シネマに包まれて-映画祭報告

presented by 河北新報

8完.金獅子賞は「レスラー」

2008/09/06

 最終日の7日、ダーレン・アロノフスキーの「レスラー」が最高の栄誉、金獅子賞を獲得して、今年の映画祭が閉幕しました。今年は日本映画が3本もコンペに並ぶ異例の年でしたが、終わってみれば、それぞれが小さな賞(「アキレスと亀」がバストーネ・ビヤンコ賞、「崖の上のポニョ」がミンモ・ロテッラ賞、「スカイ・クロラ」がフューチャー・フィルム・フェスティバル・デジタル・アワード)を受賞しただけで、本賞の方には入りませんでした。

 これは、新人を顕彰する方向へ傾いている昨今の映画祭の現状を知っていればわかること。特に、ヴィム・ヴェンダースが審査員長の今年は、金獅子賞を受賞済みの北野武監督と宮崎駿監督の受賞はないだろうと東京を出るときから予想していました。これは、評判がよくても受賞には至らなかったジョナサン・デミやキャスリン・ビグローにもいえることです。

 最も物議をかもした賞は男優賞で、イタリアの人気コメディアンにして俳優のシルヴィオ・オルランドの受賞は不思議ではないものの、「レスラー」のミッキー・ロークの圧倒的な存在感に、観客も批評家もノックアウトされたばかりだったので、受賞後の記者会見で、ヴェンダースやイタリア代表の審査員ヴァレリア・ゴリーノが防戦に務めていました。

 今年はディレクターのミュラー氏がインタビューで語っていたように、"私達にとって世界の映画とは何か"がテーマで、広く世界からエチオピア、アルジェリア、トルコなどの作品が集められました。それとは別に、1945年から1975年に至るイタリア映画の忘れられた作品を集めた「この幽霊たち」という特集が組まれ、フェリーニの単独監督第一作の「白い酋長」やアドリアーノ・チェレンターノのカルト映画「ユッピ・ドゥ」、イタリア初のロック・オペラ「オルフェオ9」などを見て過去を振り返る機会もあり、私に撮っては空間的かつ時間的に映画界を俯瞰することが出来た年でした。

 特に感動したのは、コンペ外特別上映されたマノエル・デ・オリヴェイラの短編とアニエス・ヴァルダの「アニエスの浜辺」で、もうすぐ100歳になるオリヴェイラの悠然たる映画作りと、80歳を迎えたヴァルダの自分の人生を振り返る厳しく暖かい眼差しには、創造力と精神の"若さ"と実年齢には何の関係もないことがよく現れていました。

(齋藤敦子)

【受賞結果】

●コンペティション部門
・金獅子賞(作品賞):「レスラー」ダーレン・アロノフスキー(アメリカ)
・銀獅子賞(監督賞):アレクセイ・ゲルマン・ジュニア
 「ペーパー・ソルジャー」(ロシア)
・審査員特別賞:「テザ」ハイレ・ゲリマ(エチオピア、ドイツ、フランス)
・ヴォルピ杯(男優賞):シルヴィオ・オルランド
 「ジョヴァンニの父」プピ・アヴァティ
・ヴォルピ杯(女優賞):ドミニク・ブラン
 「他者」パトリック・マリオ・ベルナール、ピエール・トリヴィディック(フランス)
・マルチェロ・マストロヤンニ賞(新人俳優賞):ジェニファー・ローレンス
 「バーニング・プレーン」ギリェルモ・アリアガ
・オゼッラ(撮影賞):アリシャ・ハミドホジャエフ、マキシム・ドロズドフ
 「ペーパー・ソルジャー」
・オゼッラ(脚本賞):ハイレ・ゲリマ「テザ」
・特別獅子賞:ウェルナー・シュレーター
 40年に渡る、妥協なく飽くなき革新的な仕事に対して

●ルイジ・デ・ラウレンティス賞(新人監督賞):
「8月15日の昼食会」ジャンニ・ディ・グレゴリオ(イタリア)

●名誉金獅子賞:エルマノ・オルミ

●短編部門
・コルト・コルテッシモ獅子賞:「ティエラ・イ・パン」カルロス・アルメラ(メキシコ)

●オリゾンティ部門
・オリゾンティ賞(フィクション):「メランコリア」ラヴ・ディアス(フィリピン)
・オリゾンティ・ドク賞(ドキュメンタリー):「ビロウ・シー・レベル」ジャンフランコ・ロージ(イタリア)

●国際映画批評家連盟賞(FIPRESCI)
・コンペティション部門:「ガッブラ」タリク・テグィア
・オリゾンティ&批評家週間部門:「グッバイ・ソロ」ラミン・バフラニ

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金獅子賞のダーレン・アロノフスキー監督と主演のミッキー・ローク

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女優賞のドミニク・ブラン

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男優賞のシルヴィオ・オルランド

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審査員特別賞と脚本賞のハイレ・ゲリマ監督

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監督賞と撮影賞のアレクセイ・ゲルマン・ジュニア監督

7.「幽霊」たちのパワー

2008/09/05

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 今年はマテオ・ガローネの「ゴモラ」とパオロ・ソレンティーノの「神」の2本がカンヌ映画祭で受賞してイタリア映画の好調ぶりがうかがえました。マルコ・ミュラーにインタビューしたときも、「今年は特に強い年だ」と胸を張っていましたが、旧知のイタリア人評論家に聞くと、「カンヌが頂点だったね。その後、いい噂は全然聞かないよ」。 主催国のイタリアは、今年はフェルザン・オズペテクの「完璧な一日」、プピ・アヴァティの「ジョヴァンナの父」、パッピ・コルシカートの「不和の種」の3本、それにチリ出身のマルコ・ベキスがブラジルの森林開発と先住民の苦悩を描いた「バードウォッチャーズ」の製作会社がイタリアなので、合計4本をコンペに出品していますが、ベキスの作品を別として、どれも映画作りは手馴れているものの、もう1つ、心に響くものに欠けるような気がしました。

 今年は"この幽霊たち"という特集が組まれ、長い間倉庫の中で眠っていた40年代から70年代にかけてのイタリア映画の忘れられた作品が発掘され、修復された上で上映されました。私が見たのは、フェデリコ・フェリーニの監督第一作で、ニーノ・ロータと初めて組んだ「白い酋長」(フェリーニは、この前に共同監督として「寄席の脚光」を撮っています)、フェリーニが脚本に協力したマリオ・ボナールの「苦悩の街」、私にネオリアリスモ以外のイタリア映画のハチャメチャな面白さを教えてくれたディーノ・リージのコメディ「怪物たち」など。出来はさまざまですが、どの映画も不思議なパワーに満ちていて、これは日本映画にも言えることなのですが、いつから映画はこのパワーを失ってしまったのか、考えさせられました。

 写真はお馴染み、チケットを買って映画を見た観客が不満をぶつける掲示板「金返せ」コーナー。昨年は、任期の切れるマルコ・ミュラーに替わって誰がディレクターになって欲しいかの投票が行われていましたが、今年のテーマは「ローマ映画祭はヴェネチア映画祭より上か」。ここでの投票では「いいえ」が51.3%、「はい」が24.7%で、倍以上の観客がヴェネチアの方に軍配をあげていました。

(齋藤敦子)

6.戦争と兵士

2008/09/05

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 コンペ部門の日本映画のしんがり、押井守監督の「スカイ・クロラ」の正式上映が9月3日の夜10時に行われ、事前に記者会見が行われました。写真はそのときのもので、押井監督と声の主演をされた加瀬亮さんです。

 「スカイ・クロラ」は「崖の上のポニョ」と同じく、現在日本で公開中の作品ですから、ご覧になった方も多いと思いますが、平和を維持していくためにショーとしての戦争が行われている世界で、戦闘員として作られたキルドレと呼ばれる年をとらない子供達の物語です。アニメ・ファンでオシイの名を知らない者はいないほど有名な押井監督ですが、カンヌ映画祭では2004年に「イノセンス」がコンペに出品されていますし、ヴェネチア映画祭でも「GHOST IN THE SHELL」や「立喰師列伝」が特別上映され、世界の映画界でも知名度は十分。知人の中国人記者は、"今年一番期待していた映画"、と言っていました。

 映画は戦闘場面を動、地上の生活を静に分け、戦闘で死なない限り、永遠の命を約束されたキルドレたちの生命のほとばしりをリアルでダイナミックな空中戦に、残りの時間をまるで死んだようにモノトーンな日常に描き分けています(キャラクターもリアルさを避け、わざと漫画風にカリカチュアされています)。

 記者会見で押井監督は「人間が人間である限り、戦争はなくならない。戦争のあり方が変わるだけ」と語っていましたが、その翌日コンペ部門で上映されたキャスリン・ビグローの「ハート・ロッカー」は、まさに現実の戦争、イラクで戦闘中の米軍の爆破物処理班を主人公にしたアクション映画でした。

 「スカイ・クロラ」と「ハート・ロッカー」はアニメと実写、非現実と現実という、まったく違う戦争をまったく違う手法で描いた映画を見ながら、ヒリヒリするようにリアルな戦闘場面と、兵士が休暇で帰国したときの日常の描き分けが、まさに同じであることに気づきました。イラク戦争は現実に進行中の戦争でありながら、私達にとっては、テレビのニュースで知ることしかできない、どこか別世界で起こっている戦争です。押井監督が「スカイ・クロラ」で描いた架空の世界は、実はとてもリアルな、私達の現実なのかもしれません。

(齋藤敦子)

5.若い創造力に感服 「$E11.OU7!」

2008/09/02

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 日本では集中豪雨で被害が出ているようですが、今年のヴェネチアは宮崎駿監督も嘆いていたように、晴れて暑い日が続いています。それでも湿度が低いので、日本よりは過ごしやすいのですが、気温のせいか数年ぶりに蚊が大発生し、かなり被害を受けて閉口しています。

 その他に去年と違う点は、警備が緩くなったこと。会場周辺に柵が設けられ、会場内に出入りするには警備員の立っているゲートで"検問"を受けるシステムは去年と同じですが、厳しかった手荷物検査は年々緩くなり、今年はよほど大きな荷物を持っている人以外、映画祭のバッジを見せるだけでOKになりました。それからもう1つ。映画祭の先付け(今年は"史上初のコメディ映画"といわれるリュミエール兄弟の「水を撒かれた水撒き人」のパロディ)の前に、"上映中の作品を録音または録画することは著作権の侵害にあたる"という警告が出るようになったことです。映画祭が海賊版製作者のターゲットになっている現状を踏まえての処置でしょうが、なんとなく悲しい気分になります。

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 批評家週間で面白いアジア映画を見ました。マレーシアのヨー・ジョンハン監督の「$E11.OU7!(SELL OUT!)」で、なんとミュージカル映画です。主人公は、巨大複合企業FONY社傘下のテレビ局でアーティストのインタビュー番組を制作しているラフレシアと、万能大豆調理器を発明したエリック。視聴率の不振で番組が打ち切られそうになったラフレシアは、臨終間際の人へのインタビューを生放送することを思いつくのですが、最初は偶然うまくいったものの、2人目の出演者が見つかりません。一方のエリックは、製品のオリジナリティ(FONY社は、確実に儲けるために他社のヒット商品のコピーしか作らない)と、耐久性(FONY社の製品は必ず保証期間終了直後に壊れるよう、時限破壊装置を組み入れなければならない)を糾弾されてクビになり、恋するラフレシアにも振られて自暴自棄に。ラフレシアは、そんなエリックに目をつけて番組のためにカメラの前で自殺してくれるように頼むのですが...。

 ストーリーの中にも批評精神があふれていますが、公用語を英語にし、猛スピードで近代化に邁進してきたマレーシアの抱える問題をウィットと音楽で表現してしまったヨー監督の柔軟な頭脳と、お金のないところはアイデアで、という若い創造力に感服しました。

 写真は映画祭の日刊紙「チャック」の星取表"スター・ウォーズ"。10人の批評家と一般から選ばれた10人の観客が最高5つまでの星をつける恒例の人気欄。先ごろまで「アキレスと亀」がトップでしたが、週が変わると「崖の上のポニョ」がトップ(赤)になっていました。「ポニョ」は一般の観客の10人のうちの6人が満点をつける人気ぶりです。

(齋藤敦子)

写真上:朝早くから切符売り場に並ぶ映画ファンの列
写真下:今年はバッジを見せるだけでOKになった検問所

4.子供たちに祝福を 「崖の上のポニョ」

2008/09/02

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 映画祭が中日を迎えた8月31日の日曜日、宮崎駿監督の「崖の上のポニョ」の正式上映が午後5時から主会場のパラッツォ・デル・チネマで行われました。観客に子供連れが多かったのが、いつもの上映風景とはちょっと違うところ。宮崎監督は2005年の名誉金獅子賞受賞の際にリド島を訪れ、本島に比べて緑が多く、木陰が涼しいリドの雰囲気が大いに気に入られたようですが、今年は「暑くて、人が多くてがっかり」。でも、その大半が宮崎監督の映画を楽しみに来た人であるのは確か。正式上映が終わって、満員の会場からスタンディングで鳴りやまぬ拍手を贈られると、「いいお客さんに出会えて、幸せな映画だと思った」と、普段は辛口の監督も心から喜んでおられる様子でした。

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 「周りのスタッフに次々に子供が生まれ、子供の話を聞きながら、初めて映画を見る子供のために作った」という「ポニョ」は、確かにこれまでの宮崎作品の緻密な描写とストーリー性とは別の、生まれたばかりの子供が胸いっぱいに空気を吸い込んで、手足を元気に動かしているような躍動感に満ちています。

 その秘密は、この世に生を受け、これからの時代を歩いていこうとする子供たちに祝福を与えたいという監督の温かな心と、「アニメ作品がCG化していく中で、頭の中までデジタル化しないよう、自分達は鉛筆を握っていこうと覚悟した」という鉛筆1本の強さ、初めてアンデルセンの人魚姫を読んだ少年のときに、「人間に魂があって、人魚に魂がないのはなぜか納得できなかった」、ゆえに「あぶくになってもいい映画を作ろう」という反骨精神の賜物のように思われました。

(齋藤敦子)

写真:正式上映前にスタンディングで監督を迎える満員の観客と、それに応える宮崎駿監督

3.日欧の距離

2008/09/01

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 今年は意外なところに日本が顔を出しています。コンペ作品に登場したバルベ・シュロデール監督の「陰獣」は、文字通り江戸川乱歩の「陰獣」の映画化。といっても、主人公はフランス人小説家アレックス・ファイヤール(ブノワ・マジメル)。謎の猟奇作家大江春泥に心酔する彼は、京都の祇園で春泥と関係のあった芸妓と出会い、春泥の正体をつきとめようとする、という風に脚色されています。

 ハリウッド製「さゆり」に登場する祇園はすべてアメリカに作られたセット、舞妓や芸妓も中国人やアジア系アメリカ人でしたが、シュロデール監督は、すべて日本でロケし、芸妓を演じる源利華に井上流の舞を習わせるなど、本物であることにこだわったようです。ただし、出来上がった映画は、乱歩特有の、じめじめとした陰鬱な世界とはかけ離れていて、ロケにこだわったわりに、いつもの"ジャポネスク"な画面も散見、日本とヨーロッパの遠さを思い知りました。

 もう1本はウディネ映画祭と共同で招待作品として特別上映された河崎実監督の「ギララの逆襲、洞爺湖サミット危機一髪」です。これは中国が放ったミサイルのエネルギーで復活したギララが北海道を襲い、洞爺湖サミットのG8の各国首脳たちが怪獣退治に立ち上がるが、すべての作戦が失敗。結局、伝説の守り神"タケ魔人"を村人たちが呼び出して退治してもらう、という怪獣映画のパロディ。各国の首脳がそれぞれのお国ぶりを発揮するギャグには、会場のあちこちから笑い声が起き、翌日の日刊紙「チャック」には、映画の中でソルコジ大統領が同時通訳の女性を口説くときの迷台詞「君は凱旋門、僕はエッフェル塔」が引用されるほど、ヨーロッパのおたくに大受けでした。

(齋藤敦子)

写真:「陰獣」の記者会見 左から主演のブノワ・マジメル、バルベ・シュロデール監督、源利華、石橋凌

2.芸術残酷物語 「アキレスと亀」

2008/08/29

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 映画祭開幕2日目の28日、北野武監督の「アキレスと亀」の上映が行われました。今年、日本からは北野監督の他に、宮崎駿監督の「崖の上のポニョ」、押井守監督の「スカイ・クロラ」の3本もがコンペに並ぶという異例な年です。

 北野監督は1997年に「HANA‐BI」で金獅子賞を、2003年に「座頭市」で監督賞を受賞している、いわばヴェネチアの常連。イタリアにファンも多く、このレポートでも何度かお伝えしているサルデーニャ島サッサリの北野武ファンクラブの面々が、お馴染みの"映画の神様、北野武"と書かれたお揃いのTシャツに、今年は「アキレスと亀」の扮装に合わせた海老茶色のベレー帽を被って、殿の行く先々で"出待ち"をしていました。これには監督も驚いたようで、「ベレー帽を被って待っててくれて、とても感動した」と語っていました。

 「アキレスと亀」は、絵画の収集が趣味の裕福な父親(中尾彬)の影響で、画家になる夢を持つようになった真知寿が、父親の事業が失敗し、孤児になり、叔父(大杉漣)の家や孤児院を転々とし、やがて働きながら美術学校に通い、印刷所で知り合った幸子(麻生久美子、樋口可南子)と結婚し、二人でアートを追及していく物語。

 あらゆる絵画のジャンルに果敢に挑戦するも、1枚も絵が売れたことのない真知寿(少年時代を吉岡澪皇、青年時代を柳憂怜、中年以降をビートたけしが演じる)の才能については、北野監督は何の言及もしていません(映画に登場する絵はすべて監督自身の作品です)。貧乏のどん底で、憑かれたように絵を描き続ける真知寿を通して、絵が売れるか売れないか、有名であるかないかという世俗的な評価を笑い、創造の魔力にとり憑かれることの恐ろしさを描こうとしているように私は思いました。

 監督は「この映画は"芸術残酷物語"」と自嘲気味に語っていましたが、自分を死の縁にまで追い込んで、そこに生まれるものを得ようと格闘する真知寿と、夫に従いながら、いつのまにか自分でも創造の楽しさを発見していく妻の姿は、なにやら桃源郷に遊ぶ仙人のようにも見えてくるのです。日本では9月20日に公開されるそうですので、ヴェネチアの観客が大笑いしながら拍手した真知寿の衝撃の芸術創作シーンを、皆さんもぜひ。

(齋藤敦子)

写真:公式記者会見の際、同時通訳を聞くためのヘッドセットと格闘する北野武監督と樋口可南子さん

1.マルコ・ミュラー氏に聞く

2008/08/29

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 第65回ヴェネチア国際映画祭が、8月27日夜、マノエル・デ・オリヴェイラの短編「見えるものから見えないものへ」と、コーエン兄弟の「バーン・アフター・リーディング(読了後、焼却)」の上映で開幕。主演のブラット・ピットやジョージ・クルーニーが登場し、詰めかけた映画ファンの熱狂的な歓迎を受けました。

 昨年の閉幕時は、今年のディレクターが誰になるのかが話題で、シネマ・ガーデンの掲示板にも一般の映画ファンによる新ディレクターの人気投票が掲げられていたりしましたが、蓋を開けてみれば、マルコ・ミュラーの再任という、最も真っ当な人選に落ち着きました。ヴェネチアでは、ここ十年あまり、2、3年でディレクターの首がすげ替えられ、任期を全うした人が一人もいないのですから、2期目続けて重職を務めるミュラー氏がいかに信任を受けているかがわかります。開幕前日の26日、例年に増して多忙なマルコ・ミュラー氏に時間をとってもらい、今年の抱負を聞きました。

 ミュラー「今年の映画祭は、"私達にとって世界の映画とは何か"がテーマで、ピュアな映画的クオリティと、現代という時代の哲学的な説話を備えた映画を選択するようにしました。それがコンペに3本もの日本人監督作品が入った理由の一つです。"コンペ作品はワールド・プレミアに限る"という規約を曲げてまでミヤザキ先生の「崖の上のポニョ」を上映する栄誉を得たのは、彼の仕事が世界的にいかに重要であるかを示したかったから。押井さんの「スカイ・クロラ」は、彼が単に"もう一人のアニメの巨匠"というだけでなく、私が個人的に彼のピーターパン・スピリットに共感したから。そして、もちろん北野武の「アキレスと亀」。タケシさんは、今年は偉大なるアーティスト、アクター、そして「ギララの逆襲」のタケ魔人役でのコメディアンの一面です。今年の監督ばんざい賞を受賞者のアッバス・キアロスタミに渡すプレゼンターでもある。つまりは、彼が世界の映画界の中心人物である証明です」

 今年は、ついに新しい映画宮殿の建設が始まる年でもあり、ミュラー氏がディレクターに再任されたのは、このヴェネチアの長年の悲願をついに実行に移した功労を評価されてのこととも言われている。

 「新しいパラッツォ・デル・チネマ(映画宮殿)は、"映画のハイテク寺院"という一面を備えたものになります。ヴェネチアが天文台のように、世界の映画界を観測し、新しい技術を使った自由な表現形態が可能かどうかを観測するのです。そして、もちろんシネマ・コンプレックスとしての面。新しいパラッツォの完成で、ヴェネチアはようやくベルリンやカンヌのように、コンペティション部門を上映する大きなスクリーンを備えた大ホールと、その他の部門専用のホールを備えることになります。これだけの施設ができたら、活用しなければ意味がありません。それで毎月セミナーや特集上映などの大きなイベントを企画し、映画祭を通年にすることを考えています」

 例年、フェリーニ作品の美術で有名なダンテ・フェレッティが担当している現パラッツォ・デル・チネマの飾りつけ。昨年は、フェリーニの「オーケストラ・リハーサル」にオマージュをささげつつ、新しい映画宮殿の建設を暗示するように、大きな球が壁を壊しているところだったが、今年は、白い布に包まれた大中小3匹のライオン。その意味を尋ねると

 「あれは包まれているのではなく、3匹のライオンが大きなスクリーンから飛び出そうとしているところなんです。ライオンが何を見ているかわかりますか? 新しいパラッツォの方向を見ているんですよ」

(齋藤敦子)

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写真上:映画祭ディレクター マルコ・ミュラー
写真下・左:今年の映画宮殿の飾り。スクリーンから飛び出すライオン。
写真下・右:北野武さんの記事が掲載された映画祭の日刊紙「チャック」

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