シネマに包まれて-映画祭報告

presented by 河北新報

(8完)金獅子賞に『レバノン』

2009/09/13

 9月12日の夜、授賞式が行われました。今年は皆の意見が一致するような、飛び抜けて強い作品がなく、予想が難しかったのですが、審査員長アン・リー以下、リリアーナ・カヴァーニ、セルゲイ・ボドロフ、ジョー・ダンテ、サンドリーヌ・ボネールら審査員がトップに選んだのは、テーマ性の強い、政治的な作品でした。

 金獅子賞となったイスラエルの『レバノン』は、1982年のイスラエル軍によるレバノン侵攻に参加した監督自身の経験を映画化したもので、人を殺すことが悪いことだとわかっている普通の人間に人を殺させる戦争の残酷さがテーマ。銀獅子賞のシリン・ネシャット監督はアメリカ在住のイラン人アーティストで、イランで軍事クーデタが起こった1953年を舞台に、イスラムの男性社会の中で自由を求める4人の女性の姿を描いた作品。音楽を坂本龍一さんが担当しています。

 今年、プレスの意見が一致した賞は、男優賞のコリン・ファース。『シングル・マン』は、クリストファー・イッシャーウッド(映画『キャバレー』の原作者)の小説を、元グッチのデザイナー、トム・フォードが初監督した作品で、インテリで皮肉屋の同性愛者の大学教授を見事に演じていました。

 残念ながら、私が好きだったクレール・ドゥニやジャック・リヴェット、ブリヤンテ・メンドーサの作品は賞から漏れてしまいました。これは新人顕彰を目的とした昨今の映画祭では、既に名前が広く知られたベテラン監督は、よほどのことがないと受賞することが難しくなっている現状を反映したものでしょう。

 ただし、メンドーサに代わって、オリゾンティ部門に出品されたフィリピンの若いぺぺ・ディオクノ監督の『衝突』が、オリゾンティ賞と新人監督賞をダブル受賞したことは、メンドーサだけが突出しているのではない、フィリピン映画界自体の活力の復活を感じさせられました。

<受賞結果>
コンペティション部門

金獅子賞:『レバノン』監督サミュエル・マオズ

銀獅子賞(監督賞):シリン・ネシャット監督、『男なしの女達』

審査員特別賞:『ソウル・キッチン』ファティ・アキン

ヴォルピ杯(男優賞):コリン・ファース
         『シングル・マン』監督トム・フォード

     (女優賞):クセニア・ラポポート
         『対の時間』監督ジュゼッペ・カポトンディ

マストロヤンニ賞(新人俳優賞):ヤスミン・トリンカ
         『大いなる夢』監督ミケーレ・プラチド

オゼッラ賞(美術賞):シルヴィー・オリヴェ
         『ミスター・ノーバディ』監督ジャコ・ヴァン・ドルマル

     (脚本賞):トッド・ソロンズ
           『戦時の生活』監督トッド・ソロンズ

未来の獅子賞(新人監督賞):『エンクウェントロ(衝突)』監督ペペ・ディオクノ

コントロカンポ・イタリアーノ賞:『宇宙飛行士』監督スサンナ・ニキャレッリ

短編コンペティション部門
最優秀作品賞:『最初の子』監督エチエンヌ・カロス
ヨーロッパ映画賞:『罪人』監督メニ・フィリップ

オリゾンティ部門
オリゾンティ賞:『エンクウェントロ』監督ペペ・ディオクノ
ドキュメンタリー賞:『1428』監督ドゥ・ハイビン


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写真は上から
・審査員長のアン・リーと脚本賞のトッド・ソロンズ
・新人賞のヤスミン・トリンカ
・女優賞のクセニア・ラポポート
・男優賞のコリン・ファース
・審査員特別賞のファティ・アキン
・監督賞のシリン・ネシャット
・金獅子賞のサミュエル・マオズ

(齋藤敦子)

(7)フィリピン映画、コンペ初登場

2009/09/12

Venezia09-07.jpg 最終日の前日、2本目のサプライズ作品の公式上映が行われました。今年25本目のコンペ作品は、なんとフィリピンのブリヤンテ・メンドーサ監督の『ロラ』。前作『キナタイ』でカンヌの監督賞を受賞したばかりのメンドーサのヴェネチア初登場(フィリピン映画としてもコンペ初登場)は、本当にサプライズでした。実は、今年はコンペに中国映画が台湾の楊凡監督の『涙王子』と、香港の鄭保瑞監督の『意外』の2本しか入っていなかったので、サプライズ作品に大陸の作品を入れてバランスをとるだろうというのがもっぱらの噂でした。ところが、マルコ・ミュラーに質問をぶつけてみると、「中国ではないが、アジア映画」という返事。それでは近年台頭めざましいフィリピンか、あるいはマレーシア、シンガポールあたりかと予想はしていたのですが、まさかメンドーサ作品が1年に2本も国際映画祭にエントリーされるとは思いもよりませんでした。

 その新作の『ロラ』(ロラとはタガログ語で"おばあちゃん"という意味)は、これまでのメンドーサ作品同様、フィリピン社会の底辺が舞台。強盗殺人事件の被害者と加害者という正反対の立場に立たされた2人のおばあちゃんを主人公に、フィリピン社会の今にドキュメンタリーのように迫っていきます。一方は、稼ぎ手を殺されて葬式の費用も出せず、日々の生活にも困って途方に暮れ、他方は、路上で野菜を売りながら、なんとか示談にしようと奔走する(フィリピンでは驚くことに殺人事件でも示談に出来るようです)、二人の対照的な、けれども胸を打つおばあちゃんの姿に、『キナタイ』の過激な暴力描写に拒絶反応を起こしたジャーナリストにも、今回は好意的に受け入れられたようでした。

 今年、『TETSUO』や『よなよなペンギン』以外の"日本映画"がエントリーしているのを発見しました。それが短編コンペ部門に出品されたシンガポール人で早稲田大学に留学中のエドワード楊の『金魚』と、日系アメリカ人ディーン・ヤマダの『自転車』の2本です。両方とも、厳密には純粋な日本映画とはいえないまでも、日本人スタッフの協力で日本で撮影された、限りなく日本映画に近い作品でした。

 写真は、『自転車』の監督ディーン・ヤマダとスタッフ達。前列左が脚本の渋谷悠、中央がディーン・ヤマダ、右が主演の佐生有語の各氏、後列が(左端がヤマダ監督の奧様)スタッフを務めたカリフォルニア州バイオラ大学のヤマダ監督の教え子達。太平洋の東西に分かれた日米のスタッフがインターネットを使って製作を進めたという、まさに現代でしかありえないコラボレーションの成果です。若い渋谷さん、佐生さん共にアメリカで生活した経験があり、巧みな英語を使って二カ国の橋渡しをしているのを見ると、塚本晋也監督が『TETSUO』を英語で撮ったことと合わせて、今、日本映画が世界に顔を向けた新しい時代に入っていこうとしていることを改めて感じました。

(齋藤敦子)

(6)『資本主義:ある愛の物語』ワールド・プレミア

2009/09/12

090912Venezia09-Day6 027.jpg 黒澤シンポジウム、ジョン・ラセター率いるピクサー・チームの名誉金獅子賞授賞式と、行事が盛りだくさんだった中日6日の夜10時、トリを飾って、マイケル・ムーア期待の新作『資本主義:ある愛の物語』のワールド・プレミアが行われました。

 前作『シッコ』で、アメリカの保健医療政策を痛烈に批判したムーアの今度の矛先は資本主義。ムーアは大銀行家が権力者を傀儡化し、法律を自分達に有利に変えて、庶民の生活を苦しめている構図を、いつもの突撃レポーターの姿を借りて、笑いに包みながら暴いていきます。最後は、金融危機の際に、銀行に公的資金を注入する法案がどのようにして可決されたか、その資金=税金がどこに消えたのかのからくりに迫り、犯人を大銀行と特定して、ウォール街に"犯罪現場"を示す黄色いテープを巻いて終わります。ムーアは一部の大金持ちを利するだけの資本主義がいかに庶民を不幸にするかを訴え、アメリカ建国の理念に立ち返れと警鐘を鳴らしているのですが、いつものようにゲラゲラ笑って見ているうちに、その問題の大きさに、最後は笑いが止まり、背筋が寒くなってきてしまいました。

 公式上映に先だって午後1時から開かれた記者会見には、直前のマット・デイモンとソダーバーグ監督が顔を揃えた『インフォーマント!』をしのぐジャーナリストが会場を埋め、マイケル・ムーアがハリウッドスターの誰よりも人気者であることを証明していました。

 今年はコンペ作品だけで25本と、とても本数の多い年ですが、アメリカ映画はサプライズ作品がウェルナー・ヘルツォークの2本目のコンペ出品『息子よ、息子よ、何をした?』だったので、なんと7本になってしまいました。これは、先のインタビューでマルコ・ミュラーが語っていたように、量も質も多様性も、アメリカ映画の創造力が群を抜いている現状を反映したものといえるでしょう。実際、ジョン・ヒルコートはオーストラリア人ですし、デヴィッド・リンチが2作品をプロデュースしたウェルナー・ヘルツォークはドイツ人、また『シングル・マン』のトム・フォードは元グッチのデザイナーというように、国籍、出自を問わず、多様で多彩な才能を取り込んでいくアメリカ映画界の懐の深さを感じるセレクションになっています。

 写真は、会見後にサインを求める人々に囲まれるムーア監督です。

(齋藤敦子)

(5)マルコ・ミュラー氏に独占インタビュー

2009/09/10

CA0RKZ6Z.jpg   いよいよ始まった新宮殿の建設、新しい上映会場、新しいイタリア映画専門の部門の創設と、今年の映画祭には様々な"チェンジ"があります。昨年に引き続き、ディレクターのマルコ・ミュラー氏に今年の映画祭について、うかがってみました。

 ミュラー「チェンジというより合理化といいたいですね。これまで、あちこち違った方向へ発展してきたものを最適化しているんです。幸い、オリゾンティ部門が、ベルリンのパノラマやカンヌのある視点部門のように成功裡に発展してきたこともあります。前々から各部門が固有のシアターをと望んできたのですが、今年はそれが叶って新上映会場のペルラ2が出来、監督週間と批評家週間を移せたので、サラ・グランデの空いた時間に、イタリア映画の新しい部門を入れることが出来たんです。この<コントロカンポ・イタリアーノ>はイタリアの新人を紹介する部門で、5本の作品を3人の審査員で審査します。ほとんどが低予算のインディペンデント映画なので、賞品はコダックのフィルム・ストックなんですよ」

―今年はアメリカ映画が多いですね。その選択も非常にラディカルですが。

 ミュラー「なるべくしてなった選択ですね。アメリカに行って実際に何が起こっているのかを見てきたんですが、アメリカ映画は引き続き世界の映画に君臨していると思いました。そのいい例がマイケル・ムーアでしょう。カンヌでパルムを受賞した彼の『華氏911』は、非常に早い段階からフォックスが関係していましたし、今度の作品はパラマウントがバックアップしているんです。彼らメジャーは、マイケル・ムーアのようなラディカルな映画作家を取り込むだけでなく、トッド・ソロンズや、今年のヘルツォークやアレックス・コックスの作品をプロデュースしたデヴィッド・リンチにも予算を出して補助するという興味深いスペースを持っているんです」

―塚本晋也監督の『TETSUO』がコンペに入ったことは日本の映画ファンには驚きでした。

 ミュラー「あの作品の驚くべきヴィジョンに一目で恋に落ちました。一度見たら忘れられないイメージが沢山あります。もちろん他の日本映画も沢山見ていますよ。映画祭に送られてくる日本映画が少ないので、私自身で東京へ行って40本くらい見ました。もっと日本のインディーズ作品に時間が割けたらよかったんですが、コンペに入れるべき作品を見逃したとは思っていません。今年、ジャンル映画として、塚本監督とりんたろう監督の『よなよなペンギン』を上映できるのはとても幸せです。りんたろう監督は世界で最も革新的な3Dアニメ作家ですから」

 写真は、映画祭のオフィスに飾られた宮崎駿監督に名誉金獅子賞を渡している写真の前のマルコ・ミュラー氏。なお、インタビューの全文はキネマ旬報に掲載予定です。

(齋藤敦子)

(4)黒澤監督へ敬意 シンポジウム開催

2009/09/07

v_1.jpg    映画祭が折り返しを迎えた6日の日曜日、来年3月に生誕百年を迎える黒澤明のシンポジウムが開かれました。
 実は9月6日は黒澤の命日でもあり、私は黒澤の訃報を11年前にここで聞きました。百歳になるのは来年なのに、今年祝ってしまうというのは早すぎるのでは、という問いに、ディレクターのマルコ・ミュラー氏は、1951年に『羅生門』に金獅子賞を授与し、世界に黒澤の名を知らしめたのはヴェネチアであるから、他の映画祭に先駆けて、黒澤の重要性を強調する役目がある、とのことでした。

v_2.jpg   午後3時から行われたパネル・ディスカッションでは、司会を英国のピーター・カウイーが務め、米国のリチャード・コーリス、ドナルド・リチー、イタリアのアルド・タッソーネ、フランスのミッシェル・シマンと、名だたる映画の論客がそれぞれの黒澤論を展開した他、『羅生門』から黒澤組に参加し、長年、黒澤を支え続けたプロダクション・マネージャーの野上照代さん(黒澤組での体験を著した<天気待ち>や、映画『母べえ』の原作者でもあります)が、『羅生門』製作秘話や黒澤のエピソードを紹介。最後には、『TETSUO』の塚本晋也監督も飛び入りで黒澤体験を語るなど、黒澤監督への敬意にあふれた、熱く、温かい会になりました。

  6日は日曜日ということもあって、会場は親子連れで大にぎわい。この日はジョン・ラセターとピクサー・チームの名誉金獅子賞の授賞式と『トイ・ストーリー2 3D』の記念上映があり、子供たちのお目当ては、ディズニーが会場前に作った1日だけの"遊園地"。新作『カールじいさんの空飛ぶ家』に合わせて子供たちに風船を配ったり、着ぐるみのキャラクターたちが登場したりして、映画祭を盛り上げました。

 

 写真上:パネル・ディスカッションの模様。左から日本在住の映画史家ドナルド・リチー氏、野上照代さん、司会のピーター・カウイー氏、フランス・ポジティフ誌のミッシェル・シマン氏、イタリアの映画研究家で日本映画に詳しいアルド・タッソーネ氏、アメリカ・タイム誌の映画担当で映画批評家のリチャード・コーリス氏

 写真下:英語版<天気待ち>を手にした塚本晋也監督と野上照代さん



(齋藤敦子)

(3)『鉄男』3作目 電脳都市・東京舞台に

2009/09/07

Venezia09-Day5 017.jpg 映画祭が折り返し地点を迎えた週末5日の深夜、日本を代表するコンペ作品『TETSUO THE BULLETMAN』の上映が、主会場のサラ・グランデで行われました。写真は、それに先だって開かれた記者会見の模様で、右から塚本晋也監督、主演のエリック・ボシックさんです。

  『TETSUO THE BULLETMAN』は、塚本晋也の原点である『鉄男』、『鉄男Ⅱ』に続くシリーズ3作目で、今回は主人公の"TETSUO"を東京に住む平凡なアメリカ人のサラリーマンとし、全編英語で撮られたインターナショナル・バージョンです。塚本晋也の名前を世界に知らしめるきっかけとなったのが、20年前の1989年に『鉄男』がローマ・ファンタスティック映画祭でグランプリを受賞したこと。というわけで、塚本監督はイタリアには根強い人気があり、前日のプレス上映でも、エンドクレジットが終わるまで席を立たずに拍手をする熱心なファンの姿が見られましたし、これまでの『鉄男』シリーズを紹介する番組が前夜、テレビで放送されていました。

red2.jpg  『TETSUO』を英語で撮るきっかけとなったのは、アメリカから『鉄男』をアメリカでリメイクするという  オファーを受けたことでした。けれども、アメリカ側と交渉を進めるうちに、自分の求める作品がアメリカでは作れそうもないということがわかってきて、改めて英語バージョンの『鉄男』を、世界で最も進んだ電脳都市ともいえる東京を舞台にして、構想も新たに練り直したということです。監督・脚本・撮影・美術・照明のすべてを塚本監督一人が兼ねるという、ハリウッド・メジャーとは真逆の手作り映画ですが、だからこそ、塚本監督が目指したイメージそのままが映像化された、百パーセント塚本テイストの映画に仕上がっていました。イタリアの多くの塚本ファンも、きっと満足するのではないかと思います。

(齋藤敦子)

(2)予告編が放送禁止になった映画

2009/09/05

Venezia09-Day4.jpg 内外のスターを集めて華々しく開幕した翌3日、今年のヴェネチアで最も話題を集めるかもしれない映画が上映されました。それがエリック・ガンディーニの『ビデオクラシー(Videocracy)』です。批評家週間というマイナーな部門にもかかわらず、1回しかない上映に溢れるほどの観客が集まりました。開場の1時間近く前から山のような人が待っているのを見て、ペルラ2という小さな会場ということもあり、私など列に並ぶのさえ諦めてしまいました。

 なぜそんなに人気なのかといえば、この映画がイタリアの首相であり、イタリア最大のメディア企業のオーナーでもあるシルヴィオ・ベルルスコーニのメディア戦略についてのドキュメンタリーだからです。そのうえ、イタリア公開を前に、ヴェネチアとトロントの両映画祭に出品されるこの映画の予告編が、イタリアの公共テレビRAIから、首相の名誉に対して"攻撃的である"ことを理由に放送を拒否される事件が起きて、かえって注目を集める結果になったのでした("放送禁止"となった予告編はYouTubeで見ることができます)。実は、オープニングのトルナトーレの『バーリア』も、ベルルスコーニが出資者で、ベルルスコーニの息子がプロデューサーでした。そのためかどうか、テレビには映画の批判が一切出ませんでしたが、テレビ以外のジャーナリストには当然のことながら評判は芳しくなく、チャック誌に代わって今年から映画祭の日刊紙となったヴァラエティからは、"嘘っぽいノスタルジー、安っぽいセンチメンタリズム"などと、ばっさり斬られてしまいました。

 では、『ビデオクラシー』は、どの家庭にも1台はあるテレビという魔法の箱を使って、権力者がどのようにイメージを操作してきたというのでしょうか。その内容については、残念ながら、映画自体を見ていないので、ここで詳細を述べるわけにはいきません。ただ、イタリアにはベルルスコーニというシンボルがあるからわかりやすいのですが(わかりやすすぎて、問題の深刻さの目くらましになっているとも言えますが)、メディアを使った権力のイメージ操作、表現の自由への間接的な関与については、まったく同じ問題が日本にもあると私は思います。その一例が、テレビには様々な番組で映画の情報が氾濫しているのに、きちんとした批評が一つもないという不思議な現象です。日本にはベルルスコーニのようなメディアの権力者がいないにもかかわらず、いるのと同じことが行われている。この現状について、日本のマスコミはもっときちんと対峙すべきだと私は思います。

写真:かろうじて緑が残ったチネマ・ガーデン。隣では新宮殿の建設工事が進行中

(齋藤敦子)

(1)イタリア人により近く

2009/09/03

008.jpg 第66回ヴェネチア国際映画祭が9月2日の夜から開幕しました。

 今年のオープニング作品に選ばれたのは、イタリア映画としては20年ぶりという、ジュゼッペ・トルナトーレの『バーリア』。シチリア島の小さな町を舞台に、1910年代から現代まで、3代に渡る貧しい家族の物語を描いた壮大な叙事詩です。各時代を再現するために、準備に9カ月、セットの建築に1年、撮影に10カ月をかけたそうで、乳搾りから共産党の活動家になる主人公のペッピーノにはほとんど無名の新人俳優を使いながら、ミケーレ・プラチドやアンヘラ・モリーナ、ルイジ・ロ・カーシオなどのスターが脇を固めた、まさにイタリア映画祭が総力をかけた壮大な歴史絵巻でした。

 昨年のこのレポートでお伝えした、ディレクターのマルコ・ミュラーのインタビューにある通り、今年から、いよいよ新しい映画宮殿の建設が始まりました(完成予定は2012年)。場所は映画祭の主会場の南東側で、昨年まではカフェのスタンドや切符売り場、金返せコーナーなどがおかれていた、緑の木陰のある憩いの場所でした。その木を切り倒し、周囲を塀で囲んで工事を行っているのですから、全体的に雑然とした雰囲気になっています。また、ここが通り抜けられなくなって、カジノの地階を入り口にしたのと、カジノ前の広場に新しい上映会場ペルラ2を作ったため、会場の配置が全面的に変わり、どこからどこへ行けばいいのか、まだうろうろしているような状態です。

014.jpg では作品的にはどうでしょうか。今年はオープニングがイタリア映画だったように、新たに<コントロカンポ・イタリアーノ>というイタリアの若手作品を集めたセクションが設けられて、ヴェネチアがぐっとイタリア寄りになった感があります。コンペ部門で目をひくのはアメリカ映画の多さ。なんと5本で(ウェルナー・ヘルツォークがアメリカで撮った『悪い刑事』をアメリカ映画に数えると6本)、各国のトップ。しかもジョージ・ロメロ、トッド・ソロンズ、マイケル・ムーアといった一癖ある顔ぶれが並んでいます。また、ジョン・ラセターが名誉金獅子賞に選ばれたため、ピクサー作品の特集も組まれています。

 日本映画は、コンペに塚本晋也監督の『TETSUO THE BULLET MAN』、コンペ外特別招待作品として、りんたろう監督のアニメ『よなよなペンギン』が上映されます。宮崎駿、北野武、押井守というビッグネームが揃った昨年に比べると、ちょっと寂しいですが、6日には生誕百年を迎える黒澤明にヴェネチアがオマージュを捧げたシンポジウムも開かれることになっています。

写真上:カジノ(奥の四角い建物)の前をぐるりと塀で囲んで、新映画宮殿の建設中
写真下:主会場のパラッツォ・デル・チネマ(映画宮殿)前

(齋藤敦子)
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