シネマに包まれて-映画祭報告

presented by 河北新報

(9・完)パルム・ドールにオディアールの「ディーパン」/注目の「サウルの息子」はグランプリ

2015/05/25

 24日の夕方、主会場のリュミエール・ホールでコンペ部門の授賞式が行われました。

 写真は上からパルム・ドールのジャック・オディアール、グランプリのネメシュ・ラズロ、監督賞の侯孝賢、男優賞のヴァンサン・ランドン、審査員賞のヨルゴス・ランティモス、女優賞のルーニー・マーラに代わって賞を受けたトッド・ヘインズ、女優賞のエマニュエル・ベルコ、短編パルム・ドールのエリ・ダゲール、カメラ・ドールのセサール・アウグスト・アセヴェド、脚本賞のミシェル・フランコ。

2015cannus_p_09_01.jpg  大方の予想を裏切ってパルム・ドールに輝いたのはジャック・オディアールの『ディーパン』。スリランカの内戦で反政府側の兵士として闘ったディーパンという男が、偽の家族を連れ、身分を偽ってフランスに逃亡し、ギャングが支配する郊外の団地で管理人として働き始め、ギャングの抗争に巻き込まれるという物語。背景になっている移民の問題が評価を上げたように思います。4度目の挑戦で念願のパルムを手にしたオディアールは満面に笑みを浮かべていました。

2015cannus_p_09_02.jpg グランプリの『サウルの息子』は今年最大の発見とも言うべき作品で、受賞は確実視されていました。初監督作でのグランプリは立派で、次回作が楽しみな新人の登場です。

 『黒衣の刺客』は、批評家の星取り表で最も得点が高かった作品で、リベラシオン紙が1面で"我らのパルム"と書いたりしたので、中国のプレスはパルム・ドールを期待していたようですが、受賞後の記者会見で侯孝賢は"映画祭はゲームの規則のようなもの。参加できただけで満足で賞は気にしていない"とサバサバしていました。

2015cannus_p_09_03.jpg 評価の高かったナンニ・モレッティの『私の母』やパオロ・ソレンティーノの『若さ』が無冠に終わってイタリア映画は受賞ゼロ、逆に評価の低かったフランス映画が3賞と、ちょっと釈然としない結果になりました。最も残念だったのは、トッド・ヘインズの『キャロル』がルーニー・マーラの女優賞だけだったこと。ヘインズは"ワールドプレミアだったカンヌで多くの人に作品が受け入れられたことで十分"と語っていましたが、2年前にカンヌでは無視されたソレンティーノの『グレート・ビューティー/追憶のローマ』がアカデミー賞外国語映画賞を受賞したように、きっと『キャロル』も今後の賞レースで多くの賞を獲得していくでしょう。      

2015cannus_p_09_04.jpg【受賞結果】

●コンペ部門

パルム・ドール:『ディーパン』監督ジャック・オディアール
グランプリ:『サウルの息子』監督ネメシュ・ラズロ
監督賞:侯孝賢『黒衣の刺客』
男優賞:ヴァンサン・ランドン『マーケットの法則』監督ステファヌ・ブリゼ
審査員賞:『ロブスター』監督ヨルゴス・ランティモス
女優賞:ルーニー・マーラ『キャロル』監督トッド・ヘインズ
    エマニュエル・ベルコ『私の王様』監督マイウェン
脚本賞:ミシェル・フランコ『クロニック』監督ミシェル・フランコ

2015cannus_p_09_05.jpg●短編コンペ部門

パルム・ドール:『ウェーヴ '98』監督エリ・ダゲール
カメラ・ドール:『大地と影』監督セサール・アウグスト・アセヴェド

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(齋藤敦子)

(8)「ある視点部門」、翻弄される人間浮き彫りに/黒沢監督の「岸辺の旅」に監督賞

2015/05/24

2015cannus_p_08_01.jpg 24日夕のコンペ部門の授賞式を前に、各部門の受賞作が次々に発表になりました。23日夜に、ある視点部門の授賞式が行われ、『岸辺の旅』の黒沢清監督がみごと監督賞を受賞されました。今年の審査員長は、今年の映画祭のシンボルに選ばれたイングリッド・バーグマンの娘イザベラ・ロッセリーニ。映画祭のあちこちに掲げられたバーグマンの顔を見て、"いつも母親に見守られている気がした"と映画祭に感謝していました。

 河瀨直美監督の『あん』から上映が開始された今年のある視点部門の上映作品は19本。1席にあたるある視点賞を受賞したアイスランドの『羊』は、隣同士に住んで長年いがみあってきた兄弟が、羊にスクレイピーが発生し、すべての羊を処分しなければならなくなったことで仲直りのきっかけが生まれるという物語。アイスランドの厳しい自然がモチーフになった素朴な映画でした。

2015cannus_p_08_02.jpg 審査員賞を受賞したクロアチアの『鉛の太陽』は、ボスニア紛争が引き起こした憎しみをテーマに紛争前と後の3つのエピソードで描いたもの。ある才能賞のルーマニア『宝』は、アパートの隣人から祖父の代に埋められた宝を掘り起して山分けしようと誘われた男の葛藤を描き、未来賞を受賞したインドの『マサーン』は、ガンジス川の岸で遺体を焼く仕事をする家の子として生まれた青年が身分の高い娘を好きになってしまう話と、婚前交渉中に警察に踏み込まれて相手の青年が自殺したうえ、警察から高額の口止め料を請求された娘と父親の話を絡ませて描いたもの。同じく未来賞を受賞したイランの『ナヒッド』は、子供の養育権を得るために再婚を諦めた若い母親に好きな相手が出来てしまうという作品でした。

 私が最も好きだったアピチャッポン・ウィーラセタクン監督の『セメタリー・オブ・スプレンダー』が賞に漏れたのは残念でしたが、ウィーラセタクン監督はすでにパルム・ドールを受賞している方なので、いわば別格でしょう。社会や環境に翻弄される人間の姿と真摯に向き合った作品が多く賞に選ばれたように思います。

 また、ある視点部門の授賞式の前にはエキュメニック賞と国際映画批評家連盟賞(FIPRESCI)の授賞式が行われ、エキュメニック賞はナンニ・モレッティの『私の母』に、国際映画批評家連盟賞は、コンペ部門から『サウルの息子』、ある視点部門から『マサーン』、監督週間と批評家週間から『パウリナ』が選ばれ、それぞれに賞状が贈られました。

 写真(上)は、ある視点部門の授賞式、審査員のギリシャのパノス・H・クートラス監督から賞状を受ける黒沢清監督、右奥にイザベラ・ロッセリーニ。

 写真(下)は、観客から拍手を受ける受賞者たち。右から審査員長のイザベラ・ロッセリーニ、グリマー・ハコナルソン、ダリボル・マタニッチ、黒沢清。

【受賞結果】
●ある視点部門
ある視点賞:『羊』監督グリマー・ハコナルソン(アイスランド)
審査員賞:『鉛の太陽』監督ダリボル・マタニッチ(クロアチア)
監督賞:黒沢清『岸辺の旅』(日本)
ある才能賞:『宝』監督コルネリウ・ポルンボイウ(ルーマニア)
未来賞:『マサーン』監督ネーラジ・ガイワン(インド)
    『ナヒッド』監督イダ・パナハンデー(イラン)

●国際映画批評家協会賞
コンペ部門:『サウルの息子』監督ネメシュ・ラズロ(ハンガリー)
ある視点部門:『マサーン』監督ネーラジ・ガイワン(インド)
監督週間&批評家週間(監督2作目までが対象):『パウリナ』監督サンチャゴ・ミトレ(アルゼンチン)

●エキュメニック賞
『私の母』監督ナンニ・モレッティ(イタリア)
次点『マーケットの法則』監督ステファヌ・ブリゼ(フランス)
  『タクラブ』監督ブリヤンテ・メンドーサ(フィリピン)

(齋藤敦子)

(7)中国の未来を透視/ジャ・ジャンクー監督の「山河故人」

2015/05/23

2015cannus_p_07_01.jpg 今年のコンペ部門には中国映画界を代表する監督の力作が2本並びました。1本は2年前に『罪の手ざわり』で脚本賞を受賞したジャ・ジャンクーの『山河故人』で、1人の女性と彼女を愛する2人の男性の運命を、1999年、2014年、2025年に渡って描いた作品。1999年と2014年のエピソードは監督の故郷でもある山西省汾陽(フェンヤン)が舞台ですが、2025年のエピソードでオーストラリアへ移住、祖国と母国語を失い、ノマド(放浪の民)化した中国人の姿が描かれています。前作の『罪の手ざわり』が4つの異なる事件から現代の中国社会を俯瞰した作品とするなら、今回の『山河故人』は同じ登場人物の人生を追うことで中国の未来の姿を透視しようとした作品と言えるでしょう。

2015cannus_p_07_02.jpg もう1本は、台湾の名匠侯孝賢の10年ぶりの長編『黒衣の刺客』。唐代に書かれた伝奇小説<聶陰娘>を映画化した武侠映画で、暗殺者集団に幼い頃に誘拐され、刺客として育てられた娘(スー・チー)が、許婚だった男(チャン・チェン)を殺すように命じられるという非情な運命を描いた作品。ヒロインを助ける遣唐使役で日本から妻夫木聡が出演しています。

 唐時代を思わせる建物や風景を探して日本でもロケしていたので、映画のことは知っていたのですが、その後、凝り性の侯監督だけに編集に時間がかかり、6年がかりでやっと完成、今回カンヌでお披露目となったもの。出来上がった作品は、香港カンフー映画のような派手なアクション映画とはまったく違う、日本の時代劇を参考に侯監督が考案したという静の殺陣と、名撮影監督李屏賓による美しい映像で、今まで誰も見たことのない、まるで美術作品のような武侠映画になっていました。

 写真(上)は「山河故人」記者会見でのジャ・ジャンクー監督とヒロイン役のチャオ・タオさん。ジャ監督は今年<黄金の馬車>賞を受賞し、監督週間で授賞式と「プラットフォーム」の記念上映が行われました。

 写真(下)は「黒衣の刺客」記者会見。左からスー・チーさん、侯孝賢監督、チャン・チェンさん。二人は侯監督の前作「百年恋歌」でも恋人同士を演じています。

(齋藤敦子)

(6)「家族の絆」さまざまに/「私の母」「海街diary」「岸辺の旅」・・

2015/05/22

2015cannus_p_06_01.jpg 前のレポートで今年の本命はトッド・ヘインズの『キャロル』だろうという私の予想を書きましたが、終盤までで平均して評判のいい作品はナンニ・モレッティの『私の母』でしょう。

 『私の母』の主人公は映画監督のマルゲリータ。彼女は工場のストを題材にした映画を撮っているのですが、社長役にアメリカの有名な俳優を招いたおかげで現場は大混乱。しかも母親が倒れて入院してしまう、という物語。

 モレッティには自分自身を主人公にした身辺雑記風の『親愛なる日記』という作品がありますが、この作品も"母親の死"という個人的体験を映画にしたもの。違いは何かといえば、『親愛なる日記』は自作自演でしたが、『私の母』は自分の役をマルゲリータ・ブイに演じさせ、自分は兄のジョヴァンニ役として傍観者の位置に退いたことでしょう。その隙間がうまく作用して、自分をカリカチュアするモレッティの余裕と円熟を感じました。また、『夫婦の危機』や『ローマ法王の休日』などのモレッティ作品で知られるマルゲリータ・ブイが、すべてを心得て"女モレッティ"を演じているのが好もしく、我が儘なアメリカ人俳優役のジョン・タトゥーロが喜劇味を添えていました。

2015cannus_p_06_02.jpg 『私の母は』は母親ですが、是枝裕和の『海街diary』は失踪した父親の訃報が届くところから始まりますし、ノルウェーのジョアキム・トリアーがアメリカで撮った『ラウダー・ザン・ボム』も、戦争カメラマンだった母親が亡くなった後の家族の亀裂を描いた作品でした。また、フランスのギヨーム・ニクルーの『ヴァレ―・オブ・ラヴ』は、自殺した息子の願いを聞き入れて、アメリカのデス・ヴァレーへ旅する別れた夫婦を描いた作品、というように、今年は身近な人の死や、家族の絆を描いた作品が多いように思います。

 ある視点部門で上映された3本目の日本映画、黒沢清の『岸辺の旅』もまた、親しい人の死をモチーフにした作品で、何と死んだ夫が妻の前に現れ、思い出に残る場所や人に会いに行く旅を描いています。

 黒沢監督は『回路』や『叫』といったホラー映画を多く手掛けていますが、今回は亡霊は登場するものの、恐怖とは無縁。むしろ、意志の疎通を欠いたまま別れた夫婦が、死を超えて再会し、再び絆を結び合うまでの姿を描いたラブストーリーと言えるでしょう。

 私は夜10時からの公式上映で見たのですが、映画が終わると監督と夫婦を演じた浅野忠信さん、深津絵里さんに温かい大きな拍手が送られました。驚いたのは、深夜0時を過ぎているのに大勢の観客が残って三人の写真を撮ったり、サインを求めたりしていたことです。黒沢監督は、作品がカンヌで再三上映されていますし、映画誌で特集が組まれたり、作品の回顧上映が行われたりで、映画ファンの間では知る人ぞ知る存在だったのですが、そのファン層がぐっと広がったことを実感しました。

 写真(上)は「岸辺の旅」公式上映の前に挨拶する黒沢清監督と深津絵里さん、浅野忠信さん。監督の左は、ナント三大陸映画祭でお馴染みの日本語通訳レア・ル・ディムナさん。

 写真(下)は「岸辺の旅」上映後のロビー。ちょっとした撮影大会に。

(齋藤敦子)

(5)完成度高い「キャロル」/完璧なケイト・ブランシェット

2015/05/20

2015cannus_p_05_01.jpg 4月に発表になったラインアップを見て、私が本命になるだろうと予想したのはトッド・ヘインズの『キャロル』でしたが、実際に映画を見てみたら、期待以上の素晴らしい作品でした。

 『キャロル』は、『太陽がいっぱい』の原作者として有名なミステリー作家パトリシア・ハイスミスが初期に書いた小説。1950年代のニューヨークを舞台に、結婚生活が破綻し、夫と離婚調停中の裕福な女性と、デパートの売り子として働く娘の恋愛を描いたもので、タイトルロールのキャロルをケイト・ブランシェット、彼女に惹かれていく娘テレサをルーニー・マーラが演じています。

 監督のトッド・ヘインズには、『ベルベット・ゴールドマイン』や、『アイム・ノット・ゼア』のような音楽をテーマにした作品と、『エデンより彼方に』や『ミルドレッド・ピアース』のような女性を主人公にしたメロドラマの作品があり、『キャロル』はまさに後者の路線にある作品。2002年にヴェネツィア映画祭監督賞を受賞したジュリアン・ムーア主演の『エデンより彼方に』や、ケイト・ウィンスレット主演でジョーン・クロフォードの『深夜の銃声』をリメイクしたTVミニシリーズ『ミルドレッド・ピアース』を上回る完成度で、特にウッディ・アレンの『ブルー・ジャスミン』でアカデミー賞主演女優賞を受賞したケイト・ブランシェットの演技と美しさは完璧の一言でした。

 メロドラマといえば、監督週間のオープニング作品として上映されたフィリップ・ガレルの『女たちの影』も、ガレルらしい、とても面白い作品でした。今回のテーマはクラシックな三角関係。主人公はレジスタンスのドキュメンタリーを撮って監督になろうとしているピエールと彼を献身的に支える妻のマノン。二人は貧しく、アルバイトをしながら少しずつ撮影を続けているのですが、ピエールに若い愛人エリザベットができて、互いを傷つけあうというお馴染みの関係に陥ります。妻も愛人も自分のものにしておきたい身勝手な夫と、夫から辛くあたられるのをじっと耐える妻という典型的なメロドラマで、台詞も昼メロかと思うほど臭いのですが、クリシェを逆手にとって普遍的な愛の映画に仕立てたガレルの手腕と、名匠レナート・ベルタの美しいモノクローム撮影を堪能しました。

 写真は、監督週間のスクリーン。

(齋藤敦子)

(4)コンペ部門に7本/トップ交代の影響か?「フランス優遇」の見方も

2015/05/20

2015cannus_p_04_01.jpg 今年は、長年映画祭を牽引してきたジル・ジャコブが勇退し、有料TV局カナル・プリュスの創設者で現社長のピエール・レスキュールがプレジデントを務める最初の年であり、これからのカンヌがどこへ向かうのかを占う大事な年となりました。

 4月にパリで開かれた記者会見で今年のラインナップが発表されたとき、最も目を引いたのはフランス映画の多さでした。今までは多くても4本だったのに今年は何と5本。例年20本あまりのコンペ作品が今年は19本と少ないにもかかわらず、です。そのうえ、遅れて発表されたオープニング作品とクロージング作品もフランス映画だったので、コンペ部門はコンペ外招待作品を含め、7本ものフランス映画が占めることになりました。これは、よほどフランス映画の出来がよかったのか、それとも他に理由があるのか、どちらなのだろうと思っていたら、5月14日付の<ル・モンド>紙に気になる記事が載っていました。

 "スポンサーのためのレッドカーペット"と題されたその記事には、今年から新たにオフィシャル・スポンサーに加わったケリング社(グッチやサン・ローランを保有するフランスの大手ファッション宝飾企業)が始めた<ウーマン・イン・モーション>という映画産業で働く女性を支援するプログラムのこと、クロージング作品はケリング社が共同製作に加わった『氷と空』というドキュメンタリー作品であること、ケリング社のCEOフランソワ=アンリ・ピノー夫人のサルマ・ハエックが主演したマッテオ・ガローネの『物語の中の物語』がコンペに選ばれていること、また、オフィシャル・スポンサーとしてパルム・ドールのトロフィーを作っているショパールが共同製作したドキュメンタリー『パルム・ドールの伝説』がカンヌ・クラシック部門で上映されることなどを挙げ、スポンサーが関わる作品を優遇しているのではないかと疑問を投げかける内容でした。ちなみに、今年のコンペ部門の女性監督作品は2本で、2本ともフランス映画です。

 どこの映画祭も資金不足で、気前のいいスポンサーは喉から手が出るほど欲しいのは確か。スポンサーにいい顔をするために映画祭の自由が制限されるとなれば問題ですが、この程度の配慮は許容範囲とみなすべきなのかどうなのか。その答えはカンヌがどんな映画を見せようとしているのか。その選ばれた映画の中にあるはずです。

写真は、開幕を数時間後に控えた主会場リュミエール前の模様。

(齋藤敦子)

(3)卓越した表情表現/強制収容所の極限に迫る「サウルの息子」

2015/05/18

2015cannus_p_03_01.jpg 映画祭3日目にコンペ部門で上映された『サウルの息子』は、必ずや賞に絡んでくるであろう衝撃作でした。

 舞台は1944年10月のアウシュビッツ強制収容所。サウルはユダヤ人ながら"ゾンダーコマンド"という下働き役に抜擢され、かろうじて命をながらえています。あるとき、息子に似た少年の死体を発見したサウルは、"お前に息子はいない"という仲間の言葉も聞かず、何とかラビ(ユダヤ教の宗教指導者)を捜し出し、教義にのっとって埋葬してやろうとする、という物語です。

 収容所に着いたユダヤ人が貨車から降ろされ、小屋へ連れていかれ、服を脱がされ、ガス室へ入れられて殺される。そんな"強制収容所の日常"の描写も衝撃的ですが、この映画が凄いのは、それをサウルの視点で見せるのでなく、サウルの顔に焦点を当て、彼のほとんど変わらない表情を見せながら、その表情の背景に何が起こっているのかを見せるところ。それによって、見せたくないものを意図的に見せないように配慮しつつ、サウルの体験する地獄のような状況をそのまま観客に体験させる効果をあげています。こうした卓越した演出と撮影がまずは注目を集めていますが、極限状態での人間の尊厳というテーマも深く、考えさせられました。

 監督のネメス・ラズロ(ハンガリーは日本と同様姓を先に、名を後にします)は1977年生まれの38歳。『サタン・タンゴ』や『ニーチェの馬』で知られる名匠タル・ベーラの助監督をしていたと聞いて、長い1シーン1カットも師匠ゆずりと納得でしたが、これが長編デビュー作という恐るべき新人です。

 写真は「サウルの息子」記者会見。左から監督のネメス・ラズロ、サウル役のローリグ・ゲザ

(齋藤敦子)

(2)日本的メロドラマの系譜継ぐ/是枝裕和監督の「海街diary」

2015/05/17

2015cannus_p_02_01.jpg 14日朝から本格的に映画祭が始まりました。上映のトップバッターはコンペ外招待作品の『マッドマックス、怒りのデスロード』ですが、コンペ部門は是枝裕和監督の『海街diary』、ある視点部門のオープニングは河瀨直美監督の『あん』と、奇しくも公式部門は日本映画2本がトップを飾ることになりました。

 『海街diary』は吉田秋生の同名マンガの映画化。鎌倉の古い一軒家に住む3姉妹が、幼い頃に家を出た父親が死に、遺児となった4人目の妹を引き取って暮らすことになるというストーリー。4姉妹をめぐる物語と言えば、谷崎潤一郎の<細雪>や向田邦子の<阿修羅のごとく>を思い出しますが、『海街diary』も性格の違う妙齢の美しい姉妹を通して、その時代の雰囲気を描き出すという日本的メロドラマの伝統の延長上にある作品と言えるでしょう。過去に海外の映画批評家から成瀬巳喜男や小津安二郎の影響を指摘されてきた是枝監督は、記者会見で「今回の作品は、人間ドラマというより、もう少し広い視野で、人間をとりまいて流れている時間が、過ぎ去っていくのでなくて積み重なっていく感じが小津的だなと思ったので、何本かの小津作品を参考に見たりしました」と正直に告白していました。

2015cannus_p_02_02.jpg 『あん』は河瀨直美監督初のオリジナルではない翻案作品。原作はドリアン助川の同名小説で、『朱花の月』に出演したのがきっかけで知り合ったドリアンさんからの依頼で映画化することになったとのこと。過去に不祥事を起こし、今は小さなどら焼き屋の雇われ店長をしている男(永瀬正敏)が、餡作りの名人の老女(樹木希林)を雇うことになって、店は大繁盛するものの、やがて老女の隠された過去が明らかになり...というストーリー。後半、テーマが明らかになるにつれ、メッセージ性が強くなりがちなところを、抑え気味に描いているところに好感を持ちました。

 写真(上)は「海街diary」の記者会見。左から綾瀬はるか、長澤まさみ、夏帆、広瀬すず、是枝裕和監督

 写真(下)は、「あん」の記者会見。左から河瀨直美監督、樹木希林、永瀬正敏、内田伽羅、ドリアン助川

(齋藤敦子)

(1)オープニングは女性監督の「胸を張って」/判事役にドヌーブ

2015/05/14

2015cannus_p_01_01.jpg 5月13日の夜、68回目のカンヌ国際映画祭が開幕しました。今年のオープニングは、女性監督としては30年ぶり2人目となるエマニュエル・ベルコの『胸を張って』。前々から噂されていた『マッドマックス、怒りのデスロード』ではなかったので、一時びっくりがっかりな雰囲気が流れましたが、実際に作品を見てみたら、映画祭がなぜ今年この映画を開幕作品に選んだかが少し分かったように思いました。

 『胸を張って』は、一人の非行少年と、彼を担当した少年裁判所の判事と教育官の闘いを描いた作品で、判事をカトリーヌ・ドヌーヴ、教育官をブノワ・マジメル、主人公の少年をロッド・パラドという新人が演じています。主人公のマロニーは、シングルマザーで麻薬中毒の母親が保護者の資格なしと見なされ、早くから少年裁判所の監督下に置かれます。少年の頃から車の窃盗と無免許運転を繰り返し、感情をコントロールすることができない彼は、少年の保護施設へ送られ、それでも素行が改まらず、ついには刑務所に入れられてしまう。そんな彼を判事や教育官たちが親身になって見守っている、という内容。記者会見でベルコは、この物語は完全にフィクションだが、こういった判事や教育官のような影の人々の努力をできるだけリアルに描きたかったと語っていました。

 ちょっとびっくりしたのは、ドヌーヴが、マロニーには彼を保護し、見守る人がいたが、"1月初めの事件"の少年にはいなかった、と発言したこと。1月初めの事件というのは、日本でも大きく報道されたシャルリー・エプドの襲撃事件のことで、日本ではテロという一言で、まるで他人事のように片付けられていますが、フランスでは貧富の差がもたらす不平等が原因であるとし、国内問題として真剣に考えられていることに目から鱗が落ちる思いでした。会場にいた記者から、そのシャルリー・エプドの最新号の表紙に自分が使われていると聞いたドヌーヴは、「意地悪な描き方でしょうけど、少なくとも笑えるカリカチュアだといいわ」と、さすがの大人の対応でした。


2015cannus_p_01_02.jpg 今年の審査員長はジョエル&イーサン・コーエンで、カンヌ史上初のダブル審査員長。その他は女優のロッシ・デ・パルマ(スペイン)、ソフィー・マルソー(フランス)、シエンナ・ミラー(イギリス)、男優のジェイク・ギレンホール(アメリカ)、ミュージシャンで作家のロキア・トラオレ(マリ)、監督のグザヴィエ・ドラン(カナダ)、ギリェルモ・デル・トロ(メキシコ)の7人で、アジア人が一人もいないのが寂しいところ。通常、審査員団は9人で構成されるので、つまり審査員長は2人で1票でなく、2票持っているという計算になり、例年以上に審査員長の発言がものを言う映画祭になるかもしれません。

 記者会見場の背景に掲げられているのは今年の映画祭の顔イングリッド・バーグマン。バーグマンとロベルト・ロッセリーニの間の娘イザベラ・ロッセリーニが今年のある視点部門の審査員長です。

 写真(上)は「胸を張って」の記者会見。左からブノワ・マジメル、カトリーヌ・ドヌーヴ、エマニュエル・ベルコ、ロッド・パラド。

写真(下)は審査員記者会見。左から、ロッシ・デ・パルマ、グザヴィエ・ドラン、シエンナ・ミラー、イーサン・コーエン、ジョエル・コーエン、ソフィー・マルソー、ジェイク・ギレンホール、ロキア・トラオレ、ギリェルモ・デル・トロ。

(齋藤敦子)
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