シネマに包まれて-映画祭報告

presented by 河北新報

(9完)最高賞に「ブンミおじさん」

2010/05/24

 最後に驚きが待っていました。ティム・バートンを長とする審査員が最高賞に選んだのは、アピチャッポン・ウィーラセタクンの『前世を覚えているブンミおじさん』で、副会場のドビュッシー・ホールでテレビ中継を見ていた人々の間から大きな拍手が上がりました。アピチャッポンが授賞式会場にいるのが見えたので、何か賞をとったのはわかっていたのですが、これほど大きな賞がとれると期待していなかったので、びっくりしました。

 逆にマイク・リーの『アナザー・イヤー』が賞に残らなかったことは、リーが既にカンヌとヴェネチアで最高賞を受賞していることを熟知している、"映画祭通"な審査員団であることを思わせました。元ヴェネチア映画祭ディレクターのアルベルト・バルベラがいるのですから当然ですが。

 グザヴィエ・ボーヴォワの『人間たちと神々』は、1996年にアルジェリアのティベリンで起きたシトー派修道僧がイスラム教の過激派に誘拐され、殺された事件の映画化です。イスラム教とキリスト教という異なる神を信じる人々の共存共栄が、武器を手にした原理主義集団にあっけなく破られてしまう様は、まさに今の世界の縮図といえるでしょう。

 私の予想が当たったのは、ハビエル・バルデム男優賞とジュリエット・ビノシュの女優賞だけでした。アレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥの『ビウティフル』はバルセロナの下町で、移民達と警察をつなぐ周旋屋(ハビエル・バルデム)が、癌に冒されながら生活を立て直そうともがく姿を描いたもの。イニャリトゥの演出は緻密で正確ですが、何もそこまで描かなくとも、と思うこともたびたびあり、脚本にギリェルモ・アリアガを失った大きさを感じました。ちなみに、"ビウティフル"とは、幼い娘に"beautiful"の綴りを聞かれた父バルデムが"biutiful"と間違って教えるところからとられていて、美しいものなど何もない、最下層の夢と現実を皮肉っています。

 イ・チャンドンの『詩』は、アルツハイマーを患いつつ、詩に興味を持って初めて詩を書こうとしている年配の女性ミジャ(ユン・ジュンジェ)が、とんでもない事件に巻き込まれていく姿を描いたもの。りんごのような平凡なものの美しさを見つけようとするミジャの周囲は、何一つ美しいものなどない現実に取り囲まれている、という『ビウティフル』と通じるテーマを持った作品でした。

 一夜明けて、地元フランスの報道では、リベラシオン紙など、作家主義映画の擁護派はアピチャッポンの受賞を大きく取り上げて喜んでいますが、その他の新聞はフランスが3賞を獲得したことで、おおむね満足といったところ。テレビのニュースではキャスターたちが、初めて読むアピチャッポンの名前の発音に苦労しているのが微笑ましかったです。これで、アピチャッポン・ウィーラセタクンは、アイスランドの火山エイヤフィヤトラヨークトルと並ぶ、"今年最も有名な読みにくい名前"になることは間違いないでしょう。

コンペティション部門
パルム・ドール 『前世を覚えているブンミおじさん』監督アピチャッポン・ウィーラセタクン
グランプリ 『人間たちと神々』監督グザヴィエ・ボーヴォワ
監督賞 マチュー・アマルリック監督『ツアー』
審査員賞 『叫ぶ男』監督マハマット=サレ・ハルン
男優賞 ハビエル・バルデム『ビウティフル』監督アレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥ
エリオ・ジェルマノ『我らの人生』監督ダニエレ・ルケッティ
女優賞 ジュリエット・ビノシュ『本物そっくりの偽物』監督アッバス・キアロスタミ
脚本賞 イ・チャンドン『詩』
コンペティション短編部門
パルム・ドール 『歴史の汚点』監督セルジュ・アヴェディキアン
審査員賞 『ミッキー・ベイダー』監督フリーダ・ケンプ
ある視点部門
ある視点賞 『ハハハ』監督ホン・サンス
審査員賞 『十月』監督ダニエル・ベガ&サンチャゴ・ベガ
女優賞 アデラ・サンチェス、エバ・ブランコ、ビクトリア・ラポロ
『唇』監督イバン・フント&サンチャゴ・ロサ
カメラ・ドール
(新人監督賞)
『閏年』監督マイケル・ロウェ
シネフォンダシオン部門
1等 『ペインティング・セラーズ』ジュホ・クオスマネン
2等 『世界の外のどこかで』ヴァンサン・カルドナ
VULCAIN賞(高等技術賞)

レスリー・シャッツ『ビウティフル』の録音に対して



20100525_306.jpgパルム・ドール アピチャッポン・ウィーラセタクン


20100525_201.jpgグランプリ グザヴィエ・ボーヴォワ


20100525_214.jpg監督賞 マチュー・アマルリック


20100525_188.jpg審査員賞 マハマット=サレ・ハルン


20100525_144.jpg男優賞 ハビエル・バルデム


20100525_124.jpg男優賞 エリオ・ジェルマノ


20100525_243.jpg女優賞 ジュリエット・ビノシュ


20100525_153.jpg脚本賞 イ・チャンドン

(齋藤敦子)

(8)ある視点賞にホン・サンス監督の「ハハハ」

2010/05/23

20100524.jpg 授賞式を明日に控えた22日、その他の部門の賞が次々に発表になりました。

 ある視点部門では、フランスの映画監督クレール・ドゥニを長とする5人の審査員が、最高賞にあたる、ある視点賞を韓国のホン・サンス監督『ハハハ』に、審査員賞をペルーのダニエル・ベガ&サンチャゴ・ベガ共同監督『十月』に、アルゼンチンのイバン・フント&サンチャゴ・ロサ共同監督『唇』の3人の主演女優に演技賞を授与しました。写真は22日夜の授賞式の模様で、壇上に並んだ受賞者と審査員たち。右端がホン・サンス監督です。

 『ハハハ』は、カナダ移住を決めた映画監督が出発前に友人の映画批評家と会って、マッコリを飲みながら話をしているところから始まります。二人は偶然にもトヨン(統営)という港町に行ってきたばかり。そのときの出来事が交互に語られていくのですが、実は二人とも同じ日にトヨンに行き、同じ人間に会っていたことが観客にはわかるのですが、当人たちはまったく気づかない、という構成。ちょっと『秘花~スジョンの愛』に似ていますが、雰囲気は『アバンチュールはパリで』に近く、ホン・サンス的毒のあるユーモアに溢れていました。中でも、映画監督と関係を持つ観光ガイドを演じたムン・ソリがすばらしく、ヴェネチアで新人賞を受賞した『オアシス』の熱演とはまったく違う、彼女の新たな魅力を発見した思いがしました。

 この日は批評家週間と監督週間でもそれぞれ賞が発表になりました。残念ながら今年は批評家週間の作品を1本も見られなかったのですが、監督週間でヨーロッパ・シネマ・ラベルという賞を受賞した、イタリアのミケランジェロ・フランマルティノの『4度』という映画に、とても感心しました。

 『4度』というのは、イタリア北部の寒村を舞台に、人と動物と自然が生命を繋ぎながら生活している様を描いたドキュメンタリータッチのフィクション。私は初期のエルマンノ・オルミの作風を連想しました。面白かったのは、この映画が受賞したもう1つ賞で、その名もパルム・ドッグ・アワード、訳して名犬賞。羊飼いの老人が死ぬ日のロングショットの長い長い1シーン1カットで、牧羊犬ヴク君がすばらしい名演を披露していて、納得(?)の受賞でした。

(齋藤敦子)

(7)緊迫感の中で上映 「アウトロー」

2010/05/23

100523_01.jpg 映画祭の最終日直前の21日、ラシッド・ブシャレブ監督の『アウトロー(法の外で)』の正式上映がありました。開催前から議論の的になっている、問題の作品だけあって、当日はセキュリティが強化され、主会場へのミネラルウォーターや中味のわからない容器の持ち込みは禁止。セキュリティチェックで全部取り上げられ、廃棄されました。ルクセンブルグの友人などは、捨てられるよりはと、その場でミネラルウォーターを全部飲み干したと言っていました。

 『アウトロー』とは、フランスの植民地政策で先祖代々の土地をとられた家族の3兄弟の運命を1920年代から1962年のアルジェリア独立の年まで描いた作品。1945年に独立を求めるアルジェリア人のデモ隊にフランス軍が発砲したセティフの虐殺事件が出てくるのですが、フランス人にも犠牲者が出ているため、アルジェリアの視点だけで事件を描くのはフェアではないと、地元セーヌ=マリティーヌ県の代議士から抗議の声があがり、今度は逆に左派から、映画を見てもいないのに抗議をするのはフェアではないと反論があって、フランス国内で大きな論争になっていました。

 映画は、事件自体はさらりと流し、事件で逮捕され、刑務所内でオルグされてFLN(アルジェリア民族解放戦線)の闘士となる次男(サミー・ブアジラ)、第二次大戦とインドシナ戦争に従軍し、北ベトナム軍の捕虜となるも生還、弟のために地下活動に加わる長男(ロシュディ・ゼム)、上の二人とは距離を取り、興行師となってボクシングでアルジェリア人の世界チャンピオンを作ることを夢みる三男(ジャメル・ドブーズ)のそれぞれの生き方を中心に描いていました。ブシャレブ監督は、ジャン=ピエール・メルヴィルの『影の軍隊』を意識したと語っていましたが、地下組織対秘密警察の非情な戦いは、犯罪組織とFBIの抗争を描いた『アンタッチャブル』のようなアメリカのギャング映画に近いように思えました。

 写真上は当日の模様で、主会場の横の通りにずらりと駐車した機動隊の車。機動隊だけでなく、街角のあちこちに制服警官が立って警戒していましたが、実際にはアルジェリア戦争の復員兵と家族のデモ行進があった他に目立った抗議行動はなく、テレビのニュースでは、厳重な警戒は"空騒ぎ"に終わったとシェークスピアをもじって報じていました

100523_02.jpg  翌日、監督週間の上映を待っているときに年配のフランス人女性と話をしたところ、彼女のご主人がアルジェリア戦争に従軍した方で、映画の噂を聞いて本当に不快に思っていると言うのです。彼女自身はまだ映画を見ていないので、公開されたら映画館に行くと言っていましたが、半世紀近い時間が経っても、いまだにアルジェリア戦争を軽々に扱えない、問題の根深さを思い知った気がしました。

  写真下は、21日の午後、監督週間の短編部門で上映された平林勇監督『SHIKASHA』のスタッフ。『SHIKASHA』は、コンペの『アウトレイジ』、ある視点の『チャットルーム』、監督週間の長編『タイガー・ファクトリー』に続く、4本目の日本映画です。上映前に行われた監督紹介では、奥様の出産のために急遽帰国された平林監督に代わって、プロデューサーの吉上由香さんと音楽担当の渡邊崇さんが挨拶されました。

 

(齋藤敦子)

(6)戦争を食い物にする者達への怒り

2010/05/21

 映画祭も終わりが見えてきた20日木曜日に、奇しくも同じイラン戦争を扱った2本のコンペ作品が上映されました。1本は、映画祭直前にコンペ部門最後の作品に滑り込みでエントリーしたケン・ローチの『ルート・アイリッシュ』、もう1本はコンペで唯一のアメリカ映画、ダグ・リーマンの『フェア・ゲーム』です。

 ケン・ローチの『ルート・アイリッシュ』は、兄弟同然に育った親友がイラクの"ルート・アイリッシュ"で死んだと知った男が、親友の死の真相を突き止め、復讐を果たすというもの。"ルート・アイリッシュ"とはバグダッドの空港と、"グリーン・ゾーン"と呼ばれる中立地帯を結ぶ、世界で一番危険と言われる道路のことです。
 ケン・ローチは去年も『エリックを探して』を出品しているので、2年続けてのコンペ登場。ただ、ユーモラスで暖かかった『エリック』と違い、『ルート・アイリッシュ』は暗くて重く、特にラストの非情さには、戦争を食い物にする者達に対するローチの怒りが込められているように感じました。

 もう一方の『フェア・ゲーム』は、2003年にニューヨーク・タイムズ紙に載った、イラク国内に大量破壊兵器はなかったことを告発する記事を巡って、記事を書いた元ガボン大使ジョセフ・ウィルソンへの報復として、彼の妻ヴァレリー・プレイムがCIAのエージェントであるという極秘情報がブッシュ政府高官から故意に流された、いわゆる"プレイム事件"の映画化です。

 発端は、プレイム(ナオミ・ワッツ)率いるCIAのチームと、CIAの要請でニジェールの鉱山からイラクにウラニウムが輸出されたかどうかを調査したジョセフ・ウィルソン(ショーン・ペン)が、イラクが核兵器を開発した事実はないことを突き止めたこと。
 しかし、イラクと戦争を起こしたいアメリカ政府によって、それらの調査結果が隠されてしまうのです。映画は、ウィルソン夫妻がなぜ真実を告発し、どんな報復を受け、それでもなお政府との闘いをやめなかったのかを描いてます。


20100521_06.jpg写真は『フェア・ゲーム』の記者会見の模様で、右から監督のダグ・リーマン、ナオミ・ワッツ、プロデューサーのジェリー・ザッカーです。一昨年の審査員長だったショーン・ペンは、あいにく昨年パパラッチと起こした事件の裁判のため、カンヌに来られませんでした。

(齋藤敦子)

(5)ゴダール不在の意味

2010/05/19

 北野武監督の『アウトレイジ』の正式上映があった17日は、北野監督の記者会見、ジャン=リュック・ゴダールの新作『フィルム・ソーシャリズム(社会主義映画)』の上映と記者会見、コンペ外招待のスティーヴン・フリアーズの『タマラ・ドリュー』の上映があるうえ、夜はアッバス・キアロスタミの『本物そっくりの偽物』のプレス上映もあるという、何かを犠牲にしなければとても全部は回りきれない、映画ファンにとって残酷な1日。朝8時半のアレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥの『ビウティフル』の上映前に、ローザンヌのシネマテークの元館長で、ゴダールと親しいフレディ・ビュアシュさんに、ゴダールは本当にカンヌに来るのか聞いてみたら、「来ないよ」との返事だったので、記者会見はキャンセルされそうだとわかり、不謹慎ながら、ちょっとホッとしました。

 ゴダールがカンヌに現れなかったことは、新作の上映よりニュースで大きく取り上げられ、会場のプレスルームにカメラを持ったクルーが来て、"ゴダールの不在"をどう思うか、仕事中のジャーナリストにインタビューしていました。フランスの新聞によれば、ゴダールから映画祭と映画製作会社にファックスが来て、"ギリシャと同じような問題"で来られない旨、連絡があったそうです。

20100519_05_01.jpg 写真は、18日の昼に行われたアッバス・キアロスタミの『本物そっくり』の記者会見で、左から主演のジュリエット・ビノシュ、アッバス・キアロスタミ監督、ペルシャ語通訳の女性、ビノシュの相手役を務めたオペラ歌手のウィリアム・シーメルの各氏。

 映画は、"本物そっくり"という新刊書のプロモーションのために、トスカーナ地方に講演に来たイギリス人作家が、現地で画廊を経営するフランス人の女性と出会い、彼女の車でトスカーナの村を巡る小旅行に出るうち、二人の関係が虚実ないまぜになって展開していきます。

 記者会見を始める前に、キアロスタミから3月にイランで逮捕されたジャファール・パナヒを即刻釈放するよう訴えるアピールがありました。パナヒはキアロスタミの助監督だった人で、キアロスタミが脚本を書いた『白い風船』でカンヌの新人賞カメラ・ドールを受賞しています。イランの暗い部分に切り込むパナヒの作風が災いし、イラン国内では10年前から作品が上映禁止にされていたのですが、3月1日に自宅にいるところ突然逮捕され、現在、刑務所内でハンガーストライキをしているといいます。
 逮捕の理由は、撮影中の映画の内容ではないかと言われているのですが、キアロスタミによれば、映画は出来てもいないし、どんな内容かもわからないとのこと。カンヌが当初パナヒを審査員に選んでいたことは前のレポートでも触れましたが、開会式で壇上の審査員席の中にパナヒの席を設け、彼の不在の意味を改めて全世界にアピールしています。

(齋藤敦子)

(4)世界のキタノ「振り子理論」を強調

2010/05/19

 映画祭が折り返しを迎えた17日、北野武監督の『アウトレイジ』の正式上映が行われました。物語は、巨大暴力団山王会の傘下のヤクザ組織の抗争を描いたもの。"アウトレイジ"(極悪非道)という題名通り、非情で残酷な殺し合いの続くギャング映画で、『キッズ・リターン』や『菊次郎の夏』といったポエティックな作品で"キタノ"を知っていたカンヌの観客には驚きの作品。私は一足早く、16日の夕方のプレス用の上映で見たのですが、残酷な描写に目を覆う人はいたものの、恐れていたよりもずっと反応がよく、ところどころで笑いが起こり、特に、石橋蓮司演じる親分のパートは大受けでした。

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20100519_04_02.jpg 写真上は17日の午後に行われた記者会見の模様で、振り子の揺れのように、なるべくひどく人を痛めつけることを考えれば、その反動で、今度は人を沢山笑わせることができる、という"振り子理論"を話す監督。
写真下は、会場前で、『アウトレイジ』の招待券を求めるファン達。

 日本映画は他に開幕早々の14日に、ある視点部門で中田秀夫の『チャットルーム』が上映されています。『リング』などの作品で中田監督の名前はすでに海外でも知られていて、"ジャパニーズ・ホラー"の旗手がどんな作品を撮ったのか興味を持って見に来た人も多かったようです。ただ、今回の『チャットルーム』は、インターネットという仮想空間を舞台に、現在のイギリスの若者達の姿を描いたイギリス人エンダ・ウォルシュの戯曲をイギリスの映画会社が製作したものなので、正確に言えば"ジャパニーズ・ホラー"でもないし、日本映画でもありません。

 物語は、ウィリアムという青年がネット上に開いたチャットルームに4人の男女が集まり、身の周りの話題を"チャット"しているうちに、家庭内で問題を抱えるウィリアムが、一番ひ弱なジムに目を付け、心理的に追い詰め、ついには自殺に追い込もうとする、というもの。中田監督は、仮想空間はカラフルに、現実はモノトーンに色分けし、演出も確実で、とても日本人が撮ったとは思えない、完成度の高い仕上がりになっていました。主人公のウィリアムを演じたのは、『ジョージアの日記/ゆーうつでキラキラな毎日』で注目されたイギリスの新鋭アーロン・ジョンソンです。

 さて、日本映画は上記の2本だけだと思っていたら、会場で安藤紘平さんにばったり。安藤さんは、早稲田大学大学院の国際情報通信研究科で映画を教えていて、なんと安藤教授の研究室で制作した作品が21日に監督週間で上映されるというのです。その作品は、マレーシアのウー・ミンジン監督の『タイガー・ファクトリー』。安藤さんの教え子のエドモンド楊が企画から編集に至るまでを手がけ、監督を楊の友人のウー・ミンジンが手がけた、マレーシアと日本の合作で、安藤さんはスーパーバイザーを務めているとのこと。エドモンド楊はこの欄でも紹介した、昨年のヴェネチア映画祭で上映された『金魚』の監督でもあり、安藤さんとはヴェネチア以来の再会でした。

(齋藤敦子)

(3)不満残る「ウォール街」続編

2010/05/18

 映画祭3日目の14日、オリヴァー・ストーンの『ウォール街:マネーは眠らない』がコンペ外招待作品として上映されました。
 この作品は1987年の『ウォール街』の続編で、2001年にインサイダー取引で服役していたゴードン・ゲッコー(マイケル・ダグラス)が8年ぶりに出所してくるところから始まり、2008年に若い理想家肌のトレーダー、ジェイク(シャイア・ラブーフ)が自分に興味を持って近づいてきたのを利用して、絶縁状態の娘ウィニー(ケイリー・マリガン)との関係を"修復"しようとするが...、というストーリー。
 前編から四半世紀近い年月が経ち、情報化社会の中で、株式の世界も大きく様変わりしたはずで、オリヴァー・ストーンが今の証券業界をどのように描こうとしているのか興味があったのですが、2008年を舞台にしながら、同年1月に起こったアメリカのサブプライムローンを震源とする世界金融恐慌の話にはまったく触れられていませんでした。

 翌15日、私の不満は、チャールズ・ファーガソンの『インサイド・ジョブ』というドキュメンタリーを見て、すっかり解消しました。コンペ外特別招待として上映されたこの作品は、2008年の金融恐慌がどうやって準備され、発された警告がどうして何度も無視され、多くの人々の家や仕事を奪うことになったかを、ジョージ・ソロスのような投資家から、ウォール街に多くの顧客を持つ娼婦の元締めにまでにインタビューして明らかにしたもの。"チェンジ"を掲げた今のオバマ政権さえ、2008年の"主犯達"を金融政策の中枢に据えた"ウォール街政権"である以上、事態は何も変わらない、とファーガソンは主張しています。

 『マネーは眠らない』の中で、ゴードン・ゲッコーは服役中に書いた<強欲は善か?>という本を上梓するのですが、金融恐慌の主犯達は、世界中の人々に影響を与えながら、ゲッコーのように刑務所に入ることもなく、誰一人損もせず、むしろボーナスを貰って、今も何事もなかったように金儲けを続けています。会社の付けで娼婦を買い、麻薬を吸い、独裁者や犯罪組織のマネーロンダリングを手伝い、破綻寸前の商品を素知らぬ顔で小口投資家に売りつけるウォール街のトレーダー達。金儲けをまだ善悪という倫理の基準で考えているゲッコー氏が、いかにも古い人間のように思えてきました。


20100518_01jpg.jpg写真は、16日にある視点で上映されたジャ・ジャンクー監督の『海上伝奇』で、壇上で挨拶する監督と主演のチャオタオさん。右端が映画祭のディレクター、ティエリー・フレモーです。『海上伝奇』は上海にゆかりを持つ人々へのインタビューに、映画のクリップやユー・リクァイ撮影による今の中国の風景の映像をモンタージュした詩情あふれるドキュメンタリーでした

(齋藤敦子)

(2)会見ボイコット騒ぎも

2010/05/15

20100515_01.jpg 今年の映画祭は、開催前から様々な"騒動"がありました。まず、4月のラインナップを発表する記者会見で、映画祭を中継するテレビ局に画像使用の優先権を与えたため、その他のプレス各社が記者会見の取材をボイコットするという事件があったこと。そして、発表されたコンペティション作品が16本と例外的に少なかったこと。作品については、のちに2本が追加され、映画祭直前にケン・ローチの新作が選ばれ、結局、全部で19本になりましたが、最近の映画祭では最も少ないエントリー数です。そして最後の騒動が、選ばれた作品に対して内外から大きな批判が起こっていること、です。

 もちろん、批判が起こることは今年に限ったことではありません。記憶に新しいのは、2004年にマイケル・ムーアの『華氏911』を巡って起こった大騒動ですし、去年のヴェネチア映画祭の直前にも、ベルルスコーニ政権の情報操作を批判した『ビデオクラシー』の予告篇が放送禁止になったことは、この欄でもお伝えしました。

 

20100515_02.jpg 今年、"騒動"の目となった作品は3本。1本目は、コンペ外招待作品サビーナ・グッザンティの『ドラキラ、揺れるイタリア』。昨年4月にイタリアのアキラで起こった大地震のその後の対応を巡って、政府を批判したドキュメンタリーで、イタリアの文化相サンドロ・ボンディからカンヌでの上映に反対する声があがりました。2本目は、ニキータ・ミハルコフの『太陽に灼かれて2』。ミハルコフこそロシアを"独裁国家"にした元凶のプーチンの側近、というわけで、アレクセイ・ゲルマンやアレクサンドル・ソクーロフといった映画作家から一斉にブーイングが起こりました。3本目は、ラシッド・ブシャレブの『アウトロー』。この作品は2006年に集団男優賞を獲ったブシャレブの『デイズ・オブ・グローリー』の続編で、アルジェリアの独立をテーマにし、今もまだ傷跡が深い1945年の虐殺事件を扱っているため、右派の代議士から"反フランス"という抗議の声があがり、フランス国内で大きな議論になりました。21日の正式上映の際には右派から何らかの抗議行動があるのではないかとも言われています。

 さて、今年のある視点のオープニングを飾ったのは、映画界の最長老、101歳のマノエル・デ・オリヴェイラ監督の新作『不思議なアンジェリカ事件』でした。ある夜、孤独なユダヤ人の写真家の下に使いが訪れ、婚礼直後に亡くなった娘の写真に撮るように頼まれます。写真家は、富裕な家に招かれ、娘の死顔を写真に撮るのですが、次第に美しい死顔に魅入られてしまう、というストーリー。若い者に負けないどころか、どんな若い作家よりも若々しい創造力を持ったオリヴェイラの新しい傑作でした。

 写真上は、記者会見の模様で、右から監督の孫で、主演のリカルド・トレパ、マノエル・デ・オリヴェイラ監督、美しい死体を演じたピラール・ロペス・デ・アヤラ、奥でカメラを構えているのが記者会見の司会を務めた映画評論家のジャン=ミッシェル・フロドンです。写真下は、マーケットの日本のブースの模様。大手以外の独立系の配給会社の商談はここで行われます。

(齋藤敦子)

(1)現代的感覚の「ロビン・フッド」で開幕

2010/05/13

20100513_01jpg.jpg  第63回カンヌ国際映画祭が5月12日より始まりました。

 去年は新型インフルエンザ騒動でしたが、開催の暗雲はアイスランドの火山灰。一時沈静化していた火山が映画祭数日前から再び噴火を始め、イギリスやスペインの空港の一部が閉鎖され、フランスにも影響が出ました。また、開催1週間ほど前に南仏を嵐が襲い、高波で映画祭の会場の一部に被害が出たり、世界的な天候不順の影響か、今年は例年よりちょっと肌寒いカンヌとなっています。

   今年のオープニングを飾った作品は、リドリー・スコット監督の新作『ロビン・フッド』。ヒット作『グラディエーター』で主演を務めたラッセル・クロウと再び組んで、獅子王リチャードの十字軍遠征に従った弓の名手ロビンが、運命的な出会いを経て、義賊ロビン・フッドになるまでを描いた作品で、『グラディエーター』より、ぐっと娯楽の色合いが濃いように感じました。特に、ロビンが十字軍の遠征で異教徒を虐殺したことを後悔したり、ロビンの恋人、レディ・マリアン(ケイト・ブランシェット)が戦闘にも参加する男まさりであったり、とても中世の話とは思えない、現代的な感覚のロビン・フッド伝説になっていました。

  夕方の開会式を前にした12日の午後、審査員の記者会見が開かれました。今年の審査員長は『アリス・イン・ワンダーランド』が世界的に大ヒットしているティム・バートン。他に、映画監督のビクトル・エリセ、シェカール・カプール、俳優のベニシオ・デル・トロ、女優のケイト・ベッキンセール、ジョヴァンナ・メッゾジョルノ、作家で脚本家のエマニュエル・カレール、作曲家のアレクサンドル・デプラ、トリノの映画博物館館長のアルベルト・バルベラの計9名です。

 実は、映画祭が最初に発表した審査員の中には、イランの映画監督ジャファール・パナヒが入っていました。イラン政府に睨まれ、自由を奪われているパナヒを救うため、審査員という口実を作って、彼が国外に出られるよう配慮したのですが、イラン政府を動かすことは出来ず、結局、パナヒの代役をアレクサンドル・デプラが務めることになったという経緯があります。

20100513_02jpg.jpg   映画ファンとしては、寡作で知られるビクトル・エリセの顔があるのが嬉しい驚きです。これは、審査員のベニシオ・デル・トロにとっても同じだったようで、「ずっと前からエリセのファンで、スペインに行く度にエリセの名前を出して、彼から(オファーの)電話が来ないかと期待していたんだ。今回、審査員を引き受けた理由の一つは、彼の名前が審査員のリストにあったことだ」と記者会見で語っていました。

 写真上は会場入口で、上の壁に、今年のポスター(ライトの光で63の文字を描くジュリエット・ビノシュ)が張られています。

 写真下は審査員記者会見の模様で、左からケイト・ベッキンセール、ビクトル・エリセ、審査員長のティム・バートン、アレクサンドル・デプラです。

(齋藤敦子)
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