジア映画が集中しています。

 コンペ作品のトップバッターとして、13日にプレス上映が行われた中国の『スプリング・フィーバー』は、夫の浮気を疑った妻が人を雇って身辺を探らせると、夫が同性愛者であったことがわかり、男と男と女の奇妙な関係が始まるというストーリー。原題の"春風沈酔的晩上"とは、1945年に日本の憲兵に虐殺された中国人作家郁達夫の作品名から取られていて、内容的には関係がありませんが、主人公が恋人に一部を読んで聞かせる場面があります。

 監督のロウ・イエは3年前にコンペに出品した『天安門、恋人たち』の性描写を理由に当局から5年の活動停止を言い渡されており、この作品はフランスと香港の資本で製作、手持ちカメラによる全編ロケで撮られたデジタル作品で、当局の目を盗みながら撮影されたとのこと。この作品ももちろん中国国内では上映が禁止されています。

 3年前に『オールド・ボーイ』で審査員グランプリを獲得したパク・チャヌクの期待の新作『コウモリ』は、韓国映画で初めてハリウッド・メジャー(ユニヴァーサル)からの資本を受けて製作されたもので、出来上がる前から大きな注目を集めていました。ストーリーは、アフリカで発生した謎の伝染病の新薬を試すための人体実験に志願した韓国人神父(ソン・ガンホ)が、生命が助かるのと引き換えに吸血鬼になってしまうという、ちょっとホラー映画風。テーマは前作の『オールド・ボーイ』や『復讐者に憐みを』と同様、人間の執念ですが、物語が神父と彼の幼なじみで、不幸な結婚をした女との関係に話が移ると、パクの作品には珍しく、主人公の存在感が薄れ、テーマがぼやけてしまったのが惜しまれました。

 また16日には、ある視点部門でポン・ジュノの『母なる証明』が、監督週間でホン・サンスの『あなたがすべて知っているように』が上映され、韓国を代表する監督の映画が出そろいました。

 『母なる証明』は、殺人犯として逮捕された息子の無実を信じ、必死に真犯人を探し当てようとする母親の姿を描いたもので、母親を韓国を代表する名女優キム・ヘジャが、少し頭の弱い息子を兵役から復帰したばかりのウォンビンが演じ、これまでの二枚目のイメージをがらりと変えています。

 日本映画では、是枝裕和の『空気人形』に続いて、翌15日に諏訪敦彦がフランスの俳優イポリット・ジラルドと共同監督した『ユキとニナ』が監督週間で上映されました。写真は監督週間のテントで開かれた記者会見の模様で、右からイポリット・ジラルド、諏訪敦彦、通訳のカトリーヌ・カドゥの各氏です。

 『ユキとニナ』は、フランス人の父と日本人の母の間に生まれた少女ユキが、両親の離婚で、親友のニナと別れて日本に行くことになり、自分の世界が崩壊する危機を迎えるというもの。ユキを演じた日仏ハーフのノエ・サンペの繊細な演技に引き込まれました。

 また、監督週間では、14日の午後、黄金の馬車賞の授賞式が行われ、今年は日本の河瀬直美さんが8人目の受賞者に選ばれ、『火垂』の再編集版が記念上映されました。ジャン・ルノワールの名作の名をとったこの賞は、監督週間の母体であるフランス映画監督協会(SRF)が2002年に創設したもので、大胆さと独立精神にあふれ、革新的な作品を撮る世界の映画作家に与えられます。第1回はSRFの創設者の一人でもあるフランスの映画作家ジャック・ロジエが受賞、クリント・イーストウッド、デヴィッド・クローネンバーグ、ジム・ジャームッシュなど錚々たる監督たちが受賞しています。

(齋藤敦子)

(2)心の叫びを歌う"ペルシャ猫"

2009/05/16

20090516.jpg 映画祭2日目の14日から、いよいよ本格的な上映が始まりました。

 この日、ある視点部門のオープニング作品に選ばれたのは、日本でも『酔っぱらった馬の時間』や『亀も空を飛ぶ』が公開されているイランのバフマン・ゴバディ監督の『誰もペルシャ猫のことを知らない』です。"ペルシャ猫"とは、反イスラム的な文化が厳しく制限されているイランで、当局の目を盗んでロックやラップなどの音楽活動を続けているミュージシャンたちのこと。映画は、仲間を集めてバンドを組み、ロンドンで演奏しようとする3人の若者を主人公に、イランのアンダーグラウンドのロック・シーンをドキュメントしていきます。

 スタッフの中に、スパイ活動を理由に逮捕され、先ごろ減刑されて釈放されたロクサナ・サベリの名前があったので、おやと思ったのですが、調べてみたらサベリはゴバディの婚約者なのでした。

 ゴバディは、突然、主人公のカップルの乗った車が警官に停められ、愛犬を連れ去られてしまう(犬は不潔だから家の外に連れ出すことが禁止されている)というショッキングな場面を撮って、現体制の滑稽なまでに強圧的な統治を笑っているのですが、もともとクルド人という出自を持つ彼の強い批判精神が、なおさらサベリの活動に当局の注意をひいたのではないかと勘繰ってしまいました。

 けれども、警察はもとより、隣人や親たちの目をかいくぐり、即席にスタジオを作っては練習を続け、自力でコンサートを開こうとする姿を見ていると、歌で自分を表現したい人間の心の叫びを、為政者の力で抑えることが不可能なことは、この映画を見れば一目瞭然です。

 今年のカンヌは、昨年に引き続きコンペに日本映画がない寂しい年になりましたが、それでも、ある視点部門に是枝裕和監督の『空気人形』と、監督週間に諏訪敦彦監督がフランスの俳優イポリッド・ジラルドと共同監督した『ユキとニナ』の2本が出品されています。写真は、14日夜に正式上映された『空気人形』の上映の模様で、右から是枝裕和監督、主演の韓国の女優ペ・ドゥナ、ARATA、板尾創路の各氏です。人間の心を持ってしまった人形という難役を見事に演りこなし、場内から大きな拍手を受けたペ・ドゥナさんの目には涙が光っていました。

(齋藤敦子)

(1)娯楽の時代が再来?

2009/05/14

090514-01.jpg 第62回カンヌ国際映画祭が13日に開幕しました。

 日本では厳重に警戒されている新型インフルエンザも、フランスではニュースに取り上げられることもなく、どこか別の世界の話といった感。とはいえ、映画祭にとって大きな打撃になったのは、昨年来続いている世界的な大不況で、お金をかけた派手な宣伝は控え目になり、参加者も例年に比べて少なくなるなど、静かな映画祭になりそうな予感です。

 ルモンド紙の映画祭特集によれば、80年前の世界恐慌のときと同様、手ごろな娯楽として映画が再び人気になり、映画館は大盛況、フランス映画は昨年240本という製作本数の記録を出したのだそうです。ただし、観客は娯楽映画に集中していて、作家性の強い映画に銀行が資金を出し渋っており、興行の活況とは裏腹に、作品的な質が落ちていくのではないかという警告の記事でした。

090514-02.jpg 今年のカンヌは、戦争映画(クエンティン・タランティーノ『イングローリアス・バスターズ』)、ホラー映画(パク・チャヌク『コウモリ』)、フィルム・ノワール(ジョニー・トー『復讐』)、ファンタジー映画(テリー・ギリアム『パルナッサス博士の想像力』)というようにジャンル映画が多く目につきます。それは、作家の映画の時代が終わり、再び娯楽映画に回帰しているという最近の傾向を反映したものなのかどうか、世界中から集められた最新の収穫を1本1本確かめながら、じっくり考えていきたいと思います。

 今年のオープニング作品は、カンヌ映画祭史上初のアニメ作品(しかも3D)、ピート・ドクターの『カールじいさんの空飛ぶ家』。朝10時にプレス用の上映が行われ、3Dメガネをかけて、"ピクサー作品で最高に笑える"カールじいさんとラッセル少年の大冒険旅行を楽しんできました。

 写真上は、記者会見の模様で、左から共同監督のボブ・ピーターソン、監督のピート・ドクター、プロデューサーのジョナス・リヴェラ、エグゼクティブ・プロデューサーのジョン・ラセターです。ピクサーとディズニーの両アニメ部門の責任者であるラセターは、ピクサー創設者のスティーヴ・ジョブズが言った「パソコンは5年したら廃れてしまうが、真にすばらしいアニメは永遠に残る」という言葉をひき、「ピクサーの10本目の作品が、アニメ作品として史上初のオープニングに選ばれて、これほど名誉なことはない」と語っていました。

 写真下は、引き続き開かれた審査員の記者会見の模様で、左からアシア・アルジェント、シャルミラ・タゴール、ロビン・ライト・ペン、審査員長のイザベル・ユペール、ハニフ・クレイシ、ジェームズ・グレイ(奥)、ヌリ・ビルゲ・ジェイラン、スー・チー。ここに韓国のイ・チャンドンを加えた9人で審査を行います。

(齋藤敦子)
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