シネマに包まれて-映画祭報告

presented by 河北新報

(9完)僅差制し金獅子賞/ギドク監督の「ピエタ」

2012/09/09

 9日夜の授賞式で最高の栄誉を受けたのは、キム・ギドク監督の『ピエタ』でした。韓国映画として史上初の金獅子賞受賞で、さぞ韓国のプレスは喜んでいるだろうと思いきや、記者会見場にいたアジア系のジャーナリストのほとんどは日本人か中国人で、なぜか韓国人の姿がなかったのが印象的でした。

 授賞式後の記者会見では、審査の内容については外に漏らさないと語っていた審査員たちでしたが、審査員長のマイケル・マンがアメリカの業界紙ハリウッドリポーターの電話インタビューに応じ、"金獅子賞の作品は他の賞とダブれないため、アンダーソンとキム・ギドクの賞を交換した"とバラしてしまいました。つまり、それだけ男優賞が動かしがたく、キム・ギドクとアンダーソンが僅差だったということです。キム・ギドクがアンダーソンに勝てたのは、彼の思いの強さが運を引き寄せたからかもしれません。

 自分の男優賞と、アンダーソンの銀獅子賞を代理で受賞するため、急遽ヴェネチアに飛んで帰ってきたフィリップ・シーモア・ホフマンは、嬉しそうにトロフィーを受けとっていましたが、その後、マイケル・マンが誤って銀獅子ではなく審査員特別賞を渡したことが判明。壇上に呼び戻されて、本当の受賞者であるウルリヒ・ザイドルと賞を交換するという珍事もありました。
 またも受賞を逸したベロッキオは、会場に姿を見せませんでした。

 オリゾンティ部門でオリゾンティ賞を受賞したのは王兵の『三姉妹』でした。2年前に『無言歌』という傑作をコンペに出しながら、審査員長のクエンティン・タランティーノのきまぐれで受賞に至らなかったリベンジを、これで果たしたことになるかもしれません。映画祭の賞とは本当に運の巡り合わせだなと、しみじみ思った年でした。


【受賞結果】
●コンペティション部門
金獅子賞(作品賞):『ピエタ』監督キム・ギドク(韓国)
銀獅子賞(監督賞):ポール・トーマス・アンダーソン『ザ・マスター』(アメリカ)
審査員特別賞:『パラダイス:信仰』監督ウルリヒ・ザイドル(オーストリア)
ヴォルピ杯 男優賞:フィリップ・シーモア・ホフマン、ホアキン・フェニックス

『ザ・マスター』女優賞:ハダス・ヤロン(イスラエル)

『穴埋め』監督ラマ・バーシュテイン

マルチェロ・マストロヤンニ賞(新人俳優賞):ファブリツィオ・ファルコ(イタリア)

『眠る美女』監督マルコ・ベロッキオ&『息子だった』監督ダニエーレ・チプリ

脚本賞:『五月の後に』監督オリヴィエ・アサヤス(フランス)
技術貢献賞(撮影賞):ダニエーレ・チプリ(イタリア)
『息子だった』監督ダニエーレ・チプリ

●未来の獅子賞(新人監督賞):『型』監督アリ・アイディン(トルコ)

●オリゾンティ部門
オリゾンティ賞(作品賞):『三姉妹』監督ワン・ビン(中国)
審査員特別賞:『タンゴ・リブレ』監督フレデリック・フォンテーヌ(ベルギー)
短編賞:『インヴィテーション』ユ・ミニョン(韓国)

●名誉金獅子賞:フランチェスコ・ロージ

●監督ばんざい賞:スパイク・リー

●国際映画批評家連盟賞(FIPRESCI)

コンペ部門:『ザ・マスター』

監督ポール・トーマス・アンダーソン

オリゾンティ部門&批評家週間部門:『インテルヴァッロ』

監督レオナルド・ディ・コスタンゾ(イタリア)

20120909_01.jpg金獅子賞のトロフィーにキスするキム・ギドク監督


20120909_02.jpg審査員特別賞のウルリヒ・ザイドル監督


20120909_03.jpg男優賞のフィリップ・シーモア・ホフマン


20120909_04.jpg女優賞のハダス・ヤロン


20120909_05.jpg脚本賞のオリヴィエ・アサヤス監督


20120909_06.jpg技術貢献賞の撮影監督兼監督ダニエーレ・チプリ


20120909_07.jpgマルチェロ・マストロヤンニ賞のファブリツィオ・ファルコ


20120909_08.jpg未来の獅子賞のアリ・アイディン監督


(齋藤敦子)

(8)過去、現在を色調で分ける/チプリ監督の「息子だった」

2012/09/09

  コンペ部門のイタリア映画は、ダニエーレ・チプリの『息子だった』、フランチェスカ・コメンチーニの『特別な日』、マルコ・ベロッキオの『眠る美女』の3本。

  『息子だった』は、シチリアの貧しい一家の娘が誤ってマフィアに殺され、マフィアの被害者に支給される見舞金で、父親が高級外車を買ったことから起こる悲喜劇を描いたもの。監督のチプリは、フランコ・マレスコと組んで映画を作ってきた人で、この作品が単独監督としての第1作。撮影監督でもあるチプリは、現在を青、過去を黄色とオレンジを基調とする強烈な色調で、まるで舞台劇のような作品に仕上げていました。

  『特別な日』は、ローマ郊外の低所得者用の団地に住む女優志望の娘が、芸能界にコネを持つ代議士に会いにいく1日を、彼女を送り届けるために派遣された運転手の青年との交流で描いたもので、"ローマの休日"のような趣を持った作品でした。

  フランチェスカは、名匠ルイジ・コメンチーニの娘で、日本ではあまり知られていませんが、イタリアを代表する女性監督でヴェネチアの常連。それだけ、そつなく良質な作品が撮れる実力はあるのですが、それ以上ではないのが問題で、今回も上手く作ってあるけれど、社会派にしては深みに欠け、娯楽映画としてもパンチに欠けるように思われました。

  『眠る美女』は、2009年に、17年間植物状態だった女性エルアナ・エングラロの家族がそれ以上の延命措置を拒否して死を選んだことでイタリア中を安楽死をめぐる論争に巻き込んだ事件を背景にしています。

  主人公はベルルスコーニ政権が提出した延命停止を禁じる法案に投票を求められ、党の方針に反して反対票を投じようとする代議士(トニ・セルヴィッロ)。彼には安楽死に反対する教会側を支持する娘(アルバ・ロルヴァケル)がいるのですが、彼女はエルアナのいる病院の前で、安楽死を認める側の青年と恋に落ちてしまいます。また、自宅で植物状態の娘を介護する大女優(イザベル・ユペール)には、母親の愛情を姉に奪われて苦悩する息子がおり、無神論者の医師(ピエロ・ジョルジョ・ベロッキオ)は自殺未遂の女性ロッサ(マヤ・サンサ)を何とか救おうとするが、という群像劇です。

  昨年、名誉金獅子賞を受けたベロッキオは、誰もが認めるイタリア映画界の巨匠ですが、巡り合わせが悪いのか、カンヌでもヴェネチアでも最高賞を受賞したことがありません。これまで彼が最も金獅子に近かったのは、『夜よ、こんにちは』という傑作を出品した2003年でしたが、ロシアの『父、帰る』にさらわれ、芸術貢献賞という小さな賞に終わりました。この年の審査員長はイタリア人のマリオ・モニチェリで、普通に考えればイタリア映画に有利なはずなのに、そこにイタリア映画界の複雑さを垣間見た思いがしたものです。ちなみに、このとき『座頭市』で北野武監督が銀獅子賞(監督賞)を受賞しています。

  さて、イタリア映画界の期待を一身に集めるベロッキオが念願の金獅子賞を獲得し、9年前のリベンジを果たすことができるでしょうか。

20120909_00.jpg  写真は、会場に飾られたライオン像で、名美術監督のダンテ・フェレッティが手がけたものです。
(齋藤敦子)

(7)ヨーロッパで意気盛ん/デ・パルマ監督の『パッション』

2012/09/08

 今年の18本のコンペ作品のうち、最も多い5本がアメリカ映画、続いてイタリア映画の3本、フランス映画の2本。アジアからは日本(北野武監督『アウトレイジビヨンド』)、韓国(キム・ギドク監督『ピエタ』)、中国映画はカンヌに引き続きゼロで、代わりにフィリピンのブリヤンテ・メンドーサ監督の『汝の胎』がエントリーしています。

20120908.jpg アメリカ映画の最後を飾って、7日に上映されたのがブライアン・デ・パルマ監督の『パッション』でした。フランスのアラン・コルノー監督の遺作のリメイクで、大手広告代理店のベルリン支社に勤める上司(レイチェル・マクアダムス)と彼女の下で働く助手(ノオミ・ラパス)の権力と愛をめぐるパワーゲームが殺人事件を引き起こすまでを描いたもの。製作はドイツ、フランスなど完全なヨーロッパ資本で、撮影はベルリンとロンドンで行われたので、監督がアメリカ人というだけでアメリカ映画と呼ぶには差し障りがあるかもしれません。ただ、デ・パルマのような名監督がハリウッドで撮れないこと自体に、今の映画産業の不健康さを感じるものの、現在ヨーロッパに拠点を移したデ・パルマは、"世界には見るべきところが沢山あるし、どんな国にもすばらしい俳優がいるものだ"と意気軒昂でした。

 写真は、記者会見の模様で、テレビ版『ドラゴン・タトゥーの女』で一躍スターになったノオミ・ラパスとブライアン・デ・パルマ監督です。

 ポール・トーマス・アンダーソン、テレンス・マリック、ハーモニー・コリン、ブライアン・デ・パルマという話題の多い作品に隠れて、忘れられそうになっている5本目のアメリカ映画がイラン系アメリカ人ラミン・バフラニ監督の『どんなことをしてでも』という、私にはちょっと気になる作品でした。

 映画は、アメリカ中西部の穀倉地帯アイオワを舞台に、大規模トウモロコシ農場を経営する父親ヘンリー・ウィップル(デニス・クエイド)と、家を出た兄に変わって農業を継ぐことを期待される弟ディーン(ザック・エフロン)の関係を描いたもの。ヘンリーは、遺伝子組み換えトウモロコシの種苗会社のセールスマンでもあり、常に1番にならなければならないプレッシャーに苛まれていて、無理矢理買い上げた土地が元で、思わぬ事態に追い込まれてしまいます。

 日本では今、TPP(環太平洋戦略的経済連絡協定)が問題になっていますが、協定が締結されたら日本の農業を圧迫するかもしれない遺伝子組み換え種子の市場をほぼ独占販売しているのがモンサント社というアグロバイオ企業です(映画ではリバティ・シーズ社)。この会社の遺伝子組み換えトウモロコシがメキシコの農業に大打撃を与えたことは、映画『モンサントの不自然な食べ物』でも描かれていますが、そのメキシコの農家を苦しめたトウモロコシを栽培していたのが、まさにウィップル家だったのです。では、彼らが豊かで幸せかというと、必ずしもそうではないことをバフラニは的確に表現していました。

(齋藤敦子)

(6)奇妙で危うい親子関係/復活、ギドク監督の新作「ピエタ」

2012/09/07

20120907_01.jpg 映画祭も終盤に入り、賞の行方が話題に出るようになりました。ここまでのところ、批評家に評判がいいのは、ポール・トーマス・アンダーソンの『ザ・マスター』とキム・ギドクの『ピエタ』の2本です。

 キム・ギドクといえば、私が彼の映画を初めて見たのは『魚と寝る女』で、2000年のヴェネチアでした。その後、2004年に『サマリア』でベルリン映画祭銀熊賞、『うつせみ』で同年のヴェネチア映画祭銀獅子賞と順調にキャリアを伸ばしていました。そんな順風満帆な彼が、2008年の『悲夢』を最後に、ふっつりと映画界から姿を消し、何があったかと思わせたのですが、その間の事情を背景に、自分の映画人生を振り返るドキュメンタリー『アリラン』を撮って、昨年のカンヌ映画祭ある視点賞を受賞、見事復活を遂げたのも記憶の新しいところ。

 『ピエタ』は、借金を払えない債権者には大怪我を負わせて保険金で支払わせるという、血も涙もない借金取り立て屋の若い男の前に、男を捨てた母親だと名乗る謎の女が現れ、男の人生を狂わせていくというストーリー。独特のけれん味たっぷりの演出で、奇妙で危うい親子関係に観客をぐいぐい引っ張り込んでいきます。ピエタとは"悲哀"という意味で、特にキリストの遺体を膝に抱いて嘆くマリア像のことを言います。

 見事復活を遂げたといえば、コンペの『スプリング・ブレイカーズ』のハーモニー・コリンもそうです。
 コリンは19歳でラリー・クラークの『キッズ』の脚本を書いた"恐るべき子供"。24歳のときに『ガンモ』で監督デビュー。2作目の『ジュリアン』を見たのが1999年のヴェネチアでしたが、難解で破綻した内容に、最後まで残って映画を見ていたプレスが数えるほどだったことを今でも強烈に覚えています。
 早く有名になってしまった天才肌の人にありがちな、大人になるのに苦労するタイプだろうと思っていたのですが、今回の『スプリング・ブレイカーズ』は、彼らしい研ぎ澄まされた感性に大人の客観性が加わって、過激でほろ苦い青春映画になっていました。

20120907_02.jpg ちなみに、"スプリング・ブレイク"とはアメリカの大学で3月にとる1週間の休みのこと。この時期に東海岸の学生は暖かいフロリダへ南下し、乱稚気騒ぎを繰り広げるのが恒例になっており、特にフォート・ローダーデールがメッカとして知られているそうです。映画は、フロリダへ行くために強盗までして費用を作った4人の女子大生が、地元のやくざな男と知り合うことによって、とんでもない状況に巻き込まれる様を、まるでドキュメンタリーのようなリアリティとポップな感覚で描いています。

 写真は記者会見の模様で、上は『ピエタ』のイ・ジュンジン(左)、チョ・ミンス(中)、キム・ギドク監督、下は『スプリング・ブレイカーズ』のハーモニー・コリン監督(左)とジェームズ・フランコです。


(齋藤敦子)

(5)中上作品を映像化/若松監督の「千年の愉楽」

2012/09/05

20120905_01.jpg 先週末から天気が崩れ、週明けの月曜日もあいにくの空模様だったのですが、午後の『アウトレイジビヨンド』の公式上映前には雨も上がり、レッドカーペットの前に大勢のたけしファンが集まりました。もちろん、サルデーニャ島サッサリの"北野武ファンクラブ"の面々も、"映画の神様北野武"と書かれたおそろいのTシャツを着て最前列に陣取っていました。

 『アウトレイジビヨンド』は、カンヌ映画祭に出品した『アウトレイジ』の続編。関東と関西のやくざ組織の抗争と、それに乗じて闇の権力の舵取りを狙う警察との三つ巴のパワーゲームを描いたもの。前作では残酷な暴力場面が話題を呼びましたが、今回は直接的な暴力というより、関東と関西のやくざが怒鳴り合う、言葉と言葉の闘いような、ちょっと違った角度からバイオレンスにアプローチしているのが特徴。やくざを辞めたいと願いながら、義理人情のしがらみで抗争に巻き込まれていく大友(ビートたけし)の悲しさと怖さがストーリーの軸になっています。 
 写真(上)は上映後の模様で、最後はやはり、場内総立ちのスタンディング・オベーションになりました。

 翌4日には、オリゾンティ部門に出品されている若松孝二監督の『千年の愉楽』の正式上映と記者会見が行われました。
 写真(下)は記者会見後の模様で、左から原田麻由さん、高岡蒼佑さん、若松孝二監督、高良健吾さんです。

20120905_02.jpg 『千年の愉楽』は中上健次の同名小説の映画化で、中上とは小説を知るより前に飲み友達だったという若松監督が、連合赤軍と三島由紀夫を描いた後、どうしても撮っておきたかったという念願の企画。若松監督は、製作・配給・宣伝のすべてを一手に引き受けて映画を作ってきた真の意味での映画作家で、この作品も撮影13日、編集2日という驚異の速さで作り上げたそうです。"最初のテイクが一番良い"という監督は、テストなしで本番に臨むこともしばしば。演技は完全に俳優の自由に任されており、高良さんは"自分がこれまで生きてきた中で培ってきたものを出さねばならない。怖いが楽しい"と語っていました。

(齋藤敦子)

(4)70ミリ映像の迫力に作家の気骨/「ザ・マスター」

2012/09/03

2012vene04_01.jpg  週末を迎えた9月1日の土曜日に、今年の最大の目玉の1本、ポール・トーマス・アンダーソンの『ザ・マスター』が上映されました。正式上映の日の朝、プレス用の上映があるのですが、今まで見たこともないような数のジャーナリストが会場入口に列を作り、期待度の高さをうかがわせました。

 『ザ・マスター』は、どこにも馴染めず放浪する男(ホアキン・フェニックス)と、怪しげな教団を率いる教祖(フィリップ・シーモア・ホフマン)の関係を描いたもの。トム・クルーズなどのハリウッド・スターが数多く入信しているので有名な宗教団体サイエントロジーをモデルにしているということで、早くから話題になっていました。

 映画は、立場は正反対ながら、どこかで惹かれあう男と男の関係を濃密に描いているのですが、驚くのは70ミリで撮られた映像の迫力です。映画界でもデジタル化が進み、すべてが簡便・簡略化されている今、この作品のアンダーソンといい、IMAXで『ダークナイト・ライジング』を撮ったクリストファー・ノーランといい、簡便とは真逆の方法をあえて選んだことに映画作家としての気骨を感じました。

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 写真は記者会見の模様で、上がポール・トーマス・アンダーソン監督、下がフィリップ・シーモア・ホフマンとホアキン・フェニックスです。別人と見間違うほど体重を落として役に入れ込んだフェニックスと、冷静で完璧なホフマンとの演技合戦が映画の大きな見どころです。

 翌日の日曜日には、もう1本の目玉、テレンス・マリックの『トゥー・ザ・ワンダー』が上映されました。マリックは昨年のカンヌ映画祭で『ツリー・オブ・ライフ』でパルム・ドールを受賞しており、寡作で知られる監督の作品が立て続けに映画祭に出品されるというのは喜ばしい出来事です。

 『トゥー・ザ・ワンダー』は、アメリカ人男性(ベン・アフレック)と出会い、結婚したフランス人女性(オルガ・キュリレンコ)の心の彷徨を描いたもので、台詞はなく、登場人物の独白で進んでいきます。

 この作品の見どころもまた圧倒的な映像の美しさ。フランスのパートで登場するモンサンミッシェルやヴェルサイユ宮殿といった絵葉書のように美しい映像はもちろんですが、手持ちカメラで撮られたごく普通の日常に、主人公の心の動きが投影されているように見えるのはさすがでした。

 実はマリックもアンダーソンもカンヌへの出品が噂されていたのですが、それが2本ともヴェネチアが"奪った"ことについて、ディレクターのアルベルト・バルベラは、"今は映画祭が作品を選ぶのではなく、映画会社が映画祭を選ぶのだ"と語っていました。つまり、より公開に有利な映画祭が選ばれるわけで、イタリア映画はもちろんのこと、前のレポートでも触れたフランス映画『スーパースター』なども、国内での公開に合わせて出品されています。

(齋藤敦子)

(3)古典をデジタル修復/「天国の門」「カルメン故郷に帰る」

2012/09/03

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 今年はコンペ部門の作品が昨年より5本も少なくなったことは前のレポートでお伝えしました。これは経済不況を背景にした文化予算の削減という現実的な問題の反映なのはもちろんですが、ディレクターのアルベルト・バルベラが、拡大するばかりの映画祭の方向性を再考し、コンパクト化を図った結果でもあり、コンペだけでなく、全体的に上映作品の本数が少なくなっています。とはいえ、映画祭期間中に1人の人間が見られる映画の本数は一定なので、精鋭化という意味でのコンパクト化は個人的には大歓迎です。

 もう1つの大きなニュースは、新しいパラッツォ・デル・チネマ(映画宮殿)を建築する計画がついに放棄され、掘り返されたままだった建築用地が埋め戻されることになったというもの。これで会場のキャパシティを増やすという手段がなくなり、手持ちの会場をリフォームしながら使い回さねばならなくなったということで、映画祭のコンパクト化は必然だったと言えるでしょう。

 それでも、トリノ映画博物館館長という肩書きを持つバルベラらしい新企画もあります。それが、修復されたクラシック作品を集めた"80!"で、今年がヴェネチア映画祭の生誕80周年であることを記念した名称です。これまでもレトロスペクティヴの中で修復版を上映することはあったのですが、それだけを集めた部門は初めてで、ジャンルも年代もバラエティに富んだ作品が集められています。

 "80!"のトップを飾って30日に上映されたのがマイケル・チミノの『天国の門』です。記録的な不入りで製作したユナイテッド・アーティスツ社を倒産させたことで悪名高い作品ですが、その後の混乱でオリジナル・ネガが失われたため、修復作業は非常に困難だったそうです。

 上映に先立ち、ペルソル賞の授賞式が行われ、ペルソル社からマイケル・チミノにトロフィーが贈られました。写真(上)はそのときの模様で、中央がチミノ、向かって左がディレクターのアルベルト・バルベラです。上映後は長いスタンディング・オベーションが続き、なかなか立ち去らない観客に囲まれて拍手を受けていたチミノは、感激のあまり観客1人1人の手を握っていました。

 "30年間無視してきた作品を、何を今さら"というのが、修復の話を聞いたチミノの最初の反応だったそうですが、名撮影監督ヴィルモス・ジグモンドの技術の結晶ともいうべきこの作品に本当の光が当たるのは、まさにこれからだと思います。 

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 続いて31日には、修復された日本のクラシック作品が上映されました。それが木下恵介監督の『カルメン故郷に帰る』です。今年のカンヌでも木下恵介生誕百年記念の第1弾として、修復された『楢山節考』が上映されましたが、これは第2弾にあたり、この2本は世界各地の映画祭で上映された後、11月に東京・東劇でデジタルリマスター版としての日本初上映が行われるそうです。

 『カルメン故郷に帰る』は日本映画初のカラー作品で、初めてづくしの撮影がどんなに大変で、珍妙だったかは主演の高峰秀子さんの著書<わたしの渡世日記>にも面白可笑しく語られていますが、特殊な撮影方式をとったために、修復作業も大変だったそうです。が、結果はすばらしく、当時公開されたプリントよりも美しくクリアに仕上がっているのではないかと思うほど。クラシック映画は世界遺産に匹敵する大事な文化遺産です。修復されたこれらの作品を、1人でも多くの若い観客に見てもらい、日本映画の奥深さを知ってもらうのと同時に、次の世代に伝えていく役割を担ってもらいたいと切に願います。

 写真下は、上映前に、日本映画通で知られる『CUT』のアミール・ナデリ監督が、木下恵介監督と『カルメン故郷に帰る』について短いレクチャーを行っているところです。
(齋藤敦子)

(2)ネット社会。ある日突然、有名に・・。

2012/09/01

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 映画のネット化が進み、チケットがオンラインで購入できるようになったことは昨年のレポートでもお伝えしましたが、今年はさらに進化し、昨年までプレスルーム周辺に限られていたネット環境が大幅に拡大、会場のどこからでも自由にアクセスできるようになりました。

 また、映画祭の上映作品をオンラインでも鑑賞できるようにしようという試みも始まりました。このオンライン映画祭は、オリゾンティ部門の10本の長編と13本の短編をネット上でストリーミングできるというもので、事前に予約が必要ですが、世界中の映画ファンが自宅で映画祭に参加できるようになったというのは、大きな変化だと思います。興味のある方は映画祭のHP(www.labiennale.org)にアクセスしてみてください。チケットは1席につき4ユーロ20セント。これで長編1本または短編2本が、その作品の正式上映日の午後9時(イタリア時間)から24時間の間に鑑賞できるそうです。

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 そんなネット化時代を反映したような映画を見ました。グザヴィエ・ジャノリの『スーパースター』という作品です。廃棄物処理場に務める、何の変哲もない男が、ある日突然、何の理由もなく有名になり、人々からサインを求められたり、写真に撮られたりする"スーパースター"になってしまう。テレビ局が彼に目を付け、生放送のインタビュー番組に引っ張り出すると、騒ぎはさらに拡大し、ついには彼の人生を一変させてしまうが...、というストーリーです。

 YouTubeにアップした画像がきっかけで、無名の人間が一夜にして有名になる、というのは最近よく耳にする話ですが、誰でもネットに繋がって一瞬にして情報が共有される今という時代に、自分の意志に反して有名になってしまうことの恐ろしさをシンプルかつ的確に描いていました。自分にはありえない話だと誰も否定できないところが、また怖いところです。

 写真(上)は記者会見場の模様です。今年は上にスクリーンが取り付けられ、会見のない時間帯にはペルラ2という上映会場に変身することになりました。内装が紺色になり、全体的に暗くなっているのは、そのためです。写真(下)は「スーパースター」の1シーン。
(齋藤敦子)

(1)オープニングは「不本意な原理主義者」

2012/08/30

20120830.jpg 第69回ヴェネチア国際映画祭は、8月29日夜に開会式を迎えました。オープニングを飾ったのはインドのミラ・ナーイル監督の『不本意な原理主義者』。英国在住のパキスタン人作家モーシン・ハミッドの同名小説の映画化で、ニューヨークの企業コンサルタント会社に勤める有能なパキスタン人青年が、9.11事件をきっかけに祖国に戻って後進の教育を始めるが、おりから起こった大学教授誘拐事件の主犯としてCIAに狙われて...、というストーリーで、リズ・アフメド、ケイト・ハドソン、リーヴ・シュレイバー、キーファー・サザーランドらが出演しています。

 9.11といえば、その直前まで開催されていたヴェネチア映画祭で金獅子賞を受賞したのがナーイル監督の『モンスーン・ウェディング』でした。事件のあった9月11日は、私は帰国途中のパリでニュースを聞いたのですが、ナーイル監督はヴェネチアからトロント映画祭に回っていたときだったそうで、ニューヨークにいる家族や友人がとても心配だったと記者会見で語っていました。パキスタン出身の父親を持ち、今はニューヨークに住むナーイル監督が、この映画を撮ることになったのは当然の帰結だったかもしれません。

 今年のディレクターは、1999年から2001年までディレクターを務めながら、ベルルスコーニ政権誕生余波で、任期途中で解任されたアルベルト・バルベラが見事に返り咲きました。そして、昨年までの2期8年間、問題の多い映画祭の舵取りを続けたマルコ・ミュラーは、ベルルスコーニ政権がヴェネチアのライバルとして創設したローマ映画祭のディレクターに就任し、周囲をアッと言わせました。以前、カンヌやヴェネチアといった大きな映画祭のディレクターという職は、映画祭ヒエラルキーの頂点に当たり、任期を終えたら"上がり"で、他の映画祭に横滑りしたりはしないものだと聞いたことがあるのですが、とすれば解任後にトリノ映画博物館館長に就任したバルベラが返り咲いたのも、ローマに横滑りしたミュラーも例外中の例外で、映画の知識と人脈、政治的な手腕のすべてが要求される映画祭の運営はことのほか難しく、それだけ得難い才能の持ち主だということでしょう。

 今年のコンペ部門は、テレンス・マリック、ブライアン・デ・パルマ、ポール・トーマス・アンダーソン、ウルリッヒ・ザイドル、マルコ・ベロッキオなど18本で、23本だった昨年に比べて、ぐっとコンパクトになっています。昨年4本だった中国映画はゼロ、韓国からキム・ギドクがエントリーしました。

 日本からは、コンペ部門に北野武監督の『アウトレイジビヨンド』、オリゾンティ部門に若松孝二監督の『千年の愉楽』がエントリー。また、コンペ外特別招待作品として、WOWOW制作の黒沢清監督の『贖罪』全5話を270分に再編集した版が上映されます。

 今年の審査員長は映画監督のマイケル・マン。他に女優のレティシア・カスタ、サマンサ・モートン、監督のピーター・チャン、アリ・フォルマン、マッテオ・ガローネら、全部で9名で審査を行います。

 写真は、29日夜の開会式の会場前の模様です。

(齋藤敦子)

(8完)「KOTOKO」にオリゾンティ賞/「ヒミズ」の染谷将太さん、二階堂ふみさんにマルチェロ・マストロヤンニ賞

2011/09/12

20110911_01.jpg 映画祭最終日の午後、副会場のペルラでオリゾンティ部門の授賞式が行われ、見事、塚本晋也監督=写真左から2人目=の『KOTOKO』が最高賞であるオリゾンティ賞を受賞しました。30分前に受賞したと聞いたばかりと言う塚本監督は、まだ実感が沸かないと驚きの表情でしたが、映画の撮影直前に震災が起こり、「子育てに神経質になる母親達の姿が琴子に重なり、そういう母親達への応援というとオーバーだけれども、そんな気持ちになって作った。それが普遍的なものに迫れて、今ならではの映画になったのではないか」と語っていました。

 同日の夜7時から主会場のパラッツォ・デル・チネマでコンペティション部門の授賞式が行われ、園子温監督の『ヒミズ』に主演した染谷将太さんと二階堂ふみさんが、新人俳優に贈られるマルチェロ・マストロヤンニ賞を受賞。日本映画が二部門でそれぞれ受賞を果たし、最高の幕切れとなりました。日本に帰国している二人に代わって、園子温監督が壇上でトロフィーを受け、「これからの世界で生きる若い人たちにこの映画を捧げます」と英語で感謝の言葉を述べました。

 最高賞の金獅子賞を受賞したのは、ロシアのソクーロフ監督の『ファウスト』。ゲーテの<ファウスト>のエッセンスをソクーロフ流に映画化したもので、ファウストの悩みが映像と音の奔流となって画面から溢れ出てくるような作品でした。

 審査員特別賞の『本土』はシチリア島の貧しい漁師の祖父と孫が、海で漂流していた不法移民を助けたことから巻き起こる問題を描いたもので、ルキノ・ヴィスコンティの名作『揺れる大地』を意識した、その現代版のような作品。男優賞のファスベンダーと女優賞のディニー・イップは私の予想通り。

 撮影賞の『嵐が丘』はエミリー・ブロンテの名作をヒースクリフを黒人にするなど大胆に脚色したもので、小説の真の主人公といってもいいヨークシャーの荒野が見事に映像化されていました。脚本賞のヨルゴス・ランティモスは2年前に『犬歯』でカンヌ映画祭のある視点賞を受賞した新鋭で、今回もまた、瀕死の人や死者の家族の要求を叶える"アルプス"という名の不思議なグループを描いた不思議な作品でした。

 今年は、どの賞も納得で、違和感を感じた去年の受賞結果は論外として、とてもバランスがいい、審査員のセンスがよくわかる受賞結果になっていると思います。 
<ヴェネチア映画祭2011受賞結果>

●コンペティション部門
金獅子賞:『ファウスト』監督アレクサンドル・ソクーロフ(ロシア)

銀獅子賞(監督賞):蔡尚君『人山人海』(中国・香港)

審査員特別賞:『本土』監督エマヌエーレ・クリアレーゼ(イタリア)

ヴォルピ杯 男優賞:マイケル・ファスベンダー(イギリス) 『恥』監督スティーヴ・マックィーン

女優賞:ディニー・イップ(中国・香港) 『桃姐』監督アン・ホイ

マルチェロ・マストロヤンニ賞(新人俳優賞):染谷将太、二階堂ふみ(日本) 『ヒミズ』監督 園子温

オゼッラ賞
撮影賞:ロビー・ライアン(イギリス) 『嵐が丘』監督アンドレア・アーノルド

脚本賞:ヨルゴス・ランティモス、エフティミス・フィリッポウ(ギリシャ) 『アルプス』監督ヨルゴス・ランティモス

未来の獅子賞(新人監督賞):『向こう』監督グイド・ロンバルディ(イタリア)


●オリゾンティ部門
オリゾンティ賞:『KOTOKO』監督 塚本晋也(日本)

審査員特別賞:『娼婦の栄光』監督ミヒャエル・グラウォッガー(オーストリア・ドイツ)

●名誉金獅子賞:マルコ・ベロッキオ

●監督ばんざい賞:アル・パチーノ

●FIPRESCI賞(国際映画批評家連盟賞)
コンペティション部門:『恥』監督スティーヴ・マックィーン

オリゾンティ&批評家週間部門:『海での2年』監督ベン・リヴァース(イギリス)

20110911_01.jpgオリゾンティ賞授賞式の塚本晋也監督、左は審査員長のジャ・ジャンクー


20110911_02.jpg新人監督賞グイド・ロンバルディ監督、右は審査員長のカルロ・マッツァクラーティ


20110911_03.jpg撮影賞ロビー・ライアン


20110911_04.jpg脚本賞ヨルゴス・ランティモス監督(左)とエフティミス・フィリッポウ


20110911_05.jpgマルチェロ・マストロヤンニ賞園子温監督


20110911_06.jpg女優賞ディニー・イップ


20110911_07.jpg男優賞マイケル・ファスベンダー


20110911_08.jpg審査員特別賞エマヌエーレ・クリアレーゼ監督


20110911_09.jpg銀獅子賞蔡尚君監督


20110911_10.jpg金獅子賞アレクサンドル・ソクーロフ監督

(齋藤敦子)
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