シネマに包まれて-映画祭報告

presented by 河北新報

(10完)パルム・ドールにハネケ監督の『愛』

2012/05/29

0529.jpg 5月27日夜に授賞式が行われ、ミヒャエル・ハネケ監督の『愛』=写真=に最高賞のパルム・ドールを授与して、今年の映画祭がすべて終了しました。ナンニ・モレッティ審査員長に名前を呼ばれたハネケ監督がエマニュエル・リヴァを連れて壇上に上がると、舞台袖からジャン=ルイ・トランティニャンが現れ、会場を埋めた2000人の観客が一斉に立ち上がって、この2人の名優とすばらしい演出家に大拍手。隣の会場のスクリーンで中継を見ていた私達プレスも、この感動的な幕切れに、心からの拍手を贈りました。

 授賞式後の記者会見で、ナンニ・モレッティは"全員一致で決まった賞は1つもない"と言っていたように、審査は難航したようです。フランスのプレスが噛みついたのはレオス・カラックスが無冠に終わったことで、私もカラックスとレネの意欲作に何の賞も与えられなかったことをとても残念に思いました。

 一番驚いたのは『リアリティ』のグランプリ受賞。コンペの他の作品と比べて、かなり見劣りがすると思えた作品で、やっぱりモレッティはイタリア人なんだなと思いました。この賞はカラックスが獲るべきだったと言うプレスも大勢いました。

 意外だったのは『闇の後の光』のカルロス・レイガダスが監督賞を受賞したこと。審査では、エルリッヒ・ザイドル、レオス・カラックス、カルロス・レイガダスが残り、議論していくうちにレイガダスに絞られたとのこと。『闇の後の光』は、レイガダスが生まれ育った土地や生家を使って彼の心象風景を綴った、いわば半自伝的な作品で、ストーリーらしいストーリーはないのですが、どうやって撮ったのか不思議なほど美しい映像が幾つも登場する、忘れられない作品でした。

 今年のカンヌで強く感じたのは"映画"の時代が終わろうとしていることでした。私がカンヌに通うようになってから、フェデリコ・フェリーニ、ミケランジェロ・アントニオーニ、黒澤明といった映画の黄金時代を築いた巨匠たちが次々に亡くなりました。その後も映画の死は途切れることなく、今また、ラウール・ルイス、テオ・アンゲロプロスといった、代表作を同時代に見て育った名匠たちが姿を消そうとしています。映画の代名詞だったフィルムさえ、映像のデジタル化によって過去のものとなりました。

 "映画は死を記録する"とジャン=リュック・ゴダールは言いました。私達は"今"という時間の流れの中にいるのですが、カメラに映された瞬間、その時間は止まってしまうからで、映画の中の時間はすべて過去の死んだ時間だということです。レオス・カラックスは"映画作家は1つの美しい島で、そこには大きな墓地がある"とも言っていました。彼の大きな墓地には、映画という死んだ時間がたくさん埋葬されていることでしょう。

 けれども、映画は死ぬことによって永遠の時間を獲得できるのだ、そんなことを、監督週間で特別上映されたラウール・ルイスの遺作『向かい側の夜』を見ながら考えていました。ルイスやアンゲロプロスの新作をもう見られないのは悲しいことですが、彼らが残した映画は永遠に生き続けていくのです。

コンペティション部門
パルム・ドール
『愛』監督ミヒャエル・ハネケ
グランプリ
『リアリティ』監督マッテオ・ガローネ
監督賞
カルロス・レイガダス『闇の後の光』
審査員賞
『天使の取り分』監督ケン・ローチ
男優賞
マッツ・ミケルセン『狩り』監督トマス・ヴィンターベア
女優賞
クリスティナ・フルトゥル、コスミナ・ストラタン
『丘の向こうに』監督クリスティアン・ムンジウ
脚本賞
クリスティアン・ムンジウ『丘の向こうに』
短編コンペティション部門
パルム・ドール
『サイレンス』監督L・レザン・イェシルバス
ある視点部門
ある視点賞
『ルシアの後』監督ミシェル・フランコ
審査員特別賞
『大いなる夜』監督ブノワ・デレピーヌ、ギュスターヴ・ケルヴェルン
女優賞
シュザンヌ・クレマン『ローランス・オールウェイズ』監督グザヴィエ・ドラン
エミリー・デュケンヌ『理性を失うまで』監督ジョアキム・ラフォス
スペシャル・メンション
『ジェカ サラエボの子供たち』監督アイダ・ベジク
カメラ・ドール新人監督賞
『ビースト・オブ・ザ・サウザン・ワイルド』監督ベン・ゼイトリン
シネフォンダシオン部門
1等
『路上で』監督タイシア・イグメンツェヴァ
2等
『アビゲイル』監督マシュー・ジェームズ・ライリー
3等
『ロス・アンフィトリオネス』監督ミゲル・アンヘル・ムレ
技術賞(VULCAIN)
シャルロッテ・ブルウス・クリステンセン、『狩り』の撮影に対して
国際映画批評家連盟賞(FIPRESCI)
コンペ部門
『霧の中』監督セルゲイ・ロズニツァ
ある視点部門
『ビースト・オブ・ザ・サウザン・ワイルド』監督ベン・ゼイトリン
監督&批評家週間部門
『ホールドバック』監督ラシッド・ジャイダニ


10_1.jpg パルム・ドール 『愛』ミヒャエル・ハネケ監督


10_2.jpg グランプリ 『リアリティ』マッテオ・ガローネ監督


10_3.jpg監督賞 『闇の後の光』カルロス・レイガダス監督


10_4.jpg審査員賞 『天使の取り分』ケン・ローチ監督


10_5.jpg男優賞『狩り』マッツ・ミケルセン


10_6.jpg女優賞と脚本賞 『丘の向こうに』 左からコスミナ・ストラタン、クリスティアン・ムンジウ監督、クリスティナ・フルトゥル
(齋藤敦子)

(9)好評だったキッチュな演出/ミュージカル版『愛と誠』

2012/05/28

9_1.jpg コンペに純然たる日本映画はなかったものの、21日深夜にコンペ外招待作品として三池崇史監督の『愛と誠』=写真=が、25日にある視点部門で若松孝二監督の『11.25自決の日
三島由紀夫と若者たち』が上映されました。

 『愛と誠』の原作は、1970年代に少年マガジンに連載された、大富豪のお嬢様と貧乏な不良少年の恋を描いた梶原一騎作・ながやす巧画の劇画。これまでに何度も映画化、テレビ化されていますが、今回は西城秀樹の<激しい恋>など70年代のヒット曲を使ったミュージカル版で、三池監督らしいキッチュな演出がフランスでも大いに受けていました。スケジュールの都合か、監督も出演者もカンヌに姿を見せなかったのが本当に残念でした。

 『11.25自決の日』は、日本初のノーベル文学賞候補と期待されていた三島由紀夫が、私兵組織"盾の会"を結成し、1970年11月25日にメンバー4名を連れて自衛隊の市ヶ谷駐屯地を訪れ、総監を人質に、自衛官に憲法改正を求める決起を促す演説を行ったのちに割腹自殺した、いわゆる三島事件を描いた作品です。

 『実録・連合赤軍あさま山荘への道程』という作品もあり、思想的には左翼と思われていた若松孝二監督が、今なぜ三島由紀夫に感心を持ったのかに興味が沸くところですが、学生運動が最高潮だった1960年代末、思想的にはまったく逆の立場で行動した三島に、連合赤軍のメンバーと同じ"怒り"という共通項を見いだしたと言えるかもしれません。

 若松監督は『性賊セックス・ジャック』と『天使の恍惚』が40年ほど前に監督週間で上映されていますし、1976年にはプロデューサーを務めた大島渚監督の『愛のコリーダ』も監督週間で上映されて大きな話題を呼んだので、カンヌのまったくの"新顔"ではありません。25日夜10時の正式上映には若松孝二監督を始め、三島由紀夫役の井浦新さん、森田必勝役の満島真之介さんが姿を見せ、会場から大きな拍手を受けていました。

 実は今年のカンヌにはもう1本、日本映画がありました。学生の作品を集めたシネフォンダシオン部門に選ばれた秋野翔一監督の『理容師』という39分の中編で、引退した父親と姉弟、姉の夫という理容師一家の日常を、弟が結婚して自立する日まで描いたもの。ちょっと小津安二郎の『麦秋』を思わせる家庭劇ですが、ローアングル、切り返しといった有名な小津的テクニックは使わず、登場人物の心の動きを、奇をてらわず、丁寧に描いているところに好感を持ちました。写真(下)は23日に行われたシネフォンダシオン部門の会場で、上映前に挨拶する秋野監督です。

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(齋藤敦子)

(8)冤罪の構図 克明に/『セントラル・パーク・ファイヴ』

2012/05/27

 最近はどの映画祭でもドキュメンタリーが大きな位置を占めるようになってきていて、思いがけない作品を見るのが楽しみなのですが、今年のカンヌでもすばらしい発見がありました。それがコンペ外特別招待作品として上映されたレイモン・デパルドン、クローディーヌ・ヌガレ共同監督の『フランスの日記』とケン・バーンズ、サラ・バーンズ、デヴィッド・マクマホン共同監督の『セントラル・パーク・ファイヴ』です。

 『フランスの日記』は、私が"発見"などと言うのもおこがましいほど高名な写真家で映画作家レイモン・デパルドンの足跡を、パートナーのクローディーヌ・ヌガレが描いたもの。1942年生まれのデパルドンは、最初は報道写真家としてキャリアをスタートさせ、ヴェネズエラ、チャド、ビアフラ、イエメンなど世界各地の紛争地帯を回って写真を撮ってきた人。映画に進出したきっかけは1974年にヴァレリー・ジスカール=デスタンの依頼で大統領戦を取材したドキュメンタリーですが、大統領となった当のジスカール=デスタンから公開を禁じられるという皮肉な結果になりました。

 私が彼の作品を知ったのは、1983年の『三面記事』という、パリ5区の警察署が取り扱う様々な事件を追ったドキュメンタリーから。その視線の公平さ、真摯さ、深さはアメリカの名ドキュメンタリー監督フレデリック・ワイズマンとも共通で、彼が報道の現場から見たこの半世紀の世界の動きと、フランスらしさを探して写真機材を積んだトラックでフランスの田舎を回る現在のデパルドンの姿が絶妙にコラージュされた、心に残る作品でした。

8_1.jpg 『セントラル・パーク・ファイヴ』=写真=は1989年にセントラル・パークをジョギング中の女性が何者かに襲われた事件で、当夜、別件で逮捕された黒人とヒスパニック系の5人の少年がどのように犯人に仕立てあげられていったかを克明に追ったドキュメンタリーです。

 1980年代後半のニューヨークは不況のまっただ中。クラックという安価な麻薬の大流行と、麻薬の売買で利益を得た黒人青年たちが街を闊歩するようになり、治安の低下が問題になっていました。そんなとき、ニューヨーカーの聖地であるセントラル・パークでジョギング中の白人女性が何者かに襲われた事件は住民を震え上がらせ、一刻も早く犯人を逮捕・起訴することが警察と検察の責務となりました。そんな大きなプレッシャーがすべての判断を誤らせていくのです。

 実際には事件と何の関わりもなく、会ったこともなかった5人の少年が、なぜ共謀して女性を襲ったと自供したのか。採取されたDNAも指紋も一致せず、自供以外に何の証拠もないのに、どうやって起訴に持ちこめ、有罪の判決が出たのか。警察発表を鵜呑みにした報道がどのように世論を煽っていったか。冷静に考えればどこかがおかしいことがわかるはずなのに、いったんひとつの流れが作られてしまうと、それを覆すことがどれほど困難か、その恐ろしさがテーマの作品でした。

 この事件の根底にあるのは、もちろんアメリカの人種差別問題ですが、冤罪事件を生み出す土壌はどこにでもあり、人種問題のない日本も例外ではないことは、松本サリン事件を見ればわかります。

(齋藤敦子)

(7)注目のコンペ復帰/レオス・カラックスの『ホーリー・モーターズ』

2012/05/26

 今年のカンヌで、私が個人的に最も楽しみにしていた映画の1本が、レオス・カラックスの『ホーリー・モーターズ』でした。カラックスは1984年に批評家週間に長編デビュー作の『ボーイ・ミーツ・ガール』を出品、その才能に注目が集まり、2作目の『汚れた血』と合わせて"ゴダールの再来"とまで言われた人でした。が、南仏にパリのポンヌフ橋の巨大なセットを建てて撮った3作目『ポンヌフの恋人』の興行的な失敗で躓き、1999年にコンペに初出品した『ポーラX』以後、映画から遠ざかっていました。それでも少しずつ復活の兆しを見せ、2008年にミッシェル・ゴンドリー、ポン・ジュノと1話ずつを担当したオムニバス映画『TOKTO!』でカンヌのある視点部門に登場。そして、『ポーラX』以来13年ぶりに完全復活を遂げた『ホーリー・モーターズ』でコンペ復帰ですから、私だけでなく、世界中の映画ファンが熱く注目するのも当然で、その期待は裏切られませんでした。

 主人公は白いリムジンに乗ってパリの街を徘徊するムッシュ・オスカーという謎の男(ドゥニ・ラヴァン)。彼は、リムジンを運転するセリーヌ(エディット・スコッブ)から渡された指示書に従って、銀行家を始め、『TOKYO!』に登場したムッシュ・メルドや、ビデオゲームに動きを提供するモーションキャプチャーのモデル役などの10役を次々に演じていきます。

 ドゥニ・ラヴァンは長編デビュー作以来、レオス・カラックスの分身を演じてきた人ですし、主人公に本名のオスカーという名を与え、プロローグの場面にカラックス自身が登場することでも容易に推察できるように、今回の『ホーリー・モーターズ』は彼のどの映画よりも彼自身に近い、彼の想念の世界そのものを描いた作品だと思います。

7_1.jpg 写真は記者会見の模様で、左からカイリー・ミノーグ、レオス・カラックス、エディット・スコッブ、ドゥニ・ラヴァンです。エディット・スコッブといえば、フランスでカルト的な人気のあるジョルジュ・フランジュの恐怖映画『顔のない眼』で、交通事故で顔を失った娘を演じた人で、今回も『顔のない眼』とそっくりのマスクを被る場面が出て来ますし、『ポンヌフの恋人』に登場したサマリテーヌ百貨店の巨大は廃墟が舞台になったり、映画の中に様々な映画の記憶が登場してきます。会見でそれを聞かれたカラックスは"映画作家は1つの美しい島で、そこには大きな墓地があるのだ"と喩えていました。

(齋藤敦子)

(6)表現への規制厳しく/キアロスタミ監督の『ライク・サムワン・イン・ラブ』

2012/05/24

 21日に、日本映画らしからぬ日本映画、イランのアッバス・キアロスタミ監督の『ライク・サムワン・イン・ラヴ』の正式上映が行われました。
登場人物は、家族に内緒で風俗のバイトをしているらしい女子大生、彼女を家に招く老教授、女子大生のボーイフレンドで、自動車修理工場を経営している青年の3人。映画は、カフェのマスターに頼み込まれた女子大生が、深夜タクシーで老教授の家に向かうところからの1日を描いていて、題名はエラ・フィッツジェラルドが歌うジャズの名曲から取られています。キアロスタミ監督は、3人に"演技をしないで、素の自分を出すよう"求めたそうで、シチュエーションだけあって、ストーリーらしいストーリーはなく、流れる時間の中で揺れ動く登場人物たちの心を映し出したような、不思議な作品でした。写真は会見の模様で、左から高梨臨さん、アッバス・キアロスタミ監督、奥野匡さん、加瀬亮さん、プロデューサーの堀越健三さんです。

6_1.jpg イランでは、アハマディネジャド政権になって以来、自由な表現活動がさらに厳しく制限を受けるようになりました。モフセン・マフマルバフ監督のように国外に活動の場を移す監督も多く、2010年3月に突然当局に拘束され、映画製作を禁じられたジャファール・パナヒ監督の事件と、それでも『これは映画ではない』という"映画"を撮って、当局の措置に抵抗したその後の経緯は、この欄のカンヌおよびフィルメックスのレポートで取り上げています。1997年に『桜桃の味』でパルム・ドールを受賞した名匠アッバス・キアロスタミ監督も例外ではなく、近年は国外で映画を撮らざるをえない状況になっています。

 日本側のプロデューサーの堀越健三さんは、これまでキアロスタミ監督の全作品を日本で配給してきた方で、キアロスタミ監督が来日した際に「日本で映画が撮りたい」と漏らした一言が、今回の作品に結実したのだそうです。一方、フランス側のプロデューサーのマリン・カルミッツ氏もフランスでキアロスタミ作品を配給し、前作『トスカーナの贋作』などの製作を引き受けるようになった方。日本とフランスの間に合作協定がないため(何年か前にカンヌで日仏間に合作協定ができるという発表はあったのですが、未だに締結には至っていません)、製作は大変困難だったそうですが、それでも映画を撮らせたいという強い思いを起こさせるような魅力が、キアロスタミ監督とその作品にあるのだと思いました。

(齋藤敦子)

(5)演劇と映画の狭間で/アラン・レネ監督の新作

2012/05/24

alan.jpg 映画祭が後半に入った21日月曜日に、フランスを代表する名匠アラン・レネの『あなた方はまだ何も見ていない』の正式上映がありました。

 1922年生まれのレネは6月で90歳。トリュフォー、ゴダールと並ぶヌーヴェル・ヴァーグの中心的人物で、『二十四時間の情事』、『去年マリエンバートで』といった数々の傑作を撮っています。特に、映画の中に演劇の要素を取り入れた作風で知られ、今回の『あなた方はまだ何も見ていない』も、まさに演劇と映画の狭間を模索する実験でした。

 映画は、サビーヌ・アゼマ、ピエール・アルディティといった俳優たちに、劇作家アントワーヌ・ダンタックの突然の死を知らせる電話が掛かってくるところから始まります。彼らは皆、ダンタックの友人であり、彼の戯曲<エウリディス>(実はジャン・アヌイの同名戯曲)を演じた俳優たち。別荘に集められた彼らは、ダンタックの遺言により、若い劇団の演じる<エウリディス>の映画を見て、それが今の時代に通用するかどうか判断するように求められます。居間のスクリーンに若者たちが演じる<エウリディス>が映し出されると、スクリーンのこちら側にいる俳優たちもまた、いつの間にか<エウリディス>の舞台に立っている...、という不思議な作品です。

 写真上は上映後に行われた記者会見の模様で、まるでご自身の遺言のような内容の映画ですが、まだ矍鑠としたアラン・レネ監督と、公私ともに名匠を支える女優サビーヌ・アゼマです。

all.jpg 時間が少し前後しますが、20日の日曜日に映画祭のプレジデント、ジル・ジャコブが監督した『特別な1日』というドキュメンタリー作品の記念上映がありました。これは5年前、60回目を記念してカンヌ映画祭が世界中の監督たちに依頼して制作した『それぞれのシネマ』というオムニバス作品を上映した日の記録で、日本からは北野武監督が参加していました。私も記者会見に行ったので、あの日のことはよく覚えています。

 写真下は上映前に行われたプレゼンテーションの模様で、『それぞれのシネマ』に作品を提供した監督たち、今年の審査委員長ナンニ・モレッティから、クロード・ルルーシュ、デヴィッド・クローネンバーグ、アモス・ギタイ、エリア・スレイマンら、各国を代表する蒼々たる顔ぶれが舞台に並び、ジル・ジャコブがスピーチしているところです。『特別な1日』は、その後亡くなったラウール・ルイスとテオ・アンゲロプロス両監督に捧げられていて、会場にはアンゲロプロス夫人も顔を見せていました。

 が、会場で最も大きな拍手を受けたのは壇上の監督たちではなく、先日入閣したばかりのオーレリー・フィリペッティ新文化相の登場。フランスでは来月国民議会議員選挙があり、その選挙キャンペーンの一貫としてフランス中の注目が集まるカンヌに現れたのでしょう。社会党の公約通り、新内閣にはフィリペッティ文化相を始め、ポストの半数を女性が占めていますが、今年のカンヌにはコンペに女性監督の作品が1本もなく、壇上に並んだ監督も男性ばかりなのが寂しいところです。

(齋藤敦子)

(4)名優トランティニャン復活/ハネケ監督の「愛」

2012/05/23

love02.jpg 18日金曜日から天気が崩れ始め、映画祭が盛り上がる週末も雨になりました。こんなに雨が降ったカンヌは、私の記憶では20年ほど前にあったきり。気温も上がらず、上着を買いに走った人もいるようですが、笑い事ではなく、地方によっては記録的な大雨で洪水の被害が出ています。

 さて、そんな雨の日曜日に、今年のカンヌ最大の注目作の1本、ミヒャエル・ハネケ監督の『愛』が上映されました。

 『愛』は老いて半身不随になった妻と介護する夫との究極の夫婦愛を描いたもので、妻を『二十四時間の情事』で岡田英次と共演したエマニュエル・リヴァ、夫をクロード・ルルーシュ監督のカンヌ映画祭パルム・ドール受賞作『男と女』で主演したジャン=ルイ・トランティニャン、夫婦の娘をネケ監督の『ピアニスト』でカンヌ映画祭主演女優賞を受賞したイザベル・ユペールが演じています。特に近年、舞台出演に絞って映画から遠ざかっていたジャン=ルイ・トランティニャンが久々に銀幕に復活したのが大きな話題になっています。

 オーストリア人のミヒャエル・ハネケは舞台の演出家から映画に進出し、若者のグループが何の理由もなく見知らぬ家族を惨殺するという『ファニーゲーム』で世間をアッと言わせた人。2009年にパルム・ドールを受賞した『白いリボン』でも、第一次大戦直前のドイツの田舎を蝕んでいく、目に見えない暴力をテーマにしていました。それが今回は暴力とは真逆の"愛"をテーマにしたということで、いったいどんな作品に仕上がっているのか興味津々だったのですが、老いと死を正面から見つめた、静謐で感動的な作品でした。

 主人公はパリに住む元音楽教師の老夫婦。昔の教え子のコンサートに行った翌朝、妻が一瞬記憶を失うという異変を起こします。続いて脳梗塞を起こして右半身が不随になり、自立した生活が困難になるのですが、二度と病院に行きたくないという妻の希望を受け入れ、夫は家で妻を介護し、最期まで看取る決意をする、というストーリーです。

 記者会見でのエマニュエル・リヴァの話によると、撮影はパリ郊外の撮影所にアパートのセットを組み、2ヶ月かけて行ったそうで、撮影期間中は撮影所から出ず、楽屋で寝泊まりしたとのことです。その話の通り、映画は最初のコンサートの場面以外はすべて老夫婦のアパートで進行し、次第に二人だけの濃密な愛の空間が出来上がっていきます。時折訪れる昔の教え子、様子を見に来る娘といった外界からのちん入者は、親密な世界を壊す存在でしかない、という捉え方は、『ファニーゲーム』から変わらぬハネケ的視点と言えるかもしれません。

 写真は記者会見の模様で、左からエマニュエル・リヴァ、ミヒャエル・ハネケ、ジャン=ルイ・トランティニャンです。その夜のテレビでは、トランティニャンの半生を追ったドキュメンタリーも放送され、名優の復活をフランス中で祝っているような気がしました。

(齋藤敦子)

(3)実力者の新作次々/難役に挑むコティアール

2012/05/22

marion02.jpg ではアメリカ映画に対抗するヨーロッパ勢はというと、序盤には2009年に『預言者』でグランプリ(審査員特別賞)を受賞したフランスのジャック・オディアール監督の『錆と骨』、2008年に『ゴモラ』でグランプリを受賞したにイタリアのマッテオ・ガローネ監督『リアリティ』、2007年に『4ヶ月、3週と2日』でパルム・ドールを受賞したルーマニアのクリスティアン・ムンジウ監督『丘の向こうに』と、いずれも前作がカンヌで高く評価されている監督の期待の新作が並びました。

 ジャック・オディアールは、フランス映画界でパルム・ドール(最高賞)に最も近いと期待を集めるベテラン監督で、今回の『錆と骨』という映画は、シャチに襲われて両足を失った水族館の調教師が、幼い息子を連れて南仏に流れてきたマッチョな男によって立ち直るまでを描いたもの。『エディット・ピアフ~愛の賛歌~』でアカデミー主演女優賞を獲得し、ハリウッドでも活躍するマリオン・コティヤールが難役に挑戦するのが話題の作品ですが、夜警をしながら賭けの格闘技で賞金稼ぎをし、やがてはプロになる男を演じたベルギー人俳優マティアス・スクナーツの新鮮な魅力が光っていました。

 マッテオ・ガローネの『リアリティ』は、家族の前でちょっとした芸を演じて人気者のナポリの魚屋が、娘たちにせがまれてリアリティ番組のオーディションを受けたことで、番組に出て有名になるという過剰な欲望が彼の人格を変えてしまうという皮肉な物語。『ゴモラ』ではマフィアにがんじがらめにされたイタリアの現実をドキュメンタリータッチで描いたガローネですが、今回はリアリティ番組によって現実を見失ってしまう男の悲喜劇を、ファンタジーを交えて描いています。

 クリスティアン・ムンジウの『丘の向こうに』は、少女時代を孤児院で共に過ごした親友に会いに、町外れの丘の上にある修道院にやってきた娘が、悪魔払いの犠牲になるというもので、実際に起きた事件に取材したノンフィクション小説が元になっています。『4ヶ月、3週と2日』で評価された演出力は健在で、絶対的な権力を持つ男性の修道院長に盲目的に従う修道女たちが、"善意"で人を殺してしまうまでを冷徹に描いていて、2時間30分の長尺に一瞬の緩みもないのは、さすがだと思いました。

写真はジャック・オディアール監督の『錆と骨』。


(齋藤敦子)

(2)才能の多様な展開/グローバル化一層進む

2012/05/20

 今年はアメリカ映画『ムーンライズ・キングダム』からコンペティションが始まったのが象徴するように、例年よりアメリカ映画が多い印象を受けます。ただ、アメリカ映画と一口に言っても、世界の映画産業をリードするアメリカでは、早くから世界中の優れた才能を受け入れてきたので、"アメリカ映画"の定義が難しいのですが、今年のコンペだけを見ても、カナダ人のデヴィッド・クローネンバーグがニューヨークを舞台にした『コズモポリス』を撮り、ブラジル人ウォルター・サレスがジャック・ケルアックの『オン・ザ・ロード』を撮り、ニュージーランド人アンドリュー・ドミニクがブラッド・ピットを主演に『キリング・ゼム・ソフトリー』を撮り、オーストラリア人ジョン・ヒルコートが禁酒法時代に密造酒を売りさばいて警察と抗争した兄弟の実話を描いた『無法者』を撮る、といった具合。

 映画の国籍が曖昧になっているのはアメリカ映画だけではなく、2009年に『白いリボン』でパルム・ドールを受賞したミヒャエル・ハネケはオーストリア人ですが、『アムール(愛)』は『二十四時間の情事』のエマニュエル・リヴァと『男と女』のジャン=ルイ・トランティニャンを主演にフランスで撮った作品ですし、あるいは、イランのアッバス・キアロスタミ監督が日本で日本人のスタッフ・キャストを使って撮った『ライク・サムワン・イン・ラヴ』などは、日本映画なのかイラン映画なのか判断に苦しむところです。このように、資本のレベルだけでなく、クリエイティブな面でもグローバリゼーションが進んでいることが今年のラインナップによく現れていると思いました。

2_2.jpg キアロスタミ監督の作品が日本映画かどうかは別として、その他の日本映画は、ある視点部門に正式出品される若松孝二監督『11.25自決の日 三島由紀夫と若者たち』と、昨年『一命』をコンペに出品した三池崇史監督の『愛と誠』がコンペ外招待作品としてミッドナイト上映されるだけで、ちょっと寂しい年になりました。

2_1.jpg とはいえ、開催3日目の5月18日、カンヌ・クラシック部門で、もう1本の日本映画の上映がありました。それが1956年の木下恵介監督作品『楢山節考』です。昨年は日活が創業100年を記念して日活が製作した日本映画の名作を世界各地の映画祭で上映するイベントがありましたが、木下恵介監督の生誕百年に当たる今年は、松竹がイマジカの協力でデジタルリマスターした『楢山節考』をカンヌでプレミア上映したわけです。深沢七郎の原作は、今村昌平監督による再映画化作品が1983年のカンヌでパルム・ドールを受賞しており、フランスでは今村作品の方が有名なのですが、今回の修復で美しく蘇った木下恵介作品がこれから広く見られることによって、木下恵介という異才にも注目が集まるのではないかと思います。

 写真上はアッバス・キアロスタミ監督の『ライク・サムワン・イン・ラヴ』の1シーン。

 写真下は上映前に、1956年のヴェネチア映画祭のコンペに出品された際に『楢山節考』をごらんになったウルリッヒ・グレゴール氏が、当時の模様や作品の歴史的意義を話してくださっている模様です。

(齋藤敦子)

(1)大統領選の影響も/モレッティ新審査委員長に期待

2012/05/18

1_1.jpg 第65回カンヌ国際映画祭が5月16日の夜、開会式を迎えました。司会を務めるのは、今年のアカデミー賞を制覇した『アーティスト』の主演女優ベレニス・ベジョ。オープニングを飾るのは、初めてのアメリカ映画でコンペ作品でもあるウェス・アンダーソン監督の『ムーンライズ・キングダム』。1965年、ボーイスカウトの少年と問題を抱えた少女の逃避行を、絵本のようなポップな色調と独特のアングルで描いたオフビート・コメディ。ボーイスカウトの隊長エドワード・ノートン、警察署長ブルース・ウィリス、少女の父親ビル・マーレイ、福祉委員ティルダ・スウィントンら、豪華な配役が開会式のレッドカーペットに登場し、待ち構えていたファンを喜ばせました。

 例年よりも開幕が遅いのは、5月7日が大統領選挙の最終投票日に当たり、政治的な混乱を配所したから。新大統領フランソワ・オランド氏の就任式が15日に行われましたが、その後、首相に指名されたのは、びっくり、この欄の三大陸映画祭レポートでもお馴染み、ナントのジャン=マルク・エロー市長。二十数年前、市長になったばかりのエローさんに、桂直之さんら日本人プレスの一員として市庁舎に招かれたことを懐かしく思い出しました。

1_2.jpg 開会式を夜に控えた16日の午後、審査員の記者会見が行われました。今年の審査員長は『息子の部屋』でパルム・ドールを受賞、昨年も『ローマ法王の休日』をコンペに出品した映画監督のナンニ・モレッティ。俳優でもあり、映画製作・配給も手がけて いる彼の審査員長は、まさに適任だと思います。審査員は他に監督のアンドレア・アーノルド、アレクサンダー・ペイン、ラウール・ペック、俳優のユワン・マクレガー、女優のダイアン・クルーガー、エマニュエル・ドヴォス、ヒアム・アッバス、デザイナーのジャン=ポール・ゴルチエで、合計9人で22本のコンペ作品を審査します。

 写真上は会場風景。今年はマリリン・モンローの没後50周年にあたり、会場は50年経っても未だに世界のアイドルであり続けるマリリンのイメージで埋め尽くされています。

 写真下は審査員記者会見の模様で、左からエマニュエル・ドヴォス、ナンニ・モレッティ、ダイアン・クルーガー、ジャン=ポール・ゴルチエです。

 

(齋藤敦子)
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