シネマに包まれて-映画祭報告

presented by 河北新報

(8・完)ジェイラン監督の「冬の眠り」がパルムを獲得/グランプリに「ワンダーズ」

2014/05/26

cannes_2014_p08_01.jpg 24日夜、主会場のリュミエールで授賞式が行われました。賞の発表に入る前に、長年映画祭を牽引してきたプレジデントのジル・ジャコブ氏が今回限りで引退されるための挨拶があり、会場全体がスタンディングオヴェーションで氏の貢献に拍手を贈りました。

 受賞結果は以下の通りです。前評価の高かったヌリ・ビルゲ・ジェイラン監督の『冬の眠り』が見事パルムを獲得、トルコ映画生誕百年の記念の年に華を添えました。2011年に『昔々アナトリアで』でグランプリを受賞したときはどことなく不満顔だった監督も、今
回は"1等と2等では(喜びが)全然違う"と満面の笑みでした。

 グランプリを獲得したアリーチェ・ロルヴァケル監督の『ワンダーズ』は、イタリアの寒村に住み着き、養蜂をしながら自給自足で暮らす家族の、怒ってばかりいて経済観念のないドイツ人の父親と、しっかり者の長女の関係を描います。撮影はすべて手持ちカメラで、まるで家族の中に入り込んだような親密さと、子供達の自然な表情をとらえた演出が素晴らしい、個性的な作品でした。

 審査員賞のグザヴィエ・ドラン監督は、2009年に監督デビュー作の『マイ・マザー』を監督週間に出品し、3賞を独占して"恐るべき子供"と言われた天才少年。翌年2作目の『胸

cannes_2014_p08_02.jpg

騒ぎの恋人』をある視点部門に出品し、若い視点賞を受賞、4作目の『トム・アット・ザ・ファーム』を昨年ヴェネツィア映画祭のコンペに出品し、国際映画批評家連盟賞受賞と、着実にキャリアの階段を昇ってきたところ。カンヌのコンペ出品には特別な思いがあったようで、秘かに狙っていたパルムが獲れなくてがっかりしていましたが、25歳で5本の長編監督作品とこれだけの受賞歴があれば立派なもの。前途洋々の期待の星です。

 今年の驚きは、25歳のグザヴィエ・ドラン監督と83歳のジャン=リュック・ゴダール監督が同じ審査員賞を分け合ったことでしょう。その『言語よ さらば』は3Dという映像表現に、従来にない、まったく新しい視点を持ち込んだ、とびきり面白い作品でした。今年3月に91歳で亡くなったアラン・レネ監督が、2月のベルリン映画祭に出品した遺作『愛し、飲み、歌い』で、若手監督に授与されるアルフレッド・バウワー賞を受賞したことを思うと、実年齢は精神の若さや創作力とはまったく関係がないのだなと思います。ゴダール監督は今年もカンヌに現れず、彼のウィットに富んだ知的な記者会見を楽しみにしていたので、とても残念でした。
 写真(上)はパルム・ドール 『冬の眠り』のヌリ・ビルゲ・ジェイラン監督

 写真(下)はグランプリ 『ワンダーズ』のアリーチェ・ロルヴァケル監督


【受賞結果】
●コンペティション部門
パルム・ドール:『冬の眠り』監督ヌリ・ビルゲ・ジェイラン(トルコ)
グランプリ:『ワンダーズ』監督アリーチェ・ロルヴァケル(イタリア)
監督賞:ベネット・ミラー『フォックスキャッチャー』(アメリカ)
審査員賞:『マミー』監督グザヴィエ・ドラン(カナダ)
     『言語よ さらば』監督ジャン=リュック・ゴダール(スイス)
脚本賞:アンドレイ・ズビヤギンツェフ、オレグ・ネギン
    『リヴァイアサン』監督アンドレイ・ズビヤギンツェフ(ロシア)
女優賞:ジュリアン・ムーア
    『スターへの地図』監督デヴィッド・クローネンバーグ(カナダ)
男優賞:ティモシー・スポール
    『ミスター・ターナー』監督マイク・リー(イギリス)

●短編コンペティション部門
パルム・ドール:『レイディ』監督シモン・メサ・ソト(コロンビア)
次点:『アイッサ』クレマン・トレイン=ラランヌ(フランス)
  『イエス・ウィー・ラヴ』ハルヴァー・ヴィッソ(ノルウェー)

●ある視点部門
ある視点賞:『白い神』監督コルネル・ムンドルーチョ(ハンガリー)
審査員賞:『ツーリスト』監督ルーベン・オストルンド(スウェーデン)
特別賞:『地の塩』監督ヴィム・ヴェンダース、フリアノ・リベイロ・サルガド
アンサンブル賞:『パーティ・ガール』監督マリー・アマシュケリ、クレール・ビュルジェ、サミュエル・テス(フランス)
俳優賞:デヴィッド・グルピリル『チャーリーズ・カントリー』監督ロルフ・デ・ヒーア(オーストラリア)

●カメラドール(新人監督賞)
『パーティ・ガール』監督マリー・アマシュケリ、クレール・ビュルジェ、サミュエル・テス(フランス)

●シネフォンダシオン部門
1位:『スカンク』監督アニー・シルヴァースタイン(アメリカ)
2位:『オー、ルーシー!』監督 平柳敦子(日本)
3位:『サワードウ』監督フルヴィオ・リスレオ(イタリア)
   『大きな画』監督デイジー・ジェイコブス(イギリス)

●国際映画批評家連盟賞
コンペティション部門:『冬の眠り』監督ヌリ・ビルゲ・ジェイラン
ある視点部門:『ハウハ』監督リサンドロ・アロンソ(アルゼンチン)
監督週間・批評家週間部門:『闘う人たち(一目惚れ)』監督トマ・ケレー(フランス)

●エキュメニック賞
『ティンブクトゥ』監督アブデラマン・シサコ

cannes_2014_p08_03.jpg監督賞 『フォックスキャッチャー』のベネット・ミラー監督

cannes_2014_p08_04.jpg審査員賞 『マミー』のグザヴィエ・ドラン監督

cannes_2014_p08_05.jpg

脚本賞 『リヴァイアサン』のアンドレイ・ズビヤギンツェフ監督

 

cannes_2014_p08_06.jpg

男優賞 『ミスター・ターナー』のティモシー・スポール

cannes_2014_p08_07.jpg

短編コンペ部門 左からパルム・ドール『レィディ』シモン・メサ・ソト監督。次点『アイッサ』のクレマン・トレイン=ラランヌ監督、『イエス・ウィー・ラヴ』のハルヴァー・ウィッソ監督

cannes_2014_p08_08.jpg

カメラ・ドール 『パーティ・ガール』の3人の共同監督。左からマリー・アマシュケリ、クレール・ビュルジェ、サミュエル・テス

(齋藤敦子)

(7)固定カメラでドキュメンタリー/ウクライナの政治追う「マイダン」

2014/05/24

cannes_2014_p07_01.jpg 3年前にこの欄でも書きましたが、2011年5月、まさに映画祭開催中にIMF(国際通貨基金)の専務理事で次期大統領とも言われたドミニク・ストロス=カーン(略称DSK)がニューヨークでレイプ事件を起こして逮捕され、フランス中がひっくり返るような大騒ぎになりました。あの年はすぐ続いてラース・フォン・トリアーのペルソナ・ノングラータ事件も起き、3月の大震災とは比べものにならないものの、カンヌも揺れた年でした。

 3年後、そのDSKがカンヌに帰ってきた、といっても本人ではなく、映画として。それが、スキャンダルが大好きなアベル・フェラーラ監督の『ウェルカム・トゥ・ニューヨーク』で、18日にワールドプレミア上映されました。DSKを思わせる人物を演じたのはジェラール・ドパルデュー、その妻にジャクリーン・ビセット。インスパイアされたと断ってはいるものの、内容はまさにあのレイプ事件そのもので、DSKの弁護士が名誉毀損で訴えると息巻いているとか。実際の事件は、被害者の証言があいまいとの理由で検察側が告訴を断念、うやむやのまま終わりましたが、翌年、今度はDSKが売春斡旋容疑で逮捕されるに及んで、それまで私財をなげうって夫を支えてきたジャーナリストのアンヌ・サンクレール夫人も、さすがに愛想がつきて離婚。事件後、社会党はDSKに替わってフランソワ・オランドを立てて大統領選挙に勝利したものの、現在は支持率が低迷し、今回のヨーロッパ議会選挙では極右の国民戦線に大きく水をあけられている、という状況。3年の歳月は短いようで意外に長いものです。

 映画祭の初めに見た『銀色の水』というドキュメンタリーのことを紹介しましたが、他にも、ボスニア戦争をテーマにジャン=リュック・ゴダール、マルク・レチャ、カメン・カレフといった13人のヨーロッパ人監督が撮った『サラエボの橋』というオムニバス映画を見ました。たしかに今年は"闘い"をテーマにした作品が多いように思います。

 なかでも、ウクライナ人のセルゲイ・ロズニツァ監督が撮った『マイダン』というドキュメンタリーに深く感動しました。マイダンとは広場という意味で、昨年11月、欧州連合協定の調印を見送ったヤヌコヴィッチ大統領のロシア寄りの路線に反対する市民が抗議活動を行ったキエフの中心地にある広場のこと。ロズニツァ監督はドイツに住むウクライナ人で、2012年にコンペに出品した『霧の中』という作品で国際映画批評家連盟賞を受賞しています。

 『マイダン』は広場に集まった人々がウクライナ国家を歌う場面から始まります。初めは抗議行動に集まってくる市民や、彼らを支える組織の本部や救護所、炊き出しの模様、広場で著名な人々が抗議声明や詩を読み上げたり、ヤヌコヴィッチ大統領を揶揄する替え歌が歌われたりする場面が次々に登場します。が、政府が法律を改悪し、言論の自由を奪って集会を禁じ、機動隊を導入すると、一転、広場は100人以上の死者と100人以上の行方不明者を出す惨劇の場に変わってしまうのです。

 この映画が凄いのは、タイトルで経過を説明するだけで、ナレーションもインタビューも一切使わず、刻々と変化する広場の模様をすべて固定カメラで撮っていること(機動隊がプレスにめがけて催涙弾を打ち込み始めたときに一瞬カメラが動くだけ)。よくあるニュース映像のように、手持ちカメラのブレる映像が生々しく現場を映し出す、というのではなく、一定の位置に固定されたカメラが、フィクションでいう1シーン1カットで、経過を静かにドキュメントする。その独特の距離感と空気感が、私たちに考える時間を与えてくれるのです。

 今年は1日早い23日金曜日の夜、ある視点部門の授賞式が行われました。見応えがあった去年に比べ、今年は小粒な作品が多かったように思います。ある視点賞を受賞したのはハンガリーのコルネル・ムンドルーチョ監督の『白い神』で、母親が留守の間、別れた父親の家に預けられることになった少女の愛犬が、犬を飼えない規則のあるアパートから追い出され、様々な辛酸をなめて、ついに人間に復讐するという一種の動物ホラー映画です。動物愛護の国ではとても撮影できないだろうショッキングな場面もありますが、よく訓練された犬たちの"演技"がすばらしく、主人公のハーゲンという犬を演じた双子のラブラドール犬、ルークとバディに文句なく今年のパルム・ドッグ・アワードが授与されました。

 写真は授賞式で感謝の言葉を述べるムンドルーチョ監督(右端)と、ある視点の審査員たちです。

(齋藤敦子)

(6)日本映画に新たな地平/平柳敦子監督の「オー、ルーシー!」、早川千絵監督の「ナイアガラ」

2014/05/24

cannes_2014_p06_01.jpg 20日火曜日の午後、コンペ部門にエントリーした河瀨直美監督の『2つ目の窓』の公式上映があり、その前に記者会見が開かれました。写真はそのときの模様で、左から村上淳さん、吉永淳さん、河瀨直美監督、村上虹郎さん、松田美由紀さん、渡辺真起子さんです。

 今回の舞台は奄美大島。島の高校生界人(村上虹郎)と杏子(吉永淳)の成長を、奄美の大自然、周囲の大人たちとの複雑な関係を絡めて描いています。上映後の反応もよく、海外の何人ものプレスから"良かった"という言葉をかけてもらいました。

 今年は例年より1日少ないため、中盤から終盤にかけて、かなり慌ただしいスケジュールになっています。映画学校の学生の作品を対象にしたシネフォンダシオンの上映が21日から22日にかけて行われ、日本人女性監督の2作品が上映されました。

cannes_2014_p06_02.jpg 平柳敦子監督の『オー、ルーシー!』は、55歳の独身お局OLが、風変わりな英語教師から金髪のかつらとルーシーという人格を与えられたことで今まで隠れていた欲望が表面に出て来て...という面白い作品。平柳さんはニューヨーク大学ティッシュ・スクール シンガポール校に学ぶ38歳。ロサンゼルスに留学し、俳優を志すも、最終目的の監督になるために、家族でシンガポールに引っ越したというバイタリティの持ち主です。2011年に東京フィルメックスが主催するタレント・キャンパス・トーキョーでプロデューサーの曽我満寿美さんと知り合い、プロジェクトがスタートしたとのこと。『オー、ルーシー!』は卒業制作で、最初から想定していたという桃井かおりさんに直接アタックして出演交渉、撮影中は二人目のお子さんを妊娠中だったそうで、細身の体いっぱいにパワーが詰まった頼もしい新人です。

 早川千絵監督の『ナイアガラ』は、幼い頃に両親を亡くして施設で育った主人公が、死刑囚の祖父の存在を知り、認知症の祖母を介護する青年と、塀の中の祖父へ外の音を送ろうとするというもの。死刑制度反対を声高に主張するのでなく、映画的に表現したいと思って出来た作品だそうです。

 早川さんは小学生のときに小栗康平監督の『泥の河』を見て感動し、映画監督になりたくてアメリカに留学、いったんは挫折したものの、帰国後、どうしても映画が作りたい、"やらないと死ねない"というほどの強い思いで、仕事をしながらENBUゼミナールの夜間コースに通ったという根性の人。平柳監督同様、2児の母でもあります。

 日本映画は今、転換期を迎えており、劇場で公開される、いわゆる商業映画とは別の草の根的な地平に新しい才能がどんどん育っているように思います。平柳さん、早川さんの頼もしいお話をうかがうと、日本映画の未来に希望が持てる気がして、こちらも元気になりました。

 写真下は左から平柳敦子監督、桃井かおりさん、早川千絵監督です。

 22日夕、シネフォンダシオン部門の授賞式が行われ、平柳敦子監督の『オー、ルーシー!』が見事2位になり、賞金1万1250ユーロが授与されました。ちなみに1位のアメリカ映画『スカンク』を撮ったアニー・シルヴァースタインさんも36歳の女性監督です。

(齋藤敦子)

(5)炭鉱事故の犠牲者を悼む/トルコ映画生誕百年の祝賀を延期

2014/05/22

2014cannes_p05_01.jpg マイク・リー監督の『ミスター・ターナー』と並んで評価の高いトルコのヌリ・ビルゲ・ジェイラン監督の『冬の眠り』は、世界遺産に登録された奇岩で有名なカッパドキアを舞台に、俳優を引退し、ホテルに移り住んだ初老の男が過ごす一冬を描いた作品。富裕な男はその一帯の土地を買い、差配人を使って彼らを治めているのですが、寛大な領主のように振る舞う彼は、実は無慈悲なやり方で皆に嫌われており、若く美しい妻もそんな夫と別れようとしていることがわかってきます。ジェイランは、映画の大部分を室内の会話劇に構成し、濃密な緊張感の中、見事な演出力で男のモラルの危機を描いていました。

 今年はトルコの映画生誕百年にあたり、『冬の眠り』の公式上映が行われた16日の夜にレセプションが開催されることになっていたのですが、映画祭開催直前の13日にトルコ西部で起きた炭坑爆発事故の犠牲者を追悼し、3日間の服喪を行うため、19日に延期されることになりましたし、正式上映にはジェイラン監督や俳優たちも喪章をつけて登場しました。

 映画祭が後半に入ってすぐの19日に上映されたベネット・ミラー監督の『フォックスキャッチャー』も『冬の眠り』に負けず劣らず濃密な緊張感が漂う、賞レースに残るだろう素晴らしい作品でした。

 ミラー監督は、これまで『カポーティ』で作家のトルーマン・カポーティを、『マネーボール』でプロ野球オークランド・アスレチックスのジェネラル・マネージャー、ビリー・ビーンというように実在の人物を描いてきた方ですが、今回も兄弟でオリンピック金メダリストになったレスリングのシュルツ兄弟を描いています。

 映画はロサンゼルス・オリンピックで米国初の兄弟金メダリストになったところから始まります。人当たりがよく面倒見のいい兄デイヴに対してコンプレックスを持っていた内気な弟マークは、米国きっての名家で億万長者のジョン・E・デュポンの申し出を受け入れ、彼をコーチとして"チーム・フォックスキャッチャー"を結成、彼の敷地内に引っ越し、トレーニングを始めます。しかし、素人同然のデュポンでうまくいくはずがなく、結局は兄デイヴがコーチに加わり、やがてはアメリカのナショナルチーム全体がデュポンの庇護を受けるようになります。こうしてマーク、デイヴ、デュポンの間に愛憎とコンプレックスの混じった緊張感が高まり、悲劇に突入していく、というストーリーです。

 兄デイヴにマーク・ラファロ、弟マークにチャニング・テイタムが扮し、完璧に体を作ってレスリング選手を演じているのも凄いのですが、コメディアンのスティーヴ・カレルが今までの彼とはまったく正反対の、精神に問題のある富豪役を見事に演じているのに感心しました。

 さて、前述の通り、今年は伝記映画が多いのですが、監督週間で上映されたジョン・ブアマン監督の『クイーン・アンド・カントリー』も、自分自身の青春時代をテーマにした、ある意味での伝記映画で、『戦場の小さな天使たち』の主人公ビルが成長し、18歳のときに徴兵されて朝鮮戦争に送られる兵士の教育係をしていた2年間をユーモアたっぷりに描いています。

 写真は上映前に舞台挨拶するブアマン監督。『殺しの分け前/ポイント・ブランク』や『脱出』の名匠は今年81歳。上映後には満場の観客から大きな拍手が送られました。

(齋藤敦子)

(4)評価高い「ミスター・ターナー」「冬の眠り」

2014/05/20

2014cannes_p04_01.jpg 映画祭が最初の週末を迎えて前半が終わりました。今年は会期が1日少ないので、例年に増してあわただしいように感じます。ここまででプレスの評価が最も高いコンペ作品は、マイク・リー監督の『ミスター・ターナー』とヌリ・ビルゲ・ジェイラン監督の『冬の眠り』です。

 『ミスター・ターナー』とは、19世紀イギリスで活躍した風景画家J・M・W・ターナー(1775-1851)のこと。理髪師の息子として生まれ、20代でロイヤル・アカデミー会員に選ばれ、ロマン派を代表する巨匠ターナーの人生を後半の50年に焦点をあて、"まるでターナーの画のように"撮られた美しい風景をまじえて描いています。

 私がターナーの名を知ったのは、夏目漱石の<坊ちゃん>の赤シャツと野だいこの会話が最初で、のちに美術館で本物を見ましたが、実際にどのような人だったのかはまったく知りませんでした。マイク・リーは以前『トプシー・ターヴィー』でもオペレッタ<ミカド>で有名な作家W・S・ギルバートと作曲家A・サリヴァンのコンビを扱っていて、伝記映画としては2作目ですが、<ミカド>の創作秘話が中心だった『トプシー・ターヴィー』とは違って、ターナー個人の人間性に迫る今回は、印象派に先んじて光を追求し、時代と相容れなくなっていく芸術家の宿命にマイク・リーが強く共感しているように思われ、ずっと親密な作品になっていました。

2014cannes_p04_02.jpg コンペにはもう1本、モードの帝王といわれたイヴ・サンローラン(1936-2008)を描くベルトラン・ボネロ監督の『サンローラン』という伝記映画があります。実はサンローランの伝記映画には他に2010年に作られたドキュメンタリー『イヴ・サンローラン』と、今年のベルリン映画祭で上映されたジャリル・レスペール監督の『イヴ・サンローラン』の2本の競作があり、特にレスペール監督の『イヴ・サンローラン』とは製作時期も重なる文字通りの競作で、サンローランのパートナーだったピエール・ベルジェ氏の協力を得て作られた"公認"のレスペール版に対し、"非公認"のボネロ版に注目が集まっていました。

 レスペール版が、クリスチャン・ディオールの下で頭角を現し、彼の後継者となり、アルジェリア戦争に徴兵され、精神療養施設に収容され、ピエール・ベルジェと出会って独立し、薬物やアルコールに依存し、というサンローランの人生を総花的に追う、とてもわかりやすい伝記映画なのに対し、ボネロ版は60年代から80年代に絞って、ファッションの魔物に取り憑かれた芸術家の人間性?に迫ろうとする作品で、その意味ではマイク・リー監督の『ミスター・ターナー』とも通底する"異色"の伝記映画だと思います。

 サンローラン役は、『ハンニバル・ライジング』でレクター博士の青年時代を演じたガスパール・ウリエル(英語読みではギャスパー)で、レスペール版で同役に抜擢されたコメディー・フランセーズ所属のピエール・ニネのそっくりぶりが評判だったのですが、ウリエルのサンローランも負けず劣らず素晴らしく、特に美しさと妖艶さでは勝っているように思いました。

 写真(上は)パレの屋上から見たレッドカーペットの模様。

 写真(下)は映画祭の会場

(齋藤敦子)

(3)人種、宗教を超えた普遍性/シサコ監督の「ティンブクトゥ」

2014/05/19

 cannes_2014_p03_01.jpg "闘い"をテーマにした作品を2本見ました。コンペ部門のトップで上映されたモーリタニアのアブデラマン・シサコ監督の『ティンブクトゥ』と、コンペ外特別招待作品のオサマ・モハンメッド、ウィアム・シマフ・ベディルクサン共同監督の『銀色の水 シリアの自画像』で、それぞれが対称的なやり方で"闘い"にアプローチをしています。

 『ティンブクトゥ』とはマリにある古都の名前。2012年にマリで起きた、正式に結婚していなかった若いカップルがイスラム過激派に処刑された事件にインスパイアされて出来た映画で、イスラム原理主義者に占拠され、サッカーも音楽も喫煙も禁止された宗教的不寛容の下で生きる村人たちの姿とその中で起こった悲劇を描いています。シサコ監督の話によれば、実際にティンブクトゥで撮影しようとしていたところ、準備期間中に現地で殺人事件が起きたため、監督の母国であるモーリタニアに移り、マリとの国境に近い村で撮影したとのことです。

 映画に登場するのは、砂漠で暮らす牛飼いの一家、法を超越した村の狂女、禁止された歌を歌って笞撃ちの刑を受ける娘、ボールを使わないエアサッカーを楽しむ子供たちなど。"ジハーディスト(聖戦義勇兵)も、できるだけ人間的に描こうとした"という監督の言葉通り、イスラム原理主義者も冷酷な圧制者というだけでなく、一人一人に顔があり、弱さも備えた人間として描かれています。そのことが現実を美化しているとして映画の評価を分けているようですが、作品として完成していくうえで、憎しみ、恨みといった感情を消化していったことが、人種や宗教の違いを超えた普遍性を映画に与えたように思えました。

 写真は記者会見の模様で、左からトゥルー・キキさん、シサコ監督、イブラヒム・アフメッドさん。キキさんもアフメッドさんも映画に出演するのは初めてで、本業はミュージシャンのアフメッドさんは初出演の感想を聞かれて、"映画がこんなに楽しいなら、続けてもいいかな"と答えていました。

 『銀色の水 シリアの自画像』は2011年から始まったシリアの内戦を扱った作品で、パリに住むシリア人のオサマ・モハンメッド監督と、シリアに住むクルド人女性のウィアム・シマフ・ベディルクサン監督の間に交わされた往復書簡の形をとりつつ、YouTubeにアップされた実際の映像をコラージュしたドキュメンタリーです。"銀色の水"とは光に反射する水面を表す言葉で、クルド語で"シマフ"といい、ベディルクサン監督の名前でもあります。

 体制派・反体制派を問わず、内乱の場に居合わせた当事者がデジカメやスマートフォンで記録した映像には、数えきれない死体、拷問される人間、おびただしい血が、投げだされた"物"のように映っています。その生々しい映像が、私たちに過酷な現実を突きつけ、映像の意味を消化せよと迫ってくるのです。

 なかで、ベティルクサン監督とおぼしき女性が、お腹の傷を縫合されているところを自分撮りしている映像が出て来るのですが、昨今のオバマ大統領をめぐる自分撮り騒動を思いだし、映像をめぐる環境が大きく変化している今という時代を考えさせられました。

(齋藤敦子)

(2)デジタル修復作そろう/クラシック部門

2014/05/17

cannes_p2014_02_01.jpg 今年の日本映画はコンペ部門に河瀨直美監督の『2つ目の窓』が出品され、マイク・リー、ダルデンヌ兄弟といった蒼々たる名監督たちとパルム・ドールを競う他、短編コンペ部門に東京芸術大学大学院の佐藤雅彦教授監修で4人の学生が監督した『八芳園』、映画学校の学生を対象にしたシネフォンダシオン部門に、ニューヨーク大学ティッシュ・スクール・オブ・アート シンガポール校の平柳敦子監督『オー!ルーシー』、ENBUゼミナールの早川千絵監督『ナイアガラ』がエントリーしています。

 本格的な上映が始まった15日の午後、カンヌ・クラシック部門の上映が、昨年亡くなられた大島渚監督の『青春残酷物語』から始まりました。写真は上映前に挨拶する『戦場のメリークリスマス』などのプロデューサー、ジェレミー・トーマスさんと映画学生時代に大島監督の作品に影響を受けたと語る今年の審査員のひとり、ジャ・ジャンクー監督です。

 今年のカンヌ・クラシック部門で上映されるのはすべてデジタル修復された作品で、ジャン・ルノワール監督の『牝犬』、セルゲイ・パラジャノフ監督の『ざくろの色』など誰もが認めるクラシック作品がほとんどですが、加えて、私が同時代に見てきたフランソワ・トリュフォー監督の『終電車』、クシシュトフ・キエシロフスキ監督の『偶然』、ヴィム・ヴェンダース監督の『パリ、テキサス』などが入っていることに隔世の感がありました。これはフィルムからデジタルへという技術革新により、フィルムをデジタル化しなければ上映できなくなっている現状に対応する動きが背景にあります。

 松竹のデジタルリマスター版シリーズは、昨年のカンヌでお披露目された『秋刀魚の味』を始めとする4本の小津安二郎作品に続くものですが、今回はスキャン、修復、DCP制作の3段階をすべて4K解像度で行い、大島監督の盟友で『青春残酷物語』の撮影監督でもある川又昂氏が画像を監修する、という万全の体制で行われたということです。特に今年米寿を迎える川又昂氏の驚異的な記憶力に非常に助けられたという話を関係者からうかがうと、修復のタイミングのリミットが迫っていることを強く感じます。もっと多くの作品をもっと早く修復するために、松竹という一映画会社の努力だけでなく、映像文化の修復・保存への理解と援助を広く求めたいところです。

(齋藤敦子)

(1)目立つ伝記作品/開幕は「グレース・オブ・モナコ」

2014/05/15

cannes_p2014_01_01.jpg 第67回カンヌ国際映画祭が、5月14日夜、フランスのオリヴィエ・ダアン監督の『グレース・オブ・モナコ 公妃の切り札』の上映から開幕しました。今年は最終日にあたる25日に欧州議会選挙が行われるため、授賞式が24日の土曜に繰り上がり、例年より1日短い11日の会期となります。

cannes_p2014_01_02.jpg 『グレース・オブ・モナコ』は、ハリウッドのスター女優だったグレース・ケリーが、モナコ公国のレーニエ大公と結婚、芸能界を引退した後、ヒッチコック監督から新作への出演を依頼され、公妃としての立場と自分のアイデンティティーとの間で悩みつつ、公妃として成長していく姿を描いた作品です。

出演はグレース・ケリーにニコール・キッドマン、レーニエ大公にティム・ロス、グレースの相談役となる神父にフランク・ランンジェラ。ダアン監督はシャンソン歌手のエディット・ピアフを描いた『エディット・ピアフ~愛の賛歌~』でアカデミー賞を2部門受賞した人でもあります。

 モナコ公国はカンヌと同じコートダジュールにあり、多くの映画に登場する有名なカジノや、F1グランプリで有名。カンヌとは距離的にとても近いのですが、映画の描き方が事実に反すると抗議し、グレース・ケリーの長男で現大公のアルベール2世を始め、グリマルディ家の関係者は一人も会場に現れませんでした。これは事実をドラマ化する際の宿命でしょう。

 『グレース・オブ・モナコ』はコンペ作品ではありませんが、今年のラインナップを見ると、伝記映画が多く目につきます。たとえば、天才的なファッションデザイナー、イヴ・サンローランを描くベルトラン・ボネロ監督の『サンローラン』、84年のロサンゼルス・オリンピックで、兄弟で金メダリストになったレスリングのシュルツ兄弟を描くベネット・ミラー監督の『フォックスキャッチャー』、イギリスの風景画家ターナーを主人公にしたマイク・リー監督の『ミスター・ターナー』、1930年代のアイルランドを舞台に、左翼の活動家ジェームズ・グラルトンとカトリック教会の対立を描いたケン・ローチの『ジミーズ・ホール』などです。

 フランスの全国紙<ルモンド>のカンヌ特集は、第一次大戦勃発から100年、第二次大戦を終結に導いた連合軍のノルマンディー上陸から70年に当たる今年の映画祭を"闘い"という切り口で評論しています。たしかに様々な部門で、ボスニア、湾岸、チェチェン、そして今も緊張が続くウクライナなど、フクション・ドキュメンタリーを問わず、様々な"闘い"を扱った映画がラインナップされているようです。

 今年の審査員長は『ピアノ・レッスン』で女性初のパルム・ドールを受賞したジェーン・カンピオン。カンピオンは北野武の『HANA-BI』がヴェネツィアで金獅子賞を受賞したときの審査員長でもあります。さて、どんな結果になるのか期待しながら、今年も映画祭を楽しみたいと思います。

 写真(上)は14日午後に開かれた『グレース・オブ・モナコ』の記者会見の模様で、主演のニコール・キッドマンとオリヴィエ・ダアン監督。

 写真(下)は続いて開かれた審査員の記者会見の模様で、左からジャ・ジャンクー監督(中国)、キャロル・ブーケ(フランス)、ウィレム・デフォー(アメリカ)、審査員長のジェーン・カンピオン監督(ニュージーランド)、ニコラス・ウィンディング・レフン監督(デンマーク)です。

(齋藤敦子)
1