シネマに包まれて-映画祭報告

presented by 河北新報

(9・完)前評判通りの高評価/パルムドールに「アデルの人生」

2013/05/28

palm2013.jpg 26日夜の授賞式では、いつものように短編コンペとカメラ・ドールから結果発表が始まったのですが、コンペ部門の賞に入って、例年なら審査員賞のところを、まず男優賞が発表されたので、ちょっとびっくりしました。男女優賞の次が脚本賞だったのも例外的でしたが、最後のパルム・ドールで、『アデルの人生』のケシシュ監督と主演の二人の女優の名前が呼ばれたときに、その理由がわかった気がしました。

 おそらく、最高賞と他の賞が重複できないという映画祭の規約があるため、本来ならパルムと女優賞の2賞を『アデルの人生』に与えたいところを、このような措置にしたのではないでしょうか。昨年のヴェネチア映画祭でも、男優賞が動かなかったために金獅子賞が入れ替わったことは、この欄でも触れました。実はこのように規約が改正されるきっかけを作ったのは、1991年に審査員長のロマン・ポランスキーがコーエン兄弟の『バートン・フィンク』にパルム、監督賞、男優賞の3賞を与えたことで、今年は当のポランスキーもコーエン兄弟も、揃ってコンペにエントリーしていたのには歴史を感じました。

 パルム・ドールの『アデルの人生』は、15歳の女子高生アデルが、髪を青く染めた美大生のエマに恋をし、熱烈に愛し合うようになるが、ちょっとした浮気が原因で別れてしまうまでを、アデルが高校を卒業し、小学校の先生になるまでに渡って描いたもので、"第1章&第2章"という副題がついていて、これからまだ続きがあることを匂わせています。当初から前評判が高かった作品で、上映後はフランスを中心とした批評家から全面的に支持され、その勢いのままにパルム受賞となりました。

 写真は左からアブデラティフ・ケシシュ監督、アデル・エグザルコプロス、レア・セドゥです。

 日本にとって大きな喜びは、是枝裕和監督の『そして父になる』が審査員賞に選ばれたことでしょう。こちらではフランスで1988年に大ヒットしたエチエンヌ・シャティリエーズ監督の『人生は長く静かな河』にストーリーがそっくりだと指摘されていたのですが、設定は同じでも作品の質がまったく違うので、審査のマイナスにはならなかったようです。

 女優賞のベレニス・ベジョは、2011年にジャン・デュジャルダンが男優賞を獲った『アーティスト』の相手役で、監督ミシェル・アザナヴィシウスの妻でもある人。『アーティスト』はコメディでしたが、今回はアスガー・ファルハディ監督の丁寧な演出に応えての、シリアスな演技で実力が認められました。

 男優賞のブルース・ダーンは1936年生まれで、ヒッチコックの遺作『ファミリー・プロット』や、ハル・アシュビーの『帰郷』で知られる性格俳優。最近ではタランティーノの『ジャンゴ繋がれざる者』にも顔を出していました。1990年にパルム・ドールを受賞した『ワイルド・アット・ハート』に主演したローラ・ダーンの父親でもあり、23日の記者会見には娘のローラも姿を見せていました。

 アレクサンダー・ペイン監督の『ネブラスカ』は、雑誌が販促で送った懸賞広告を当選したものと信じる父親を連れて、モンタナからネブラスカへ車で
旅する息子の姿をモノクロームで描いたロード・ムービー。アメリカ中西部の広大な風景の中で、ささやかに生きてきた頑固で無口な老人をブルース・ダーンが見事に体現していました。


◎受賞結果

【コンペティション部門】
パルム・ドール:『アデルの人生』監督アブデラティフ・ケシシュと主演アデル・エグザルコプロス、レア・セドゥ。(フランス)
グランプリ:『インサイド・ルウェイン・デイヴィス』監督イーサン・コーエン、ジョエル・コーエン(アメリカ)
監督賞:アマット・エスカランテ 『エリ』(メキシコ)
審査員賞:『そして父になる』監督 是枝裕和(日本)
脚本賞:ジャ・ジャンクー 『天注定』監督ジャ・ジャンクー(中国)
女優賞:ベレニス・ベジョ 『過去』監督アスガー・ファルハディ(フランス/イラン)
男優賞:ブルース・ダーン 『ネブラスカ』監督アレクサンダー・ペイン(アメリカ)

【短編コンペティション部門】
パルム・ドール:『金庫』監督ムン・ビョンゴン(韓国)
次点:『鯨の谷』監督グドムンドル・アルナー・グドムンドソン(アイスランド)
『37°4S』監督アドリアーノ・ヴァレリオ(イタリア)


カメラ・ドール賞
『イロ・イロ』監督アンソニー・チェン(シンガポール)

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【グランプリ】

コーエン兄弟に代わってグランプリの賞を受けたオスカー・アイザック

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【監督賞】

監督賞のアマット・エスカランテ監督

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【審査員賞】

審査員賞の是枝裕和監督

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【脚本賞】

脚本賞のジャ・ジャンクー監督

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【女優賞】

女優賞のベレニス・ベジョ

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【男優賞】

帰国したブルース・ダーンに代わって賞を受けたアレクサンダー・ペイン監督

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【短編コンペ部門パルム・ドール】

左からアドリアーノ・ヴァレリオ監督、ムン・ビョンゴン監督、グドムンドル・アルナー・グドムンドソン監督

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【カメラ・ドール】

アンソニー・チェン監督と審査員長のアニエス・ヴァルダ

(齋藤敦子)

(8)ある視点賞にリティー・パニュ監督の「失われた映像」

2013/05/26

cannes_p13_08_01.jpg 授賞式を前にして、23日には会期が一番短い批評家週間の賞が発表になり、24日夜に監督週間の授賞式、25日午後にエキュメニック賞と国際映画批評家連盟賞(FIPRESCI)、同夜、ある視点部門の授賞式が行われ、エキュメニック賞の次点に、是枝裕和監督の『そして父になる』が選ばれました。

 今年の映画祭で私が最も感銘を受けた作品が、ある視点賞を受賞したリティー・パニュ監督の『失われた映像』だったので、審査員長のトマス・ヴィンターベアから祝福されるパニュ監督を見ていて、とても感激しました。

 リティー・パニュ監督は1964年にカンボジアのプノンペンで生まれ、クメール・ルージュの政権下、迫害を受けて両親を亡くし、79年にタイに逃れて、パリの高等映画学院で映画を学んだドキュメンタリー作家です。
 
 『失われた映像』というのは、クメール・ルージュがすべての文化を破壊しつくしたため、映像といえばプロパガンダとして撮られたものしか残っていない当時の状況を、粘土で作った人形を使って再現したもの。クメール・ルージュによってプノンペンに住んでいた人々が家を追い出され、粗末な収容所に入れられて、強制労働や栄養失調、拷問や密告で人が死んでいく残酷で過酷で悲惨な毎日が、"人形劇のように"再現されていくのです。そこに、失われたものなら作ればいい、絶対に忘れるものかというパニュ監督のすさまじい執念を感じて胸が痛くなりました。

cannes_p13_08_02.jpg 『失われた映像』は一種のドキュメンタリーですが、フィクションとして私が一番好きだった映画が、やはりある視点部門で上映され、監督賞を受賞したアラン・ギロディ監督の『湖の見知らぬ他人』でした。

 ギロディ監督の作品は2009年に『キング・オブ・エスケープ』が東京国際映画祭のワールドシネマ部門で上映されているので、彼の特異な世界を既に知っている方もいるでしょう。『キング・オブ・エスケープ』は同性愛者の中年男と若い娘の逃避行でしたが、今回はそのものずばり、湖畔のヌーディストビーチが舞台。主人公は恋の相手を探しに来た若くてハンサムなフランク。やっと理想の男性ミシェルに巡り合ったものの、ミシェルの元の恋人が溺死体で見つかり、刑事が捜査を始めたことで、フランクの心に疑惑が兆して...、というもの。前半は、ヌーディストビーチに紛れ込んだ普通の太った中年男とフランクとのユーモラスな関係がコメディのように描かれ、浜辺で相手を探し、森の中でセックスする同性愛者たちの生態がハードコアで描かれ、中盤から溺死事件をめぐってサスペンスになっていくという展開。とはいえ、同性愛という要素を除けば、まるでエリック・ロメールの映画のような、フランス映画らしい、とても面白いラブストーリーだと思いました。

 写真(上)は、審査員長のトマス・ヴィンターベアと握手するリティー・パニュ監督、写真(下)は監督賞のアラン・ギロディ監督です。


◎ある視点部門受賞結果

ある視点賞:『失われた映像』リティー・パニュ(カンボジア)

審査員賞:『オマール』ハニ・アブ=アサド(パレスチナ)

監督賞:アラン・ギロディ『湖の見知らぬ他人』(フランス)

ある才能賞:『金の檻』ディエゴ・ケマダ=ディエス(スペイン)

未来賞:『フルートヴァル駅』ライアン・クーグラー(アメリカ)

国際映画批評家連盟賞

コンペティション部門:『アデルの人生』アブデラティフ・ケシシュ(フランス)

ある視点部門:『原稿は燃えない』モハマッド・ラスロフ(イラン)

監督&批評家週間部門:『青い廃墟』ジェレミー・ソーニア(アメリカ)

エキュメニック賞

『過去』アスガー・ファルハディ(イラン)

次点『そして父になる』是枝裕和(日本)

『ミエレ』ヴァレリア・ゴリーノ(イタリア)

(齋藤敦子)

(7)小津論豊かに/「秋刀魚の味」デジタル版を披露

2013/05/25

cannes_p13_07_01.jpg 23日の午後、カンヌ・クラシック部門で小津安二郎監督の名作『秋刀魚の味』のデジタル・リマスター版ワールドプレミア上映がありました。『秋刀魚の味』は小津監督の遺作で、数少ないカラー作品ですが、これまでは褪色したフィルムしか存在していなかったのを、小津安二郎生誕110周年記念行事の一環として、松竹とフィルムセンターが共同でデジタル・リマスター版を制作、今回のカンヌでのお披露目となりました。

cannes_p13_07_02.jpg 上映の前には映画祭ディレクター、ティエリー・フレモー氏の挨拶があり、コンペに作品をエントリーしているジャ・ジャンクー監督、是枝裕和監督が登壇し、短い時間ながら、それぞれの小津体験を話してくれました。それによると、ジャ監督は、北京電影学院で学んでいた頃に小津映画を知り、文革以降、家族が描かれることの少なくなった中国映画と違って、家族が描かれていること、小津が描く戦後の日本と現在の急激に進化する中国社会に共通のものを感じたことの2点で小津映画に惹かれたそうです。

 また、個人的には、是枝監督の「小津は映画の外側に立って、神様の視点ではなく戦争を生き残れなかった者の視線で、その後を生きた人たちを観察して描いている」という発言に、まったく同感でした。戦後の小津作品を見るとき、私は決まって小津と兄弟のように交流のあった山中貞雄との別れを連想するのです。招集されて、それぞれ中国戦線へ向かった小津と山中は、1938年1月に南京郊外で再会するのですが、その年の9月に山中が戦病死してしまうので、それが最後の別れとなってしまいます。その時に二人が何を語ったかは想像するしかありませんが、山中の訃報を聞いた後、小津は、最後に見た山中の顔を何度も何度も思い出したでしょう。私は戦後の日本を見る小津のシニカルな視線の背後に、そのときの山中の目を感じるのです。

 小津安二郎監督の生誕110年、没後50年に当たる今年は、これから国内外で小津関係のイベントが数多く予定されているようです。日本でも間もなく、美しく復元されたカラーの小津作品が見られることと思います。

 写真上は、上映に先立って行われたプレス取材のときのもので、是枝裕和監督(左)、ジャ・ジャンクー監督。写真下は上映前の模様で、左から是枝監督、ジャ監督、松竹の映像ライツ部の森口和則部長、映画祭ディレクターのティエリー・フレモー氏です。

(齋藤敦子)

(6)1960年。ボブ・ディラン直前/「インサイド・ルウェイン・デイヴィス」

2013/05/23

inside02.bmp 日曜夜のクロージングが近づき、映画祭も残すところあと4日。まだジェームズ・グレイやジム・ジャームッシュなど数本のコンペティション作品の上映がありますが、これまでのところ、ジャーナリストの間で評価が高いのは、まずコーエン兄弟の『インサイド・ルウェイン・デイヴィス』、続いて僅差でイランのアスガー・ファルハディの『過去』、フランソワ・オゾンの『ヤング&ビューティフル』、パオロ・ソレンティーノの『グレート・ビューティ』、是枝裕和の『そして父になる』などが並んでいます。

 『インサイド・ルウェイン・デイヴィス』は、1960年のニューヨークを舞台に、ライブ・ハウスで歌いながら細々と生活しているルウェイン・デイヴィスというフォーク歌手を主人公に、まだマスコミも未発達なら大きなレーベルもなかった頃のミュージック・シーンを描いたもの。60年とはっきり年が指定されているのは、その翌年にボブ・ディランがニューヨークに現れ、以後のミュージック・シーンが変わっていくからに他なりません。

 ルウェイン(Llewyn)という不思議な綴りの名前は、ディランと同じウェールズ名ですが(おそらくはディラン同様、芸名であることをほのめかしたもの)、コーエン兄弟がモデルにしたのはデイヴ・ヴァン・ロンクという実在のフォークシンガーだそうです。ヴァン・ロンクがそうであるように、ルウェインを始め、映画に登場するミュージシャンたちは、ディランの登場によって忘れられていく運命にあります。こういったハリウッド映画の題材になるようなヒーローではなく、勝ち組の輝きの陰にいる、奇妙な負け組の人々を独特のユーモアに包んで描くのがコーエン兄弟の特徴で、今回もアイゼンハワー政権下のアメリカの停滞感と暗さがスクリーンからじんわり滲み出してくるような、ブラックというよりは灰色のコメディになっていました。

 コーエン兄弟は1991年に『バートン・フィンク』でパルム・ドールを受賞していますが、その2年前に長編デビュー作の『セックスと嘘とビデオテープ』でパルムを受賞した、カンヌの申し子のような監督がスティーヴン・ソダーバーグです。私もよく覚えているのですが、89年はヴィム・ヴェンダースが審査員長で、大方の予想を裏切って、最も評判のよかったジュゼッペ・トルナトーレの『ニュー・シネマ・パラダイス』ではなく、ソダーバーグを選んだことには誰もがびっくり仰天しました。けれども、ソダーバーグのその後の活躍を見れば、ヴェンダースの判定の正しさがよく分かる気がします。

 とはいえ、アメリカでインディーズを貫くことは、ソダーバーグをもってしても難しいらしく、今回の『燭台の陰で』もHBOというテレビ局のテレビ映画として制作されました。

 『燭台の陰で』は、ラスベガスのショーで活躍し、87年にエイズで亡くなったピアニストでエンターテイナーのリベラーチェの晩年を、年下の恋人だったスコット・トーソンとの関係から描いたもの。題名は、リベラーチェのトレードマークだった、グランドピアノの上に置かれた燭台を指しています。

 この映画の大きな話題は、リベラーチェをマイケル・ダグラス、スコットをマット・デイモンが演じたこと。ガン闘病後、初の映画出演となったダグラスにとっても感慨が深かったようで、記者会見で闘病のことを率直に語るうちに声を詰まらせてしまう場面もあったそうです。キンキラ衣装に身を包んで舞台で宙乗りまで見せるダグラスの怪演に、ぜひ男優賞をと思ったのは私だけではないでしょう。

 写真は「インサイド・ルウェイン・デイヴィス」の1シーンです。

(齋藤敦子)

(5)三池ファンの期待集まる「藁の楯」

2013/05/21

canne_13p_05.jpg 映画祭が折り返した19日の日曜には、ぐずついていた天気も回復し、会場前はコーエン兄弟のコンペ出品作『インサイド・ルウィン・デイヴィス』に出演した歌手で俳優のジャスティン・ティンバーレイクを一目見ようと多くの若い女性ファンが集まっていました。

19日から20日かけては、フランスで活躍するイタリア出身の女優ヴァレリア・ブルーニ=テデスキ(サルコジ元大統領夫人カルラ・ブルーニの姉)が監督したコンペ作『イタリアの城』や、人気俳優ギヨーム・カネが70年代のフランス映画をアメリカでリメイクしたフィルム・ノワール『ブラッド・タイズ』、『スパイダーマン』や『オズはじまりの戦い』で知られるハリウッド・スターのジェームズ・フランコの監督作『私が横たわって死ぬように』の上映があり、彼らと出演スターたちの登場で映画祭が華やかに盛り上がりました。

 その盛り上がりが最高潮の20日の夜に2本目の日本映画『藁の楯』の公式上映があり、会場に詰めかけた大勢の三池ファンから、監督、主演の大沢たかおさん、松嶋菜々子さんに大きな拍手が贈られました。

 『藁の楯』は既に日本で封切られているので、ご存知の方も多いと思いますが、10億円という賞金が掛けられた殺人犯を福岡から東京まで護送することになった警視庁のSPの活躍を描いたもの。10億円という法外な賞金のために、日本人全体が敵になり、身内さえも信用できないという異常な状況の中、どこまで正義が貫けるのかがテーマになっています。

 実は、カンヌ映画祭のコンペ部門の作品は、ワールドプレミア(自国を含め、どの国でも未公開)が条件なのですが、日本で公開されている『藁の楯』はインターナショナルプレミア(自国以外の国で未公開)となり、それでもコンペに選ばれたということは、それだけ三池監督に対するカンヌの期待が高いことを表しています。

 写真は記者会見に登場した三池崇史監督、松嶋菜々子さん、大沢たかおさんです。この映画は、規制が厳しい日本では撮影許可が下りないため、新幹線などのアクション場面のほとんどは台湾で撮影されているのですが、そのことについて聞かれた三池監督は、「低予算映画を撮っていた頃に台湾の人たちに助けてもらった。今度も快く引き受けてくれて、また台湾に助けられた、感謝している」と話していました。

(齋藤敦子)

(4)親との子の絆に共感/是枝監督の「そして父になる」

2013/05/20

cannes_13p_04.jpg 映画祭4日目、18日の夜に、最初の日本映画、是枝裕和監督の『そして父になる』の公式上映がありました。この日は朝から雨が降り続き、レッドカーペットもあいにくの雨でしたが、2001年に『DISTANCE/ディスタンス』、04年に『誰も知らない』をコンペに、09年に『空気人形』をある視点に出品し、カンヌのみならず、国際的にも知名度の高い是枝監督の新作だけに、多くの観客が詰めかけました。前日の夜に行われたプレス上映でも反応は抜群で、これまでのコンペ作品の中で一番大きな拍手を受けたとのことです(私は東京の試写で拝見したので、監督週間にマルセル・オフュルス監督の『ある旅人』を見に行きました)。

 『そして父になる』は、6歳になる自分の息子が出生時に病院で取り違えられていたことがわかった男が、改めて息子との関係を築き直しながら、自分も父親として成長していくという物語。親子の絆という普遍的なテーマのうえに、一方が高層マンションに住むエリート・サラリーマン夫婦(福山雅治、尾野真千子)、他方が地方都市の電気屋夫婦(リリー・フランキー、真木よう子)、一方は厳しく子育てし、他方は放任主義と、シンプルな色分けがなされていて、たとえ言葉の壁があってもわかりやすいし、子役二人(二宮慶多、黄升炫)の自然な演技が微笑ましいので、海外にも十分受け入れられる作品になっていると思います。

 写真は18日の昼に行われた記者会見の模様で、左から黄升炫くんと是枝監督、二宮慶多くんと福山雅治さん、尾野真千子さん、真木よう子さん、リリー・フランキーさんです。再び家族を映画のテーマに選んだ理由を聞かれた是枝監督は、父親を亡くされたり、ご自身が父親になったりして、家族に対する考え方、立ち位置が変わってきたことを挙げていました。

(齋藤敦子)

(3)どう守る?自由な製作の現場

2013/05/20

young&beautiful03.jpg オープニングの日から天気が崩れ、雨模様のぐずついた日々が続いています。去年は大統領選挙を避けて、いつもより1週間ほど開幕を遅らせたのですが、今年も昨年を踏襲し、例年より遅めの開催。おかげで天気も去年を引きずったということなのでしょうか。

 さて、オランド大統領率いる社会党政権のこの1年の採点簿が今マスコミを賑わしていますが、実は昨年はフランス映画界にとっては観客動員も製作本数も記録的だったのだそうで、その好調を反映してか、今年のカンヌではいつも以上にフランス映画がクローズアップされています。

 コンペ部門を例にあげると、フランソワ・オゾン、アルノー・デプレシャン、ヴァレリア・ブルーニ=テデスキ、アブデラティフ・ケシシュ、アルノー・デ・パリエール、アスガー・ファルハディ、ロマン・ポランスキーの作品がフランスの製作会社を母体として製作されたもの。それも、オゾンの『ヤング&ビューティフル』は、フランス人の監督がフランス人の俳優を使ってフランスで撮った純粋なフランス映画ですが、フランスを拠点に活躍する女優ヴァレリア・ブルーニ=テデスキが母国イタリアで撮った『イタリアの城』や、『別離』でアカデミー外国語映画賞を受賞したイランのアスガー・ファルハディが、フランスでフランス人のスタッフ&キャストを使って撮った『過去』(昨年のアッバス・キアロスタミが日本で撮った『ライク・サムワン・イン・ラヴ』と同じケース)など、バラエティに富んでいます。

 しかし、フランス映画界の好調には早くも暗雲がきざしています。それは、撮影現場の労働条件をさらに厳しく管理する法案が提出されていることで、法案が可決されると、今までスタッフやキャストのギャラを削ったり、深夜まで撮影を続けたりといったギリギリの状態で作られてきた小規模なインデペンデント映画の現場が直撃され、ヌーヴェル・ヴァーグ以来のフランス映画の美点である、少人数のスタッフによる自由な映画作りが不可能になってしまうのです。

 昨年、この欄の東京フィルメックス・レポートで、邦画は興行的には好調なものの、小規模な映画作りがさらに厳しい状態になっているという市山尚三ディレクターのお話をお伝えしましたが、同じことがフランスでも起こっているということでしょうか。富めるものはさらに富み、貧しいものはさらに貧しくという世界的な階級の二極化が映画界を浸食している、そんな印象を受けています。

 写真はフランソワ・オゾン監督の「ヤング&ビューティフル」の1シーンです。

(齋藤敦子)

(2)日常と暴力性の共存

2013/05/18

cannes_p13_0201.jpg  紙吹雪や花火や風船が3Dでスクリーンを舞い踊った幻惑的な『華麗なるギャツビー』の後、コンペ部門のトップバッターとして登場した、メキシコのアマット・エスカランテ監督の『エリ』で、いきなり世界の厳しい現実に引き戻されてしまいました。

 主人公はメキシコの片田舎に住んでいる青年エリ。自動車の組み立て工場で働きながら、老いた父親と妻と幼い息子、14歳の妹と平和に暮らしていた彼が、警官見習いの妹のボーイフレンドが、警察が押収したコカインを盗んで自宅に隠したことで、とんでもない事態に巻き込まれてしまう、というもの。

 エスカランテは、昨年『闇の後の光』で監督賞を受賞したカルロス・レイガダスの友人で、メキシコのニューウェーブを代表する映画作家の一人。長編デビュー作の『サングレ』は05年のある視点部門で上映され、FIPRESCI賞受賞、東京国際映画祭のコンペ部門でも上映されています。『エリ』は2010年のサンダンス映画祭でNHK国際映像作家賞を受賞した企画の映画化で、冒頭のマフィアに誘拐された男が歩道橋から吊るされるというショッキングな場面で度肝を抜かれ、マフィアと腐敗した警察が分かちがたく混在し、日常と暴力性が共存する地方都市の緊張感と閉塞感が茫漠とした荒野にみなぎっている、ちょっと怖ろしい作品でした。

 日常と暴力性の共存といえば、コンペ部門の唯一の中国映画、ジャ・ジャンクー監督の『天注定(原題)』も、まさにそんな作品でした。映画は、山西省、重慶、湖北省、広東省という4つの地方都市で実際に起きた3件の殺人と1件の自殺を元に、急激な経済成長の裏で起きている社会のひずみを描いたもの。4つの事件のそれぞれの登場人物を通じて今の中国社会を旅する、ある意味でロードムービーのような作品になっていました。

 監督によれば、今は微博(ウェイポー)という中国のツイッターにこういった暴力事件が瞬時に話題に取り上げられているのだそうで、その中から4件を選び、実際に現地に行って関係者に取材し、フィクションとして脚本を書き、京劇や武侠映画(いわゆるカンフー映画)といった古典的な手法を取り入れ、過去から現代に通じる普遍的な映画にしたのだそうです。ちなみに、この作品の英語題『A touch of sin』は、キン・フー監督の傑作『侠女』(英語題はA touch of zen)にオマージュを捧げたものです。

 ジャ・ジャンクーはデビュー作から一貫して庶民の側に立って社会を見つめてきた監督で、彼のフィルモグラフィーを追っていくと中国社会の進化と変化を俯瞰できるのですが、この作品で描かれている、売春を迫る男性客に札束で顔を何度も殴られるサウナの受付係とか、高級売春宿で紅衛兵の制服を着て行進する少女たちを物色する客の男たちを見ていると、初期の『プラットホーム』や『青の稲妻』の時代から、中国は何と遠くまで来てしまったことかと、ある種の感慨を覚えました。

 写真は『天注定』の記者会見の模様で、記者の質問に答えるジャ・ジャンクー監督と主演のチャオ・タオさんです。

(齋藤敦子)

(1)開幕はディカプリオの「ギャツビー」

2013/05/16

cannes_p13_0100.jpg 5月15日夕、第66回カンヌ国際映画祭が開幕しました。開会式の司会を務めるのは、『アメリ』の大ヒットで日本でもお馴染みの女優オドレイ・トトゥ、開幕を飾る作品はバズ・ラーマン監督の『華麗なるギャツビー』です。

 『華麗なるギャツビー』は、誰もがその名を知りながら、誰も素性を知らない謎の男ギャツビーと、彼が一途に愛した人妻デイジーとの悲恋を描いたF・スコット・フィッツジェラルドの小説の6度目の映画化です。前回(74年)の映画化ではギャツビーをロバート・レッドフォード、デイジーをミア・ファロー、語り手のニックをサム・ウォーターストンが演じていましたが、今回はギャツビーにレオナルド・ディカプリオ、デイジーにキャリー・マリガン、ニックにトビー・マグワイアという顔ぶれ。何よりも『ロミオ&ジュリエット』や『ムーラン・ルージュ』といった華麗な映像テクニックで知られるラーマンが、フィッツジェラルドを(しかも3Dで!)映画化するというので、どんな変化球になるのか大いに注目されていたのですが、意外に原作の精神に沿った、けれども、映画というよりはスペクタクルのような作品になっていました。

 今年の審査員長はスティーヴン・スピルバーグ。それに女優ニコール・キッドマン、ヴィディア・バラン、俳優のダニエル・オートイユ、クリストフ・ヴァルツ、監督のアン・リー、クリスティアン・ムンジウ、リン・ラムジー、河瀬直美の9人です。こう見ると、監督と俳優ばかりで、作家や作曲家など、他ジャンルやスタッフの側から映画を判断する人がいないことに気づきます。このことが結果にどう響くのか、楽しみでもあり、心配でもありますが。

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 そして、今年のもう1つの大きな話題は、是枝裕和監督の『そして父になる』と三池崇史監督の『藁の楯』の2本がコンペティション部門に選ばれたことでしょう。去年はコンペに日本映画が1本もなかったのですから、びっくりするほどの変化です。


 三池監督は、昨年コンペ外招待作品として上映された『愛と誠』に続く登場で、期待の大きさが分かりますが、監督も俳優も現れずにファンを寂しがらせた昨年とは違って、監督を始め、主演俳優も揃ってカンヌ入りするそうですから、レッドカーペットを華やかに盛り上げてくれるでしょう。

 写真(上)は15日朝のプレス上映後、すぐに行われた記者会見の模様で、バズ・ラーマン監督(左)と主演のレオナルド・ディカプリオ。写真(下)は審査員記者会見の模様で、左からインドの女優ヴィディア・バラン、スピルバーグ監督、河瀬直美監督です。

(齋藤敦子)
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